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<title>ゴルゴ１４</title>
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<title>維新の立役者たちの正体(上)　</title>
<description> 『日本神學』ＶＯＬ．５７　ＮＯ．２　－平成17年２月－　　　　　　日本神学連盟-米英に操られた幕末の日本-小酒部　宏(一)司馬史観の正体　平成十六年のＮＨＫの大河ドラマは「新撰組！」だったが、視聴率は低かった。この傾向は今に始まったことではなく、その原因は色々と考えられるが、史実と掛け離れた設定に大きな問題があるのではないか。　例へばドラマでは、新撰組が結成される以前から近藤勇と坂本龍馬が知り合ひだったこ
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<![CDATA[ 『日本神學』ＶＯＬ．５７　ＮＯ．２　－平成17年２月－<br /><br /><br />　　　　　　日本神学連盟<br /><br />-米英に操られた幕末の日本-<br /><br />小酒部　宏<br /><br /><br />(一)司馬史観の正体<br /><br />　平成十六年のＮＨＫの大河ドラマは「新撰組！」だったが、視聴率は低かった。この傾向は今に始まったことではなく、その原因は色々と考えられるが、史実と掛け離れた設定に大きな問題があるのではないか。<br />　例へばドラマでは、新撰組が結成される以前から近藤勇と坂本龍馬が知り合ひだったことになつてゐる。だが実際には、そのやうな事実はない。<br />　勿論、大河ドラマはドキュメンタリーではなく、あくまでドラマに過ぎない。だが多くの視聴者は、歴史の真実が含まれてゐることを期待して番組を見ており、制作者側はこの点を誤認してゐるようだ。<br />　特に幕末維新期は今から百五十年程前の出来事で資料も多く、その歴史は現代社会に直結している。<br />　その分、視聴者の目はシビアであり、史実に充分配慮した番組作りが必要である。ＮＨＫは受信料を徴収してゐるのだから、視聴者を馬鹿にしたようなものを作るべきではない。<br />　思わずＮＨＫ批判になってしまったが、批判されるべきは歴史書も同様である。明治維新はいはゆる「勤皇の獅子たち」の活躍により成し遂げられたというのが、一般的な解釈である。作家の司馬遼太郎は、こうした史観を定着させるのに大きな役割を果たした。<br />　だが、司馬遼太郎は日露戦争までの歴史については好意的に描いてゐるが、この後大東亜戦争敗戦に至るまでの時代については、本来我が国の姿が見失はれた異常な時期であったとして、切つて捨てゝゐる。しかしこの見方は、東京裁判に於て連合国側が採った立場と同じである。<br />　つまり司馬史観の正体は、東京裁判そのものなのである。司馬遼太郎は、『坂の上の雲』といふ作品で日清・日露戦争を肯定的に描いたので、民族派の人々の中にはやたらと持ち上げる人もゐるが、それでは見識を疑はれよう。<br />　司馬は乃木大将の殉死を誹(そし)つたが、これは日本的な心情とは余りに掛け離れた言葉である。恐らく目本人の魂の持ち主ではあるまい。<br />　このやうな人物が描いた幕末維新期の物語など、到底信用することは出来ない。「勤皇の志士たち」の個人的能カや魅力によつて明治維新が成し遂げられたといふのは、作り話に過ぎないのである。<br />　では実際のところはどうだったのか。これを解明した書物は皆無に等しいが、最近になって常葉学園大学教授の副島隆彦氏が思想劇画といふ形で真相を暴露したので、この本を叩き台として本質に迫って行くことにしたい。(注１)<br /><br /><br />(二)生麦事件一はイキリスの謀略<br /><br />副島氏の本は劇画なので、舌足らずの所や勇み足の部分がある。それらの箇所補足や批判は後回しにして、まづは重要部分を紹介することにしたい。<br />副島氏は、文久二年(一八六二)に幕末維新史の最大の秘密があるとして、この年を重視してゐる。<br />　一、文久二年十二月十二日、品川御殿山に建造中であつたイギリス公使館を、長州藩の尊王攘夷の過激派武士七人が爆裂弾で襲撃してこれを燃やした。<br />　しかし、公使館には見張り番がゐただけだった。<br />　この襲撃に加つてゐたのが、後に維新の元勲と呼ばれる伊藤博文(俊輔)や井上馨(聞太)、それに高杉晋作、久坂玄瑞(くさかげんずい)、品川弥二郎らである。<br />　ところが、この襲撃から僅か五カ月後の文久三年五月に、伊藤博文と井上馨はイギリスに密航してゐる。こんな馬鹿なことがあらうか。<br />　この時密航したのは五人で、旅費は一万両掛ってゐる。現在の金額に直せば約十億円である。<br />　この金を立て替へたのが、長崎の武器商人であるジョン・グラバー(一八三八～一九一一)である。<br />ジョン・グラバー商会は、上海のジャーディン＝マセソン商会の日本の窓口であり、ジャーディンとマセソンの二人は、アヘン戦争(一八四〇－四二)でボロ儲けした当時最大のアヘン商人だった。<br />　伊藤博文や井上馨は、イギリス公使館を襲撃した前後の時期に急激な思想転向をしたらしい。つまり彼らはイギリスの手先になつたのである。<br />　二、グラバーは長崎の外国商会の中で最大の武器商人であり、薩長のみならず幕府側にも武器を売つてゐた。正(まさ)しく「死の商人」である。<br />　戊辰戦争の帰趨(きすう)を決めたのは結局のところ武器の優劣の差だが、薩長側は当時世界最新鋭の野戦大砲であるアームストロング砲を使つて勝利を収めた。<br />　ところがこの大砲は、元々幕府がグラバーに注文してゐたものだつたのである。<br />　幕府が注文したアームストロング砲の内、二十一門と付属品は既に鳥羽伏見の戦ひの前年の一月から八月にかけて長崎に船荷が到着してゐた。<br />　しかしグラバーは、代金の未納を口実にして幕府に大砲を渡さず、これらを長州藩に横流ししてしまつたのである。これは、イギリス政府の意向に従つた措置と思はれる。<br />　グラバー商会は、明治維新政府誕生と同時に僅か十万ドルの負債を理由に倒産してゐる。この不自然な倒産劇は、イギリスの目本管理支配戦略を覚(さと)られないやうにするための揉み消し工作と見られる。<br />　その後、蒸気船のための石炭を産出してゐた高島炭鉱を始め、グラバー商会の資産と経営は、最終的に岩碕弥太郎の三菱財閥に引き継がれてゐる。<br />　三、文久二年八月一には、生麦事件が発生した。これは薩摩の島津久光の一行が京へ戻る際、横浜の外れにあつた生麦村で不良イギリス人四人と行き合ひ、その内の一人を斬り捨てたといふものである。<br />　当時は、大名行列を乱す者は斬り捨てるといふ決まりがあつた上に、薩摩の藩論は尊王攘夷、つまり外国人を見たら即座に殺すといふことで統一されてゐたので、当然のやうに斬り殺されたのである。他の三人のイギリス人は馬で逃亡した。<br />彼らを「不良イギリス人」としたのは、イギリスの外交官だつたアーネスト・サトウが著した『外交官の見た明治維新』といふ本の中にさう記されてゐるからで、日本側の偏見ではない。<br />　この事件に怒つたイギリス政府は、幕府に対して巨額の賠償金を請求した。前年に起きた東禅寺事件(水戸藩浪士が品川でイギリス人公使を襲撃した)と合せて、十一万ポンドも要求して来たのである。<br />　これは現在の価値に直すと、一千億円位になる。<br />　幕府はそれを支払つたが、この事件はイギリスが仕組んだ陰謀だつた。イギリスは、幕府を外交交渉への場に引き摺り込んで揺さ振る口裏を作るために、この事件を誘発させたのである。<br />工作したのはイギリス全権公使のオールコックであり、彼は同じイギリスの不良商人たちを捨て駒として利用したのである。<br />　イギリスは薩摩藩にも賠償を要求したが、これは拒否された。そこで翌文久三年(一八六三一)七月、イギリスは薩英戦争を仕掛けた。<br />鹿児島の町は焼け野原となつたが、戦争の最中に不思議な光景が見られた。五代友厚と松木弘安が藩船三隻と共に自ら進んでイギリスの捕虜となつたのである。<br />　五代友厚は、薩摩藩に武器を供胎した政商で、後にロスチャイルド家の日本代理人の一人となつた。<br />　松木弘安は、後の外務大臣・寺島宗則(むねのり)である。<br />　彼らは、既にこの時点でイギリス側に取り込まれてゐたらしい。<br /><br /><br />(三〉ジョン万次郎は米国の工作員<br /><br />　引き続き、副島氏の著作から内容を紹介しよう。<br />　四、嘉永六年(一八五三)六月に浦賀へ来航したペリーの航海日誌の中に、次のやうな配述がある。<br />　「日本国内の法律や規則について、信頼できる充分な資料を集めるには長い時がかかる。領事代理、商人、あるいは宣教師という形で、この国に諜報員を常駐させねばならない。それなりの成果をあげるには、諜報員にまず日本語を学ばせなければならない」(『ペリー提督日本遠征日記』小学館)<br />　現代でもさうだが、幕末にやつて来た外国人は、皆情報収集を目的としてゐたのであり、親善の目的で来たのではない。江戸時代後期に来日した博物学者のシーボルトもその一人である。<br />　博物学とは、医学・鉱物学・動植物学・地理学など全てを統括した学問で、ヨーロッパが世界の辺境地域を探険し尽し、研究し尽すための学問である。<br />　博物学者は、ただ単に未開部族の生態研究をするだけでなく、その未開の国を植民地にしてしまふための戦略論の実践者でもあつた。<br />　つまり博物学者は、ヨーロッパ諸国の斥侯を務めてゐた訳で、単なる研究者ではないのである。<br />　勿論、シーボルトも例外ではない。彼は医学を教へるのと引き換へに、長崎に集まつて来た日本人の弟子たちから様々な情報を入手してゐた。<br />　シーボルトは一八二八年八月に帰国する際、当時最高の国家機密であつた伊能忠敬の日本地図を持ち出さうとして発覚し、国外追放処分になつてゐる。<br />　シーボルトはオランダ人ではなく、本当はドイツ人であり、ドイツ海軍の大佐であつた。だから彼の目的が軍事情報の収集にあつたことは疑ひ得ない。<br />　シーボルトのやうな博物学者たちは帰国後、密かに持ち帰つた辺境国の貴重な情報をヨーロッパ中の政府や財閥に売ることで生計を立てゝゐた。<br />　シーボルトもこれをやつてゐたらしく、何と我国に来航したペリーは、伊能忠敬の作成した日本地図の写しを持つてゐたのである。<br />　シーボルトは強制捜査が行はれる前日に、長崎の出島で日本地図の全図を写し取つたらしい。<br />　全く油断も隙もない連中なのである。<br />　五、ジョン万次郎は、一八四一年一月に漂流漁民となつてゐたところをアメリカの捕鯨船に助け出され、アメリカ東部のニューヘイプンで英語の教育を施された後、十年後の一八五一年に送り還された。<br />　万次郎は薩摩藩で取り調べ(島津斉彬(なりあきら)に謁見)を受けたが、長崎奉行にも取り調べられ、翌嘉永五年(一八五二)十一月に高知の城下に移された。<br />　この頃、坂本龍馬と後藤象二郎、後に三菱財閥を築いた岩崎弥太郎は、万次郎に教えを請ふてゐる。<br />　ジョン万次郎が送り還されたのは、ペリーが来航する二年前のことであり、アメリカが計画的に事を運んだらしい。つまり万次郎は、アメリカの工作員(エージェント)だつたのである。<br />　万次郎は土佐藩に出仕した後、幕府に翻訳方として召し出され、ペリーの後のハリス公使と交渉する際の通訳として働いた。彼はハリスに、幕府の老中たちの密談の内容を知らせてゐたやうだ。<br />　真正の尊王攘夷派であつた水戸の烈公(徳川斉昭)は、「中万(中浜万次郎、ジョン万次郎のこと)に気をつけろ」といふ手紙を書き残してゐる。<br />　万延元年(一八六〇)に幕府がアメリカに使節を送つた際、万次郎は幕府海軍操練所教授として一行に加へられ、咸臨丸で勝海舟や福沢諭吉と同船してゐる。こゝで策士の勝海舟と昵懇の間柄となつた。<br />　その後、慶応元年(一八六五)二月には、万次郎は長崎で薩摩・長州・土佐藩のために軍艦購入の仲介をしてゐる。仲介先は勿論、グラバーであらう。<br />　かうしてジョン万次郎を中心に「インナー・サークル」が形成され、幕府から明治を貫く秘密を知る人々がこゝに参集することになつたのである。<br /><br /><br />(四)坂本龍馬と勝海舟の正体<br /><br />　副島氏は続いて坂本龍馬と勝海舟に言及しているが、両者に対する評価は手厳しいものがある。<br />　六、坂本龍馬は文久二年(一八六二)に江戸に出府した後、赤坂氷川にあつた脱海舟邸を千葉重太郎と共に訪ねてゐる。この時の出会ひの場面は有名で勝海舟の大物振りが強調されて描かれることが多いが、これは作り話である。<br />　龍馬は勝の懐の深さに感じ入つたといふ話になつてゐるが、これは後年、ホラ吹き男爵となつた勝海舟が尾鰭(ひれ)をつけて『氷川清談』で語った嘘である。<br />　当時の勝日記の中には、その日龍馬に会つたといふ記述すらない。龍馬は恐らく、ジョン万次郎から紹介状を貰つて勝に会ひに行つたのであらう。<br />　龍馬は、万次郎が築いた「開国派のインナー・サークル」の一員であると勝に信じさせることが出来たので、勝海舟に弟子入りを認められたのである。<br />　さうでなければこの時既に幕府高官になつてゐた勝海舟が、坂本龍馬などといふ脱藩浪人の危険人物に気楽に会ふ筈がない。<br />　両者が出会つた翌々年の元治元年(一八六四)五月、神戸に幕府海軍操練所が開かれ、勝海舟が軍艦奉行となり、人材を育成することになつた。<br />　ところがこの海軍操練所は、一年も経たない翌年三月に閉鎖となった。勝の心底が幕府側に見破られたためである。勝と行動を共にしてゐた龍馬はこの後長崎に向ひ、海運会杜・亀山杜中を設立した。<br />　龍馬の動きをバックアップしてゐたのは、ジョン万次郎とグラバーである。<br />　慶応二年(一八六六)一月に薩長同盟＝薩長密約が結ばれた際、龍馬がこれを仲介したことは有名だが、実際には京都薩摩藩邸で行はれた協議に出席してゐなかつたことが最近明らかとなつた。<br />　しかし、合意文書には龍馬も暑名してをり、薩長同盟締結にどの程度か関はつてゐたことは確かである。だが、一介の脱藩浪人が何の後ろ盾もなしにこのやうな政治力は発揮出来ない。龍馬の背後には、グラバー商会、ジャーディン＝マセソン商会、そしてイギリス政府が控へてゐたと見るべきであらう。<br />　イギリスと薩長の間には早くから提携関係が生じてをり、文久三年(一八六三)に起きた薩英戦争での奇怪な動きは、既に記した通りである。<br /><br />　この年、長州藩も下関で外国船を砲撃し、翌年八月に英米仏蘭の四国連合艦隊による報復砲撃を受けた。こゝで注意すべきは、主力のイギリス軍と長州が交戦してゐないといふ事実である。<br />　戦闘は、米仏蘭と長州藩内の本物の攘夷派の間で行はれ、藩内の親イギリス派は事前に連絡を受けて戦闘に加はらないやうにしてゐたのである。<br />　かうして勢カを温存した親イギリス派は主導権を握り、倒幕へと邁進して行つたのである。<br />七、坂本龍馬は慶応三年(一八六七)十一月十五目、京都の近江屋で中岡慎太郎と共に暗殺された。<br />　刺客は見廻組といふのが通説だが、本当は伊藤博文・井上馨が犯人であるという。<br />　この話は、伊藤博文らとロンドンに密航した山尾庸三が後年告白し、後に宮内大臣にまでなつた土佐勤皇党の岡中光顕(みつあき)も、これを白状してゐるといふ。<br />　龍馬の師だつた勝海舟については前に記したが、彼は性格も思想も非常に問題のある人物だ。<br />　万延元年、勝海舟は咸臨丸の艦長としてアメリカヘ渡つたが、船内での勝は周囲が抑へられない程の傍若無人振りであつたといふ。この時同船してゐた福沢諭吉は勝を軽蔑してをり、終生に亘つてこれが尊敬に変ることはなかつた。<br />　又、勝は幕臣でありながら裏でイギリス公使オールコックと繋り、薩長の倒幕派(偽の尊王攘夷派)と連携して動いてゐる。勝のこの裏切りは、後年に報はれることになる。<br />　明治新政府は明治十七年(一八八四)、華族令を制定した。薩摩・長州・土佐などの出身者が華族となつたが、旧幕臣からは勝だけが伯爵に選ばれた。<br />　周囲には妬む者も多かつたが、勝は当り前だと言はんばかりに平気な顔をしてゐたといふ。<br />　晩年の勝は赤坂の氷川の屋敷に籠もり、来客にいゝ加減なホラ話をしたり、次々と女中に手をつけたりして勝手気まゝな老後を過ごした。<br />　勝海舟は明治三十二年(一八九九)一月に脳溢血で倒れ、「これでおしまい」と言って息絶えた。<br />　長年迫れ添つた妻の民子はその六年後に死亡したが、彼女の遺言は、「私が死んでもあの人(勝)の墓には入れないで下さい」というものだった。<br />思海舟の実像は、一般に流布されてゐるものとは、かなり懸隔があるようだ。<br /><br /><br />(五)明治憲法制定に関与したロスチャイルド<br /><br />　副島氏の本にはこの外にも盛り沢山の話題が収録されてゐるが、最後に気になる件りを三つ配して置かう。まづ最初は、次のやうなものである。<br />　「最近、北アイルランドのベルファストの近くのハーランド・アンド・ウルフ(Harland and Wolff)造船所に幕末期の目本関係の秘密資料が山ほどあることが判明した。日本の幕末の各藩の船の多くは、ここで造られた。ところが、それらの秘密資料は今、日本国内にこつそり持ち込まれて隠されている」<br />一体誰がどこに隠したのだらう。これらの秘密資料には驚くべき事実が記されてゐるに違ひない。<br />　幕末に来日したイギリスの外交官アーネスト・サトウの日記も、その交友関係の詳細部分は殆ど削除され、公開されてゐない。これに加へ、重大な秘密交渉の部分も大量に削られてゐる。<br />　サトウは幕末の日本で暗躍したが、日系人ではなくウェールズ出身のイギリス人である。<br />　百年以上も前の文書が未だに公開出来ないといふのだから、幕末の闇は相当に深いものがある。<br /><br />　次に問題としたいのは、以下の記述である。<br /><br />　「江戸総攻撃の予定日だつた(慶応四年)三月十五日の前日、十四日に五箇条の御誓文が京都で十七歳の明治天皇によつて発布された。この天皇は、すでにすりかえられたとする説が強い」<br />「明治天皇摩(す)り替え説」は、故・鹿島昇(のぼる)氏らが唱へたもので、副島氏の記述もこれを踏まへたものであらう。慶応二年(一八六六)の後半に将軍家茂と孝明天皇が立て続けに亡くなつてゐるが、両者の死は明らかに暗殺(毒殺)である。<br />　孝明天皇については、伊藤博文らによる刺殺説も唱へられてゐるが、その根拠の一つは朝鮮人安重根が著した『伊藤博文の罪悪』の中の記述にある。<br />明治四十二年(一九〇九)十月二十六日、満州のハルビン駅で伊藤博文は狙撃されて死亡した。<br />　犯人は安重根とされ、彼は伊藤博文の罪を十五条挙げて殺害の理由とした。その第一条は次の通り。<br />　第一、一八六七(ママ)年、大日本明治天皇陛下父親太皇帝陛下賦殺(しいさつ)の大逆不道の事。<br />　安重根は、伊藤博文が孝明天皇を暗殺したといふのだが、実は安重根は狙撃犯ではない。安重根が撃つたとすると、伊藤の体を貫いた弾道と角度が合はないのである。狙撃犯は他にゐたらしい。(注２)<br />　安重根が犯人でないなら、彼が並べ立てた罪状も信用が置けなくなる。策一、朝鮮人である安が、そのやうな秘密を知一、知つてゐること自体可笑しいではないか。誰かが孝明天皇暗殺の罪を伊藤博文に擦(なす)り付けようとしたのであらう。<br />　孝明天皇が暗殺されたことは、アーネスト・サトウも記してゐるので間違ない。次いでに若年の明治天皇も、といふことも考へられないことではない。<br />　孝明天皇暗殺が事実とすると、官中ではいづれその噂は明治天皇の耳にも入る。さういふ事態を一味が放置したとは考へ難いが、これ以上の詮索は控へよう。<br />　ただ、明治天皇が南朝を正統としたのは、どうしても解せない。皇統白体を否定することになるからだ。この辺の謎が様々な臆測を生むのであらう。<br />　もう一つの気になる件りは、次の箇所である。<br />　「伊藤博文らは、十九年後の一八八二年に明治憲法法を作るために再びイギリスに渡り、ロスチャイルド家の世話になつてゐる。<br />　ロスチャイルド家が、当時の世界中を管理していた。そこが世界の最高指令部(ヘッド・クォーター)だつたのである。<br />　ロスチャイルド金融財閥にしてみれば、極東の新興国である日本の場合は、どの者たちを抑えておけば上手に管理できるか、"上からの目"ですべて見透かしていたのである。<br />　ロスチャイルドは、『日本のような後進国にはイギリスの最先進国の政治体制(コンスティチューション)は似合わない』として、ブロイセン(プロシア)ぐらいが丁度良いだろうと判断して、プロイセンから来ていた意法学者のグナイストやシュタインを紹介した。<br />　このグナイストに家庭教師をしてもらつて作つたのが明治憲法である」<br />　グナイストやシュタインはユダヤ系であり、同じ系統のロスチャイルド家が彼らを紹介したといふのは有り得る話である。<br />　伊藤博文らが一八八二年に渡欧した際、ロスチャイルド家の世話になったといふ記録は残されてゐないが、文久三年(一八六三)にイギリスに密航した時既にロスチャイルドのコントロール下にあつたと思はれ、一八八二年の時点では未だグラバーもに健在だつたから、予(あらかじ)め話はつけてあったのだろう。<br />　副島氏の視点は従来見られなかつたもので、本質に肉迫してゐるが、未だ半分しか真実が語られてゐない。フリーメーソンが暗躍したといふ事実が抜け落ちてをり、次稿でこの問題を論じることにする。<br /><br />(注１)『属国日本史幕末編』(副島隆彦、早月堂書房)<br />(注２)『伊藤博文暗殺事件』(大野芳、新潮社)<br /><br /><br /> ]]>
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<title>坂本弁護士事件の怪</title>
<description> 　坂本弁護士一家殺害事件の実行犯の供述によると、犯行状況は凄惨なものだった。　実行犯はオウム真理教の中川智正、岡崎一明、村井秀夫、新實智光、早川紀代秀、端本悟の６人である。１９８９年１１月４日午前３時頃、横浜市磯子区にあるアパ－ト２階の自宅で就寝中の坂本弁護士一家３人を実行犯が襲撃した。　まず、端本が、いきなり眠っている坂本弁護士（当時３３）の身体の上に馬乗りとなり、同弁護士が目をさますや、声を上
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<![CDATA[ <br />　坂本弁護士一家殺害事件の実行犯の供述によると、犯行状況は凄惨なものだった。<br />　実行犯はオウム真理教の中川智正、岡崎一明、村井秀夫、新實智光、早川紀代秀、端本悟の６人である。１９８９年１１月４日午前３時頃、横浜市磯子区にあるアパ－ト２階の自宅で就寝中の坂本弁護士一家３人を実行犯が襲撃した。<br /><br />　まず、端本が、いきなり眠っている坂本弁護士（当時３３）の身体の上に馬乗りとなり、同弁護士が目をさますや、声を上げさせないようにするため同弁護士の顎を手拳で数回殴打し、次いで、岡崎が、上半身を起こそうとした坂本弁護士の背後に回り込み、右手を<br />同弁護士の首に回して同弁護士の着衣であるパジャマの左奥襟辺りをつかんだ上、それを右方向に引っ張り、パジャマの布地を使って同弁護士の首を絞めた。<br />　坂本弁護士は、背後から首を絞め付けている岡崎を振り払おうとして必死に抵抗したが、岡崎を振り払うことができないまま、間もなく、その場で窒息死した。<br />　一方、新實は、寝室に入ると、すぐに、同室で寝ていた都子の身体の上に馬乗りとなり、騒がれないように同女の口を両手で塞ぐなどして同女の身体を押さえつけた。都子は、苦痛を押して「子供だけはお願い」などと龍彦の助命を哀願した。<br />　この間、傍らで寝ていた龍彦が、目を覚まして泣き声を上げたことから、同児の側にいた被告人（中川）は、龍彦に声を上げさせないようにするとともに、同児を窒息死させるため、その場にあったタオルケット様のもので同児の鼻口を押さえ、それを数分間続けた<br />ところ同児がぐったりした。<br />　被告人（中川）は、都子の背後から、右手を同女の首に回した上、同女の首を絞め続け、間もなく、その場で同女を窒息死させた。<br />　また、都子から離れた新實は、被告人（中川）の前記暴行によってぐったりし、けいれん状態を引き起こしている龍彦を殺害するため、同児の鼻口を手で押さえ続け、間もなくその場で同児を窒息死させた。（『読売新聞』１９９６年３月１２日夕刊）<br /><br />　これが本当だったら余りにもむごい。裁判抜きで実行犯をリンチにして殺してしまえ、というマスコミの論調にも頷けるものがある。しかしその前にちょっと冷静になって良く考えてみて欲しい。人を３人も殺すことは大変な作業である。しかも犠牲者はおとなしく殺される訳ではない。自分の身を守ろうと、愛する家族の命を助けようと、必死の抵抗をしたはずである。<br />　検察の冒頭陳述からも、その様子を伺い知ることができる。しかも事件の起きたのは、夜中の午前３時である。閑静な住宅街はひっそりと静まり返り、坂本弁護士一家が暮らしていたアパ－トでも住民は眠り込み、しんとして物音一つしなかったに違いない。そこに<br />突然、こんなどたばた騒ぎである。事件に気づいた人がいないという方がおかしい。<br />　ところが、である。アパ－ト２階にある坂本弁護士の自宅の階下に住んでいた家族は、４日の午前３時頃には坂本弁護士の部屋からは物音ひとつしなかったと証言しているのである。物音ひとつしなかった、これはすなわち事件が起きたのは、１１月４日の午前３時<br />ではなかった、ということを示しているのではないだろうか。<br />　事件が起きたのが、『１１月４日午前３時』ではなかったことを補強する材料として、事件現場の流しには、夕食に使ったと思われる食器が洗われずに置いてあった、という事実が挙げられる。<br />　清潔好きで几帳面だった都子さんは夕食後すぐに食器を洗う習慣があった。つまり、夕食に使った食器を洗わずに寝てしまうということはないということだ。それが洗われずに残されていたということはすなわち、犯行が行われたのは一家が寝る前、つまり４日未明<br />ではなく、３日夜だったということを示している。<br />　また、事件当日には坂本弁護士夫妻が着ていた服もなくなっている。ところが、２人が使っていた寝巻は部屋にあった。つまり失踪時、坂本弁護士夫妻は普段着だったということだ。これまた、『４日午前３時』説が間違っていることの傍証となる。<br />　次に家計簿について。都子さんは毎日、家計簿をつけていた。結婚して以来、書いてない日はなかったという。その家計簿をつけるのは、旅行でもしない限り必ずその当日のうちである。それが１１月３日から書いていない。もし犯行が『４日午前３時』に行われて<br />いたなら、３日の家計簿はつけてあったはずである。<br /><br />　洗われずに置いてあった食器、部屋に残された寝巻、つけられずに残されていた家計簿以上の点からも、『４日午前３時』犯行説は明らかに誤りであることが分かる。実は犯行時間についてだけではなく、坂本弁護士一家殺害事件にはまだまだ多くの謎が残されて<br />いるのである。<br /><br />　その１。実行犯はどうやって坂本弁護士宅のドアの鍵を開けたのか。「鍵はすでに開いていた」「都子さんが鍵をかけ忘れた」と言われているが、本当なのか。<br />　坂本弁護士は、青山被告や上祐氏が事務所に訪ねてくるようになって以来、自宅の鍵だはかけ忘れのないよう都子さんに念押ししていたとされている。事件当日だけ都合よく鍵をかけ忘れたというのは、出来すぎた話ではないのか。<br /><br />　その２。事件現場に、実行犯が落としていった「プルシャ」と呼ばれるオウム真理教のバッジがあった。犯行現場に自分たちの身元が分かるような証拠を残していく犯人がいるとすれば、大馬鹿者である。オウム真理教の実行犯がそうだったのかも知れないが、それ<br />にしては、真夜中、誰にも気付かれずに坂本弁護士一家を殺害して、その遺体を運び出すというマジシャンまがいの行為をやってのけた見事なお手並みは、どう説明したらいいのだろうか。<br />　さらに不思議なのは、「プルシャ」が発見されたのが、鑑識の調査が済んだ１１月８日の午前中だということである。鑑識課員が見逃したのを坂本弁護士の母親が発見したのだ。これまた、まずあり得ない話である。警察の捜査というものは、そんなにいい加減なも<br />のなのか。本当はオウム真理教の犯行に見せかけるために、後から誰かがこっそりと「プルシャ」を部屋に落としてきたのではないのか。犯人は警察内部に潜入している秘密結社のエ－ジェントかもしれない。<br /><br />　ところで『１１月３日犯行説』を裏付けるものとして、坂本弁護士宅の階下の部屋に住んでいた家族が３日の午後８時過ぎ、坂本弁護士と、坂本弁護士を訪問したらしき人物とが会話している声を聞いたと証言していることがあげられる。<br /><br />　前回のインタビュ－の時、「坂本さんの自宅を訪れたのは、坂本さんに信用させ、ドアを開けさせることができた女性の疑いがある」とおっしゃっていました。その女性が、１１月３日午後８時過ぎ、坂本さんにドアを開けさせ部屋に入った。だから、４日午前<br />３時頃に岡崎容疑者や早川被告が行った時はドアは開いていた、ということですか？<br />「そう考えるほうが、『都子さんがドアの鍵をかけ忘れた』と考えるよりは、はるかに自然でしょうね」<br />　「３日午後８時過ぎ」の訪問者を「坂本さんを信用させた相手」と考える、その根拠はありますか？<br />「湯呑み茶碗です。坂本さんは、ある人から贈られた来客用の湯飲みセットを使っていました。鑑識が調べた結果、全部で５つあるはずのその湯呑み茶碗セットのうち３つがなくなっています」<br />　　　ということは、３日の夜に３人の来客があり、坂本家では彼らにその湯飲みでお茶を出し、それがなくなっているということですか？<br />「そういう推察も成り立ち得るということです」（「週刊プレイボ－イ」９５年１０月３日号の「現役・公安幹部の告白＜第２弾＞」から引用）<br /><br />　それでは坂本弁護士一家は、どのようにして殺害されたのであろうか。一つの仮説としては、１１月３日の夜に自宅アパ－トで近所の住人に気付かれないように密かに殺害されて、４日の深夜にこっそりと遺体が運び出された、というものがある。<br />　もう一つの仮説は、１１月３日夜、坂本弁護士一家は自宅から外におびき出されて拉致された、というものである。それを裏付けるような情報がある。「坂本弁護士一家救出のための懸賞金広告実行委員会」の木村晋介委員長（弁護士）が、「タクシ－運転手から寄<br />せられた情報」として公表した情報だ。<br />　それによると、坂本弁護士が姿を消した当夜、坂本弁護士一家に似た客３人がタクシ－に乗車し、横浜市瀬谷区三ツ境付近で降り、そこに待っていた二人の男と共にライトバンに乗り継いで行ったという。この情報は「注意を要する情報」として、わざわざ記者会見<br />を開いて公表されたものなので、信憑性は極めて高い。<br />　今となっては真実は闇の中である。だがどう考えてもオウム真理教＝犯人説には無理があるように思える。それでは真犯人はいったい誰だったのであろうか。<br /><br />　真夜中に何故か都合よく開いていたドアの鍵、そして３人の来客の謎。オカルトに精通している者にはすぐ分かる。フリーメーソン神話において、ソロモンの神殿の建築者である親方メ－ソンのヒラム・アビフを殺害した、３人の卑しむべき職人メ－ソン、ユベラ・<br />ユベロ・ユベラムが登場したのだ。<br /><br />フリーメーソンとは何か？<br /><br />　フリーメーソンとは自由（フリ－）な石工（メ－ソン）という意味である。フリーメーソン側がいくら否定しようと、フリーメーソンはれっきとした秘密結社である。秘密の儀式を有している、秘密の教えを有しているから秘密結社であるというのではない。仏教の<br />教義の中にも、ステ－ジの高い修行者にしか明かされないタントラ・ヴァジラヤ－ナという秘密の教えが存在している。何故秘密にされているのかというと、精神性の低い修行者にとっては危険な教えであるし、世間にその秘密が漏れると誤解を招く恐れがあるからである。<br />　だからといって、我々は仏教教団を秘密結社であるとは言わないだろう。仏教修行の目的は、解脱や悟りにあることは自明のことだからだ。筆者がここで秘密結社というのは、その達成されるべき目標およびそのための手段方法を部外者に知らせない組織のことであ<br />る。すなわち陰謀を働く結社であるということだ。<br />　従って共産党のような革命組織は例えそれが地下組織であったとしても、秘密結社とは呼ばない。何故ならマルクスも言うように、「共産主義者は、自分の見解や意図を秘密にすることを軽蔑する」（共産党宣言）からである。しかしもし革命の本当の目的が共産主<br />義社会の建設ではなくユダヤのキリスト教破壊と国家経済の独占にあるとしたら、もし共産党を背後から操る陰謀組織が存在しているとするなら、その組織は秘密結社であると言っていい。それでは、秘密結社フリーメーソンの真の目標とは何なのだろうか。<br />　フリーメーソンの目標は世界支配、そのための手段はオカルトである。このオカルトには儀式殺人も含まれている。しかしフリーメーソン結社員は、フリーメーソンはロ－タリ－クラブのような単なる社交団体であるとぬけぬけと言う。結社の目的は外部の人間には秘密にされている。だからフリーメーソンは秘密結社であると言えるのである。<br /><br />　フリーメーソンの起源に関しては様々な説がある。しかしここでは、アメリカのオカルト研究家、ジェイムズ・シェルビ－・ダウナ－ドの説を御紹介しよう。ダウナ－ドによると、中世の石工組合（スト－ン・メ－ソン）はその起源をロ－マ人設立の大学（ロ－マ・カレッジ）に辿ることができるという。<br />　フリーメーソンの起源は高位神官と同じように神秘に満ちている。彼らは神聖な秩序のもとに神聖な建物をつくっていたので、物理空間における測量、数、面積を特別に重要視した。それはロ－マ神話の農耕の神、クロノス－サタンがこの建築の世界を支配しているとされたからだ。フリーメーソンは神を「宇宙の偉大な建築者」と呼んでいる。<br />　ゴシック大聖堂の発展の歴史を考察すれば、フリーメーソンが堕落して行った過程を伺い知ることができる。もちろん当初は、メ－ソンも信心深く宗教的な男の集団であった。<br />その仕事は、真実と美の調和を石工において実現することにあった。しかしこれは長続きせず、腐敗はたちどころに始まったのだ。<br />　大聖堂の聖母マリアの彫像を調べてみれば、このことがよく分かる。最初は聖母マリアは、全ての女性にとっての理想像である清純な処女として描かれていた。しかしその後すぐに彼女の姿は、偉大だが自然な美を持つ、実在の母親の肖像へと変化して行った。信心<br />深い者は新しく出現した彼女の人間性の面を賛美するかも知れないが、そうすることで同時に彼らは、別世界に存在するような彼女の神聖さというものを犠牲にしてしまったのである。<br />　次ぎなる段階は、彼女が「大地母神」へと変えられた時に起こった。メ－ソン好みの豊穣の女神へと変化したのだ。最後の段階は１３世紀と１４世紀に、彼女の姿が余りにも人間臭く成り過ぎた時に起きた。アミアン大聖堂の南入口のマリアの姿は、実際のところ浮気女や今にも浮気をしそうな女へと堕落してしまっている。これは正にゴシック建築におけるメ－ソンの影響力を表しているのである。<br />　石工組合はこれらの秘密の唯一の保持者なのだ。この聖母マリアの変身の過程は、いつの日か現実の女性へと適用されるだろう。いやもう現実にそうなっている。馬鹿な浮気女の大量発生、筆者が改めて指摘するまでもない。<br />　スト－ン・メ－ソンは神秘的な労働組合として、当時の労働者に対してある種の支配権を持っていた。そしてフリーメーソン友愛組合と親密な関係を築いていた。余りにも親密であったので両者を区別することは事実上難しく、また両者は一体となって発展した。両<br />者の結合は、ヨ－ロッパにおいて騎士道が廃れた時に起きた。現代のメ－ソンは、彼らの祖先は騎士道精神を体現していたと言うが、これは嘘である。スト－ン・メ－ソンのまったき崩壊は１４世紀に始まっている。<br /><br />　「騎士道の衰退は１４世紀になって起こった。都市のマネ－・パワ－が古き農耕社会の秩序と宮廷の伝統を破壊し、ドンキホ－テ（滑稽なもの－筆者注）へと堕落させてしまったのだ」（－ゴシック彫刻）<br /><br />　ドイツの友愛組合のメンバ－は、「シュタインメッツェン」と名乗った。グランド・ロッジはシュトラスブルク、ウィ－ン、ケルン、チュ－リッヒに設立された。１４５９年にグランド・ロッジが設立されると同時に、シュトラスブルクの大聖堂の親方がドイツのメ－ソンのグランド・マスタ－になることが決められた。<br />　シュタインメッツェン（スト－ン・メ－ソン）とフリーメーソの一般的な違いは、少なくとも１８世紀の初めまではシュタインメッツェンは「実践的」メ－ソンと考えられていたのに対し、フリーメーソンは「思弁的」と考えられた点にある。「実践的」メ－ソン<br />は実際に実在の石を扱うのに対し、「思弁的」メ－ソンは組織的な目的のために象徴的儀式的な対象として石を用いるのである。最終的には、シュタインメッツェンは完全にフリー（思弁的）メ－ソンへと溶け込んでしまった。<br />　石垣が単なる象徴に過ぎなくなった時、それは秘密と沈黙を表すものへと変化したのである。<br /><br />　ダウナ－ドが明察したように、フリーメーソンの世界支配の陰謀は１４世紀に始まる。<br />この時キリスト教精神が破壊されて、マネ－・パワ－がそれに取って代わるのだ。<br />　この１４世紀の初めには、世界史的に重要な事件が起こっている。テンプル騎士団の大弾圧である。１３１４年３月１８日夜、テンプル騎士団の最後の総長であったジャック・ド・モレ－は火あぶりにされて処刑された。筆者はテンプル騎士団が世界的陰謀の総元締めであったと考えている。ではテンプル騎士団とはいったい何者なのであろうか。<br />　１１１８年－第１次十字軍がイスラムを破り、アンチオキアとエルサレムを占領して、ゴドフロア・ド・ブイヨンをエルサレムの王に据えてから１９年後－、ユグ・ド・パヤンとゴドフロア・ド・サントメが率いる９人のフランス人騎士の一隊が、聖墓への巡礼者を<br />守るため修道会を結成した。<br />　時のエルサレム国王は、この修道会に対しソロモン神殿の広場に面した用地を与えたので、以来テンプル騎士団の名で呼ばれる。<br />　清貧を旨としたテンプル騎士団も莫大な寄付を集めた結果、１２世紀末には裕福で強力な団体になっていた。時のフランス国王、フィリップ端麗王はテンプル騎士団の財産に目が眩み、それを横取りしようと陰謀を企んだ。<br />　１３０７年１０月１３日、フィリップ端麗王は異端の罪でフランス国内のテンプル騎士団全員を逮捕させた。ジャック・ド・モレ－をはじめとする多数の騎士は、キリストの否定や十字架に唾を吐きかけたこと、偶像つまり髭の生えた頭を見せられこれを拝むように<br />命じられたことを告白した。<br />　しかしこれらの告白は拷問により強要されたものだった。フランスでは告白を撤回した<br />５４人の騎士が１３１０年５月１２日、異教徒に戻ったとして火あぶりにされた。４年後の１３１４年３月１８日、ジャック・ド・モレ－も同じ運命を迎えた。<br />　テンプル騎士団はイスラムの暗殺教団「アサシン」と同盟を結んでいたと言われている。アサシン（暗殺）という言葉は、この教団に由来する。組織の上級者は若者をハシシで酔わせて様々な快楽を味わせる。自分は天国にいたと錯覚した新団員は、組織の命令を実<br />行すれば、永遠の喜びで報いられると信じ込む。こうして彼は殺人に命をかけるようになるのだ。アサシンは基本教義としてはイスラムへの忠節を公言していたが、少数の者にしか明かされない秘密の教義を持っていた。その究極の目的は宗教の外套をまとった少数者<br />による支配であり、その手段は反対する者の皆殺しであった。アサシンの狂信を通じて機能する組織的殺人システムが西洋に輸入されて、ヨ－ロッパの秘密結社のモデルとなったのだ。アサシンは「東方のフリーメーソン」とも呼ばれている。<br /><br />　以上はテンプル騎士団弾圧に関する「通説」である。だが、陰謀家どもの主張するテンプル騎士団無罪説、フィリップ悪玉論は真実ではない。彼らは、騎士たちの告白は拷問の結果なされたものだから真実とは異なる、という。しかし全ての告白が拷問の結果なされ<br />たわけではない。パリの教皇会議の審問では、多数の騎士が教皇を前にその陳述を確認したのだが、ここではいかなる拷問も行われなかった。<br />　また、テンプル騎士団の財産はフィリップ端麗王に接収されたわけではなく、王自らの手でエルサレムの聖ヨハネ騎士団に与えられているという事実がある。<br />　テンプル騎士団異端説にはやはり根拠があったのである。彼らはバフォメと呼ばれる髭面の両性具有の悪魔を崇拝し、セックス・マジックや首切り儀式に熱中していた。胴体から切り話された喋る生首、これが彼らの本来の崇拝の対象である。おとぎ話ではない。猿<br />の首のすげ替え実験はすでに成功しているのだ。そのうち人間の首のすげ替えも行われるようになるだろう。テンプル騎士団とその後継者が目指している伝説的な目標は、髭面の男の頭を肉感的な女性の胴体に移植することである。その時こそ、テンプル騎士団が崇拝<br />した両性具有の悪魔・バフォメが地上を徘徊することになるのだ。<br />　バフォメは単なる空想の産物などではない。この世に現実に存在している。加え煙草で下品な言葉を吐き、男のような恰好で街中を闊歩している、それでいて胸とけつだけは張り出している。こんな生き物を昔はおとこ女と呼んだものだ。筆者はバフォメと呼んでい<br />る。近年、男と女の性差がなくなりつつある。人類が中性化しつつあるのだ。男と女は対照的であるからこそ互いに引き合うのである。男女の対照性が消滅してしまえば、陽と陰の両極性が生み出すダイナミズム、生命力といったものも自然に消滅してしまう。自然の生命システムが破壊され、残されるものはクロ－ン人間のようなロボット人間だけになってしまう。昔ながらの豊かな自然風景は消滅し、無機的な死の街だけが後に残される。その死の街を徘徊するロボット人間の群れ、これが陰謀家どもの究極の目標なのだ。<br /><br />　我々の生命力を破壊するエイリアン集団、テンプル騎士団こそ、西欧キリスト教文明にとっての疫病神であったのだ。彼らは最初に登場した国際銀行家のひな型であり、教会が高利貸しに対する態度を転換させるのに大いに貢献した。どのような中世の組織も、テン<br />プル騎士団ほどに資本主義の台頭に力を貸したことはなかった。<br />　彼らは金融業務に関して優れた手腕を発揮した。これは中東のアレキサンドリアのユダヤ人から学んだ可能性が高い。かくしてテンプル騎士団はユダヤ人を除いては唯一の資本<br />家集団となったのだ。<br />　筆者は、テンプル騎士団は魔術結社と同様に二重の組織だったのではないかと思っている。つまり、一部の者は騎士団の秘密の教義を授けられたが、大多数は始めから終わりまで何も知らされなかった。裏切る恐れがないと高位者が判断した者にだけ、口づてで秘密<br />が明かされたのだ。テンプル騎士団には顕教と密教があり、表と裏の両面を持っていたのだ。テンプル騎士団の総長は表の長であり、その代理セネシャルは裏の長ではないかといわれている。テンプル騎士団の印璽も一匹の馬に二名の騎士が乗るという奇妙な図案であ<br />る。これはテンプル騎士団が二重の組織であることを象徴していると考えられる。騎士団は東方正教の信仰を持つと外部には完璧に見せかけた。分団長だけが行き先を知っており、残りの団員は疑問も持たずついていくだけだった。テンプル騎士団はれっきとした秘密<br />結社であったのだ。<br /><br />　そしてこのテンプル騎士団とフリーメーソンが合体しているのだ。フリーメーソンの「親方」の参入儀礼がテンプル騎士団システムへと変えられた時、ジャック・ド・モレ－はヒラム・アビフに取って代わり、３人の暗殺者はテンプル騎士団の内部告発者、フランスのベジエのスキャン・ド・フレキシアン、フィレンツェのノッフォディそして正体不明の第３者に置き換えられた。しかしこの第３の男に関しては記録が残っていないので、でっち上げの可能性が高い。フリーメーソン伝説の３人の暗殺者と整合性を持たせるためである。３人の暗殺者とは、フリーメーソン伝説においてソロモンの神殿の建築者ヒラム・アビフを殺害した３人の卑しむべき職人、ユベラ・ユベロ・ユベラムのことである。<br /><br />　テンプル騎士団とフリーメーソンの繋がりは、フリーメーソン側も公認の事実である。<br />フランスでのテンプル騎士団裁判中、ピエ－ル・ドモンと７人の騎士はメ－ソン職人の手引きでスコットランドに逃亡し、マル島に上陸したといわれる。１３０７年の聖ヨハネの日（６月２４日）に、彼らは最初の憲章を発表した。その後、スコットランド王ロバ－ト<br />・ブル－スに保護された彼らは、７年後の１３１４年（ジャック・ド・モレ－が火あぶりにされた年－筆者注）の夏至・聖ヨハネの日（６月２４日）に、スコットランド軍に加わって、騎士団を弾圧したイングランド王エドワ－ド２世とバノックバ－ンで戦った。<br /><br />　エドワ－ドは強力な騎兵をふくむ、２万にのぼる大軍をみずからひきいてスコットランドに侵入した。あと一日でスタ－リング城（イングランドの保持するスコットランド内の最後の重要な砦－筆者注）に達するという６月２４日早朝、スタ－リング南部のバノックバ－ン（フォ－ス川の支流）に駒をとめていたイングランド軍は、兵力が３分の１に満たないロバ－ト軍に急襲された。沼地にはばまれたイングランド軍は戦闘がままならず、フォ－ス川で溺死した者は数知れなかった。捕虜になったイングランド貴族の数も多く、その身代金支払いのせいで「スコットランドは一日にして裕福となった」と、巷間うわさされたのである（『イギリス史１』山川出版）<br /><br />　バノックバ－ンでの決定的な勝利の後、１３１４年６月２４日に、ロバ－ト１世（ロバ－ト・ブル－ス）は聖アンデレ・あざみ勲位を制定した。この聖アンデレ・あざみ勲位の<br />象徴は、ヘレダム（ヒアダム）儀式とテンプル騎士団に関係している。<br />　聖アンデレの祝日の１１月３０日は、スコットランドのグランド・ロッジの聖餐式の日であり、聖アンデレ・あざみ騎士は、フランスのメトロポリタン・チャ－タ－（スコテッシュ・ライト・メ－ソン）の位階である。また、グランド・スコテッシュ・聖アンデレ騎士はテンプル位階である。テンプル騎士団とフリーメーソンの密接な繋がりが御理解頂けたと思う。<br /><br />　ところで、オカルトの歴史にとって何より重要な世界史的転回点はルネサンスであると言われている。そのルネサンスと十字軍とは密接な関係がある。<br />　十字軍の結果、北イタリアの諸都市は東方貿易で栄えた。東方貿易によって、ギリシア・ロ－マの古典文化を保持していたイスラムとビザンチンから、古典古代の学問が流入した。１４５３年にビザンチン帝国がオスマン＝トルコに攻撃されて滅亡すると、ビザンチ<br />ンの学者がイタリアに亡命してきたので、古典研究が盛んになった。この古典の文献研究がルネサンスの口火を切ったのだ。<br />　ルネサンスはフィレンツェで最も早くしかもはなやかに展開した。ルネサンスの巨人で『神曲』の作者、ダンテはオカルトの秘密結社員で錬金術や占星術に長ずるカバラ主義者であったことがよく知られている。彼が入団していたのは、テンプル騎士団系のフエデ・サンタである。イタリア・ルネサンスのオカルト哲学者、マルシリオ・フィチ－ノ（１４３３－９９）はフィレンツェのコジモ・デ・メディチ一族の中で育った。フィチ－ノはヘルメス文書のギリシア語写本をラテン語に翻訳した。<br />　ヘルメス文書の著者とされるヘルメス・トリスメギストスは、エジプトの神トトとギリシアの神ヘルメスを融合した神話的人物で、その名は「３重に偉大なるヘルメス」を意味する。紀元前３世紀から後１世紀頃に書かれた同文書は、西洋の神秘思想と魔術の発展に<br />大きな影響を与えた。<br />　ヘルメス文書の中で特に重要視されるのは「エメラルド碑板」である。これはフェニキア文字の刻み込まれたエメラルド製の碑板で、アブラハム（あるいはアレクサンダ－大王）の妻サラによって洞窟の墓場の中から発見された。エメラルド碑板はヘルメス・トリスメギストスの死体の指でしっかりと握られていたという。<br />　魔術上の目的で特に重要な箇所は、エメラルド碑板のラテン語版の冒頭の一文である。<br />「上におけるごとく、下もしかり、下のごとく上もしかり、唯一なるもの驚異を達せんがため」これは占星術と錬金術の基礎となる原理で、人類と地上の小宇宙（ミクロコスモス）と、神と天上の大宇宙（マクロコスモス）が照応関係にあることを示している。<br />　フィチ－ノの極めて優秀な弟子、ジョバンニ・ピコ・デラ・ミランドラ（１４６３－９４）はカバラをグノ－シス主義、ヘルメス主義、新プラトン主義と同化させた。ピコは、カバラはキリスト教の真理を確定することができる、と信じたのだ。このカバラとはユダ<br />ヤ神秘主義のことである。<br />　１４９２年にスペインからユダヤ教徒が追放されると、彼らの多くはイタリアに行き、そこでヘブライ語に対する新しい関心と、ユダヤ教の神秘主義的伝統すなわちカバラに対する熱意とを広めた。ピコの教師がスペインのユダヤ教徒であったことは疑いない。その<br />中で主だったのは、ピコにカバラ的な写本を提供したフラヴィウス・ミトリダ－テスという謎の人物だった。<br /><br />　さて、ルネサンスとカバラ魔術の関係が分かると、ルネサンスに対する我々の評価も自ずから変わって来ざるを得ない。<br />　古典文化の復興、人文主義（ヒュ－マニズム）、美術の開花、真理や美の追求、キリスト教と封建制度にしばられた中世世界からの脱却。一般的には、ルネサンスは無条件で称賛されている。ルネサンスを批判すると、野蛮人のように思われてしまうのが落ちだ。し<br />かし筆者に言わせると、ルネサンスの本質、それはずばり「魔術復活」なのである。魔術結社はルネサンスを隠れ蓑にして、悪魔的陰謀を企んだのだ。<br />　ルネサンスの表看板は自由の賛美である。自由の何処が悪い、人はこう反論するに違いない。言論の自由、表現の自由、報道の自由、好きなことを空想する自由、好きなことをする自由（法律に触れない限り、あるいは法律に違反しても捕まらない限りにおいて）、自由はすばらしい。それはその通りだ。権力者に個人の自由を縛られるのは、誰でも御免被りたいはずだ。ヒトラ－、ムッソリ－ニ、スタ－リン。ロ－マ教皇、ラスト・エンペラ－、天皇ヒロヒト。専制主義の悪玉には事欠かない。しかし本質的には彼らの存在は危険な物ではないのだ。その暴力性があまりにもあからさまで、我々はそれに対して身構えることができるからだ。<br />　しかし、自由、平等、友愛を隠れ蓑にしたファシスト的な階級組織であるフリーメーソンに対しては、我々は完全に無防備だ。自由幻想に酔い、影で邪悪な陰謀が進行している<br />ことに気付かない。一例をあげると、選挙がある。ファシズム体制下では自由な投票はありえない。デモクラシ－社会では自由で公正な選挙が保証されている。すばらしい。だが実は、大衆は選挙が公正に行われていると錯覚しているに過ぎないのだ。得票数などは、<br />裏で完璧に操作されていることに気付かない。一抹の疑いを抱くことすらしないのだ。<br />　疑いを知らぬ大衆の心理操作、これこそリアル・ポリティックス、真実の政治力学なのである。その手段は物理的暴力ではなく、詐欺やペテンである。腕力ではなく頭の勝負なのだ。この時代の悪魔との決戦場は物理的次元にはなく、霊的・精神的な次元にあるのだ。目に見える暴力と目に見えない暴力、どちらがより危険かお分かり頂けたと思う。<br /><br />　ルネサンスの魔術師の話を続けよう。黒魔術師の評判の高い、ハインリクス・コルネリウス・アグリッパ（１４８６－１５３５）は『オカルト哲学について』の著者である。『<br />オカルト哲学について』はフィチ－ノのヘルメス主義的魔術とピコのカバラ主義的魔術を結びつけた集大成である。アグリッパはまたヨハネス・ロイヒリン（１４５５－１５２２）のキリスト教カバラにも影響されている。<br />　アグリッパは宇宙を３つの世界、つまり元素世界、天空世界、叡智世界に分けている。彼は「魂の戦車（乗り物）」として、ランタンから漏れる光のように肉体を離れ、あらゆる時空を理解し、不思議な領域を探索し、天球層と精神的階梯を通って原型あるいは神へ<br />とのぼりつめるための、星気体の能力についても言及している。アグリッパは、肉体からの星気体（アストラル体）の分離、すなわちアストラル・トリップについて述べているのである。<br />　このアグリッパに影響されたのが、エリザベス朝イングランドの高名な哲学者、数学者、占星術師、魔術師、スパイであったジョン・ディ－（１５２７－１６０８）である。アグリッパのように、ディ－は宇宙は自然界、天空界、超天空界に分かれていると考える。<br /><br />　アメリカの歴史修正論者であるマイケル・Ａ・ホフマン二世によると、ジョン・ディ－は近代フリーメーソンの初代グランド・マスタ－であったという。公の歴史では、近代フリーメーソンは１７１７年６月２４日、聖ヨハネの祝日に、ロンドンにある４つのロッジが合同して創立されたことになっている。しかしこれはフリーメーソンが歴史の暗闇の中から彷彿とその姿を現し、公然とエリ－ト階級をリクル－トし始めた時期であって、そのずっと以前からフリーメーソンが存在していたことはすでに述べた。<br />　筆者はホフマンの「ジョン・ディ－＝近代フリーメーソンの初代グランド・マスタ－説」を採らない。しかし、ディ－がイギリス史に果たした役割は非常に大きいと考えている。そこでジョン・ディ－について簡単に触れておきたい。<br /><br />　ディ－は１５２７年にロンドンの近くに生まれた。「妖術師」の悪名の高かったディ－は、１５５３年、カトリック女王メアリのホロスコ－プを作成して、女王の薄命を予言した。この予言が当局の忌憚に触れて叛逆罪に問われ、ディ－はハンプトン・コ－トに投獄<br />されてしまった。ディ－の予言どおり、メアリ女王は短命だった。<br />　１５５５年、メアリ女王の跡を継いだエリザベス女王は、早くから、ディ－の占ったホロスコ－プで王位につくべき運勢を保証されていた。女王になったエリザベスはただちにディ－を牢獄から釈放して、王室数学官に任命し、彼女の載冠式の日取りを占わせた。載<br />冠式はディ－の指定する１５５９年１月１４日めでたく行われた。<br />　ディ－は協力者のエドワ－ド・ケリ－と共に、降霊術で天使を呼び出したと噂されている。魔術師であり優れた数学者でもあったディ－は、『ユ－クリッド』のヘンリ－・ビリングズリ－の英訳に寄せた序文にこう書いている。「数により、知られうるものすべての探究と理解への道が得られる」<br />　ここには科学と官僚性の基礎となる概念が表明されている。これは西洋哲学における重大なパラダイム・シフトであった。<br />　１５８３年にジョン・ディ－とエドワ－ド・ケリ－はイギリスを後にして、大陸旅行に出発した。大陸で過ごした歳月の間、ディ－はある種の伝道活動をし、そのことでポ－ランドのクラコウそしてプラハへ行った。プラハにいた時にディ－はラビ・レ－ヴと接触し<br />た。<br />　ボヘミアのプラハはカバラの一大中心地であり、一人の極めて注目すべき魔術師、ラビ・レ－ヴが１６世紀後半のプラハで有名であった。彼はオカルト主義者の皇帝ルドルフ２世と記念すべき会見を行ない、その際皇帝は実際にこのユダヤ人に精神的助言を求めている。ユダヤの伝説では、レ－ヴは異教徒抹殺の人造人間「ゴ－レム」の創造者であるとされている。<br />　エリザベス女王の密命を帯びたディ－はこのプラハで、ラビ・レ－ヴと重大な契約を結んだのだ。その契約とは、イギリスの発展のために国際ユダヤの隠れた支援を取り付ける<br />ことであった。そのお蔭で、これまではちっぽけな島国に過ぎなかったイギリスが文字通りの大帝国にのし上ることができたのだ。<br />　契約の見返りは、ユダヤ人のイギリスへの再入国であった。１２９０年にエドワ－ド１世（バノックバ－ンでスコットランド軍と戦ったエドワ－ド２世の父王）はイギリスからユダヤ人をすべて追放していた。ただし隠れユダヤ（キリスト教への改宗者）は別である。その後ユダヤは、エリザベス１世の治世にこっそりとイギリスに再入国することができた。ユダヤ人が公然とイギリスに帰還したのは、クロムウェルの時代になってからであった。<br />　イギリスへの再入国という見返りを約束されて、ユダヤはディ－に協力して大英帝国の基礎を築いた。そして西洋を支配することになるイギリスの秘密結社の育成をはかったのである。<br />　密命を無事に終えた後、ディ－は女王の腹心サ－・フランシス・ウオルシンガムに宛てて秘密報告を出している。彼は数学者らしく、名前の代わりに数字でサインをした。「００７」と。オカルトによる世界の宗教改革、それがディ－の目指したものであった。魔術師ジョン・ディ－こそ、世界史に大きな影響を与えた大英帝国の企画者、女王陛下の秘密エ－ジェント、「００７」であったのだ。<br /><br />　大英帝国がオカルト秘密結社の前進基地であったことが分かった。そこで今度は、過去から未来に目を転じてみよう。オカルト秘密結社の創始者、ジョン・ディ－はイギリスで生まれた。そして新約聖書のヨハネの黙示録に描かれた獣、聖書に予言された反キリストもイギリスに生まれているのである。<br />　これはあくまで筆者の仮説であるとして聞いて欲しい。その反キリストは「ウィリアム」という名前を持っているはずである。ヨハネの黙示録の獣の数字「６６６」はいくつかの写本には「６１６」とある。ウィリアム「Ｗｉｌｌｉａｍ」のＷを二つのＶに分解し、<br />二つのＬをＩと読む。これを並べ替えると，「Ｉ　Ａｍ　ＶＩ　ＶＩ」となる。ロ－マ数字「ＶＩ　Ｉ　ＶＩ」はアラビア数字で「６１６」のことである。<br />　この「ウィリアム」という名前を持つ超有名人がイギリスにいる。チャ－ルズ皇太子と故ダイアナ妃の長男、未来の英国王ウィリアム王子である。ウィリアム王子が即位すると、彼はウィリアム５世となる。「Ｗｉｌｌｉａｍ　Ｖ」を並べ替えると、「Ｉ　Ａｍ<br />ＶＩ　ＶＩ　ＶＩ」となり、ここに獣の数字「６６６」が出現するのである。<br />　チャ－ルズ皇太子とダイアナ妃の変態セックス（セックス・マジック）の賜物、ウィリアム王子は１９８２年の夏至の日、６月２１日に誕生している。夏至とは、一年で一番日が長くなる日である（北半球では）。古代密議宗教では太陽は神として崇拝されていた。<br />フリーメーソンのシンボルは左目と太陽である。黒魔術師アレイスタ－・クロウリ－が夢見た「ム－ン・チャイルド（月の子供すなわちダイアナの子供）」であるウィリアム王子<br />は、未来のイギリスに太陽王として君臨することになるのだ。反キリストとしては申し分のない血統であろう。<br />　余談になるが、この太陽王ウィリアムの子分とでも言うべき二人の有名人がいる。ウィリアムの愛称はビル（Ｂｉｌｌ）である。二人の高名なビル、誰あろう、ビル・クリントン合衆国大統領とビル・ゲイツマイクロソフト社会長のことである。<br /><br />　オカルト秘密結社の歴史をおさらいした所で、話をオウム真理教事件に戻す。坂本弁護<br />士一家殺害事件で登場した３人の暗殺者は、フリーメーソン神話の３人の卑しむべき職人、ユベラ・ユベロ・ユベラムであることが分かった。<br />　坂本弁護士一家殺害の目的はもちろん、オウム真理教に殺人者の汚名を着せることにある。フリーメーソンはオウム真理教を潰してしまいたい、しかしそれにはそれなりの口実がいる。現代日本は民主主義社会である。思想、信仰、結社の自由は保証されている。オ<br />ウム真理教を武力でもって無理やり解体することはできない。戦前、戦中の治安維持法みたいなものは適用できないのだ。そんなことをすれば、宗教弾圧であると反撃される。殉教者を作りあげること程、恐ろしいものはない。宗教とは、迫害をばねにして教勢を拡大するものだからだ。<br />　しかし宗教団体が卑劣な殺人を犯した、となると話は別だ。殺人カルトなど、弾圧されようが解体されようが誰も文句は言わない。アメリカや日本で、宗教団体による殺人、詐欺、児童虐待などの犯罪行為や、集団自殺行為が多発するのもそのためである。つまりこ<br />れは、でっち上げられた犯罪であり集団自殺なのだ。国家権力とは恐ろしいものであり、その支配の手段が国民に隠蔽される時、とてつもなく危険なものとなる。そしてこの支配の手段こそ、フリーメーソン秘密結社が部外者から隠してきた「王の技法（ロイヤル・ア－ト）」であり、リアル・ポリティックス（真実の政治力学）なのである。<br /><br />松本サリン事件の謎<br /><br />　まず、図１をご覧頂きたい。これは、松本市地域包括医療協議会が行ったアンケ－ト調<br />査の結果である。調査対象は、有毒ガス中毒者がでた町内会すべての住民およびその他の計２０５２名であった。アンケ－トは中毒事故発生から約３週間後の１９９４年７月１４日から１８日の間に行なわれた。<br /><br />　最初に自覚症状を感じた時刻<br /><br />　自覚症状を６月２７日の２０時から２１時の間に感じていた者が５名、２１時から２２時の間に感じていた者が８名いた（図１）。自覚症状を感じた時間のピ－クは２３時から２４時にかけてであり、全体の３０．６％を占めていた。しかし６月２８日の朝（６－８時）にも小さなピ－クがあった。すなわち、自覚症状を感じた時刻は２峰性という疫学現象を示した。（『松本市有毒ガス中毒調査報告書』より抜粋）<br /><br />　ところがこの調査結果は、松本サリン事件の検察冒頭陳述と矛盾しているのである。冒頭陳述にはこうある。<br /><br />　村井らの乗車する噴霧車等は、平成６年６月２７日午後１０時３０分ころ、前記鶴見方駐車場に到着し、噴霧車は、同駐車場の東側のフェンスの側に前部を南側に向けて駐車し、ワゴン車は、同駐車場の西側寄りに前部を同じく南側に向けて駐車した。・・<br />　そして、村井は、噴霧車の助手席で遠隔操作でサリン貯留タンクの下についているエアバブルを開けるとともに、銅製容器の加熱及び有圧換気扇の作動をそれぞれ開始するため、そのスイッチを入れ、噴霧装置を始動させた。<br />　すると、同午後１０時４０分ころから噴霧車の噴霧口から気化したサリンが白煙状になって噴出し、噴霧車の周りに立ち込め、同駐車場の東側にある池の畔に生えている木立の上などを通って周囲に拡散された。・・<br />　村井は、同所で約１０分間サリンの噴霧を続けた後、サリンの残量がなくなったと判断し、端本に対し、噴霧車を移動するよう指示し、端本が噴霧車を発進させ、同駐車場の西側道路を北方に向け逃走を始め、これを見た富田もワゴン車を発進させ、噴霧車に追従し<br />て同駐車場から逃走した。<br /><br />　ここで、検察冒頭陳述の矛盾点を二つ指摘しておく。<br />１．６月２７日の２０時から２２時の間に自覚症状を感じた人が存在するのに、検察冒頭陳述ではサリン噴霧は２２時４０分から行われたとされている。<br />２．６月２８日の朝６時から８時にも、自覚症状の小さなピ－クがある。言わずもがな、６月２８日の朝には実行犯はすでに逃走済みである。<br /><br />　いったい何故、こんな矛盾が生じたのであろうか。これは警察が無理やり、嘘の供述を松本サリン事件の被告から引き出したからであろう。つまり、オウム真理教＝犯人説には疑問があるということだ。では事件の真実とはどのようなものであったのだろうか。これ<br />を推測させる記事が存在する。<br /><br />　なぜ、供述と時刻のズレがあるのか。国際基督教大学の田坂興亜準教授（分析化学）が、こういう。<br />「これは、８時台に少量のサリンを噴霧車を使わず、別の方法で発生させ、１０時半過ぎに大量のサリンを噴霧した。つまり、２段階行った。同じ日に、別の者が実行するのは考えられず、同一実行犯が２回実行した可能性がある」<br />　しかし、別の見方もある。「考えられるのは、攻撃グル－プが２班いたのではないかということ。最初のグル－プが、午後８時台にサリン以外の、例えばホスゲンなどを撒いたのではないか。その後、第２段階で噴霧車からサリンによる本攻撃を行った可能性がある」（捜査関係者）（『週刊現代』１９９６年５月４日号より）<br /><br />　この記事には、オウム真理教以外の別の真犯人の存在が暗示されている。閑静な住宅街に毒ガスをばら撒き、罪のない住民を殺害するような凶悪犯が野放しになっているとするなら、それは恐ろしいことである。こんな記事を書き恐怖のオ－ラを振りまくことが、秘<br />密結社の支配する日本のジャ－ナリズムの役割の一つなのである。<br /><br />　地下鉄サリン事件の変<br /><br />　不審物について<br /><br />　まずは図２を御覧頂きたい。これは地下鉄サリン事件で、地下鉄日比谷線霞ケ関駅で目撃された毒ガス発生装置である（『東京新聞』９５年３月２１日朝刊）。本文記事にはこうある。<br /><br />　営団地下鉄日比谷線霞ケ関駅ホ－ムで至近距離から不審物を目撃した複数の乗客によると、その“兵器”は透明ビニ－ル袋の中に茶色の箱の形をした紙袋があり、ガラスかプラスチック製の瓶の口のようなものが二つあった。この口から透明の液体が流れ出し、包ん<br />でいる袋に染み、列車の床に液体が広がっていたという<br /><br />　あれれ、おかしいぞ。オウム真理教の実行犯が傘で突き刺したというサリン入りのナイロン袋とは違うではないか。こう思った人は、催眠術から目を覚ます希望が残されている。これはどう見ても、ナイロン袋と呼べる代物ではない。四角い箱の中に二つの瓶があって、そこから液体が流れ出している。不審物の目撃例はこの他にもまだ沢山ある。<br /><br />　東京・営団地下鉄の車内で有毒ガスが流出した地下鉄サリン事件で、車内に残されていた不審物は、複数の薬品をそれぞれ溶剤に溶かして試験管のようなガラス製容器に詰め、容器を割って混合させるとサリンが発生する構造だったことが二十二日までの警視庁捜査<br />本部の調べで分かった。犯行後逃走する時間を稼ぐため、溶剤でサリンが揮発する時間を調整しようとしたものとみている。<br />　調べでは、不審物のいくつかは平べったい弁当箱大の包みにおおわれ、内部から割れたガラス片が多数見つかった。形状から試験管大のガラス容器とみられる。また日比谷線霞ケ関駅の電車からはガラス瓶を押収した。一方、別の日比谷線の電車では、異臭がする直<br />前に、乗客がガラスの割れる音を聞いていた。<br />　現場の残留物からサリン製造の際に出来るメチルホスホン酸ジイソプロピルエステルが検出されており、捜査本部は、複数のガラス容器にサリン合成の最終段階の液体二種類を溶剤に溶かして別々に入れ、倒すなどして容器を割って混ぜ合わせ、サリンを発生させた<br />と見ている。（『毎日新聞』９５年３月２３日朝刊）<br /><br />　ガラス瓶が押収されたと聞いて驚かれた人も多いと思う。しかし警察は口が裂けてもそんなことは公言しない。真実が明らかになっては困るからだ。我々一般庶民には、本当に大切なことは何もあかされないのである。このガラス容器が割れる音については、別の証言もある。<br /><br />　北千住駅から日比谷線に乗り、前から三両目にいた。秋葉原駅で自分の後ろの方でパリンという音がして、シンナ－のようなにおいがした。（『毎日新聞』９５年３月２１日朝刊）<br /><br />　八丁堀－築地駅間では、網棚におかれていたビンが落ちて割れ、その瞬間に一人が倒れたという。（『産経新聞』９５年３月２０日夕刊）<br /><br />　病院で治療を受けた足立区に住む会社員（３２）は、「日比谷線の人形町の手前でびんの割れる音がした。床が液体でぬれていてシンナ－臭かった。みんなせき込んでおり、けいれんをおこした人もいた。目の前が真っ暗になった」と話した。（『産経新聞』９５年<br />３月２０日夕刊）<br /><br />　不審物にはガラス容器が含まれていたことは間違いないようだ。犯人がガラス容器を使ったのは、複数のガラス容器を割ることで中の液体を混合させ、現場で毒ガスを発生させるためである。これを専門用語で「バイナリ－方式」と呼ぶ。<br /><br />　東京の地下鉄サリン事件で、犯行に使われたサリン発生源は、踏みつけるなど衝撃を与えると容器が割れ、数分後にサリンガスが発生する仕組みになっていたことが二十四日、警視庁特捜本部の調べでわかった。<br />　これまでの調べでは、包みの中には二つの密閉された容器が入っており、容器を踏むなど衝撃を与えるとそれぞれの密閉パックに入った液体の化学物質が混ざって反応し、サリンが発生する仕組みだった。<br />　専門家によると、化学防護服などを着けない限り、猛毒のサリンをそのままで持ち歩くことはできない。このため、犯人グル－プは、サリン生成の最終工程に使われる毒性の低い化学物質を別々に溶剤に溶かして、二つの容器に分け、毒ガステロの目的地で混合させ、サリンガスを発生させる方法を使ったとみられる。<br />　二種類の化学物質を使用する場所で混合するやり方は「バイナリ－方式」と言われるが、これだと、サリンガスの発生までしばらく時間がかかり、犯人が電車から降りる直前に容器を割れば、自分がサリンの被害を受ける危険性は少ない。（『読売新聞』９５年３月<br />２４日夕刊）<br /><br />　一方、佐藤重仁・筑波大臨床医学系助教授（麻酔学）は「自分で容器を開けることは、自身にも危険だ。サリンの前段階の二種類の液体を別の容器に入れてロケットで打ち上げ、振動で混じり合わせるという兵器のアイデアを米国が持っていたと聞く。今回も、電車<br />の振動で液体が混じり合うようにしたこともあり得る」と話している。（『毎日新聞』９５年３月２１日朝刊）<br /><br />　これまでの調べで、一部の電車内にあったサリンの発生源の容器は中が二つに分かれていたことが分かり、警視庁築地署特捜本部は犯人が現場で化学物質を反応させてサリンを生成したとの疑いを強めている。目撃証言などによると、発生源となった容器は、中が二<br />つに分かれていたとみられる。（『日本経済新聞』９５年３月２７日夕刊）<br /><br />　地下鉄サリン殺傷事件で犯行に使われた不審物は、別々の袋に詰めたサリン一歩手前の物質とアルコ－ルの一種を車内で反応させてサリンを作る“二液混合方式”だった可能性の強いことが、二十七日までの警視庁築地署捜査本部の調べで分かった。<br />　捜査本部は、犯人が新聞紙に包んだ袋に何らかの方法で穴を開け、二種類の薬物を流出させて混合、サリン発生前に逃走した疑いがあるとみて目撃情報などから容疑者の割り出しを急いでいる。<br />　長野県松本市のサリン事件では、容器は見つかっていないが、白煙が上がるなど、現場でサリンが発生した形跡があり、捜査当局は同じ方式だった可能性が強いと見ている。<br />　調べによると、地下鉄事件でサリンが発生した五車両のうち、少なくとも二車両の不審物は、複数のビニ－ル袋を新聞紙で包んであり、袋から液が漏れ出しているのを乗客が目撃している。<br /><br />　さらに（１）サリンと一緒に、サリン合成時に副生成物として生じる「メチルホスホン酸ジイソプロピル」が検出された（２）二車両で不審物から白煙が出ている（３）被害が出るまでの時間やサリン発生の規模が各現場で異なっている－などの状況が、二つの液体<br />を混ぜてサリンを発生させた際の特徴と一致しているとみている。<br /><br />　専門家によると、サリンの生成方法は何通りかあるが、この方式は、生成の最終段階で、三塩化リンから作る「メチルホスホン酸系化合物」と「イソプロピルアルコ－ル」を混ぜ合わせ急激な化学反応を起こす。この際「メチルホスホン酸ジイソプロピル」が発生し<br />、白煙が上がるという。<br />　被害が出た五本の電車のうち、北千住発の日比谷線では急激にサリンが発生したことを示す白煙が車内に充満、五本の中で最も被害が大きかった。<br />　中目黒発日比谷線では、男が不審物を置き去ってから約五分後に異常が起きた。これに対し、丸ノ内線の一車両では不審物が見つかってから四十分以上経過してから被害が出ており、捜査本部は混合スピ－ドの差で被害に違いが出たとみている。（『共同通信』９５年３月２７日）<br /><br />　白煙が出たこと、被害発生までの時間や被害の規模が各車両で異なっていることなどが、「バイナリ－方式」の特徴と合致しているのだ。隠蔽されたのはガラス容器だけではない。事件直後の乗客の目撃証言はさらなる多様性を示している。<br /><br />　乗客の話では、列車の座席の下に新聞紙に包まれた箱が置いてあったり、ガソリン容器のようなものが倒れたりしていた。また車内に透明の液体がまかれたという証言もある。<br />（『朝日新聞』９５年３月２０日夕刊）<br /><br />　調べでは、不審物は五本の電車に、それぞれ一つずつ置かれていた。捜査本部が密閉して保管しているが、二十五日までに中身を確認したところ、三つは弁当箱くらいの大きさの容器が、二つはビニ－ル袋がそれぞれ新聞紙に包まれていたという。（『朝日新聞』９<br />５年３月２６日朝刊）<br /><br />　日比谷線小伝馬町駅－電車が駅に着いた時、車内に直径、高さとも３５センチ位の筒状の物が二重のビニ－ルに包まれて置いてあった。乗客が「これは危ない」とホ－ムにけ飛ばした。（『読売新聞』９５年３月２０日夕刊）<br /><br />　丸ノ内線池袋駅－午前８時３０分ごろ、２両目に乗ったところ、ドア付近に新聞紙に包まれたものがあった。円柱状で人の頭大だった。（『読売新聞』９５年３月２０日夕刊）<br /><br /><br />　不審物の多くは、二十－四十センチ四方の弁当箱状のもので、中には直径約三十五センチの筒状のものもあったという。（『読売新聞』９５年３月２０日夕刊）<br /><br />　日比谷線－新聞紙かチラシのようなものでくるまれ、ビニ－ルのひもで十文字に結わえられた縦、横二十センチぐらいの紙袋が床に落ちているのに気付いていた。（『読売新聞』９５年３月２１日朝刊）<br /><br />　これまでのところ車内にあった新聞にくるんだ不審物から液が漏れ出しガスが発生したという。不審物は二十センチほどの大きさの弁当箱のような金属製の物体。（『毎日新聞』９５年３月２０日夕刊）<br /><br />　日比谷線－男が車内に置いたとみられる不審物は、直径・高さとも三十五センチ程度の円筒形で、新聞紙やビニ－ルで包まれており、液体はサリンとみられている。（『東京新聞』９５年３月２１日朝刊）<br /><br />　千代田線国会議事堂前駅では、ホ－ムに居合わせた清掃作業員（６５）が午前八時十三分着の代々木上原行き電車の先頭の床に強烈な異臭を放つ、高さ約三十センチ、幅約十五センチの白いプラスチック製の水筒のようなものを見つけた。布切れの上に置かれていたので、ホ－ムに持ち出し、警察が押収したという。（『東京新聞』９５年３月２０日夕刊）<br />　車内にはシンナ－のような強い異臭が立ちこめていた。車内を探したところ、床に落ちていたビンのような容器に入った白いポリ袋からにおいが出ているのを発見。駅構内の管理室内に運んだ。（『日本経済新聞』９５年３月２０日夕刊）<br /><br /><br /><br /><br /><br />-<br /> ]]>
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<title>「新世界秩序の未来プログラム」</title>
<description> アルバート・パイク（一八○九～一八九一）は、一八五七年に米国のサウスカロライナ州チャールストンでメーソンの最高位三十三階級になるや、ＡＡＳＲ（古代客認スコットランド典礼）と米国イルナミティの全権責任者（グランド・マスター）にまで登り詰めた。のちに人は彼を「メーソンの教皇」と呼ぶ。そのメーソンの教皇が、マッチーニに送った秘密の書簡には恐るべき未来計画が書かれていた。（三） 第三次世界大戦は、ユダヤ教と
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<![CDATA[ <br /><br />アルバート・パイク（一八○九～一八九一）は、一八五七年に米国のサウスカロライナ州チャール<br />ストンでメーソンの最高位三十三階級になるや、ＡＡＳＲ（古代客認スコットランド典礼）と米国イルナミティの全権責任者（グランド・マスター）にまで登り詰めた。のちに人は彼を「メーソンの教皇」と呼ぶ。そのメーソンの教皇が、マッチーニに送った秘密の書簡には恐るべき未来計画が書かれていた。（三） 第三次世界大戦は、ユダヤ教とイスラム教の間で起こる。<br /><br /><br /><br />【第一部】「未来社会の人間管理」中佐　桜田　尚人<br />【第二部】「政局の時限爆弾」中佐　桜田　尚人<br /><br /> 大佐：　桜田尚人<br /><br /><br />一、歴史は、「新世界秩序」形成の方向に向かっているのか？<br /><br />フリーメーソンの世界戦略である「新世界秩序」が、これからどのようにして構築されていくかを概観してから、日本の進路がどうあるべきかについて論じたい。言うまでもなく「新世界秩序」のプログラムの生みの親はパイクである。アルバート・パイクは、フリーメーソンリーの最も偉大なリーダーの一人と見なされている。<br />パイクは一八○九年に生まれたが、どこから見ても天才だった。彼は一六の言語の読み書きができ、ハーバード大学を卒業し、南北戦争の時には南軍の准将を務めた。パイクは長い間カバラとして知られているオカルティックな体系を崇拝し、広範囲にわたってそれを学んだ。<br />もちろん、カバラは新世界秩序の礎石の一つである。南北戦争の後、パイクは、北アメリカの古代容認スコットランド儀礼における重要なリーダーとなった。<br /><br />そのような地位は、同じく、彼がアメリカのイルミナティの活動を率いていたことを意味している。一八七○年の一月二十二日、パイクと彼の国際的共謀者、ジュゼッペ・マッツィーニは、新世界秩序を樹立する「計画」を思いついた。<br />もちろん彼らは、神の計画すべてを細部に至るまで実現させる反キリストを擁立する計画を仕組むようにさせられている、パイクとマッツィーニは、超自然的“指導霊”、もしくは高次元の存在者たちの影響を受けて活動していたと考えられる。<br /><br />二、新世界秩序に向けての三つの世界大戦世界を支配しようという、マッツィーニとパイクの秘密の計画は、三つの世界戦争の必要性を予見していた。ここで、この予言の日付を覚えておこう。<br />一八七○年一月二十二日。この日は第一次世界大戦の始まる44年前である。ひとたびあなたが、我々があなたと共有しようとしている事実を理解し、予言とその実現の開始までの期間の長さに気づいたら、あなたは、いかに超自然的な力が実際に指揮をとっているかを理解できるだろう。<br /><br />さて、私は、ニュージャージー州ミルバーンのアメリカン・フォーカス出版社から出版されているDoc Marqui著「イルミナティの秘密」という本から資料を引用している。これから西欧キリスト教的な近代の世界秩序を倒し、新しい反キリストの世界秩序を構築しようという、このマッツィーニとパイクの計画の詳細を調べてみよう。<br /><br />（一） 第一次世界大戦は、ロシアの皇帝政府を最終的に完全に倒すことを可能にするために計画された。新しいロシアの政府は、無神論で軍事的であると予見された。さらにパイクは、この新しいロシア政府が共産主義的であることを指摘した。<br />カール・マルクスもイルミナティのメンバーであり一八四八年に共産党宣言を発表した。アルバート・パイク（一八○九～一八九一）は、一八五七年に米国のサウスカロライナ州チャールストンでメーソンの最高位三十三階級になるや、ＡＡＳＲ（古代客認スコットランド典礼）と米国イルナミティの全権責任者（グランド・マスター）にまで登り詰めた。のちに人は彼を「メーソンの教皇」と呼ぶ。そのメーソンの教皇が、マッチーニに送った秘密の書簡には恐るべき未来計画が書かれていた。<br /><br />「第一次世界大戦は、ツァーリズムのロシアを破壊し、広大な地をイルミナティのエージェントの直接の管理下に置くために仕組まれることになる。そして、ロシアはイルミナティの目的を世界に促進させるための”お化け役”として利用されるだろう」<br /><br />（二） 第二次世界大戦は、イギリスとドイツの間で始まると予見された。<br />しかし、この戦争の計画された結果の一つは、ロシアが他の政府と宗教を弱め、破壊するように、新しい共産主義ロシア政府を強化することだった。<br />「第二次世界大戦は、ドイツの国家主義者と政治的シオニストの間の圧倒的な意見の相違の操作の上に実現されることになる。その結果、ロシアの影響領域の拡張と、パレスチナにイスラエル国家の建設がなされるべきである」<br /><br />（三） 第三次世界大戦は、ユダヤ教とイスラム教の間で起こる。<br />この戦争は、イスラエルとその敵対者アラブとの積年の論争から起こり、双方の破滅という結果になるが、世界の残りも争いに巻き込まれ、全体的な世界戦争になる。「第三次世界大戦は、シオニスト（ユダヤ人）とアラブ人との間に、イルミナティ・エージェントが引き起こす意味の相違によって起こるべきである」<br /><br />この予言は、少しの間今から論じるように、多くの点で信じがたいが、第三次世界大戦が起きるというこの予言が、イスラエルが国家として存在せず、誰もそれがまた存在するようにはなると信じていなかった一八七○年になされたことを理解してほしい。これらの世界戦争のうち二つはすでに起こり、しかも、三回目の世界戦争を実現させることができる状況が現在発展していっているのが我々には理解できる。<br /><br />三、過去の二つの世界戦争についての検討<br /><br />一（一） 第一次世界大戦の最も重要な結果は、長年のツァーの王朝を、無神論の共産主義の勢力によって倒したということである。 数名のライターが、マルクスは実際には共産党宣言を書いていないと主張してきた。と言うよりも、イルミナティ会員だった者たちが代わりに書いたのである。そのライターの一人がピエール・コンプトンだが、彼は、彼の本の中で次のように書いている。<br /><br />「一八四六年、世の中には変化の予感が漂っていた。その変化は、教会の境界線を越えて広がり、存在の多くの面を変化させるものであった。二年後、自らをイルミナティの“十二人の公正な者の同盟”と呼ぶ、秘密の秘儀参入者たちの秘密性の強い団体が、カール・マルクスに共産党宣言を書くように融資をした。」（『壊れた十字架：バチカンの隠れた手』Piers Compton Channel Islands、ネビル・スピアマン　一九八一Ｐ十六）<br /><br />そしてこの時までには、インターナショナル・ブラザーフッド・オブ・フリーメーソンリーが、イルミナティが作った目標を受け継いでいたことを、もちろん我々は知っている。現在、フリーメーソンリーはイルミナティと同義語である。<br />イルミナティが共産主義の思想を考え出し、共産党宣言をマルクスの名前で一八四八年に書いたと言って間違いない。<br /><br />そして、イルミナティは、一九一四年に彼らが第一次世界大戦を始めるまで、さらに二十二年の二倍（四十四年）の時期を待った。<br />このように、一八四八年の共産党宣言の出版から、一九一四年の世界大戦の開始までの期間は、彼らの魔術的な六十六年であり、二十二年が三つの期間という、これ以上にない魔術的プログラムである。<br /><br />我々は、アダム・ヴァイスハウプトが「イルミナティのマスターたち」を四月三○日に創立したあと、オカルティストたちがアメリカの独立を宣言するために、正確に六十六日待ったことを学んだ。これは偶然ではない。新世界秩序を計画しているオカルティストたちは、六十六を最も重要な数字だと考えている。<br />それは文字通り、彼らの反キリストの政府の数字だと考えられている。この場合には、彼らは計画された三つの世界大戦の最初の大戦を始めるのを、カール・マルクスが共産党宣言を発行した時から正確に六十六年後に持っていったのだ。<br /><br />そして、第一次世界大戦は、その大戦が達成するとパイクが予見したものを正確に達成した。その大戦はロシアの皇帝政府を倒し、のちに世界中の他の政府を倒し、他の宗教を弱める機会を与えられた新しい無神論の共産主義政府を打ち立てた。パイクの超自然的“指　霊”は、数に関しては、オカルティストたちが容易に予言できるほど正確に予定通りである。<br />なぜなら、企てが成功するか失敗するかは他のどんな単一の要因よりも、正確でオカルティックなタイミングに左右されると彼らは固く信じているからである。このタイミングというものは、共産主義が、今まで描写されてきたような独立の運動ではなく、むしろ、イルミナティ会員たちによって、新世界秩序を達成するために作られた道具であることを証明している。<br /><br />（二） 第二次世界大戦も、アルバート・パイクの超自然的指導霊たちの計画に正確に従って進んできた。この戦争は、一九三九年九月一日にドイツがポーランドに侵攻した後、確かにイギリスとドイツの間に始まった。<br />信じられないことだが、オカルティストたちが確かにそうやっているように、一九三九を足し合わせてみると二十二という数字が得られる。そして、ロシアの共産主義政府が一九一七年に樹立されたことにあなたが気づく時、あなたは、オカルティストたちが、目的ナンバー一の達成から、第二次世界大戦を始めるために正確に二十二年待ち、そうして彼らの目的ナンバー二を達成させる出来事を始めたことに気づく。<br /><br />そして間違いなく、第二次世界大戦の重要な結果の一つは、共産主義ロシアの大変な強化であった。実際、ロシアは大国になるところまで強化された。ロシアはロシアそのものの領土を拡大しただけでなく、東ヨーロッパの政府を飲み込み、中国にまで手を伸ばし、そこで、ロシアに援助された共産主義勢力が、制定されていた政府を倒して共産主義政府と交替させた。<br /><br />そして世界中で共産主義は、信じられない力で、制定されていた宗教全般と特にキリスト教を攻撃した。要するに、パイクが作った目標は、第二次世界大戦の終了までには打ち立てられた。<br />この事実を開いた心で見る人は、誰でも、超自然的な力がこの人間の歴史の流れにおいて明らかに働いていると結論づけるほかはない。<br /><br />これらの超自然的力は、神がサタンに対して、神の予言を実現させるようにし向けるように動いた時には、間接的に神から来るのであり、サタンの悪魔たちが“指導霊”を装って重要なオカルトのリーダーたちに、必要とされる行動計画を明かす時には、直接サタンから来るのである。<br />しかし、神は直接にも働いていたのである。<br />第二次世界大戦の重要な結果の一つは、旧約と新約聖書両方の多くの預言の正確な成就である、イスラエル国家の再創造だった。一九○○年間自らの土地の外にいた後、ユダヤ人たちはイスラエル国家を再樹立した。<br />この前代未聞の動きによって、アルバート・パイクによって描かれた第三次世界大戦が起こることができるように、このシナリオは確定された。<br /><br />四、シナリオの未来を理解する上で過去の経緯を知ることは大切であろう。<br /><br />・一七八二――この年は最も重要である。なぜならこの年は、悪魔的な存在がジェファーソンに突然現れ、アメリカ政府の公式の印となる完成された印を彼に与えたからである。この年は、フリーメーソンの三十三最高階級の世界的なリーダーたちが、アダム・ヴァイスハウプトと彼の“イルミナティのマスターたち”と会った年でもある。これらの人々は、新世界秩序を目指すオカルティックな運動を進めるために、フリーメーソンリーがイルミナティに加わる協定を完成させた。<br /><br />・一八四八――ちょうど六十六年後、“フランスイルミナティの十二人の覚醒したメンバー”が、新しい混合型の政府の形態、すなわち新世界秩序を作り出すために、西側の政府と戦う逆政府システムを作るという彼らの仕事を完成させた。彼らはカール・マルクスによるこの計画の出版に資金を出し、その本を共産党宣言と呼んだ。<br /><br />・一九一四――ちょうど六十六年後、ロシアの皇帝政府を破壊し、共産主義と交替させるというパイクの急ぎの目的によって、第一次世界大戦が始められた。<br /><br />・一八七○――マルクスの共産党宣言出版のちょうど二十二年後、マッツィーニとパイクは、彼らの目的を達成するためには、三つの世界大戦が必要であるという彼らのビジョンを密かに発行した。<br /><br />・一八七○――マッツィーニとパイクが彼らのビジョンを出版してからちょうど四十四年後、第一次世界大戦が一九一四年に始まった。・一八七○――重大な年である一七八二年のちょうど八十八年（二十二年の四倍）後、マッツィーニとパイクが彼らのビジョンを出版した。<br /><br />・一九三九――レーニンの共産主義勢力がロシア政府を引き継いだちょうど二十二年後、アドルフ・ヒトラーが第二次世界大戦、パイクが予見した通りに、イギリスとドイツの戦争を始める。一九三九を足したものはやはり魔術的な数字の二十二となる。<br /><br />五、アリス・ベイリーのいうマスターとは何か？<br /><br />このように、あなたは、歴史が単なるランダムな出来事の集成ではないことを容易に理解できるだろう。それどころか、重要な出来事は慎重に計画され、世界を乗っ取ろうというオカルト分子たちによって編成されているのである。<br /><br />この点において、我々は、アリス・ベイリーが、彼女の記念碑的に重要なオカルトの本の“階級構造の外面化”中で書いていることを検討する必要がある。この本は、一九一九年から一九四八年の著作を編集したものである。<br />この本のいくつかの箇所において、この本がアリス・ベイリーのオリジナルではないことが明らかにされているというよりも、“マスターD.K.”という悪魔が、アリス・ベイリーが、毎日彼女の“指導霊”たちとコンタクトしている“心が変化した状態”にある時に、彼女を通して自動的にこの本を書いたのである。<br /><br />ベイリーが第一次世界大戦と第二次世界大戦について言ったことで、面白いことがいくつかある。彼女は、惑星の階級構造（そのオカルティックな霊的統一体が、新世界秩序に向けて世界を動かしている原因である）が、直接に第一次世界大戦と第二次世界大戦に関係していることを明かした。そしてベイリーはショッキングにも、これらの二つの世界的な戦いは、実際は二つの段階を持った一つの戦争であると述べたのである！　 彼女は、四九一・五二一・五二七・五三六・六三六ページにおいて、このことを繰り返し述べている。 <br />ベイリーは、これらの戦争を“世界戦争（一九一四～一九四五）”と呼んでいる。六三六ページで彼女は、この戦争が二つの段階を持っていることをはっきりと語っている。ベイリーはさらに、この戦争の理由は、新しいシステムが打ち立てられるように、政府・宗教・経済の古いシステムを破壊するためであると述べている。五三六ページでは、ベイリーは次のように語っている。<br /><br />「階級構造は、復興と救助の活動のために自由にされた。再建と、復興の再生力の適用のために。その階級構造はこの幕間を必要とし歓迎し、そしてそれをその“計画”の必要不可欠な面であると認識した。」 <br />この点においては、我々はこのいわゆる“世界の階級構造”が主導権を握っているということを確認する必要がある。マスターD.K.は、この階級構造の究極のリーダーを、サナト・クマーラ（Sanat Kumara）という名前の“人”であると繰り返して述べている。彼女の本の中で、“虹の隠された危険”を書いている、キリスト教徒の著者であるコンスタンス・カンベイは、“サナト”は、単に“サタン”の転写であると断言している。<br /><br />私は、カンベイは正しいと信じる。<br />なぜなら、マスターD.K.も、サナト・クマーラに、“世界の主”という称号を与えているからである。聖書は、サタンの名前の一つは“この世界の神”であると述べている（コリントの信徒への手紙二・四：四）。さらにエフェソの信徒への手紙二：二では、サタンを“空の力の王子”と言っている。サタンがこの“惑星の階級構造”のリーダーであり、新世界秩序の計画者たちによって崇拝され、奉仕されているのは、サタンであることは極めて明らかである。<br /><br />それから、ベイリー、というよりも悪魔のマスターD.K.は、その階級構造が古いシステムの破壊という仕事を終える時、特に宗教の分野において終える時、キリストが新しい普遍教会を育て、そしてその時に“真実の二度目の到来”として現れることを述べた。ベイリーも、“真実の二度目の到来”は、“この世紀の終わりの時”に起こることを明かした。もちろん、この世紀の終わりは、パイクが、イスラエルとイスラムとの戦争として始まると述べた第三次世界大戦がある時に我々に訪れる。今日誰も、まさにそのような戦争のシナリオが、今我々のまさに目の前に展開しつつあるいることを否定することはできない。<br />イスラエルは、一九四八年に国家として再樹立された時から、アラブの隣人たちと数回の戦争を戦ってきた。一九六七年には、六日戦争の間、イスラエルは圧倒的なアラブ軍を破っただけでなく、エルサレムの支配権を一九○○年の間で初めて握り、神殿の再建と、時代の終わりの出来事を開始するシナリオを整えた。<br /><br />アラブ軍はイスラエルを軍事的に滅ぼすことができなかったので、交渉と裏切りによって破壊を試みるために、彼らは会議のテーブルに方向転換した。イスラエルに対し、運命的に破棄される条約を受諾させるようという試みにおけるこの外交活動において、彼らはソ連に援助されてきた。<br />このシナリオは、イスラエルに、軍事的に防衛不可能な領土分割を外交的に受け入れさせるように描かれている。そして、この防衛不可能な配置が確立された後、今度はロシアの援助付きで、イスラエルを滅亡させるためにアラブ軍は、再び攻撃するだろう。<br /><br />六、未来の戦争プログラム<br /><br />イスラエルが、北と南の両方から来るロシアの率いる軍隊によって侵攻される時、彼らは、そのことがついに永遠の平和を達成すると信じているイスラエルを攻撃しているのだということを理解するためには、エゼキエル書三八-三九の預言を見直すだけでよい。どのようにイスラエルは、運命的に破棄される条約を気づかずに結ばせられるのか、ということは、出来事の経過によってのみ答えられる問いである。しかし、このシナリオは、もしイスラエルが、キリストであるマイトレーヤを、彼らが長く待っていた救世主であるとして受け入れ、彼に従って運命的に破棄される条約を結び、救世主としての彼の力に頼ってその条約のあらゆる欠点を克服するのであれば、おそらく起こるであろう。<br />もちろん、マイトレーヤは必然的に彼の本部をイスラエルに作るだろう。ピーター・レメスリールは、彼の本“ハルマゲドンの台本”の中で、そのキリストは彼の本部をイスラエルに六年間作り、七年目には世界を支配する準備をする必要があることを明かしている。<br /><br />この七年という期間の“符合”は興味深いではないか。マイトレーヤは、エルサレムからイスラエルを支配し、再組織された世界の十人の支配者全員から、権力を正式に受け取る。新世界秩序の計画者たちは、世界を政治的に十個の超国家に組織する計画をすでに書き上げているのである。<br />しかし、ダニエルの預言では、十個の国家の再組織された世界はすぐにばらばらに破壊するということも覚えていてほしい。マイトレーヤが現れ、エルサレムに本部ができた後、少しして、彼は、軍事的に防衛できないようなやり方でイスラエルを分割する条約の受諾に導くことになる。<br />イスラエルはこの条約を、彼らが超自然的であると信じるマイトレーヤに対して、彼らが盲目的な信仰を置いているという理由で、結ぶのである。イスラエルは、その条約が、軍事的な破滅の可能性へのドアを開くように国を分割するという、軍事上の現実を無視するだろう。<br /><br />その時、ロシアとロシアのアラブ同盟国が攻撃をする。預言にあるように、一つの軍隊は北から、一つはエジプトを通って南から来る。この軍隊は訓練され、装備され、ロシア人に率いられている。<br />面白いことに、すでにロシアのリーダーたちが、イランのリーダーたちと会談したことが報道されているが、その会議で、ロシアとイランの新しい軍事・経済援助一括協定に合意した。<br />聖書の神が、エゼキエル第三十八章で、イラン（ペルシア）は、このイスラエルへの攻撃の時、ロシア軍と一緒に進軍する軍隊の一つであると明かしているのと符合する。この攻撃は、おそらく世界的な戦争になるだろう。黙示録第六章の赤い馬は、騎手が“巨大な”剣、最もあり得るのは核戦争の剣を振るいながら、駆けることになるのである。 <br />七、未来のプログラムから現在の世界情勢を判断する。<br /><br />歴史におけるこの時点で、三つの世界戦争というパイクの超自然的なビジョンは、恐ろしいほど現実のものとなるだろう。<br />最後に最近のロシアと北朝鮮の軍事的動向に関する記事を抜粋したので第三次世界大戦の脅威が身近に迫っていることを理解して頂きたい。<br />―――――――――――――――――――――<br /><br />「ロシア軍」日本領空侵犯は核戦争を想定した軍事演習か（毎日新聞）<br />　<br />【モスクワ二十六日石郷岡建】北海道・礼文島北の日本領海上空で今月十四日、ロシア空軍機が領空を侵犯した事件は、ロシア軍が核戦争を想定して実施した大規模な軍事演習の一環だった可能性が強まった。<br />ロシアの「独立新聞」が二十四日付で演習の詳細を暴露した。同紙は、米本土ミサイル防衛（ＮＭＤ）構想を進める米政府に警告を発し、ロシア軍が核戦力で対抗できる能力を誇示する狙いがあったと論評している。報道によると、この演習はクワシニン参謀総長の指揮下、軍事紛争が戦略核ミサイルの応酬に発展したとのシナリオで、二月十三日から十六日まで行われた。極東地域では、スホイ二七戦闘機に護衛されたツポレフ二二爆撃機が宗谷海峡方向へ出動した。<br />太平洋に展開する空母艦隊への打撃が目的とされ、日本領空侵犯はこの時点で起きたものとみられる。同時に西方では戦略爆撃機ツポレフ一六○が二機、ノルウェー沿岸から北海海域へと出動。ノルウェーと英国の戦闘機が緊急出動する騒ぎになった。戦闘が拡大し、核兵器の限定使用から大量使用へと移ったとの想定で、ミサイルによる報復攻撃の演習を引き続き実施。<br /><br />ロシア北部のプリセツク・ロケット基地から最新鋭の大陸間弾道ミサイル「トーポリ」が、バレンツ海に展開する潜水艦からも大陸間弾道ミサイル（名称不明）が発射された。いずれもカムチャッカ沖の海上に打ち込まれた。<br />さらに最終段階として、給油機イリューシン七八とともに巡航ミサイル配備の偵察機ツポレフ九五が北極を越えてカナダ方向に飛ぶ演習を行い、同時に他の空軍機が一斉にミサイルを発射する訓練を行った。演習は「想定した敵軍対象をすべて破壊し、勝利した」と評価されたという。<br /><br />ロシア軍は、この演習を秘密にしているが、十三日から十六日にかけて世界各地でロシア空軍機の領空侵犯騒ぎが頻発したうえ各軍のミサイル実験が相次いだ事実があり、同紙の報道と符号する部分が多い。<br /><br />［毎日新聞二月二十六日］<br />「北朝鮮」「ノドン一号」を一○○基余り配備　韓国紙報道（毎日新聞）【ソウル二日澤田克己】韓国の有力紙・朝鮮日報は二日、韓国政府筋の話として、朝鮮民主主義人民共和国（北朝鮮）が射程一○○○キロを超える中距離弾道ミサイル「ノドン一号」をこの二年間で倍増させ、計一○○○基余り配備したと伝えた。同紙はさらに、射程四○○○～六○○○キロといわれる「テポドン二号」の開発も続いていると報じた。<br />北朝鮮のミサイル開発は対米協議をめぐる交渉カードという側面が強いものの、ブッシュ米政権が反発する可能性が高く今後の米朝ミサイル協議の行方が注目される。 報道によると、同筋は「韓米両国の情報当局はこの二年間に北韓（北朝鮮）のノドン一号ミサイルが一○○％余り増え、すでに一○○」余基が配備されたと把握している」と語った。<br />同筋によると、そのうち約二○発は中国国境近くの地下ミサイル基地に配備されたことが確認されたという。北朝鮮はまた、一昨年九月にミサイル発射凍結を表明した後にも、「テポドン二号」の開発を続けており、エンジン燃焼実験を同年十二月など三～四回にわたって実施したという。<br /><br />さらに同紙は、昨年五月に開かれた日米韓三国による北朝鮮政策調整グループ会合で、ノドンの追加配備とテポドンの開発継続に対してアメリカが強い憂慮を示すとともに、米国の国家ミサイル防衛（ＮＭＤ）はこの対応策だと表明したと伝えた。<br />北朝鮮は一昨年九月「米朝交渉が続いている間はミサイルを発射しない」と宣言した。しかし、北朝鮮外務省スポークスマンは、先月二日、米国のブッシュ政権の外交・安全保障チームが「強硬姿勢」を取っていることを問題視し、「アメリカの出方次第ではミサイル発射の凍結を解除する」と世界を恫喝している。<br />以上<br /><br /> <br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□<br /><br /><br /><br />「未来社会の人間管理」<br /><br /><br /><br /><br /> 中佐：　桜田尚人<br /><br />（一）ＬＵＣＩＤとは何か？ <br /><br />『プロジェクトＬＵＣＩＤ――獣６６６全世界人間管理システム』という著書を出版したテックス・マーズ氏から得た情報を紹介しよう。 それは、近未来の人間管理システム「ＬＵＣＩＤ」に関するものだ。<br /><br />ＬＵＣＩＤ（Lucifer's Universal Criminal Identification System＝ルシファーの全世界犯罪者認識システム）と呼ばれている、このグロテスクな全世界管理システムは、地球上にいるすべての人間に対して、ユニバーサル・バイオメトリクスカードと呼ばれるハイテクＩＤカードを人々に発行することによって実現する。<br />政府の発行するコンピューター化されたユニバーサル・バイオメトリクスカードは、生きているすべての人間の管理と監視を可能にする。そのカードは、個人のＤＮＡ遺伝子型のサンプルと、ヒト白血球アンチゲンを内蔵している。人工知能ソフトウェアと特殊なセンサーを活用しているこのカードを所持する者は、自分の経歴、個人資産情報、顔写真、指紋、足跡、眼の光彩スキャンなどの、あらゆる個人情報や身体的特徴が完全に網羅され、政府に管理されることになる。 <br /><br />そして人々は、ＩＤカードに収録されている個人データを即座に更新して発行できるように、IDカード発行センターに最新データを報告することやコンピューター化した、光ファイバーのペンのようなレーザーカメラに自発的に自分の体をさらすことになる。<br />ＬＵＣＩＤシステムの確立後に生まれた赤ちゃんは、病院や他の出産施設で直ちに、このシステムに組み入れられるだろう。 <br /><br />（二）ＬＵＣＩＤを推進する勢力とは何か？<br />イルミナティが「獣の名前の数字を有する人以外は、誰も買うことも売ることもできないようになる（聖書の黙示録十三:十七）」という聖書の予言を実現するために、このＬＵＣＩＤを推進している。 <br /><br />プロジェクトＬＵＣＩＤは、イルミナティの指令により実行され、グローバル企業・国連機関・アメリカの諜報機関・司法機関とリンクして推進されていて、各国政府も自国民を管理するために近い将来、手を結ぶことだろう。そしてこのＬＵＣＩＤに反対する者には地球上どこにも隠れる場所がなくなるだろう。 <br /><br />（三）アメリカにおける反政府活動者を逮捕するための法的根拠　<br /><br />アメリカ連邦政府は、犯罪者の追跡・調査・監視・スパイ・逮捕、そして“抵抗者”を投獄するために、ＬＵＣＩＤシステムに保存されているリアルタイムの情報を使うだろう。抵抗者とは、新世界秩序を目指すイルミナティの計画に反対する人物のことだ。 <br /><br />最近制定された、いわゆるアンチテロリスト法と一九九四年の包括的犯罪防止法案は、テロリストと疑われた人物を即　逮捕、投獄することを可能にした。この人たちは、国家の安全に対する危険人物と見なされ、実際に犯罪行為をしていようがいまいが、アメリカ連邦政府にテロリストと認定された者は逮捕されてしまうのだ。しかも“反体制の思想犯”というレッテルだけで逮捕が正当化できる。<br />政府のターゲットにされた者の逮捕は、婉曲的に「テロリストの予防的発見」と呼ばれることになるだろう。テロリストとして逮捕された者の家・自動車・銀行預金残高・その他の財産は、政府によって没収される<br />これは現行の没収法のもとでも実行可能であり、この没収法は本来、麻薬の売買人や犯罪の中心人物を抑えるために作られたが、現在では警察が、ＬＵＣＩＤシステムに反対する一般市民を困らせ、破産させるためにも使われている。<br />この没収法は全米五十州において、連邦政府機関や地方行政機関によって、何の罪もない人々の財産を横領するのに都合よく使われている。裁判所の令状は一切必要ない。最近の国事犯に関する連邦裁判所の判決は、“個人財産は、憲法上の権利ではない”というものだ。 <br /><br />（四）逮捕されたテロリストや反政府活動者の行政処分の手順 <br /><br />テロリストとして逮捕された人と没収されて競売にかけられた財産は、バスや飛行機で、他の反体制活動家たちと共にＦＥＭＡが管理する「連邦拘置所移転センター」に送られる。逮捕された者の配偶者や子供たちは、政府によって適切に援助されているという宣伝が、逮捕された者の近所や地域社会に対してなされるはずだ。逮捕された者は、適切に分類され、死刑から保護観察処分までの行政処分を受けることになる。最終的な処分は、各地域にある「起訴拘留センター」で行われる。ナチスは、このようなセンターを「強制収容所」と呼んだのだった。<br />これらのセンターでは、ＣＩＡなどによって研究開発された尋問、拷問、最終処分の方法や技術が逮捕され拘留された者に対して実施されるだろう。ベトナム戦争の間、アメリカ連邦政府のトップシークレットであったフェニックス作戦によって、罪のない五万人以上のアメリカ市民の逮捕・投獄・拷問・殺害が行われたが、ＣＩＡとアメリカ軍特殊部隊は、この作戦を近未来のＬＵＣＩＤシステムと連結しようとしている。 <br /><br />（五）アメリカ政府によるＬＵＣＩＤ推進のための情報操作　<br /><br />ホワイトハウスの情報操作の専門家たちは、このような管理社会を心配している米国市民に対し「新システムは、オクラホマシティの連邦政府ビルやニューヨークの世界貿易センターの爆破事件などのような野蛮な国際テロから“あなた方を守る”ために作られている」とか、「ＬＵＣＩＤは、あなた自身の安全と利益のためであり、そうでないと主張する人々は、危険な反政府主義者である」と宣伝している。 <br /><br />（六）管理社会と個人の自由について <br /><br />エーリッヒ・フロムの「自由からの逃走」という名著は、人間は、自由を与えられるよりも管理されることを望むというテーマであった。二十一世紀になった今、コンピューターやバイオメトリクスカードに見られるような科学技術の進歩が、管理社会の実現を一層容易にしている。このような管理社会を統制する政治指導者（行政責任者）が、何を目的として人々を管理するのかが、これから重要な意味をもち、また人々は、それを問わねばならなくなるはずだ。<br />以上 <br /><br /><br /><br /><br />□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□<br /><br /><br />【第二部】「政局の時限爆弾」 <br /><br />一、日本の政局の時限爆弾とは何か？<br />誰も予期せず、まだマスコミも確証を得ていないようだが、ＣＩＡに関与する友人からの情報によると、小泉首相による「抜き打ち解散」と、七月二十九日の衆参同時選挙が実施されることになるという。これを指示したのは、米国政府（ホワイトハウス）らしい。これを政局に仕組まれた「時限爆弾」と言わずして何と表現できようか。<br />以下は、その友人からの情報の要約である。 <br /><br />二、ホワイトハウスの対日戦略<br />ブッシュ大統領筋は「政権与党の公明党や野党の社民党・民主党などを全部潰してしまえ！」と日本の関係各方面に指示を出している。これは、反日的で日本弱体化政策をとっている親朝鮮・親中国の自民党の野中・鈴木（宗男）ラインや憲法改正や集団的自衛権に反対している民主党・社民党ラインの主張や政策が、アメリカの世界戦略とまったく違っているためなのだ。田中真紀子外相が、アーミテージ国防次官との会談をキャンセルしたことが波紋を呼んでいたが、アメリカ側としては田中外相との会談などは、どうでもよかった。（笑）<br />要は、集団的自衛権や台湾海峡や朝鮮半島問題に関して、防衛庁長官との連絡調整が必要だったのだ。つまり「日本も戦争に備えろ！早く自衛隊を軍隊にして集団的自衛権のもとに米軍と共に行動せよ！」というアメリカの世界戦略の説明と日米共同歩調の必要性を防衛庁に伝達したのであった。 <br /><br />三、小泉政権は、反創価学会・反公明党の右翼愛国政権だ。<br />思えば創価学会の池田大作が「私は韓国系日本人だ」と自信たっぷりに話はじめた一九九九年末から二○○○年末が、在日朝鮮人と創価学会の黄金時代であった。（笑）<br />確かに野中前自民党幹事長と組んだ池田大作による天下取りも可能であった。ＣＩＡエージェントの日系アメリカ人のプロスナイパーＸ氏が、その当時、池田暗殺プランについて僕に説明してもくれたのだった「逃亡ルートは海上に確保されているので万全だ。ただし池田は同じ型のベンツを三台乗り回していて、窓には防弾ガラスという用心ぶりなので狙撃は困難だ」と話していたぐらい、アメリカ筋は、池田・野中ラインを警戒していたのだった。 <br /><br />ところが今は小泉人気（ＴＢＳの調査では支持率九十七・八％）に見られる国民世論の右傾化と六月二十四日の都議選・七月二十九日参院選の前に、創価公明（池田・野中反日ライン）は、ひたすら小泉首相に頭を下げ続けている。（笑）小泉首相に「靖国公式参拝」「集団的自衛権」「憲法改正」「連立解消」「在日参政権反対」など創価公明の主張や政策と真っ向から対立することを言われても、衆参同時選挙になれば、公明党の議席が半減すると判明しているので、小泉首相の決断が怖くて何も言えない有様だ。（笑）<br />公明党が、連立政権から離れると池田大作への国会証人喚問が実施される公算が高く冬柴幹事長は池田から「絶対に連立政権から離れるな！」と厳命されているので、今の政局は冬柴にとっては冷や汗ものなのだろう。（笑）池田大作の国会証人喚問の理由はこうだ。<br />宗教活動に名を借りた聖教新聞の巨額脱税、池田会館などのＳＧＩ名義を含む池田の個人資産三兆円以上の不明朗な資産調査、外務省の機密費の池田への巨額流用疑惑などである。 <br /><br />四、「在日外国人参政権付与法案」は継続審議になった。<br />例の在日参政権付与法案も継続審議になった。在日八○万人の票田確保を目的とした公明党の野望は、小泉政権によって葬られた。自民党の一、二年生議員にアンケート調査したところ全員反対であり、自民党全議員の三分の二が、在日への参政権付与に反対したのだ。要は「参政権が欲しけりゃ、帰化しろ！」という論理である。そもそも韓国系日本人の故竹下元首相が日韓議員連盟会長をしていた時に在日参政権付与の方針が出てきたのであった。<br />この竹下の利権と流れを継承したのが野中なのだ。この野中の下で自民党経理局長をしていたのが鈴木で、こいつらが勝手にロシア側と二島買収返還で話を進め、それに反対していた四島返還論のロシア課長を左遷させたことに怒ったのが、田中真紀子新大臣なのであった。野中と鈴木は巨額買収の二○％がロシア側からバックマージンとしてもらえるはずであったが、さぞかし悔しかったらしい。<br />「ざまあみろ！売国奴の野中め！」と言ってやろう。（笑） <br /><br />五、二○○一年の小泉政権から、明らかに政局の流れは変わった。<br />小泉政権に擦り寄っているのは公明党ばかりではない。総裁選で橋本派に恩を売るつもりが予想外の小泉総裁になったため、慌てて「逮捕されないように頼む」と言っているのが亀井静香である。<br />パチンコ業界との癒着、許永中からの収賄、アルゼからの五○億、ＫＳＤからの収賄などで、東京地検特捜部も小泉首相のゴーサインがあれば、いつでも亀井を逮捕する体勢にあるらしい。小泉政権になってから日米同盟は強化され、反日侮日の池田・野中ラインは潰された。野中などもニューヨークタイムズに「野中は部落民だ！」と叩かれたのに、日本のマスコミは、この問題を取り上げなかったが、これからは、このような些細な記事でも日米マスコミは連動して動くはずである。 <br /><br />六、七月の選挙についての予測<br />小泉首相は、石原新党を意識して石原伸晃を大臣に起用した。自民党の派閥も意味がなくなり解消されるだろう。既存の政党は、すべて溶解していく。そして今年後半から始まる国際的な戦乱の中で、この日本には別の新興政治勢力が台頭することになろう。その過渡期にある、来たる七月の選挙では、公明党は惨敗し、右翼陣営が伸張する。右翼とは別世界にいる石原伸晃の弟も立候補する。それにタレントの神田正輝も（笑）<br />このようなお笑い選挙の後に来るのは国際的な戦乱だ。しかし防衛庁さえしっかりしていれば日本は安泰どころか、軍事大国として、大化けするのだ。そして政界は国民の期待に応えるべく離合集散が繰り返されるだろうが、最終的には石原新党に集約されていくことだろう。国民が強力な政治指導者を待望しているからだ。 <br /><br />七、全ては仕組まれたプログラムなのか？<br />これらは全て世界権力イルミナティの一連のプログラムである。これらのプログラムの別の一つには日本での女性首相の擁立と皇室典範の改正がある。まず女性の首相が誕生しなければ、女性の天皇即位は困難だという判断からである。近いうちに皇室典範を改正して、女帝でも即位できるようになるはずだ。天皇と言えば「古事記」や「日本書紀」だが、その神勅によれば日本の使命は「八紘一宇」である。<br /><br />【注釈：日本書紀の神武天皇即位建国の大詔には、「六合（くにのうち）を兼ねて都を開き、八紘（あめのした）をおほひて、宇（いえ）にせむことを、 またよからずや」とあり、これを簡潔に「八紘一宇」とか「八紘為宇」と 国学者や田中智学先生が表現しています。<br />ちなみに、日本が神国であるという記述は 日本書紀の神功皇后摂政前紀に、日本の軍船を見た新羅王が「われ聞く、東に神国あり、日本（やまと）といふ。また聖王（ひじりのきみ）あり、 天皇といふ」と書かれています。平安時代の宇多天皇記には「わが国は神国なり」と書かれており、鎌倉時代の元寇に際しても「神風」とか「神国」という言葉で、日本精神高揚が行われており、また北畠親房の「神皇正統記」の冒頭にも「大日本は神国なり」と書かれています。このように見てみると、「日本の使命は八紘一宇」とか「日本は神国だ」ということは極めて正当な表現です。】 <br /><br />八紘一宇という日本の使命を達成しやすくなる方向で考古学的・歴史的・遺伝子的・精神文化的な発見が今後おこなわれていくだろう。すべて科学的に証明されるであろうが、その検証作業は世界における日本の地位と役割の増大と正比例しておこなわれていくだろう。このようなことを全て視野に入れて国民啓蒙運動をしている平和神軍などは、新内閣と直結した擬似国軍になるだろう。<br />高杉晋作の奇兵隊が、その後の国軍になったように。以上 <br />（出典：不明）<br /> ]]>
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<title>悪魔王国の建設</title>
<description> 悪魔王国の建設 ★悪魔の世界統一王国（第６天魔王国）の青写真◆支配者と召使だけになる　統一世界政府と単一通貨制度。これを支配する終身制の、選挙によらない世襲の寡頭支配者たち。彼らは中世と同じく封建制度形式で仲間うちから自主的に選択を行なう。この統一世界国家では、家庭ごとに児童数を制限し、病気、戦争、飢餓によって人口を限定し、最終的に世界総人口として支配階級にとって役立つ１０億人の人々が厳重にハッキリ
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<![CDATA[ <br />悪魔王国の建設<br /><br /> ★悪魔の世界統一王国（第６天魔王国）の青写真<br />◆支配者と召使だけになる<br />　統一世界政府と単一通貨制度。これを支配する終身制の、選挙によらない世襲の寡頭支配者たち。彼らは中世と同じく封建制度形式で仲間うちから自主的に選択を行なう。この統一世界国家では、家庭ごとに児童数を制限し、病気、戦争、飢餓によって人口を限定し、最終的に世界総人口として支配階級にとって役立つ１０億人の人々が厳重にハッキリと決められた地域に残ることになる。 <br />　中産階級はなく、支配者と召使だけがいる。同一の統一法典を実行する世界裁判所の法制度のもとで、全ての法律は一律となる。これを後方支援するのが統一世界政府警察と統一世界統合軍で、以前の国々すべてに法を強制する。そこに国境は存在しない。制度は福祉国家を基礎にする。統一世界政府に従順で役立つ人々は、生きる手段を報奨として与えられる。反抗的な者達はただ餓死させられるか、無法者（アウトロー）と宣告され、そのうえで誰でも彼らを殺したいと願う者の獲物となる。小火器及び武器の私有はいっさい禁止される。 <br />  <br />◆宗教は一つだけ許される<br /><br />　宗教は一つだけ許される。それは統一世界政府教会という形になる。悪魔主義ルシファ信仰魔術（約紀元前１２０００年前にアトランティス大陸で、大サタン（コーラ）が存在し（その時に悪魔統一王国の計画を立てる。その「計画書」が今日まで引き継いでいる）、そして神エホバ（正式の名はエル・ランティ様）の双子の弟である悪魔ダビデ・カンターレ子爵と妻へレナ（ヘラ）・カンターレが受け継いだ。其の家来が、３５００年前古代ギリシャで上の二人で操られた天使ルシエルの合体者がルシファである。悪魔主義ルシファという考えは、悪魔の一部分しか表現されていない。ルシファはむしろ悪魔に脅迫されて動かされていたのです。今現在は改心して天上界で修業しているのです。また、宇宙の自然法則の知識ある霊体の中で、人間の心の弱点を利用し、宇宙科学的手法（霊体で現象を起こすときは、全て「超現象」として見られている）を用いて悪（反道徳的生き方）の道を誘い洗脳する霊体は、全て「悪魔」と呼ぶのです。今、共産主義者（反道徳推進者）の霊体は全て「悪魔」と呼んでいるのです。それは、「異星人」の中にも居ます。上記の霊体全てが「地球を深く理解している異星人」であるから。天上界は一応悪魔主義の霊体を「消滅」する努力しています（これが「最後の審判」です。）！忍）が統一世界政府の正当な教育課程に認定され、私立ないし教会立の学校はなくなる。すべてのキリスト教教会は打倒されて、キリスト教は統一世界政府のもとでは過去のものとなる。 <br />　個人の自由や自由という考えそのものが残存しない状況を引き起こすために、共和政体とか統治権とか人民に属する権利などというものを消滅させる。民族としての誇り、人種的アイデンティティーは根絶され、過渡期には人種的血統を口に出しただけで極刑に処せられる。 <br />　各人は自分が統一世界政府の創造物であるとたっぷり教えこまれ、すぐ照合しやすいように身体に身元確認番号をハッキリと刻印される。身元確認番号はベルギーのブリュッセルにあるＮＡＴＯのコンピュータのマスタ・ファイルに入っていて、統一世界政府の役所は好きなときにすぐ検索できる。ＣＩＡ，ＦＢＩ、州警察、地方警察、ＩＲＳ（内国歳入庁）、ＦＥＭＡ（連邦緊急管理庁）、社会保障制度のマスター・ファイルは膨大に膨張して、合衆国全個人の人物記録の基礎となる。 <br />  <br />◆ポルノが奨励され、結婚は違法となる<br />　結婚は違法とされ、私達が知っているような家族生活はなくなる。子供は幼い年齢で両親から取り上げられ、国家財産として後見人によって育てられる。（そういう実験が東ドイツのエーリッヒ・ホーネッカーのもとで行われた。国家によって忠実でない市民と見なされた両親から子供が連れ去られたのです。） <br />　女性は「女性解放」運動の不断の進行をとおして堕落させられる。フリー・セックスが強制させる。２０歳までに一回でも応じないことがあれば、女の体に容赦なく仕返しをして罰することができる。女性に子供が二人生まれたのちは、自己堕胎を教えられ実行させられる。そういう記録が統一世界政府の地域コンピュータの女性人物ファイルのなかに収められる。女性が二人子供を産んだあとで妊娠したら、強制的に中絶病院に移され、堕胎手術と不妊手術を施される。 <br />　ポルノは奨励され、あらゆる映画館でホモセクシャル、レズビアンのポルノ写真も含め強制的に上映される。「娯楽用」麻薬の使用が強制されて、各人に麻薬規定量が割り当てられ、世界中の統一世界政府商店で購入出来るようになる。マインド・コントロール用の麻薬が広がって、使用を義務づけられる。そうしたマインド・コントロール用麻薬は人々に知らせず了解無しに食物や水道水に入れられる。麻薬バーが設けられ、統一世界政府職員が経営し、ここで奴隷階級は自由時間を過ごす事が出来る。こうして非エリート大衆は、自分自身の意志がなくやすやすと組織・支配される飼い慣らされた動物の水準にまで落とされる。 <br />  <br />◆全ての富が「３００人委員会」に集められる<br /><br />　経済制度は、寡頭支配階級が集団奴隷労働キャンプを維持するのにキッチリ足りるだけの食料と役務の生産を許容する範囲にもとづいて構築される。すべての富は３００人委員会のエリートメンバーの手に集められる。各人が生き残る為には、まったく国家に依存しなければならないことを理解するよう教えこまれる。世界は３００人委員会の行政命令によって統治される。行政命令が即席の法律となる。 <br />　すでにボリス・エリツィンが３００人委員会の命令によって３００人委員会の意志をロシアに押しつけるための試運転を行なっている。処罰と法廷は存在するが、正義の法廷は存在しない。 <br />　産業は原子力エネルギー・システムとともに全面的に破壊される。３００人委員会の会員と彼らが選んだ者のみが地球資源を取り出す権利をもつ。農業は３００人委員会に一手に掌握され、食料生産は厳しく管理される。これらの手段が功を奏し始めると、都市の大人口は、カンボジアでポル・ポト（１９８７年に殺されている）派によって行われた統一世界政府の実験のように、強制的に遠隔地に移動させられ、移動を拒む者は皆殺しにされる。 <br />  <br />◆世界の人口を管理可能水準の１０億人に維持する<br /><br />　安楽死が不治の病人と老人に義務づけられる。クーデンホフ・カレルギーの著作に描かれているように、都市はあらかじめ決定された人口数以上には大きくしない。必須労働者は現在居住する都市が人口過剰になれば、他の都市へ移住させる。非必須労働者はアトランダムに抽出して規定数をみたすために送られる。 <br />　少なくとも４０億の「無駄飯食い」が２０５０年までに限定戦争、致命的急性進行病の計画的流行、飢餓によって除去される。エネルギー、食料、水は、非エリートには生存レベルを維持できる程度に与える。これは西ヨーロッパと北米の白人人口を手始めとしてほかの人種にまで広げられる。他の大陸よりも、カナダ、西ヨーロッパ、合衆国の人口の多数がより迅速に殺され、最終的に世界人口を管理可能水準の十億人にする。このうち５億人は中国人種と日本人種から構成される。彼らが選ばれるわけは、何世紀にもわたって組織されていて、権威に疑いをもたず従うことに慣れた民だからである。 <br />　時々人為的に食料と水の不足および医療計画が実行されて、大変に彼らの生存そのものが３００人委員会の善意に左右されることを思い起こさせる。 <br />　住宅、自動車、鉄鋼および大型商品の作業が破壊されたのちは、住宅供給は限定され、存続を許された産業はどれもＮＡＴＯとローマクラブの監視下に置かれる。全ての科学的探究と宇宙探検の開発が３００人委員会の管理下でエリートに限って許されるのと同じである。以前の全ての国の宇宙兵器は核兵器といっしょに破壊される。 <br />　すべての必須および非必須の医学品、医師、歯科医、医療労働者は中央コンピュータのデータバンクに登録され、各市町村の責任者である地域管理者の書面許可なしには、どんな医療品も医療も処方されない。 <br />　合衆国には異質の文化をもった人々が洪水のようにあふれ、ついには白人のアメリカ人を圧倒する。この人々には合衆国憲法が表す意味について何の考えもなく、其の結果憲法を擁護するために何もしない。そして、自由と正義の観念は取るに足りないほどしかない。 <br />  <br />◆民間銀行は違法となり、法を犯すと即座に処刑される<br /><br />　国際決済銀行と世界銀行以外の中央銀行は操業を許されない。民間銀行は違法となる。達成した労働に対する報酬は、統一世界政府内で一律のあらかじめ決められた統一規律に従って支払われる。賃金論争も、統一世界政府の規定した標準的統一支払い規準から逸脱することも一切ない。法を犯す者は即座に処刑される。 <br />　非エリートの手には現金は硬貨一枚も渡らない。すべての取引は身元確認番号を打ちこんだ個人管理カードを使って行われる。３００人委員会の規則・規定に少しでも違反する者は、その違反の性質と程度にしたがって一定期間カードの使用を停止されることになる。 <br />　そういう人は、買物に行くと、カードがブラックリストに載っているのがわかって、何も手に入れられなくなる。「古い」硬貨、つまり以前にはあったが現存しない国々の貨幣を使おうとすることは、死刑に処せられるべき重大犯罪と見なされる。そういう硬貨はすべて猶予期間以内に銃、ライフル、爆薬、自動車といっしょに引き渡しを要求される。エリートと統一世界政府の高官だけが個人のパスポート、武器、硬貨、自動車をもってよいとされる。 <br />　違反が悪質であれば、カードは検問所で提示するときに没収される。これ以後、其の人間は食料、水、住居、職、医療を手に入れる事が出来なくなり、公式に無法者として登録される。こうして無法者の大群がつくりだされる。彼らはやっと生きていけるだけの地域に住み、姿を見られたら狩り立てられて捕らえられ、撃ち殺される。どんな形であれ、無法者に手を貸す者は同じように撃ち殺される。期限を過ぎても投降しない無法者は、以前の家族のひとりを無差別に選び、身代わりに服役させる。 <br />  <br />◆暴力抗争が助長され、若者は野蛮化特別教育を受ける<br /><br />　アラブ人とイスラエル人、あるいはアフリカの部族同士のように敵対する党派や集団は、違いを誇張されて、ＮＡＴＯ及び国連オブザーバーの監視下でお互い同士せん滅戦争をする事を許される。こうした消耗戦が行われるのは統一世界政府が権力を掌握する以前で、シーク教徒やイスラム教パキスタン人とヒンズー教インド人のような民族的・宗教的違いのある大集団が居住するあらゆる大陸で、巧妙に仕掛けられる。宗教的・民族的違いが誇張され、いっそう激しくされて、暴力抗争が其の違いを「解決する」手段として奨励され助長される。 <br />　全ての情報サービス、活字媒体は統一世界政府の管理下に置かれる。通例の洗脳管理手段は、合衆国で実行されて芸術にまで高められた方法で「娯楽」としてまかり通る。「反抗的」両親から引き離された若者は野蛮化特別教育を受ける。若者は男も女も統一世界労働キャンプ制度のための看守の資格取得訓練を受ける。 <br /> <br />悪魔王国２１ケ条の最終目標<br /><br />　イルミナティ、風を征服するモリア、ディオニソス教団、イシス教団、カタリ派、ボゴミール派の後継者である秘密の天才・秀才団体である最終目標は何か。 <br />　自らもまたオリンピアンと呼ぶこの団体（彼らは真実自分たちは伝説のオリンポスの神々と同等の力を備えていると信じ、神とあがめるルシファ（この上に悪魔ダビデのグループがある）を、我々の真実の神（エホバ、現ミカエル大王）以上の位置に置いている）は、神聖なる権利によって次のことを完遂することが絶対の使命と信じている。 <br />（１）　教会と金融システムを彼らの管理下に置いた統一世界政府＝新世界秩序 <br />　統一世界政府が１９２０年代、３０年代に「教会」を興しはじめたことを知る人は多くない。彼らは人類には本能的に宗教信仰の必要があることを認識した。そこで彼らは、自分たちが望む方向へ信仰のチャンネルを切り替えさせるために「教会」を興したのである。 <br />（２）　すべての民族性と民族的な誇りを徹底的に破壊する。 <br />（３）　彼らが編み出した上記のものを別として、宗教（特にキリスト教）を破壊する。 <br />（４）　マインド・コントロールや、ブレジンスキーの「テクノトロニクス」を呼んだ人間に似たロボット、フェリックス・ジェルジンスキーの「赤いテロル」が子供が遊ぶように殺しをする恐怖などの手段を通じて、個々人をコントロールする。 <br />（５）　いわゆる「脱工業化零成長社会」において、産業と電力を生み出す核の生産を終焉させる。例外はコンピュータとサービス産業である。アメリカ合衆国の産業はメキシコのような奴隷労働が豊富な国々に輸出される。 <br />　産業破壊の結果生じる失業者は、アヘン、ヘロインあるいはコカインの常用者となるか、われわれが今日グローバル２０００として知っている人口削除計画の対象となるかである。 <br />（６）　麻薬とポルノグラフィの合法化。 <br />（７）　大都市の人口削除は、カンボジアではポル・ポト（１９８７年に暗殺された。）政権によって実現された。ポル・ポトの人間絶滅作戦と同じ事が、合衆国ではローマクラブの研究調査機関の一つによって実行に移されるだろうということに注意する必要がある。 <br />（８）　３００人委員会が価値ありと判断した以外のすべての科学を抑圧する。特に標的とされるのは平和利用の核エネルギーである。とりわけ３００人委員会と其の手先の新聞（ニュヨーク・タイムス、ワシトン・ポスト，ＴＩＭＥなど）が憎悪を叩きつけるのは、核融合実験である。（今、現在はむしろテスラ系列の科学者の実験（スカラー波（重力波）・気候実験・マインドコントロール機・脳の中のインタラプト・生物低周波関連性、これら全て宇宙大自然の法則から生み出した品）を影で開発実験を行っていてそれを新聞で発表しない。それ故に国の安全性が更に無くなっている。要するに「存在」しないものとして一般の人達に「洗脳」している。それ故にいつでも悪用することが出来る。「善用」すれば、資源問題を解決出来る！忍） <br />　適切に用いられた核融合トーチは、非常にありふれた物質あるいは利用されていない資源からエネルギーを取り出すことが出来る。核融合トーチの用い方は無数にあり、一般にはまだ知られていない利用法で人類に益するであろう。（この問題は、やはりキリスト教の楽天家の考え方をしている。キリスト教の考えで一番危ないのは全知全能の神が「存在」し、だから、絶対的「宇宙大自然の法則」に外れても助かる見込みがあるという思考なのです。しかし、これは「嘘」である。「全知全能の神」は「存在」しないで、嘗て「神」と云われた人は、「人間」（必ずしも地球人とは限らない、今の地球の人類の「科学」はまだ「未発見」のものがある。「過去」の「超古代」文明時期は学んだのがある。しかし、地球人類の「精神」の「退歩」により科学利用の「無責任」より「古代核戦争」と「自然破壊」が起き人類大半が滅亡）として生まれたのであり、唯一絶対的「宇宙の法則」を学び、「肉体の死」以後、「聖なる道徳心」をもって、その「法則」を利用して「奇蹟」を行ったこと。「聖霊」の「存在」を「神」と云ったのです。「宇宙の法則」の外れた生き方をすると、「自然災害」で全人類（太陽系・地球そのもの）が滅亡する可能性もあるのです！忍） <br />（９）　先進国の限定戦争という手段、または第３世界諸国の飢饉と疫病という手段によって紀元２０００年までに実行される３０億人の「無駄飯食い」と呼ばれる人々の死。３００人委員会はサイラス・ヴァンスに、このような大殺戮をもたらす最上の方法について報告させている。この論文は『グローバル２０００報告』という題で出版され、合衆国政府を代表してカーター大統領がこれに賛成し、国務長官エドウィン・マスキーが承認している。『グローバル２０００報告』にそって、合衆国は２０５０年までに人口を１億人まで減らすはずである。 <br />（１０）　大量に失業者を作り出して、国民の士気を阻喪させ、労働階級の労働者を混乱させる。ローマクラブが採用した脱工業化零成長政策により仕事が縮小される結果、士気阻喪された労働者たちは、アルコールと麻薬に走るだろう。若者たちは、ロック・ミュージックと麻薬で現状に対して反抗しようとするだろう。そして、このような破壊は家族単位に及ぶだろう。 <br />　この視点から３００人委員会はタヴィストック研究所に、いかにこのような状をつくりだすかの詳細な計画案を用意させている。タヴィストックはウィリス・ハーモン教授指導のもとにスタンフォード研究所をこの作業に当らせた。この事業はのちに『水瓶座の謀略』［堺屋太一現企画庁長官監訳『アクエリアン革命』として邦訳あり］として知られるようになった。 <br />（１１）　次から次へと危機を作り出しては、そのような危機を「操作」し、あらゆる地域の人々に自分で自分の運命を決定できないようにさせる。こうすることによって、余りにも多くの選択肢に人は嫌気がさし、巨大な規模で無関心が広がるという結果を生じさせる。 <br />　合衆国の場合には危機管理の部局がすでに設けられている。其の名を連邦緊急管理庁（ＦＥＭＡ）である。 <br />（１２）　新しいカルトを導入し、不潔で頽廃的なミック・ジャガーの「ローリング・ストーンズ」（ヨーロッパの黒い貴族たちに非常に気に入られたストリート・ギャング・グループ）や「ザ・ビートルズ」にはじまるタヴィストック研究所がつくりだしたすべてのロック「ミュージック」ギャングを含む、すでに活動している者たちを煽導する。 <br />（１３）　イギリス東インド会社の奉仕人ダービーがはじめたキリスト教根本主義のカルトを引き続き奨励する。根本主義はユダヤ人こそ「神に選ばれた民」であると説くことを通じて、また、誤ってキリスト教助成という宗教上の理由によりかなりの金額を寄付させることによって、シオニスト国家イスラエル（悪魔ダビデの国）を強化するだろう。 <br />（１４）　ムスリム同胞団、イスラム根本主義、シーク教徒のような宗教的カルトを拡大強化し、ジム・ジョーンズの体験と「サムの息子」型の殺人を実行する。とくに、故アヤトラ・ホメイニが通称ＭＩ６と知られている英国軍事情報部第６課の傀儡であることは、ジョン・コールマン博士著『何が真にイランで起こったか』で述べたことである。 <br />（１５）　存在する全宗教、特にキリスト教を徐々に弱体化させるために、世界中に「宗教的解放」の思想を宣布する。これは「イエズス会の解放の神学」にはじまった。この思想はニカラグアを支配していたソモサ一族を失墜させ、現在ではエルサルバドルを滅亡させ、コスタリカとホンジュラスを２５年間にわたる内戦に引きずり込んだ。 <br />　いわゆる解放神学説の活動的な実例は、共産主義志向のマリー・クノール伝導団である。近年、広範なメディアの注意をひいた、エルサルバドルで発生したマリー・クノールの４人の尼僧による殺人事件がこのことを証明する。 <br />　４人の尼僧は共産主義者で破壊分子であり、彼らの活動はエルサルバドル政府の記録に残されている。合衆国の新聞やニュースメディアは、エルサバドル政府が所有する膨大な記録、マリー・クノール伝導団の尼僧が国内で行っていたことを証明する記録を、一行たりとも報道することを拒絶した。マリー・クノール伝導団は多くの国々で活動し、ローデシア、モザンビーク、アンゴラ、南アフリカへ共産主義を持ち込むうえで大きな役割を果たした。 <br />（１６）　世界経済の全面的崩壊の原因をつくり、政治の全面的混乱を引き起こす。 <br />（１７）　合衆国の内政外政をコントロールする。 <br />（１８）　国連（ＵＮ）、国家通貨基金（ＩＭＦ）、国際決済銀行（ＢＩＳ）、国際司法裁判所などの超国家的組織に、可能なかぎり全面的な支援を与える。 <br />（１９）　すべての政府を破壊し、政府によって代表される国民の侵すべからざる高潔さを内部から崩壊させるべく活動する。 <br />（２０）　世界にまたがるテロリスト機構を組織し、テロリスト活動が行われた場合にはいつでもテロリストと交渉する。 <br />　モロ首相とドジャー准将が誘拐されたとき、イタリア政府とアメリカ政府に赤い旅団と交渉するように説得したのはベッティーノ・クラクシ（ローマクラブ・ＮＡＴＯのキーマン）であったことを想起せよ <br />　余談であるが、ドジャー准将は、彼に起こった事を決して口外しないように口封じされていた。若し彼が喋るようなことにでもなれば、キッシンジャーがアルド・モロ、アリ・ブット、ジア・ウル・ハク将軍に執行したような「恐ろしい実例（暗殺）」となったことは疑いない。 <br />（２１）　完膚なきまでに破壊する目的をもって、アメリカ（日本も含む自由主義国）における教育をコントロールする。　　 <br />  <br />★ブレジンスキーの『テクノトロニック時代』<br /><br />◎　大衆を「無目的」にせよ<br />　ブレジンスキーは、ポーランドの運命に関心を寄せるアメリカ人すべてが読んだと思われる本の著者である。書名は『テクノトロニック時代』、それはローマクラブが委嘱して書いた本である。其の本には将来アメリカを操るのに用いる手段と方法がおおっぴらに書かれている。また、クローン人間と「ロボトイド」、例えば人間そっくりに振舞い、人間そっくりに見えるが、人間ではない人間についても触れている。 <br />　三百委員会に言及してブレジンスキーは、アメリカが「祖先たちとは何か違う時代に入り、「我々はテクノトロニック時代に向かって前進しつつあり、いとも簡単にテクノトロニック時代が独裁者となるであろう」と書いている。 <br />　ブレジンスキーは、我々の社会は「いまや増加する無目的な大衆にアヘンを提供する娯楽と見物（テレビの集中的スポーツ放映）を基礎にした情報革命の真っただ中にいる。」と説き進める。ブレジンスキーはいつから予見者あるいは予言者になったのか？彼に未来が見えたことがあっただろうか？ <br />　答えは「否」である。彼が著書に書いたことは、三百人委員会がローマクラブに与えた実行の為の青写真のコピーにすぎない。１９９１年までに我々が既に無目的な大衆になったというのは本当か（日本は、完全に３無主義の時代に入っている）？三百万人の失業者と４万人のホームレスの人々が「無目的な大衆」即ち少なくともその中心である、とは言えるであろう。 <br />　レーニンとマルクスが確認した「大衆のアヘン」宗教に加えて、現代の我々には大衆スポーツ観戦、放縦な性的渇望、ロック・ミュージック、若い世代全体をおおう麻薬常用（日本の場合は、シンナー遊び、覚醒剤）というアヘンがある。思慮分別のないセックス（今日本で一番盛んな行為）と麻薬常用は、身の回りで起こっていることから目を反らすよう仕向ける。 <br />　『テクノトロニック時代』の中でブレジンスキーはまるで人々が無生物でもあるかのように「大衆」について語る。 <br />　引き続き彼は、「大衆」をコントロール（操る、洗脳）する必要を力説するが、ある問題では思わず口をすべらせ、次のように秘密を漏らしてしまう。 <br />　　 <br />　　「同時に、各個人に対する社会的・政治的コントロールを発揮する能力が広範に拡大されるだろう。それは間もなく市民一人ひとりを殆ど絶え間なくコントロールし、傾向を見るデータを加えて、個人の健康に関する最も細かなデータや一人ひとりの個人的行動にいたるデータまで含め、最新のファイルを確保出来る所まで能力を高めるだろう。」 <br />　　「これらのファイルは専門家によって瞬時に検索されるだろう。情報をコントロールする人々の手に力が引き寄せられるだろう。現存する諸団体や諸組織は、おそらくあらかじめ社会危機を発見し、それを処理するプログラムを実際に展開する仕事の脱危機管理機関がとって代わるだろう（これは、後に出現したＦＥＭＡの活動を叙述している）。」 <br />　　「この事は、我々が知っているような政治上の措置を行う余地の少ないテクノトロニック時代という専制絶対支配に向かって、これからの数十年の驀進させることだろう。今世紀末を見通すなら、最終的に人間に似た機能を持ち、同じく人間に似た理性をもった存在を含めて、生化学的洗脳（マインドコントロール）と人類遺伝子組替えの可能性が、いくらか困難な問題を生じさせるかもしれない。」 <br />　ブレンジスキーは一民間人としてではなく、カーター大統領の国家安全保障問題顧問、ローマクラブの指導的な一員、３００人委員会及びＣＦＲの一員、そしてポーランドの黒い貴族の一員としてこれらの事を書いている。彼の著書は、アメリカがいかに産業を基礎とした社会を捨てて、彼が説く「まぎれもなく新しい歴史的な時代」に突入しなければならないかを力説する。 <br />　　「アメリカのアメリカらしさを作り出したものは、ポップアートであれＬＳＤ（麻薬）であれ、進んで未来を体験するという気性である。今日、アメリカは創造的な社会であり、他の国々は意識的にせよ無意識にせよアメリカに見習っている。」 <br />　彼がここで言っているのは、アメリカは古い秩序を破壊し、統一世界政府＝新世界秩序に入っていくよう引っ張っている３００人委員会の政策の実験場になっているということである。 <br />　 <br />◎共謀者達の全地球計画<br /><br />　『テクノトロニック時代』のある章では、新しい技術が、如何に社会ならびに国際関係の平和をひずませ、緊張感の張り詰めた対立をもたらすかを説明している。 <br />　奇妙なことに我々は既に監視付きの極度の緊張下に置かれている。キューバのルールドは、其れが起こった場所である。 <br />　もう一つはベルギーのブリュッセルにあるＮＡＴＯ本部である。そこには「６６６」（聖書黙示録で言う悪魔の象徴）と名付けられた巨大なコンピュータがあり、ブレジンスキーがあげたあらゆるタイプのデータに加えて、現存する数十億の人口の数倍のデータをたっぷり収容できる。もし、グローバル２０００大量殺戮が実行されたら、とても使い切れないほどのデータ収容能力である。 <br />　データ収集はアメリカ（日本も確認した方が良い）ではいとも簡単であって、社会保障や自動車運転免許証から、ブレンジスキーと３００人委員会が公表した監視記録を「６６６」に供給して追加することが出来る。 <br />　委員会は既に１９８１年に、当時ソ連政府を含めた各国政府に、「３００人委員会が新世界秩序（悪魔世界統一王国）のために用意している完全なる統制を行わない限りは、世界は混乱におちいるであろう。統制は我が委員会並びに『全地球計画と危機管理』によって執行される。」 <br />と警告を発した。コールマン博士は１９８１年にこの情報を入手した数カ月後、この確たる事実を報告した。 <br />　もう一つの問題は、以前からロシアが統一世界政府樹立の為の準備会議に招待されていたという事実である。 <br />　１９８１年にコールマン博士が前述のことを書いた時点では、共謀者達の全地球計画は既に各国で準備完了の状態に入っていたのである。 <br />　過去十年を振り返ると、如何に迅速に３００人委員会の計画が進行していたかがわかる。もしも１９８１年に前述の情報が警告の役割を果たさなかったとしても、我々が知っているように、合衆国の終焉が最終段階に近づいている今日、更に強い警告がなされなければならない。 <br />　　 <br />★国境を越えた陰謀<br /><br />◎　ウィリー・ブラントの「決定的攻撃」作戦<br />　ローマクラブは、国務省のエリオット・ト・アブラムズが計画した広大な計画の一環としてエルサルバドルの２５年戦争にも直接手を下した。それは３００人委員会の会員で社会主義インターナショナルの指導者の元西独首相ウィリー・ブランド、幸いにも不成功に終わったがエルサルバドル・ゲリラに対する「決定的な攻撃」の落とし前を付けさせられたブラントであった。 <br />　エルサルバドルは、中米を新しい３０年戦争の一大舞台と化する為に３００人委員会が選んだ地域であった。この事業は「アンデス計画」という一見無害な名称のもとにキッシンジャーに割り当てられた。陰謀家達が全ての国境を越えた如何に行動するかを誇示するため、ブラントが計画した「決定的攻撃」作戦は、思いがけずフェリベ・ゴンザレスのキューバ訪問という形に留まった。 <br />　このゴンザレスという人物は、当時、ローマクラブ任命のスペインの将来の首相候補であった。コールマン博士とは別に、コールマン博士の情報将校時代の１、２の同僚と以前の同僚の誰もが、ゴンザレスがキューバに行く前にはそんな話は聞いていなかった。ゴンザレスはローマクラブのエルサルバドル関係担当官であって、フランコ将軍の死後、スペインで初めて社会主義者から政界にのし上がった人物である。ゴンザレスは、ワシントンに赴く途次、８０年１２月に行われたローマクラブ社会主義者達の「ゲット・レーガン」「レーガンをやっちまえ！」集会に参加した。 <br />　ゴンザレス・カストロ会談の手土産は、３００人委員会の最も悪名高き左翼頭脳集団である政策研究所（ＩＰＳ）が派遣した左翼ゲリラのギレルモ・ウンゴであった。ウンゴはカストロ訪問の為ワシントンからキューバへ飛ぶ途中、謎の飛行機事故で死んだＩＰＳの一員に派遣されたのである。 <br />　承知しておかなければならないのは、政治上は左翼とか右翼とか言われていてもどちらも同じ人物に操られているということである。この事が判れば、、ウンゴかエルサルバドルの右翼指導者ナポレオン・デュアルトの生涯の友であることも理解出来る。エルサルバドルのゲリラによる「決定的攻撃」が実行されたのは、キューバ会談後のことであった。 <br />  <br />◎　ラテンアメリカ諸国はなぜ麻薬に走ったか<br /><br />　南米と合衆国を対立させる事は、３００人委員会がキッシンジャーに与えた特別の密命であった。マルビナス戦争（フォークランド戦争としても知られている）と、それに引き続く経済混乱と政治激動によって引き起こされたアルゼンチン政府の転覆は、３００人委員会の最高幹部の会員であるキャリントン卿と提携したキッシンジャー一味が計画した行動だった。 <br />　合衆国における３００人委員会の主要な資金の一つ、コロラド州のアスペン研究所もまたイランの国王（パーレピ国王）没落時と同様、アルゼンチンの計画に参画してその役割を果たした。ラテン・アメリカは、そこに属する諸国と相互防衛条約を結んでいるからというだけでなく、アメリカ技術・重工業の輸出の巨大な市場であるという意味でも、合衆国にとって重要な地域である。もしこの事が実現していたなら、ためらっていたアメリカの企業の多くを刺激し、新しい何千という仕事を得たはずだった。 <br />　この大きな可能性を積極的に評価する代わりに、３００人委員会は、アメリカを脱工業化ゼロ成長社会にする計画を実現するために重大な脅威であると見なし、直ちにアルゼンチンの例のように他の南アメリカ諸国に、民族主義、独立、自治を鼓吹するような思想を忘れるようにと警告した。これが、非常に多くの南アメリカ諸国がなぜ自らを維持すべく麻薬に走ったかの理由である。 <br />　一般にアメリカ人はメキシコを見下しがちだが、これこそ３００人委員会が合衆国の人々にメキシコに対して取らせたい態度である。我々に必要なのは、メキシコと南米に対する態度を改める事である。メキシコは、アメリカ人にとってもメキシコ人にとっても等しく何千という仕事を供給出来るあらゆる種類の合衆国の商品の巨大な代表的な市場である。我が国の産業を「中南米に」移し奴隷的賃金を支払う事は、両国の利益にはならない。その事で利益を得るのは「オリンピアンズ」（世界支配者）だけなのである。 <br />　メキシコは核技術の大部分をアルゼンチンから受けていたが、マルビナス戦争が終止符を打った。ローマクラブは８６年、諸国を発展させる核技術の輸出を停止すると宣告し、豊富で安価な電力を供給する原子力発電所を持っていたメキシコは、「南アメリカのドイツ」となってしまった。９１年までに、イスラエル向けを除いては、全ての核技術の輸出を停止した陰謀家達にとって、メキシコのような状態は一大災厄だったのだ。３００人委員会がメキシコに抱いていたのは、封建的な農民国、メキシコ石油をたやすく操作し、持ち去ることの出来る状態であった。安定し繁栄するメキシコだけが合衆国にとって本来は利点になるのであるが、前述の事が陰謀家達が手を打ちたいと思っていた本心であり、それ故に彼らはメキシコに対して何十年間も当てこすり、中傷し、直接的な経済戦争を仕掛けてきたのであった。ロペス・ポリティーヨが大統領に就任し銀行を国有化する前に、３００人委員会の代表であるウォール街の銀行とブローカーによって、メキシコから１日に二億ドルもの資本逃避が行われたであろう。 <br />　もし合衆国に政治屋ではなく国を運営する政治家がいたなら、メキシコの政治家と共同して、メキシコを希望なき国に変えようとする統一世界政府＝新世界秩序計画を押し戻す事ができたであろう。もし我々がメキシコに対するローマクラブの計画を駆逐出来たなら、回復に多大の時間を要する衝撃を３００人委員会に与える事が出来たであろう。イルミナティの後継者達は、彼らがメキシコで味わわされたと同じ脅威を合衆国でも味わうことになったであろう。メキシコの愛国運動と共通の基盤を求めて、合衆国の我々は不退転の力をゆっくりと前に進める事が出来たであろう。だがそのような行動はリーダーシップを必要とする。我々（日本も含めて）には、他のあらゆる分野の試みよりも、このリーダーシップが欠けているのである（此のリーダーシップをミカエル大王様が直々に教育されている千乃裕子先生と我々は主張するのである！忍）。 <br />　 <br />★謀略者の横顔<br /><br />◎　サー・ピーター・ヴィッカース・ホールの予言が的中した「脱工業社会」<br />　３００人委員会は、その数多くの提携組織を通じて、レーガンの大統領としての職責を無に帰する事が出来た。ヘリテージ財団のスチュアート・バトラーは、此の件に関して「右翼は８０年に勝利したと考えたが、事実は敗北したのだ」と語った。バトラーはここで、右翼が勝利したと考えたとき、レーガン政権の要職がヘリテージ財団が任命したフェビアン主義者に占拠されてしまった事に気付いたと云う事を言っている。 <br />　バトラーは、合衆国の右翼思想の中に、合衆国のフェビアン主義者の頭でありヘリテージ財団の第１人者のサー・ピーター・ヴィッカース・ホールが公然と選挙戦中にその意見を述べていた左翼急進主義の原理を注入したと説き続けているのだ。サー・ピーター・ヴィッカース・ホールは保守系の「頭脳集団」を切り回している間ですら、フェビアン主義者のままでいた。英国の寡頭軍事産業一族ヴィッカースの一員として、彼は強固な地位と絶大な力を持っていた。ヴィッカース一族は第１次世界大戦時に対立する両陣営に武器を供給し、ヒットラーの興隆時にも再び武器を供給した。 <br />　ヴィッカースは表向きカルフォルニア大学の都市・地域開発協会に属していたが、英国労働党の頭で３００人委員会の会員であるアンソニー・ウェッジウッド・ベンの長年に渡る腹心の友であった。ヴィッカースもベンも共に、世界最初の洗脳団体であるタヴィストック研究所の構成員と同じ扱いを受けている。ヴィッカースはタヴィストック研究所の訓練を受けた非常に効果的な演説をする。次はその一例である。 <br />　「二つのアメリカがある。一つは１９世紀の重工業を基礎にした社会である。もう一つは古 いアメリカの破片の上に建てられた成長する雑工業化社会である。来るべき数十年の内に起 こる経済的・社会的破局は、これら二つの社会の間に起こる危機である。この二つの社会は 根本的に相容れぬものであり、共存する事が出来ない。雑工業化社会の末期には重工業社会 を粉砕し消滅させるに違いない（これは、産業の基盤を破壊する演説である！忍）」 <br /><br />　この演説は８１年に行われた事を想起して頂きたい。合衆国（自由主義国）の経済と産業が如何にサー・ピーターが予告したとおりに正確に進行したかが分かるはずである。関係者から９１年の景気後退はいつまで続くのかと聞かれた時に、私はこのサー・ピーターの演説を引用し、９５?９６年には終わらないだろう、事態は我々知っている６０?７０年代とは違うからだと説明しておいた。 <br />　演説が行われて間もなく、私は自分のニュースレターでもそれを紹介したが、如何にそれは予言的であったことか。だが、この事は、３００人委員会とその執行機関であるローマクラブが既にアメリカについて述べていた事に照らし合わせれば予測は可能であった。 <br />　サー・ピーターが遠回しに言った事は何だったのか？普通の日常用語に直せば、彼は、古いアメリカ人の生活様式と憲法に基づいた真実かつ信頼出来る連邦政府は、新世界秩序によって破壊されつつあると云う事であり、我々が知っているアメリカを其の様に進める、さもなければ粉々にしてしまうと言っているのである。 <br /><br />◎　心霊術師か、魔法使いか、それともイカサマ占い師か？ <br /><br />　先に述べたように、３００人委員会はしばしばはっきりと見える存在でもある。サー・ピーターは例外ではなかった。サー・ピーターが次の様に演説を結んでいるのを見れば、彼が何処から来たかが明らかになるだろう。 <br /><br />　「私はヘリテージ財団や類似の団体と働けて大変幸福である。真のフェビアン主義者は更 に急進的な思想を新右翼に期待する（この新右翼の代表が、国内の改革路線の人達である ！忍）。この１０年以上、英国国民は絶えず、如何に産業が落ち目になっているかという 宣伝の集中砲火を浴びている。この事は全て事実であるが、宣伝の真の効果は国民の士気 阻喪にある（正確にはタヴィストックの新科学（ニューサイエンス関係の科学者達が仕掛 けた）」 <br /><br />　「経済の更なる悪化は米国（自由主義国！忍）においても同様であろう。人間に困難な選 択を迫るには、これ（混乱、士気阻喪）が必要である。将来に対して何らの計画もなく、 あるいは、有権者が前進を阻むならば、想像も出来ないほどの大規模な社会的混乱が起こ るであろう。アメリカ（自由主義国！忍）の都市の外観は荒涼としたものになろう。都市 の中心部ではまだ何か出来ようが、それとても基本的には都市は縮み上がり、工業の基礎 は滅亡に瀕する。こうして社会痙攣が生じるのである」 <br /><br />　サー・ピーターは心霊術師か、大評判の魔法使いか、それともイカサマ占い師か？ <br />　その答えは「全て否」である。サー・ピーターは、かっては産業の巨人であったアメリカ合衆国の静かな死を宣告する３００人委員会＝ローマクラブの下書き原稿をすらすらと読み上げる朗読者に過ぎない。ここ１０年間のサー・ピーターの予言を振り返るならば、彼こそが３００人委員会の計画に従って産業国アメリカを事実上潰滅させ、終焉に導いたと云う事を、誰が疑えようか？彼の予言は、驚くほど正確であると証明されてこなかっただろうか？実に殆ど一言一句あますところなく正確に、予言は実現されてきたのである。 <br />　サー・ピーター・ヴィッカース（サー・ピーター・ヴィッカース・ホールの義父）はスタンフォード研究所が出版した『人間イメージの変革』と題する報告書の作製に協力した。この報告書をもとに、レーガン政権に対して３０００ページもの重大勧告が送られたのである。その上、英国ＭＩ６上級情報将校としてサー・ピーター・ヴィッカースはヘリテージ財団に多大な事前情報を提供出来る地位にある。 <br />　３００人委員会とＮＡＴＯの会員としてサー・ピーター・ヴィッカースは、ＮＡＴＯがローマクラブを指導して、アメリカが進もうとしている方向を全く変えさせる社会プログラムを開発させた。ローマクラブは、タヴィストック研究所の指導のもとに、スタンフォード研究所（ＳＲＩ）に対して、アメリカだけでなく大西洋同盟とＯＥＣＤ加盟のどの国にも適用出来るようなプログラムを開発する事を要請したのである。 <br />　レーガン大統領に３０００頁に及ぶ「勧告書」を送ったのは、さーー・ピーターの子分格であるスチュワート・バトラーであった。この勧告書には疑いもなく、国会議員で３００人委員会の上級会員であるアンソニー・ウェッジウッド・ベンが表明した見解のいくつかが含まれていた。ベンは８０年１２月８日にワシントンで会った社会主義インターナショナルの会員に、「もし諸君がレーガンの信用失墜を促すような人物情査をするなら、即ちボルカーを信用失墜させることになり、我々はその下で繁栄出来る」と語っている。レーガン政権に採用されて適用されたパトラーの勧告は、レーガン政権下に進められた貯蓄貸付制度と銀行業界を崩壊に導く結果となった。ベンが「人物情査」すると言ったのは、実はレーガンが洗脳されるべきだという意味だったのである。 <br /><br />◎　鉄鉱業を解体させたフリードマンと黒い貴族ダヴィニョン<br /><br />　フォン・ハイエクーーヘリテージ財団の創立者であるーーが弟子のミルトン・フリードマンに、一例として、レーガン政権の下でまず最初に鉄鋼産業、次いで自動車産業と住宅産業の崩壊を促進させ、アメリカを非産業化させるローマクラブの計画を統轄させた事に留意する価値がある事を忘れてはならない。 <br />　フランスでは、黒い貴族の一人であるエディエンヌ・ダヴィニョンが、３００人委員会の一員として同国の鉄鋼産業を解体させる任務を割り当てられた。仕事を失っている何十万という鉄鋼と造船所の労働者の内、誰がダヴィニョンの名を耳にしたことがあるだろうか。コールマン博士が『世界経済評論』誌の８１年４月号でダヴィニョン計画を公表した。 <br />　運命の１２月、ワシントンＤＣで開かれた第１０回ローマクラブ総会には、イランから来た見知らぬ人物が参加したが、アヤトラ・ホメイニの特使であるバニサドルであることが分かった。とりわけ８０年１２月の非公開会議で行われたある演説が私の注意をひいた。それは主にフランソワ・ミッテランの演説だったからだが、この人物はフランスの政権から放逐され、ダメになったと考えられていた男だった。だが、コールマン博士は自分の情報源から、あらかじめミッテランが埃を払って引っ張り出され、政界に復帰しつつあると聞いていた。それだけに彼が何を語るか、コールマン博士にとっては非常に関心の的になっていたのである。 <br />　「産業資本家の発展は、自由とは全く相容れない。我々は彼らに終止符を打たねば ならない。２０世紀と２１世紀の経済システムは、既に恐るべき結果をもたらして いる核エネルギーの領域をはじめ人間を粉砕する道具を用いることだろう。」 <br /><br />　ミッテランがエリゼ宮に帰還したことは、社会主義の勝利であった。それは３００人委員会が何事かを予告すれば、ミッテランの場合に見られたように、彼が何日か前にパリの政治グループに明らかに完全に拒否されたとしても、力ずくで、あるいはどういう手段を用いても、自らの予告を実現する力があることを証明している。 <br />  <br />◎　狡猾な左翼ウォルター・リップマンの指導を受けたＡＤＬグラハムの凄腕謀略<br />　もう一つ、８０年１２月のワシントン会議には、別のグループの代表が「オブザーバーの資格で」参加した。それは「アーウィン・スアル」という名でも知られるＡＤＬ（ユダヤ名誉毀損防止連盟）の事務調査局の長、ジョン・グラハムであった。 <br />　ＡＤＬは英国情報機関の三つの分局、即ちＭＩ６や国防情報局などの英国情報機関によって完全に操作されている。スアルの膨大な汚れたトリックは、ロンドンのイーストエンド地区の下水道からかき集めたものだ。スアルはジェイムズ・ボンドばりの手を使う超極秘機関ＳＩＳ［秘密情報局＝ＭＩ６の公式名称］の現役である。何人にもＡＤＬの力と勢力範囲を過小評価させてはならない。スアルは、ホールその他のフェビアン主義者達と密接に連繁して活動する。彼はミルナー卿、ローズ、バージェス、マックリーン、キム・フィルビーを生んだ共産主義教育センターそのものである英国のオックスフォードとケンブリッジの両大学は長い間エリートの息子や娘だけが入れる所で、親たちは英国上流階級の中でも「貴族階級」だった（東京大学の共産主義者が増えたのは、英国の大学の影響かな？忍）。スアルはオックスフォードでは青年社会主義連盟に加わり、そののちほどなく英国情報機関の補充要員に選ばれた。その後、スアルはアメリカ合衆国に配属され、同国左翼の中で最も狡猾なウォルター・リップマンの保護と援助を受けた。 <br />　リップマンは、急進派をスポイルする作戦として産業民主連盟と民主学生協会を設立運営した。リップマンの二つのプロジェクトは、彼が重要な会員であり、アメリカに触手をのばす３００人委員会の「党機構」に不可欠の部分であった。スアルは米国の司法省と強いコネがあり、彼が狙ったどんな人間の情報ファイルでもＦＢＩから入手する事が出来る。司法省は彼が欲しいときにはどんな物でも与える命令を出している。 <br />　スアルの活動の中心は、「右翼グループと個人を監視する」事である。ＡＤＬは国務省から便宜を与えられ、同省の情報員を巧みに使っている。国務省には「恐れを知らぬ反ユダヤ活動家」を装う右翼情報員の産卵場がある。情報収集グループには４人の頭がいる。このスパイ・グループは過去２０年に渡って活動を続けている。彼らは、毒々しい反ユダヤ新聞を発行し、広い範囲に及ぶ反ユダヤの本を売る。その中心的な分子はルイジアナで活動している。このグループの会員はキリスト教の右翼サークルで人気を集めている作家である。スアルはアブスキャム事件［ＦＢＩ捜査官がアラブ実業家を装って上下両院議員をおとり捜査で摘発した事件］に深く関わっていて、しばしば警察等の法執行機関から内偵やおとり捜査で警察官を援助するよう要請されている。 <br />　スアルには、ヘリテージ財団が新しく大統領を選ぶまで「レーガンを尾行」し、もしレーガンが財団の望む路線から逸脱したり、ちょっとでも目隠しを外そうとしようものなら２、３発威嚇射撃のようなものを加える役目を与えらた。スアルはヘリテージ財団を快く思わない面倒な右翼顧問を、男でも女でもレーガン政権から遠ざける援助を行った。そのような人物の一人に、レーガンの労働長官レイ・ドノヴァンがいた。彼はＡＤＬの政治謀略部のおかげで席を移されたのであった。 <br />　ヘリテージ財団が提出した三千人の推奨リストに上がっている人物の一人、ジェイムズ・ベイカー三世は、大統領に送ったスアルのドノヴァン憎悪の書簡を選んだ仲介者であった。　　 <br />　 <br />◎　メキシコ学生反乱を画策したＣＩＡ「離脱者」フィリップ・エイジー<br />　もう一人の重要な謀略者は、ＣＩＡ「離脱者」フィリップ・エイジーであった。３００人委員会の会員でないにも関わらず、彼はメキシコ問題担当官となり、王立国際問題研究所（ＲＩＩＡ）と外交問題評議会（ＣＦＲ）に随って行動した。 <br />　記録によれば、合衆国で起こった事は何一つとして、ＲＩＩＡの承認なしに行われたものはない。それは、最初は、チャーチルとルーズベルトとの「公然」たる同意（それ以前には秘密の合意があったが）に始まり、合衆国の情報機関が英国の情報機関と機密情報を共有せざるを得ないような事態が継続して進行しているのである。これがチャーチルとハリファックス卿がうそぶく両国間のいわゆる「特別な関係」であり、この「特別な関係」は、英国の利益とりわけ３００人委員会の最も重要な会員の一人、エリザベス女王一族が大きく関与しているブリティッシュ・ペトロリアム［ヨーロッパの三大石油会社の一つ］の利益を代行して合衆国がイラクに仕掛けた湾岸戦争に至るまで継続している。 <br />　１９３８年以来、いかなる情報活動もこの特別な共同命令構造を通じて行われなかったものはなかった。フィリップ・エイジーはイエズス会・フリーメーソンの環に組み込まれたノートルダム大学を卒業後ＣＩＡに加わった。エイジーは最初、６８年のメキシコ大学の反乱の背後にある情報職員として私の関心を引いた。 <br />　メキシコ学生反乱の最も重要な問題点の一つは、ニューヨーク、ボン、プラハ、西ベルリンでの学生反乱と全く同じ時期に起こされた事であった。専門的な総合判断とこのような作戦に不可欠である国際刑事警察機構（インターポール）の特別な情報ネットワークを考慮すれば、学生の反乱であろうと、一般には一国の指導者の解任であろうと、時を同じくして地球規模の活動を慎重に起こす事が出来るのは、３００人委員会であると考える事はさして困難ではない。「オリンピアンズ」なら全て１日の内に成し遂げられる仕事である。 <br />　エイジーはメキシコとプエルトリコのテロリスト・グループに直結していた。そして、この間に彼はキューバの専制者フィデル・カストロの腹心の友となった。 <br />　これらの作戦を展開したエイジーは、「はぐれ」情報員として行動したと考えてはならない。反対に彼はこれら全ての任務遂行中、ＣＩＡの為に働いていたのである。が、カストロのＤＧＩ（キューバの情報機関）が彼を「暴露」した時、問題が起きた。彼は二重の役割が明るみに出されるまでＣＩＡの一員として任務を遂行していたのである。これにはキューバのルールドに設置された西欧でも最大のソ連の盗聴施設がからんでいた。同施設は各種信号と暗号解読の３千人のソ連専門家を抱え、同時に数千種の電気信号を傍受出来る性能があった。議会の議員や愛人との私的会話に至るまで、ルールドではエイジーの電話が数多く傍受され、強力な証拠となったのである。 <br />　今日、我々（自由主義国）は「共産主義は死んだ」と聞かされている。だが合衆国は、一戸一戸の家の敷居に至るまで繰り広げられている広範なスパイ作戦を一向に解消しようとしない。 <br />　ルールドにはファックスや電動タイプライターが放つ最も弱い「嵐」の信号でさえも補足する性能がある。即ち、どんなファックス送受信やタイピングでもその内容が分かりさえすれば、暗号が解読出来るのだ。ルールドは未だに合衆国の心臓に突きつけられた匕首のまま残っているのである。こんな場所が今も尚、存在している理由は全く無い。もし合衆国とロシアが真にお互いに平和を保とうとするなら、なぜこのような大規模なスパイ作戦を行う必要があるのか？この奇妙なことを裏書きする単純明白な事実がある。ＫＧＢは職員を削除しようとせず、むしろ９０年から９１年にかけて要員を補充増加しているのである。 <br />  <br />◎　イラン国王を失墜させたバーナード・レヴィン＝ローマクラブ計画<br />　バーナード・レヴィンと言っても、おそらく合衆国ではあまり知られていないだろう。頽廃的な「ポップ・スター」やハリウッドの最新の惨めな「暴露」とは異なって、もし目に触れるとしても、学界の人間でも稀にしか聞かない名前である。が、ローマクラブの支配下にあるアメリカの学界の何百という学者の中で、レヴィンが特に注目すべき点がないとしても、イラン、フィリピン、南アフリカ、ニカラグア、韓国の破壊という役割を担っているという点では、大いに注目する必要がある。 <br />　イランの国王の失墜は、バーナード・レヴィンとリチャード・フォークが仕組み、ロバート・アンダーソンのアスペン研究所の指揮による計画によって実行されたものである。『時代展望とモラル』という題名の、いかにして各国政府と指導者の士気を挫くかを述べたローマクラブの出版物の執筆者がレヴィンである。ここに同書の抜粋を掲げる。 <br />　「恐怖戦術を通して士気を挫く主要な技術の一つは、正確には次の方法である。 狙いをつけた人物が、自分は何処にいるのか、何を期待していいのかがはっきり分からな い状態にさせる。加えて、相反する情報を与えながら、懲罰と報償の間を彷徨させて再計画があるのかどうかを知ろうとする事を止める。このような情況にさらされると、目標を 抱き、危険を冒して目標に到達する意志のある人間でも、何をなすべきかと、心が激しい 葛藤に巻き込まれ、行動が麻痺するのである」 <br /><br />　ローマクラブの青写真は個人に対してのみならず国家に対して、特に各国の指導者に対しても適用される。我々合衆国の人間は「ここはアメリカだ。そんなことは、ここでは起こらない」と言う。 <br />　しかし私は、ここアメリカでそういう事が「起こっている」のだという事を、そしておそらく他の国々ではもっと頻繁に起こっているのだと云う事を、証明してみせよう。レヴィン＝ローマクラブ計画は、最終的には、我々が何事であれ全て我々の為になる様に計画されていると思い込ませる所まで士気阻喪する様に仕組まれている。我々は、羊のようにローマクラブの命令に従う事になるであろう（それが、大量虐殺の始まりである）。 <br />  <br />★完全に洗脳されたアメリカ<br /><br />◎　英国情報部によって仕込まれた人物、ホメイニとエリツィン<br />　国が「救う」ように見える強力な指導者が突然表れたなら、極度に疑わしいと見なければならない。ホメイニはイランの救世主として突然表れる前に、特にパリに滞在中に英国情報部によって長年に渡って仕込まれた人物である事を想起されたい。ポリス・エリツィンも同じくＭＩ６・ＳＩＳに仕込まれた経歴がある。 <br />　ローマクラブは、３００人委員会から与えられた合衆国を「軟化させる」権限を遂行していると固く信じている。合衆国の国民に仕掛けられた戦争が４５年もたった今日、誰が此の戦争を遂行したか疑う事が出来ようか？よく見回して、如何に我々の士気が阻喪したかを見てみるがいい。麻薬、ポルノグラフィ、ロックンロール「音楽」、フリー・セックス、家族の崩壊、レズビアン、ホモセクシャル（男は、生体的に女が必要としている構造になっている。だからこそ、女は、家庭を守る努力をしないと社会は崩壊する。男を正しく導く仕事は、女性の仕事だから。男は性的本能を何かに変更して行動を取っている。しかし、善なる方向に変更すれば良いが、悪なる方向に変更する可能性が残っている。神の法は、自分の家族を愛する如く他を愛せよでその方向性を戒めている。だからこそ、正しい家族のあり方を真剣に考え守る仕事を女性に与えているのです。女性が自己見失うと国家は崩壊する。そしてこの神の法を壊す勢力は全て悪魔に魂を売った人間である。共産主義者は、将に人間の本能の部分を悪用しているのです。それによって、社会を混乱させようとしているのです。そういう人達に全て戦わなければならないのです。今、天上界は聖戦に入っているのです。その先頭指揮者が千乃先生です。ユダヤの神エホバを信じている人達全てこれら悪魔に魂を売った人達に戦いにせよ。はっきり言って、その企業は全て倒産しても良い。日本国家の復興が神の国造りになるのです！忍）。そして最終的には、母親による何百万という幼児の殺人。かって墜胎のようなおぞましい犯罪が行われた事があっただろうか？（此の問題は難しい。子供を育てるには、両親の強い責任がある。此の責任を果たすことが出来ない場合は、子供が大人になった時が一番惨めな生活をさせられるのです。子供が、「自分が、この世に生まれなければ良い」と考えて悪魔に魂を売って悪の方向に走るならば（結果的、裁判によって死刑を宣告するならば）、この子供の苦しみさせた両親の責任が重いのです。それならば、子供の意識がまだ育っていない３ヶ月の間に墜胎した方が子供にとっても幸せなのです。３ヶ月の間は人間としての意識がないのです。でも、出来るなら家族計画を立てて墜胎するより避妊をした方がまだ人間として正しい営みだと思います！忍） <br />　精神的にも道徳的にも破滅した合衆国、３千万人の労働者から仕事を奪った合衆国の産業破壊、考えられるあらゆる犯罪の恐ろしさ汚水溜めろなった巨大都市、他国の３倍の犯罪発生率、４００万人のホームレス、風土病と化した政府の腐敗ーーこれらを見れば、合衆国が新暗黒時代の統一世界政府の武力を待たずして既に内部から分裂させている。彼らはシオニスト国イスラエルの為に闘う根本主義、福音主義などの大群のカリスマを養成しつつある。 <br />　大量虐殺の湾岸戦争の期間に私は、なぜ「イラクに対するキリスト教徒の戦争」に反対出来るのか問う手紙の山を頂戴した。イラクに対する（３００人委員会の）戦争をキリスト教根本主義者が支持するのは聖書的ではないと疑う事が、果たして出来ないであろうかーー結局は、銃撃が始まる前にビリー・グラハムがブッシュ大統領の為に祈らないであろうか？聖書は「戦争と、その噂」について語っていないであろうか？此の手紙の山は、タヴィストック研究所がいかに懸命に努力しているかを明瞭に示している。キリスト教徒根本主義者達は、計画通りにイスラエルを支持する途方もない勢力になるであろう。 <br />　悲しむべき事に、こうした「めでたい」人々は、自分達がローマクラブによって目に余るくらい悪用されて来たことを全く理解していない。彼らの意見と信仰が自分自身のものではなく、アメリカ全土に展開する３００人委員会の何百という「頭脳集団（シンクタンク）」がでっち上げたものであることを全く理解していないのである。言葉を換えて言えば、合衆国の他の人々と同じく、キリスト教根本主義者達と福音主義者達は完全に洗脳されているのである。 <br />  <br />  <br />◎臨終を迎えるアメリカ<br /><br />　我々国民（アメリカ国民）は、かって全世界の羨望の的であったあめりか合衆国とアメリカ人の生活様式の臨終を将に受け入れようとしているのだ。これは、たまたま我が国アメリカに降ってわいた、陳腐な「時代は変わる」症候群であると考えないで頂きたい。時代は何も変えない。「人間」が時代を変えるのである。 <br />　３００人委員会とローマクラブをヨーロッパの団体と考えるのは誤りである。ローマクラブは合衆国においてその影響力を行使し、ワシントンＤＣに支部を置いている。クレイボーン・Ｋ・ペル上院議員はその頭であり、会員の一人はかって下院エネルギー政策を掌握し、何処から「環境保護論者」達の核エネルギー反対が出てくるかを見るのは、さして難しい事ではないのである。 <br />　ローマクラブ最大の成功物語は、２１世紀に向かって合衆国が強力な産業国家になるのを阻止する為に、核エネルギーに関して議会をしばり続けている事だろう。静止沈船所、合衆国のあちこちに放置されたままになっている様々の熟練工達ーーこれらはローマクラブの反核政策の結果である。 <br />　これらが再整備される事は二度とないのではないだろうか。 <br />　他に、合衆国のローマクラブの会員には、議会調査局のウォルター・Ａ・ハーン、古参の経済人アン・チーザムとダグラス・ロスの任務は、彼自身の言葉に寄れば「ローマクラブの視点を立法に捉え、豊饒という幻想を合衆国から放逐すること」であった。アン・チーザムは「未来の為に議会を清浄化する家」と呼ばれる組織の理事であった。彼女の任務は、占星術やニューエイジの［鬼面人を驚かすお化け］に感じやすい議員を拾い出す事であった。ある時期には、彼女の教室には百人を越える議員がひしめいた。毎日行われるアンの集会では、彼女の「オカルト洞察」に基づいて作られた様々の占星術的な「予見」が開陳された。議員の他に、この集会に参加した著名人には、マイケル・ウォルシュ、ソーントン・ブラッドショーーー３００人委員会の主要な人物ーーと、オールステート保険会社副社長ディヴィッド・スターンライトがいる。 <br />　３００人委員会の重要な会員には、ＮＡＴＯの会員を兼ねた者がいる。という事実を忘れてはならない。これらの会員はいくつかの事務所を持っている。ＮＡＴＯ＝ローマクラブの会員の中には、ＮＡＴＯの元米国大使だったハーランド・クリーヴィランド、アスペン研究所の理事ジョセフ・スレイター、元合衆国国家安全保障局の最高スタッフだったドナルド・レッシュ、またジョージ・マッギー、クレイボーン・Ｋ・ペルがいるが、以上はほんの一部に過ぎない。３００人委員会は、大使や長官として、その手先を政府、議会、大統領の諮問委員会といった合衆国の筋肉や神経に植え込んだのである。 <br />  <br />◎誰が大統領になろうと３００人委員会の決定は守らねばならない<br /><br />　カルヴィン・クーリッジが大統領に立候補して以来、選挙で、誰がホワイトハウスに席を占めようとも、３００人委員会が政府の枢要な地位に手先を送り込んで於けるようになっている。例えば、フランクリン・Ｄ・ルーズベルトの時代から、大統領選挙の立候補者達は選ばれ、誰云うともなしに、３００人委員会の道具として振舞っている外交問題評議会（ＣＦＲ）の「お気に入り」と呼ばれる様になっている。 <br />　とりわけ１９８０年の選挙では、政府高官のどの椅子にもＣＦＲの会員が座っていた。その為に、謀略者達にとっては、誰が大統領選で勝利しようとも一向に構わなくなった。ヘリテージ財団やＣＦＲのようなトロイの木馬によって、新政府の重要政策立案部門は全てＣＦＲが指名した人物が椅子を占めた。それよりも以前、６０年代には、ＮＡＴＯ＝ローマクラブのイエスマンが席を占め、３００人委員会の執行機関であるローマクラブとＣＦＲのお墨付きの重要政策を確実に実行していたのである。８４年と８８年の二つの選挙には、この長きに渡るパターンがそのまま踏襲された。 <br />　ジョージ・シュルツは、３００人委員会が選んだ国務長官であった。シュルツは一環して、ＣＦＲを仕切る元締であるペクテル社の要職という立場を利用して、彼が所属するキッシンジャー・コネクションをうさんくさいと思っているかも知れない国々に接近させた。 <br />　カーター政権は、鍵になる地位に、陰謀の積極的加担者を送り込む事に拍車をかけた。カーターが大統領に当選する前に彼の選挙参謀であったハミルトン・ジョーダンは、もしサイラス・ヴァンスかブレジンスキーがカーター内閣に入る約束をしてくれたら、自分は、辞任しようと言った。彼らはそうした。が、ジョーダンは辞任しなかった。カーターが、ポール・ボルカーを選んだことは（事実、デイヴィッド・ロックフェラーがボルカーに約束を取り付けたと語った）、ローマクラブが敷いた路線によって合衆国経済が破綻するそもそもの始まりであった。 <br />  <br />◎ゴールド・ダイヤモンドが目当ての南ア殺害戦争<br /><br />　英国植民地資本主義は、常に英国の寡頭支配者による封建的特権制度の頼みの綱であったし、今日も依然としてその事に変わりはない。 <br />　ボーア人［オランダ系白人］として知られるようになった南アフリカの貧しく教育のない牧歌的な人々は、１８９９年に血に汚れた英国貴族階級の手中に落ちたとき、ヴィクトリア女王によって容赦なく遂行された胸のむかつくほど残忍な戦争が、ＢＥＩＣ（英国東インド会社）の中国阿片貿易による「速成の財産」から富豪達の懐に流れ込んだ信じ難いほどの大金によって賄われたとは、夢にも思わなかったであろう。 <br />　３００人委員会のセシル・ローズ、バーニー・バルナト、アルフレッド・バイアットという会員達が、戦争を煽動し誘導した。ローズはロスチャイルド家の主要代理人で、ロスチャイルドの銀行は阿片取引より流れ込む現金に浸ってゲップが出るほどであった。これらの強盗・泥棒・嘘つきどもーーローズ、バルナト、オッペンハオマー、ジョエル、バイアットーーが南アフリカのボーア人から生得の権利、即ち彼らの土地の下に横たわっていたゴールドとダイヤモンドを取り上げたのである。 <br />　南アフリカのボーア人は、彼らのゴールドとダイヤモンドの販売より得られた何十億に次ぐ何十億ものドルからビタ一文も受け取らなかった。 <br />　３００人委員会はこの莫大な宝物を素早く全面的に掌握した。この支配は現在も会員の一人サー・ハリー・オッペンハイマーによって維持されている。平均的な南アフリカ人は金及びダイヤモンド産業から一人あたり年額１００ドル受け取るだけで、毎年毎年流出する何十億ものドルは３００人委員会の銀行家達の下へ行く。それはかって記された歴史年代記の中でも最も不潔で邪悪な、貪欲と窃盗の、そして民族殺害の物語の一つである。 <br />　英国国王は、どうやってこの巨額の分け前になるド肝を抜くような欺瞞をまんまとやりおおせる事が出来たのか。それほどの超人的な仕事には、謀略家どもの権力機構から伝えられる日々の命令を実行する献身的な代理人を随所に潜り込ませて、巧妙に組織化する事が必要である。 <br />　第１段階は新聞による宣伝活動で、ボーア人達が、未開の野蛮人達で、ほんのちょっぴり人間だが、ボーア共和国においてイギリス市民の投票権を拒否していると描いてみせた。次に、トランスヴァール共和国の指導者ポール・クルーガーに対して要求を突きつけた。勿論クルーガーはこれには応じない。その後、一連の事件を企ててボーア人達を挑発し仕返しさせようと謀ったが、それもうまくいかなかった。そこで悪名高いジェイムソン襲撃事件が起こる。この事件では、ジェイムソンなる人物が武装した数百人の一団を率いてトランスヴァールを攻撃した。その後直ちに戦争が起こった。ヴィクトリア女王はその時、かって世界に登場した中でも最大規模で最もよく装備の行き届いた軍隊の戦列をしいた。ヴィクトリア女王の考えでは、戦争は２週間で終わるはずだった。なぜなら、ボーア人は常備軍はなく、訓練済みの国民軍もなく、英国下層階級から引っ張ってきた彼女の４０万の兵士達にかなうはずもなかったからだ。ボーア人達は百姓やその息子達で、其の数は８万を越えなかったーーその一部は１４歳の若さだった。ルディヤード・キプリングも戦争は一週間以内に終わるだろうと考えていた。ところが、片手にライフル銃、もう一方の手に聖書をもったボーア人達は、３年間持ちこたえた。「戦争は１週間で終わると考えて、我々は南アフリカへ行った。」とキプリングは言った。「ところが、ボーア人達は我々に際限もなく教訓を与えた」。 <br />　今日、同じ「教訓」を３００人委員会に与える事が出来る。もし、私達の憲法が象徴するありとあらゆるものを蚕食してやるぞと恫喝している巨大な怪物に対する闘いにこの国を導いてくれる善人で、かつ真実の指導者達８万人（此の役割が日本国家である。で、戦争は、北朝鮮を経由して中国と戦う。そして、ロシアと戦う準備をする。それが出来たら其の後ろにいるアメリカと英国の国際金融家達を全て捕まえる！忍）を我々（自由主義国）が召集出来さえすれば、と。 <br />　戦争が１９０２年に終わった後、トランスヴァール・オレンジ自由州ボーア共和国の不毛の草原の下に横たわる想像を絶する財産、金とダイヤモンドを英国国王はしっかりと掌握しなければならなかった。これは、アーサー王とその騎士達の伝説に由来する「円卓会議」を通じて行われた。円卓会議は、厳密には３００人委員会によって設立された英国情報部ＭＩ６の一作戦部局である。これはローズ奨学金計画と共にアメリカの中核地帯に突き刺さった短刀である。円卓会議はセシル・ローズによって南アフリカに設立され、英国のロスチャイルド家が資金を提供した。その目的は、英国国王に忠実で英国国王の為に莫大な金とダイヤモンドの財宝を確保してくれる事になる商業指導者を訓練することであった。 <br />　南アフリカ人達は生得の権利を一政変によって盗み去られてしまったが、其の政変たるや、とてつもなく大規模かつ全面浸透的で、統一中枢部隊にしてはじめてやりおおせたはずのものであった。その統一部隊とは３００人委員会であった。これが成し遂げられた事は、論を待たない。 <br />　３０年代の初期までに、英国国王は世界でかって発見された金とダイヤモンドの最大の供給源の首根っ子を押さえていた。いまや３００人委員会は、麻薬取引からあがる莫大な財産と、南アフリカの鉱物・金属資源という同じく莫大な財産の両方を意のままにする事が出来た。世界の財政的支配は完璧だった。 <br />　 <br />★新たな攻撃目標「アメリカ」<br /><br />◎　世界中に散開した円卓の騎士達<br />　円卓会議は政変で中枢の役割を果たした。円卓会議の明確な目的は、南アフリカを平らげた後では、アメリカ独立戦争［１７７６?８３］によって得た合衆国の利益を減少させ、もう一度合衆国を英国の支配下に連れ戻すことだった。そういう企てには組織力が不可欠だったが、ロンドンのロスチャイルド一家の子分アルフレッド・ミルナー卿がそれを提供した。円卓会議会員の選択にはフリーメーソンのスコティッシュ・ライトの原理を用い、選ばれた者達はケンブリッジ大学とオックスフォード大学で猛訓練を受けた。それを油断なく見守ったのが、自称「老学校共産主義者」ジョン・ラスキンとＭＩ６工作員Ｔ・Ｈ・グリーンであった。ローズ、ミルナー、ジョン・ウィーラー・ベネット、Ａ・Ｄ・リンゼイ、ジョージ・バーナード・ショー、それにヒットラーの大蔵大臣ヤルマール・シャハトらを生んだのは、キリスト教福音主義派牧師の息子グリーンだった。 <br />　円卓会議は、広大な包括的な３００人委員会の一分野に過ぎないのだ。それでも円卓会議自体が、迷路のように入り組んだ会社、機関、銀行、教育施設からなり、それだけで、資格のある保険統計士に分類させても一年はかかるだろう。 <br />　円卓の騎士達は世界中に散開した。彼らが活動する全ての国で、財政・金融政策及び政治の支配権を掌握するためである。南アフリカでは、ボーア戦争で英国と闘ったズマップ将軍が「転向」して英国情報部の軍事的政治的工作員となり、英国国王の大義を信奉する者となった。後年の事であるが、合衆国に内部から穴を開ける仕事はウィリアム・ヤンデル・エリオットに与えられた。政治家ヘンリー・キッシンジャーを生みだし、３００人委員会に対する合衆国首席顧問としての地位に流星のように登場する責任を担ったのは、この人物である。ウィリアム・ヤンデル・エリオットは「オックスフォードのアメリカ人」であった。この事は、既に３００人委員会によく奉仕していたとしても、委員会の仕事で更に高い務めを果たすには必須の過程であった。 <br />　エリオットは１７年にヴァンダービルと大学を卒業したのち、ロスチャイルドーウォーバーグ銀行網によってリクルートされた。サンフラシスコの連邦準備銀行で働き、重役に出世する。そこから彼はロスチャイルドーウォーバーグの情報将校として活動し、彼が監視している合衆国の重要な地域についてレポートした。エリオットのフリーメーソン的才能を監視していた者達は彼をローズ奨学生に推薦し、１９２３年に彼はオックスフォード大学ベイリャル校へ行く。この「夢見る尖塔」の中には、陰謀のネットワークと西側世界の未来の裏切り者達が隠されていた。 <br />　ベイリャリ校は円卓会議の人材募集センターだったし、いまもやはりそうである。タヴィストック研究所の代表者にしてベイリャル修士Ｔ・Ｈ・グリーンの後継者となっていたＡ・Ｄ・リンゼイの指揮する徹底的な洗脳を施された後、エリオットは円卓会議に迎えられ、王立国際問題研究所（ＲＩＩＡ）に送られて課題を与えられた。その課題とは、合衆国に帰って学術（アカデミック）の世界で指導者となることであった。 <br />　円卓会議の運営哲学は、円卓会議の騎士達を社会機構を通じて社会政策を立案実行する地位につけることであった。こうすれば、ラスキンが言うところの「大衆ども」は操作出来るはずであった。会員たちはタヴィストック研究所での課程を受けた後、最高レベルの銀行業務へ浸透していった。その課程は英国王室の親友レコンスフィールド卿が立案作製し、後にはラザール・フレール社の運営を続けていたロバート・ブランドが指揮した。ＲＩＩＡは英国君主制との全面的な接続機関であったし、今もそうである。 <br />　円卓会議の副産物の一部が、卓抜な政治家であり、故ウィンストン・チャーチルの娘婿であるダンカン・サンディズによって設立・運営されるビルダーバーガーズ、私が１９８３年の『国際銀行家の陰謀ーーディッチレー財団』という著作で暴露した銀行家の秘密クラブのディッチレー財団、三極委員会、合衆国大西洋評議会、そしてロバート・アンダーソンが代表を務めているが、表から巧妙に隠された真の創立者がＲＩＩＡのバロック卿であるアスペン研究所である。 <br />  <br />★新しい「日本を憎め」キャンペーン<br /><br />◎　合衆国の外交・国内政策は３００人委員会が命令している<br />　３００人委員会とそれを作り上げているとされる寡頭ファミリーに浸透する事は、事実上不可能である。連中が保護膜として被っているカムフラージュは、剥ぎ取るのが難しい。次の事実に、自由を愛するアメリカ人は注目すべきである。つまり、合衆国の外交及び国内政策とされているものは、３００人委員会が命令しており、そして２００年以上に渡って命令して来たのだと言うことである。この事が他にないほど衝撃的に表れたのが、チャーチルが「トルーマン・ドクトリン」なるものをミズーリ州インディペンデンス出身のトルーマン大統領の喉に押し込んで窒息させた時である。 <br />　以前の会員が死んで空席が出来たら、その子孫が跡を襲う。そして現在の会員の中に含まれているのが、サー・マーク・ターナー、ジェラルド・ヴィリヤーズ、サミュエル・モンタギュー、インチケイブ家、ケスウィック家、ピース家、シュローダー家、エアリー家、チャーチル家、フレイザー家、ラザール家、そしてジャーデヒン・マセソンである。 <br />　全会員のリストは下記に掲載してあるが、委員会のこれらの人々がウィルソン大統領に命じてドイツと戦わせ、第１次世界大戦を引き起こした。この委員会がルーズベルトに命じて日本軍に真珠湾攻撃をするよう誘導したが、その目的は合衆国を第２次世界大戦に引き入れることであった。これらの人々、この委員会がこの国に命じて朝鮮、ベトナム、そしてペルシャ湾で戦争を起こした。 <br />　誰にもわかる真実はこうだ。合衆国は今世紀５度の戦争に遭遇したが、それは忌まわしい３００人委員会の肩代わりとして行ったものであった。ごく少数の人々を除くと、誰も立ち止まって「我々はどうしてこれらの戦争をやっているのか」と尋ねなかったと思われる。「愛国心」の大太鼓、軍楽、波打つ旗や黄色いリボンなどのせいで、どうやら偉大な国が正気を失っていたようだ。 <br />  <br />◎　全世界を包み込む専制政治<br /><br />　真珠湾攻撃５０周年に際して、新しい「日本を憎め」キャンペーンが行われているが、それが太平洋問題調査会（ＩＰＲ）によってではなく、最も露骨かつ厚かましいやり方でブッシュ政権と議会によって行われている。その目的は、ルーズベルトが真珠湾攻撃への攻撃を鼓吹した時と同じで、日本人を侵略者と決めつけ経済戦争を行って、その後に我が軍に次の段階ーー対日武装侵略の準備をさせることである。これは既に進行している。さらに多くのわが息子や娘たちが、３００人委員会の封建領主どもの御奉公に狩り出されて虐殺されるのは、ただ時間の問題に過ぎない。 <br />　私達は、屋根の上に昇って叫ばなければならない。「我々が死のうとしているのは、自由の為でも国を愛する為でもない。間もなく全世界を包み込む専制政治の為なのだ」と。 <br />　この組織はイギリスをガッチリと掌握しているので、英国市民の９５％が１７００年代以来ずっとこの国の国富の２０％以下を分け前として受け取ることを強制されてきた。これが、英国寡頭支配封建領主どもが「民主主義」と叫びたがるものの正体なのである。 <br />　これらの立派な本物の英国紳士どもは、実際は全く慈悲のかけらもない連中なのだ。彼らがインド、スーダン、エジプト、イラク、イラン、そしてトルコで行った事は、新世界秩序＝統一世界政府のもとで、あらゆる国で繰り返される事だろう。連中はあらゆる国家とその富を彼らの特権的生活様式を守る為に用いるだろう。 <br />　英国貴族のこの階級の財産こそが、解き難く織りなし。絡み合っているのだ。麻薬取引、金・ダイヤモンド・武器取引、銀行業務、商工業、石油、報道機関、そして娯楽産業と・・・。 <br />（この時、ブッシュ大統領の日本大使は、ハーマコスト大使であった。ハーマコスト大使は、当時自民党の小沢幹事長と仲が良かったです。その時の総理大臣が宮沢総理大臣であった。其の後、総選挙時に自民党に離れ、新しい政党を作った。そして、細川総理大臣時に、国会で日本の戦争を侵略戦争と認めた発言をしたのです。又、宮沢総理大臣の時は、韓国との慰安問題を大きくしたのである。このハーマコスト大使は、フィリピンの２月革命の立案者であり、もしかしたらアキノ上院議員の暗殺者の首謀者の可能性があるのです。この宮沢総理大臣と仲良いのが３００人委員会の大木佐武郎と仲がよいのです。もしかしたら、朝日新聞の裏を指揮しているのが宮沢総理大臣の可能性もあるのです！忍）　 <br />  <br />◎　国連はロックフェラー一族の巨大な宣伝機関である。<br /><br />　３００人委員会に代表される世界のエスタブリッシュメントは、今や”新しい世界秩序”の確立を目指して着々と体制を整えている。地球上のあらゆる民族と国家を廃し、全ての富とを彼らが支配する唯一の世界政府の管理下に置こうとする計画は、これまでの所、彼らの予定通り進められて来た事ほぼ間違いない。しかしながら地球規模の超国家を実現しようと望むことと、それを実際に実現する事とは全く別の問題である。果たしてロックフェラー一族は世界の子羊達、地上の雌牛達を駆り集めて、どのように彼らの世界政府という動物牧場に囲い込もうとしているのだろうか。 <br />　悪魔イスラエル王国とその家来は、世界政府への道のりが決して一様ではなく、あたかも人間の心が希望や恐れ、野心や貪欲、無知の諸相を示すように、様々な局面をもっていることを熟知している。そうであってみれば、彼らは、この壮大な計画を実現するに当たって、只一つの事柄に彼らの財産と手腕を全て傾注するような事はせず、最終目標に到るあらゆる可能な道を探り、考えつく限りのあらゆる手段を使ってその道筋を切り開いて来た事は、言うまでもない。 <br />　今日、世界政府の実現を目標として掲げる組織や運動体、出版物、行動計画などを全て取り上げ、それらの完全な一覧表を作ろうとすれば、恐らくその厚さはロサンジェルスの電話帳にも匹敵する膨大なものとなるだろう。そしてこの一覧表に載せられた軍団は、悪魔イスラエル世界統一王国建設集団の指揮に従って各々の道を進撃している所である。 <br />　世界政府を目指す動きの中で最も分かり易いものは、４５年にロックフェラー・インサイダー・グループが設立した国際連合である。第二次世界大戦の終結後直ちに作られたこの組織は、第１次大戦後に設けられた国際連盟の経験をふまえて、世界政府の基盤を更に拡大強化する事が狙いであった。世界の民衆が大戦に疲れ切って心から平和を求める、丁度その頃合いを見計らって二度に渡り設立された国連の真の目的は、理想として掲げられた美しい言葉の中にはなく、各国の主権を制限し、国際機関の権限を拡大して、この機関を背後から操る彼らの決定に各国の民衆を従わせる所にある。その事は、敗戦国の日本が国連加盟を認められ、今や第二の国連資金拠出国になっているにも関わらず、その実力にふさわしい地位と発言権を認められず、嘗ての植民地諸国が欧米や中ソの立場を脅かす決定をさせないようにしている。国連は参加する事に意義があって、大国以外の諸国の意志がその決定に反映される所ではない。一頃盛んに東西問題を論議し、国連軍の創設に意欲的であった彼らは、南北問題が国連の中心議題になり始めるやマスメディアに沈黙を促した。 <br />　彼らはなかなか本心を明かそうとしないが、国連はあくまでも世界政府の想像と必要性を一般大衆に訴え掛け、これらの人々の圧力で各国の主権を段階的に放棄させていく為の大掛かりな宣伝機関である。この為にロックフェラー一族が国連ビルを提供し、毎年数百万ドルの資金をつぎ込んだとしても、それは安いものである。国連の議員にＣＦＲの左翼関係者を次々と送り込み、西側諸国の金でこれらの人々を養って、各国の左傾化を推進出来るとすれば、なおさら結構な事だ。例え国連の評判が多少悪くなったとしても、是れに替わる組織を別に用意しておけばよい。 <br />  <br />◎　世界政府の実現を画策する数々の陰謀組織<br /><br />　国連ほど派手ではないが、世界政府の為の基礎作りを進めている組織は下記の「悪魔の世界統一王国の計画者」通りである。そして我々が特に注意しなければならないのは、世界平和や秩序の回復、愛や正義を訴え最も無力に見えるグループや、世界の主要な報道通信（新聞、テレビ局、通信社）に支援され、多くの著名人が名を連ねた一見罪のない運動の中にも、”見えざる世界政府”の危険な意図が隠されているかも知れないということである。 <br />　このような心配は、一番古くから活動してきた団体の一つであるアトランティック・ユニオンに当てあまる。此の組織は今日の地球上に数多く形成さ始めたＥＣやアジア連合、アフリカ機構といった広域共同体構想を最も早くから推進してきたグループで、地球の半分を手に入れる過程は地球全体を手に入れる過程の半分であると信じている者達から成っている。つまり彼らは、世界各地に幾つかの共同体政府を作って最終的に世界政府の元に統合する事を考えているのである。 <br />　アトランティック・ユニオンは、その会員の一人である”ロッキー”好みのヘンリー・キッシンジャー博士が「東西緊張緩和」政策を打ち出して共産圏の強化とアジア・アフリカ地域の共産化をはかり、共産主義による統一世界政府の実現を急ぐまでは、反共主義の強力な世界政府を作ろうとしてきた。彼らにとっては、左翼共産主義者が世界を統一しよう（ソ連が崩壊したが、中国共産党と北朝鮮が残り軍事拡大している！忍）と、右翼全体主義者が世界を手中に収めようとどちらでもよく、最終的に彼らが投下してきた資金を回収し、彼らの為の世界政府を作ればいいのである。 <br />　同ユニオンの会員はフランス革命以来の精神を継承しているが、フランスの王政（ユダヤの神エホバがキリスト教王国を作る為に作ったヨッロッパの国、ジャンヌ・ダルクがミカエル大王様の助けによって命懸けに守った王国、フランス・カトリック教会は、この聖なるジャンヌ・ダルクを火炙りの刑を行った。それ以後、天上界は、フランスを見捨てた。その為にフランス革命が起こり、残虐な虐殺政治を行った。今、日本で同じミカエル大王様がこの世界を救う為に千乃裕子先生を世に出した。その千乃裕子先生を日本人を含め世界の人達が無視している。その為に共産主義者や悪魔主義者により人類２／３虐殺が目の前に現れるのである。世界の人達よ、ユダヤの神（ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、それぞれの国の天の主神にあらされる神、天帝）の言葉を耳に傾けよ。そして救われよとおっしゃっている！忍）が世に現れて全ての人達にが倒れ、英国の王室が名目的なものとなった現在、再びアメリカはヨーロッパと一体に成るべきだと考えている。彼らにとってアメリカの独立戦争はフランス革命を成功させる為に不可欠であったが、大英帝国からアメリカが独立した事は、アメリカとヨーロッパを再統合する上で新たな問題をも提起している。 <br />　１９世紀英国の帝国主義者セシル・ローズは、この厄介な問題を解決し、アメリカを再び新しいヨーロッパ帝国の支配者の下に収める事を願って（残虐な植民地支配に戻す事）円卓会議を興し、今世紀の初めにローズ財団を設立した。そしてセシル・ローズの遺志を受け継ぐ人々は、彼の壮大な夢を実現する為にアメリカの聡明な若者を英国に招き、多額の奨学金を出して世界政府の秘密教義を学ばせたのである（注：この教義はアナーキーとシナルキーという二つの概念に要約される。） <br />　ヘドレー・ドノバンの先輩にあたるローズ奨学生のクランレス・ストレイトは、１９３９年に『大連合の時代』と題する本を著した。この本は、世界政府を実現する為に、まずアメリカと欧州の連合を実現し、各大陸に幾つかの広域政治経済圏を作り出した上で、これらの地域共同体を最終的に一つのヨーロッパ世界帝国に纏めあげる事を主張した。 <br />　彼の主張は、戦後の欧州に東西二つの国家群が誕生し、国連加盟諸国の間に地域連合の考えが定着する事によって現実化した。右翼全体主義や集産主義に対して何ら敵意をもっていなかった。『大連合の時代』の中で、彼は「民主主義」についてこう述べているーー「民主主義は我々に選択の自由を保証している。我々は資本主義を選んでもよいし、集産主義を選んでもよい。マルクス主義の政府（これによって、政策実行に当たりどれくらい死んだのか考えていない！忍）を選ぶ自由もある」。フランス革命以来のフリーメーソンの教義を踏襲して、彼は王政以外のあらゆる政治形態を断定的に支持した。又彼は、今日のヨーロッパ社会主義を想定して、次のように質問している。ーー「我々は、西欧民主国家で社会主義者が力を持つに至った時、彼らとの連合を拒むであろうか」。勿論彼は「決してそのような事はない」と断言している。 <br />　アトランティック・ユニオンは、１９４９年３月、ユニオン委員会と呼ばれる政治活動集団を新たに組織した。この委員会の初代会長は、それまでアメリカ最高裁の判事を務めていたオーエン・Ｊ・ロバーツであった。ロバーツは、アメリカ合衆国に忠誠を誓った人間であるにも関わらず、我々の生命と財産、自由及び独立を保証する国家の主権を冒涜し、それを「愚かな合言葉に過ぎない」と考えていた。　 <br />　今から３０年以上も前に、ロサンジェルス・エクザミナー紙はアトランティック・ユニオンがアメリカにとってどんな意味を持っているか、次のように報道した。 <br />彼らは、我々が自ら勝ち取った民主主義の代わりに社会主義を押し付け、我々から好きなだけ 税金を取り、彼らの軍隊の為に我が国の男達を駆り集め、彼らの工場の為に女達を駆り立て、そして彼ら自身を太らせる為に我々が作り出した富の大部分を奪い去ってしまうだろう。 <br />我々はここではっきりと問わなければならない。アメリカの国民を代表する上院議員や下院議 員の誰が、アメリカを欧州に統合し、アメリカの崩壊をもたらすような政権を支持し、是れを推 進しているのか。我々は、果たしてそのような議員を我々の代表として選んでよいものだろうか。 <br /><br />　この様な主張が１９５０年代になされたにも関わらず、殆どの新聞は広告収入の減少を恐れて勇気ある発言をためらい、偽りの主張を最もらしく見せかけて大衆を間違った方向へ導いた。その結果、アトランティック・ユニオンは彼らの方針通り着実に成果を挙げ、１９４９年に委員会が設立されてから１２年も立たない内に、８７１人の金持ちや影響力のある人物を委員会の会員として迎える迄に成長した。 <br />  <br />◎　彼らはなぜ共同体構想の具体化を急ぐのか<br /><br />　アメリカの独立宣言と合衆国憲法を破棄しようとする人々の集まりであるアトランティック・ユニオン委員会の決議は、４９年に初めて議会に提案された。その後彼らの議会における活動は毎年止むことなく続けられ、リチャード・ニクソンやヒューバート・ハンフリー、ジョージ・マクガバン、ドワイト・アイゼンハウアー、アドレイ・スティーブンソン、ジョン・フォスター・ダレス、ヤコブ・ジャビッツ、ウィリアム・フルブライト、ユージン・マーカーシー、ヘンリー・キッシンジャーといった大物政治家に指示されてきた。しかしながら、この委員会の危険な提案内容は殆ど大衆に報道されなかった。 <br />　そして１９７３年ーーアトランティック・ユニオンの新しい決議案が再び下院に上程された時、全く信じられない事だが、１９７人の下院議員がアメリカの憲法を廃棄してＥＣ諸国と合併する方向を打ち出したこの決議案を支持したのである。（註：１９７３年４月２３日に発表されたキッシンジャーの新大西洋憲章を参照のと）。 <br />　１９７２年から７３年にかけて、世界の情勢は我々の予想以上に急速に悪化した。１９７１年の１月、ビルダバーク・クラブ（註：オランダのハーレムにあるホテル・ビルダバーグで開かれる億万長者の秘密会議。１９５４年、オランダのベルンハルト殿下が幹事となって組織された約５０人の億万長者で構成される円卓会議）の秘密会議で下された共産主義の億万長者達の決定は、その後の世界を戦後かってない混乱の渦中にたたき込んだ。アメリカとヨーロッパ、ソ連、中国、日本との関係はこの時既に彼らによって一方的に決定され、我々は只後からその結果を押し付けられたのである（註：１９７２年二月の米中国国交回復や１９７３年二月の変動相場制移行、７月のポカンティコに於ける日米欧三極委員会設立とアジア太平洋共同体構想、１０月の第四次中東戦争とオイルショックなど）。 <br />　アメリカ・ヨーロッパ共同体法案を取りまとめたイリノイ州選出の共和党ポール・フィンドレーは、１９７４年にこう語っている。 <br />　　この法案が今日ほど活気ある新鮮な会員によって支持されたことはかってない事である。我々と 共にこの法案を共同で提出した議員の約半数、５９人は新しい顔ぶれだ。その内２６人は昨年の十 <br />　一月に選ばれた新人であり、他の１３人は昨年議会でこの法案が２１０対１９７の接戦を演じた時 賛成に回ってくれた人々である。ここで特に重要な事は、これまで我々に反対してきた議員で今な <br />　お議席を持っている議員の内１０人が今ではこの法案を支持していることだ。そして昨年までこの 法案に反対してきた２１０人の議員のうち５６人が今や議席を失ってしまった事も重要である。 <br /><br />　１９７３年にアトランティック・ユニオンの会員が提出したアメリカ・ヨーロッパ共同体法案は、２１０対１９７でかろうじて否決された。しかしポール・フィンドレーはその差が僅か１３票だった事に満足しており、反対投票をした議員の多くが１１月の選挙で議席を失った事や、それまでの反対者がロックフェラーの意向に気付いて賛成に回った事を高く評価している。これは我々にとって極めて深刻な問題である。アトランティック・ユニオンは既に我々を欧州の支配者にあと一息で売り渡す実力を持っているのだ。（註：１９７３年はアメリカを中心に大西洋と太平洋の二つ地域に共同体を作ろうとする動きが本格的に始まった年。同年７月、ニューヨーク郊外ボカンティコのロックフェラー邸で開かれた秘密会議に参加した宮沢喜一、大来佐武郎、武者小路公秀の三人は、帰国後直ちに太平洋共同体構想の具体化を図った。その後、三木内閣、大平内閣の下で具体的な形を取り始めた”環太平洋連合”構想は、基本的に世界の億万長者の意向に沿う者である）。 <br />　石油成金のギャング、ロックフェラー一族は４５年以上前からアトランティック・ユニオンと密接な関係を持っている。この事は、１９６４年にネルソン・ロックフェラーがアトランティック・ユニオンから最も名誉ある「開拓者賞」を授与された時、贈呈式に出席したアメリカの高官達を前にクラレンス・ストレイトが、ネルソンは、１９３９年にこの組織を分裂の危機から救ってくれた恩人であると称賛したことによっても明らかだ。その当時、アトランティック・ユニオンの支部の中でも強い発言権を持っていたニューヨーク支部とワシントン支部の二つは、組織の本部をどちらに置くかで泥沼争いを演じ、ストレイトを悩ませた。要は両支部を満足させるだけの資金がなかったと云う事らしいが、その時ロックフェラー一族がストレイトを救ってくれたのである。ネルソンは、アトランイック・ユニオンの為に、ニューヨーク市東４２丁目１０番にある建物の一部全部を無料で提供した。 <br />　それから２３年後の１９６２年、ネルソン・ロックフェラーは『連邦主義の将来』と題する本を著わ <br />し、議会の内部にいる隠れた世界政府の支持者達に最も大胆に彼らの意見を述べるよう激励した。この本はアメリカの独立に早く終止符を打ちたいと願っているアトランティック・ユニオンの同志達を大いに元気づけた。１９６４年の贈呈式で、ストレイトはネルソンの勇気を次のように誉め称える事も忘れなかった。 <br /><br />　　ネルソンの『連邦主義の将来』は、誤った方向に導かれた「愛国者」の批判や反対を恐れて、 <br />　これまで我が国の指導的な政治家や我々の親しい友人達が口に出すことすらはばかってきた「世 <br />　界連邦」や「大西洋連合」の考えを大胆に表明し、新しい時代を切り開いてくれたのである。 <br /><br />　ロックフェラー一族はアトランティック・ユニオンの為に無料で本部事務局を提供してきたが、此の事実は１９３９年以来２５年間秘密にされてきた。そしてストレイトはこの事を贈呈式の席上で初めて明らかにしたが、その許可は事前にインサイダー達の夕食会で出されたものだった。アトランティック・ユニオンの会合におけるストレイトの発言は彼ら自身の出版物にも掲載され、後に議員達が目を通す様になってから、「誤った方向に導かれた愛国者」によって議会の記録に載せられた。我々は今になって初めてこの記録からアトランティック・ユニオンの秘められた歴史の一部を知るようになったが、まだ多くの人々はアメリカの億万長者が西側の独立を段階的に東側に譲り渡そうとしている事に気付いてはいない。 <br />  <br />◎　世界連邦主義の背後に隠された危険な意図<br /><br />　世界のエスタブリッシュメントはこれまで地域毎に幾つかの共同体（国家連合）を作り、これらをソ連や中国などの共産圏（世界の人口の大量虐殺（約２億人）！忍）と合体させて世界政府を作ろうとしてきた。この事は今も変わりないが、その一方で彼らは東西両陣営の融合と合併を速やかに実現する為、多くの運動を進めている。この意味で最も旨く言っている組織は世界連邦教会（ＵＷＦ）で、同組織は４７年にアメリカで結成されて以来、欧米や日本などで多くの会員を獲得してきた。 <br />　「世界は一つ」「人類は皆兄弟」という有名な目標（スローガン）を掲げたこの組織（日本では、日本船舶協会の笹川良一氏がテレビの宣伝に表明していた。やはり、これらのグループと関係あるのか！忍）は、欧州とアメリカに拠点を持つ国際金融資本の大立物、ワールブルグ家（約註：ロスチャイルドやロックフェラー、モルガン、ハリマン、シフ、ミルナー、バンダーリップら共にレーニン、トロツキーにロシア革命の資金を渡し、その一方でナチスを率いるヒトラーを資金援助した一族）のジェームズ・Ｐ・ワールブルグ、及びノーマン・カズンズの二人によって作られた。 <br />　当初、ワールド・フェデラリスト（世界連邦主義者）、スチューデント・フェデラリスト、世界政府の為のアメリカ人連合という三つの小組織を一つに纏めて始めた世界連邦協会は、それほど大きな力を持たなかった。しかしその後この組織は自由と平和、愛と友情を求める大衆の理想主義に効果的に訴え、特に若い人達に「世界の法律を作って世界平和を実現しよう」と呼びかけて、今では多くの大学や高校に支部を設けるまでになった。 <br />　この協会の幹部は初代会長のコード・メイヤー・ジュニア以下殆どがＣＦＲの会員で、彼らは、若い会員が幻滅しないよう、世界政府は個人の利益を守り、信仰や報道の自由を保証し、各地の伝統を大切にするという印象を与えている。しかし実際にこの組織を動かしているロックフェラー内部団体の狙いは大衆を動員して世界政府を受け入れさせる下地を作りだし、共産党の主張をぼやかし（オブラート）に包んで飲み込ませるところにある。国境を越えた愛と友情の尊さを訴え、スポーツや芸術、科学を通じて共産圏との交流を深める事を彼らは提案するが、そのような催しの中で共産主義者の人権抑圧やスパイ活動、麻薬奨励が行われていることは一切語られない。（まだ、共産主義は、終わっていない！忍） <br />　しかし世界連邦協会の真実の意図がどこにあるのかは会長自身が著した「平和かアナーキー」を読めばよく分かる。この本の中でコード・メイヤー・ジュニアは、「アメリカは自ら率先して武装解除し、国際連合の支配下にある地域共同体政府の一員と成らなければならない」と主張している。彼がこの協会の会員に勤めている統一世界連邦政府は現在の国連を強化したものであり、アメリカは自らの国民の生命と財産を守る自衛権を放棄してヨーロッパ共同体と合併すべきであると彼は言う。 <br />　およそ国家をたらしめている最大の要素は軍隊である。軍隊は、国民の生命と財産、自由と独立を守る為に国民が税金を出し合って作ったものだ。その必要最小限の自衛権まで我々から取り上げて国連やＮＡＴＯ（北大西洋条約機構）軍の管理下に置こうとメイヤーは主張しているのである（註：欧米中各国は日本の最先端技術が防衛に生かされることを恐れ、各種のルートを通じてこれらの技術移転と軍備管理を図っている）。世界の億万長者は我々が生み出した富を奪い取る一方で、彼らに対する我々の抵抗を圧殺する為に軍隊の放棄と国家の廃止を企てている。この事はメイヤーが同書の中で次の様に述べている事を見ても明らかだ。 <br />統一世界連邦に一度加盟したら、いかなる国と雖も脱退したり反抗する事は出来ない。 <br />何故なら、連邦政府は自らが所有し管理する原子爆弾を使って連邦政府に逆らう国を地球 の表面から吹き飛ばしてしまうからだ。 <br /><br />　メイヤーが世界連邦協会の会長を後進に譲った後、ロックフェラーＣＦＲグループの支配下にあるもう一つの組織、ＣＩＡ（アメリカ中央情報局）の重要な地位についた事は極めて示唆的である。その後の彼の活動は秘密のペールに覆われているが、強大な権力をもった世界政府が、例えば日本のように扱い難い国を「地球の表面から吹き飛ばしてしまう」という彼の見解はその後も変わっていないと見られる。 <br />　今日、世界連邦協会のやり方はメイヤーが会長であった頃より遥かに巧妙になっている。地球全体を最終的には一つの超国家によって支配しようという彼らの計画は今も変わりないが、過去に極端な発言をして大衆の疑惑を招いた人物の名前を引っ込め、出来るだけ社会的に信用ある支持者を表に出して人集めをしている。そのいい例がミルトン・マイヤー教授で、彼は初期の頃協会の会員として熱心に講演活動を展開したが、度々「我々はアメリカの旗を引きずりおろし、これを踏みつけて唾を吐きかけなければならない」（完全なる愛国心を削除する方向に走っている）とぶち上げた為、ロックフェラーの宣伝員によって名前を引っ込められてしまった。つまり、彼は只、素直に協会の目標を大衆に語っただけだが、それではあまりにも露骨過ぎるし、大衆の前で公然と語るものではないと云う事になった。 <br />　今では多くの人々が世界連邦主義者の中にこの様に素直な人物がいた事を忘れ、我が国の指導者が国家の主権と独立を外国に譲り渡す為に画策したり、その陰謀に加担して来た事を信じようとしない。しかし実際にはハリー・トルーマンやアドレイ・スティーブンソン、ヒューバート・ハンフリー、リチャード・ニクソン、ヤコブ・ジャビッツ、ドワイト・アイゼンハウアー、フランク・チャーチ、ウィリアム・Ｏ・ダグラス判事といった著名な会員が億万長者の陰謀を支持してきたのである。 <br />  <br />◎　日本は今や彼らの最大の征服目標となった<br /><br />　過去数十年の間、アトランティック・ユニオンや世界連邦協会、その他多くのエスタブリッシュメント組織は、世界政府の実現を目指す忍耐強い漸進主義のコースをたどって来た。これらの組織を指導するＣＦＲの幹部達は、各国の民衆が一晩で世界政府を受け入れるほど教育が進んでいるとは思っておらず、ともかくも粘り強く反対者を孤立させ、各国の指導部を彼らの代理人によって固め、最終的な目標に確実に到達しようとしている。 <br />　しかしながら、この処世界の億万長者や欧米の多国籍企業幹部はなぜか苛立ち気味であり、かってのような忍耐力を明らかに失ったとみられる徴候が目立ってきている。その事は７０年代に入ってから西側世界でテロリズムが急激に増え始め、数多くの予想出来ない「偶発事件」が次々に起こっている事からも十分に推察出来る。彼らの苛立ちの原因と見られるのは、この７０年代に欧米諸国やソ連、共産圏の著しい経済的低迷とは対照的に東南アジア諸国が目覚ましい発展を遂げ（これらの発展は、日本の戦時の軍隊と日本精神をたたき込んだお陰で発展している。今現在、日本病と同じく最も基礎的な処（基礎的宇宙物理の法則）を全て悪魔の多国籍企業に売り渡し、自力で発展させないようにし、人間の金と女の欲望を利用して短期投資（ばくち）（企業の健全な発展は、長期投資以外はないのです。それは、信用を作るのは時間が掛かるからです）つまり無意味な投資を拡大させて株価を実体的な価値でなくバブル的な価値にし金融危機に陥れた。その為のアジア金融危機である。それは、日本人も含め、日本精神の否定（教育勅語と生産中心経済（リカード的資本主義、昔のドイツ的資本主義）から始まっている。これらの金融危機は多国籍企業の戦略で行っている。つまり、日本人は遊びの金使いで経済危機に陥られた。それは全ての原因がこの悪魔王国建設の企業群団である。これらの企業群団を全て倒産する方向が神の方向である。自分の個人としての考えは、広島と長崎の原発をアメリカのウオール街とロンドンのシティに落とせば良いと送り返せばよいと思っている！忍）、特に日本の存在が無視出来ないまでに大きくなった事である。日本の動向は彼らを苛立せ、彼らに軌道修正を迫るほど大きな圧力となっているが、大部分の日本人はその事に気付いていない（註：国連の公式統計によれば、１９８０年の世界総生産約１０兆ドルの内日本は１兆２０００億ドルを占めており、これは中国の５０００億ドル、ソ連の１兆５００億ドルより多く、ＥＣの２兆７０００億ドル、アメリカの２兆６０００億ドルに次ぐ規模となっている。その他の百数十カ国を合わせた総生産高がアメリカ一国の規模に満たない２兆ドルである事を考えれば、彼らが日本の発展に恐れを抱き、何とか日本の政治・経済・軍事力を彼らの支配下に取り込もうとやっきになるのも無理はない）。 <br />　やがてアジアに起こる激しい変化を暗示するかのように、世界の億万長者が日米欧三極委員会ＴｒｉｌａｔｅｒａｌＣｏｍｍｉｓｓｏｎ（略称ＴＬＣ）を新たに設けたのは１９７３年の事であった。この年、外交問題評議会の最大の実力者、チャース・マンハッタン銀行会長のデイヴィッド・ロックフェラーが欧米と日本の指導的な銀行家や実業家、政治家、労働界のボスを招いて自分と一緒に多国籍活動を「計画」的に進めようようではないかと提案した時、”ダビデ王”の提案に異議を唱えるほど大胆不敵な人間はいなかった（訳註：約１５０人の会員で構成されるＴＬＣの欧米側委員は全員ＣＦＲの人間で、その中にはビルダバーグ・クラブの会員も何人か含まれるが、日本側委員の中には一人もビルダバーガーはいない。この事は日本人がＣＦＲやＴＬＣの背後にある超国家的な秘密組織から完全に締め出され（少しは疑問がある？３００人委員会に大來佐武郎が上げられている。そしてメーソン１３人委員会に日本人が居る霊界の証言がある！忍）、知らない間に彼らの道具として使われている事を意味している。日本をアジア太平洋連合の一員として中国近代化の為に使おうとしている彼らは、渡部武アジア開発銀行元総裁を当初の日本側委員長に推した。その他の日本側委員としては、宮沢喜一、大来佐武郎、牛場信彦、佐伯喜一、土光敏夫、藤野忠次郎、永野重雄、岩佐凱美、盛田昭夫らがおり、このうち何人かは日米賢人会議の会員を兼ねているーー物故その他の事情で若干の変化あり。今、現在はソニーの開発は、日本の文化に合わない開発をしている（例えばＶＡＲＩＯパソコンの中身は、マンハッタンの生活様式を日本にあこがれさせ日本の伝統文化を破壊させ、自然との調和の主題となっていない！忍））。 <br />　これまで長い間インサイダー達の動向を注意深く観察してきた人々は、億万長者がその計画を大きく変更する際、しばしばニューヨーク・タイムズに短い記事を載せて仲間にメッセージを送っている事を知っている。従って我々は、１９７４年６月１８日のニューヨーク・タイムズの片隅に、「世界の圧倒的多数の生命と財産は、わずか一握りの国家指導者によって下される決定の結果に左右される」という特電が掲載された時、日米欧三極委員会の行方にもっと大きな関心を払うべきであった。この年、アメリカのニクソン大統領と日本の田中首相（訳分からないロッキード事件が起きた！忍）は強引に辞めさせられ、ロックフェラーに操られたフォード政権と三木政権が誕生した。そして此の後日米欧三極委員会の会員は、ニューヨーク・タイムズの大げさな表現によれば「世界の圧倒的多数の生命と財産」に関わる重大な決定を下し、日本の中枢を億万長者の代理人で固める事にしたのである。我々はこの時の決定がどんな内容を持つものであり、日米欧三極委員会の会員がどの様な金脈と人脈をもっているか知らないですまされるだろうか（訳註：日本の金融機関と資本金１００億以上の一部上場企業対象に、年利２％の資金を売上高の２倍、若しくは資本金の１０倍まで２０年間に渡って無担保で融資する”Ｍ資金”は、日本の基幹産業を極秘の内に支配下に収めようとするＯＨＵの陰謀の有力な道具である。日米欧三極委員会の日本側委員の中に”Ｍ資金”の関係者がいる事は由々しい事態といわなければならない。また、三木内閣から大平内閣の時代まで採用された国債政策は、基本的にＯＨＵの国家財政破壊策を無批判に受け入れたものといえる）（今現在は、この時の植えられた悪の種が成長し絡み合っている。そろそろ目を覚めて善に立ち戻れねば成らない．それは、日本の独自の軍隊を作らなければならない。それは、千乃裕子先生の元で作らなければならない！。 <br />　『ひよわな花・日本』の著者として知られる三極委員長の事務局長ズビグニュー・ブレジンスキー（訳註：カーター大統領時代にジミー・カーターと同じＣＦＲ・ＴＬＣの会員として彼を指導したユダヤ人。１９２８年生まれ。大統領と副大統領、ＣＩＡ長官、国務長官、国防長官で構成される国家安全保障会議の課長を務めたロシア問題の専門家。なお、同書の日本語版を出したサイマル出版会は、ロックフェラーの影響化にある国際基督教大学の関係者を多数採用しており、ハドソン研究所の秘密支部も設けられている）は、日米欧三極委員会が設置されて間もなく、ＣＦＲの内部雑誌『フォリン・アフェアズ』に次のような注目すべき一文を寄せた。 <br />　私は、世界が一つの共通のイデオロギー、一つの超政府を自発的に受け入れるとは考え ていない。従って、この目標を実現する為の唯一可能な実際的方法は、世界が生き残れる かどうかという共通の関心をかきたて（その為にわざと戦争を起こしたり、アメリカの銀 <br />　行券（紙幣）は、国で行っているのではなく私企業で行ってる。通貨量を自由に扱って 恐慌を起こしている。この事をアメリカに行って証明する努力が欲しい！忍）、世界にその解決策を受け入れさせる事である。・・・・（中略）・・・・・大西洋共同体構想は確 かに冷戦時代の諸問題に対する創造的な答えであった。だから数多くの挑戦を受け止め、その好機を生かすには不十分である。そこで私はかかる現実を素直に認め、日本とアメリカ、ＥＣの共同作業を更に活発に進める事こそ、アメリカが現時点で最優先させなけれな らない中心的な政策課題であると提言したい。 <br /><br />　要するにブレンジスキーは、共産主義の世界政府を我々が自発的に受け入れることはあり得ず、欧米とロシアの関係のみを問題にしてきた大西洋共同体構想だけではもはや不十分であるから、もっと包括的に強制力のある新しい計画を積極的に推し進めるべきであると主張しているのだ（訳註：この計画はアメリカを含む大西洋共同体、及びアメリカを含む太平洋共同体の結束を訴え、食糧やエネルギー、情報、金融、軍備などをアメリカに依存させて、共同体諸国の包括的な支配を図ろうとしている。特にアジア太平洋地域にあって世界の富の１／９を生産する日本は最大の標的であり、日本の国家指導者をＯＨＵの代理人で固める事が世界政府を実現する為の最優先課題となっている。日米欧三極委員会は、彼らの「前に立ちはだかる」日本を徹底的に叩きのめし、日本の国家障壁を完全に一掃しなければＯＨＵの目的は達せられないという判断に基づいて創設された）（その為に、ローキード事件を皮切りに東京地方検察特捜部によって日本の伝統と文化を守る自民党の政治資金を大きく取り上げさせ、それによって自民党を弱らせ、最終的に自民党を小沢幹事長によって分裂させ（この時の総理大臣が宮沢総理）、そして細川元総理大臣によって「日本は侵略戦争をした」と認めさせ（実際は、此の集団が戦争を仕掛けたのである。）、政治改革を行い、日本の政治の要である大蔵省批判をさせ、日本の国家の解体に努力持っていた。その為に日本人は自己失った。其の後は、最終的に恐怖政治が待っている。それは、共産主義理論、フランスギロチン革命、ロシア秘密警察収容所革命、中国大量虐殺革命、カンボジア虐殺革命の影に資金援助している団体に支配されようとしている！忍）。 <br />　日米欧三極委員会の会長には、ＣＦＲの会員で軍備管理軍縮局長を務めたジェラルド・Ｃ・スミスが就任した。スミスは三極委員会の目的を、次の様に意味深長に語っているーー「アメリカとＥＣ、及び日本は、今や共通の問題に直面している。これら三つの地域は世界の富の６割以上を産する重要工業地域であり、環境問題をはじめとする現代工業社会特有の諸問題について共通の関心を持っている。・・・（中略）・・・・・・現在、これらの地域は地球上の諸問題について共同責任を分かち合わなければならない。しかるに我々の見るところ、三つの地域を一つに纏めようとする試みは妨げられており、この結びつきを引き離そうとする国内要因によって脅かされている」 <br /><br />　＊スミスが軍備管理軍縮局長の地位を去り、日米欧三極委員会における新しいロックフェラー作 <br />　戦の展開を指揮することになった意義を見過ごしてはならない。下で述べるように、世界各国の <br />　武装解除を目指す軍備管理軍縮局は世界政府に対する抵抗を事前に排除しょうとするインサイダ <br />　ー計画の重要機関である。そのような重要機関の最高ポストをスミスが後進に譲ったと云う事は、 <br />　日米欧三極委員会がそれより遥かに重要なものである事を意味していないだろうか（註：スミス <br />　はＣＦＲの最高幹部で構成されるＲＦ＆Ａ”ロックフェラー家とその仲間たち”の一員で、ＣＦ <br />　Ｒの他の会員が知らない秘密をより多く知っている）。 <br /><br />　ディヴィッド・ロックフェラーが日米欧三極委員会の第１回会合を東京で開いたのは、１９７３年１０月２１日（?２３日）の事であった。その後彼らは１９７４年６月にベルギーの首都ブリュセルで、１２月にはアメリカの首都ワシントンで会合をもち、この間に同委員会の目的を織り込んだ六つの共同声明を発表した。”トライアングル・ペーパーズ”と称されるこれらの三角関係公文書を注意深く読むと、そこには世界の億万長者が我々に否応なく承認を求めている「四つの目標」を見いだす事が出来る。 <br />　その第一は世界的なクレジット決済システムを整えること、第二は”持たざる国”に対して”持てる国”がもっと経済技術援助をする事、第三は共産圏との貿易を更に積極的に押し進める事、第四は石油危機や食糧危機を回避する為、より大きな国際機関の提言を受け入れる事である。読者は、これらの目標を着実に具体化しているのだということを知らなければならない。今や日本は嘗ての欧米植民地を強化する代わりに、自分達の恐るべき敵となるかも知れない共産中国の近代化を支援し、自らの足場を巧みに切り崩しにかかっている彼らの代理人の思うがままになっている（訳註：共産中国の真の支配者を知らない”お人好し”の日本人は、中国の見せかけの”自由化”を本物と勘違いして後で裏切られるかも知れない。ＴＬＣの日本側会員が広東経済特区んぽ開設に尽力したお陰で、中国軍の近代化が加速された事はまず間違いない）。 <br />　そもそもデイヴィド・ロックフェラーが日米欧三極委員会を作ったのは、日本の政財界、官界、学者（アカデミズム）の実力者を彼らの代理人として仕立て上げ、これらの人々の個人的な影響力をフルに生かして日本の軌道修正を図ることであった。彼らは、日本をアジア太平洋連合におけるアメリカの良き伴侶としておだて上げる一方で、対ソ包囲網の一環を強化するという口実で共産中国の基盤強化に日本を駆り立て、将来の大合併に到る道を日本が絶対に踏み外さないよう監視しているのである。もし日本が彼らの警告を無視したり、彼らとは異なった世界政策を展開するなら、彼らは直ちに日本の食糧やエネルギー、その他の資源供給を止め、彼らの支配下にあるマスメディアを総動員して日本人を大混乱に落とし入れるだろう。その為の基盤も着々と整えられているのである（註：既にエネルギーと食糧の５０％以上を支配下に収めた彼らは、目下、金融と情報を彼らの支配下に置く為急ピッチで作業を進めており、クレジット・カードや電話カードの国際化を進める中で日本人の総背番号化と思想管理を実現しようとしている。又彼らは、日米防衛技術協力を通じて日本の防衛システム全体の支配を図り、出来るだけ日本が独自の宇宙防衛産業（だからこそ、宇宙戦争覚悟で千乃先生の処で軍隊を作れ！忍）を持たないように仕向けている）。 <br />　彼らは今、いつでも世界をかってない大混乱のるつぼに叩き込めるよう準備しており、我々が彼らの世界政府を自発的に受け入れないなら力づくでもこれを実現してみせると意気込んでいる。もし我々が彼らに対する備えを怠り、有効な反撃を直ちに開始しなければ、近い将来訪れる世界の危機はかってなく大規模で深刻なものとなることが予想されるのである。 <br /><br /> ★悪魔の世界統一王国の計画者<br />  <br />　３００人委員会　ー　委員会を信じがたいものにしているのは、至る所に行き渡っているその秘密性である。報道機関は一つとしてこの謀略家どもの権力機構に触れたことがないのです。だから、当然のことながら人々は其の存在すること自体をも疑うのである。 <br />  <br /><br />円卓会議 <br />13人の悪魔の血流 <br />ＭＩ６（英国軍事情報部第６課） 英国王室が直接指揮している情報部隊 <br />Ｘ部隊 <br />　この機構は、ＫＧＢ、パチカン情報部、ＣＩＡ、ＯＮＩ、ＤＧＳＥ、米軍情報部、国務省情報機関、それに合衆国全情報機関、なかでも最も秘密なっている国家偵察局さえ、買収してしまった超情報機関をもっている。 <br />外交問題評議会（ＣＦＲ） <br />アトランティック・ユニオン <br />世界連邦協会 <br />日米欧三極委員会 <br />　　永井陽之助（青山学院大学教授） <br />　　船橋洋一（朝日新聞編集委員（元北京特派員） <br />　　行天豊雄（東京三菱銀行相談役、国際通貨研究所理事長） <br />　　八城政基（シティ銀行） <br />　　井上薫（第一勧業銀行名誉会長） <br />　　宮崎勇（大和総研特別顧問、元経済企画庁長官（村山改造内閣時）） <br />　　千野宜時（大和証券名誉会長） <br /> 　　（日本証券協会会長） <br />　　西原正（防衛大学校社会科学教室教授） <br /> 　（防衛庁防衛研究所第一研究部長） <br /> 　（国際戦略研究所（ロンドン）理事） <br /> 　（元ロックフェラー財団国際関係部門客員研究員） <br /> 　（悪名高き猪木正道氏が主宰する平和・安全保障研究所研究委員歴任） <br />　　天谷直弘（電通総研所長）スカラー波研究はここから来ているかも知れない？ 理由は、自分がスカラー波を頂いたのは電電公社関係の人だから <br />　　永末英一（元民社党委員長、ハーバード大学に留学） <br />　　加藤浩一（元自由民主党幹事長、ハーバード大学に留学） <br /> 　宮沢総理の時官房長官を務め、その時に従軍慰安婦問題化した。 <br />　　羽田孜（元太陽党党首、「日本が侵略戦争した。」発言した細川総理時、外相兼副総理） <br /> 　（竹下派で、平成５年の時の自民党分裂の旗手） <br />　　柿沢弘治（羽田総理時外相） <br /> 　　（渡辺派） <br />　　宮沢喜一（元総理大臣・大東亜戦争の時、軍隊の仕事をしなかった人） <br />　　渋沢雅英（東京女学館理事長、東西セミナー） <br /> 　　出身　英国、ロンドン <br />　　楠川徹（富士総合研究所会長） <br />　　小林陽太郎（富士ゼロックス会長　経済同友会副代表幹事） <br /> 　　　日米経済協議会会長 <br />　　北村俊（日立相談役） <br />　　椎名素夫　参院議員（自由の会、岩手）　日英２０００年委員会日本側座長 <br />　　鈴木哲夫（ＨＯＹＡ会長） <br />　　椎名武雄（日本ＩＢＭ会長　経済同友会副代表幹事） <br />　　奥村有敬（興銀エヌ・ダブリュ・アセットマネジメント社長） <br />　　　　　　（元・興銀投資顧問） <br />　　中村金夫（日本興業銀行相談役、金利調整審委員、証券取引審委員、元経済同友会副代表幹事） <br />　　吉野丈六（国際経済研究所理事長、元・駐西ドイツ大使、経済連参与） <br />　　佐伯喜一（国際政治評論家　世界平和研究所常任顧問　元・野村総合研究所社長） <br /> 　　（国際戦略研究所（副会長）国際情勢研究会（会長）） <br />　　　（東京国際研究クラブ（顧問）、経済同友会（顧問）） <br /> 　　又ワイズメン・グループの大来佐武郎（３００人委員会会員）の後を継いで、 <br /> 　　５４年ワイズメンに選ばれる。 <br /> 　　尾崎秀美が居た満鉄調査部に入り、エコノミストのキャリアを積む。 <br />　　室伏稔　（伊藤忠商事会長・社長　日本貿易会会長） <br /> 　　瀬島龍三（大本営陸軍参謀と大本営海軍参謀を兼務）が特別顧問している会社 <br />　　香西泰　　日本経済研究センター理事長 <br />　　山本正　　日本国際交流センター代表理事長 <br />　　小笠原敏晶　ジャパンタイムズ会長・社長、ニフコ（日本工業ファスナー）社長 <br />  ＦＭインターウェーブ会長、日英物産を設立 <br />　　鷲尾悦也　連合会長、鉄鋼労連代表 <br />　　向坊隆　　日本原子力産業会議会長　日本工業教育協会会長 <br /> 　　　日中協会会長、日本生命財団会長、東京大学名誉教授・元総長 <br />　　　　　　　元・日本ユネスコ国内委員会副会長 <br />　　石川六郎　鹿島建設名誉会長、日本商工会議所名誉会頭 <br />　　　　　　　元・東京商工会議所会頭 <br />　　小林庄一郎　関西電力元会長　日本航空監査役、ロイヤルホテル取締役、現阪急電鉄取締役 <br />　　三好正也　元・経団連事務総長 <br />　　　　　　　日本交響楽振興財団専務理事 <br />　　薬師寺泰蔵　慶應義塾大学法学部教授 <br />  『国際関係理論の新展開』『テクノヘゲモニー』『政治家ＶＳ官僚』 <br />  『社会科学に於ける理論と現実』 <br />　　佐藤誠三郎　世界平和研究所主幹、所長代理、埼玉大学大学院政策科学研究科教授 <br />  東京大学名誉教授、元慶応義塾大学総合政策学部教授 <br />  過去共産党東大グループの有力メンバー　今現在保守陣営？ <br />  『文明としてのイエ社会』『近代日本の対外態度』『自民党政権』 <br />  『近代化日本の内政と外交』『自由と統合』 <br />　　並木友三郎　キッコーマン社長、経済同友会副代表幹事 <br />  ウィスコンシン州（米国）名誉大使 <br />　　野口照雄　　興亜石油名誉会長、三井石油化学取締役 <br />　　福川伸次　　電通総研社長・研究所長 <br />  東京都臨海副都心開発懇談会座長、地球産業文化研究所顧問 <br />  元・神戸製鋼所副会長　日中経済協会（理事） <br />  ワールド・リソーシズ・インスティテュート（米国）（理事） <br />　　堀江鐵彌　　日本長期信用銀行頭取 <br />　　富永恵哉　　産業基盤整備基金理事長、関西経済連合会副会長 <br />  元・松下電器産業副社長 <br />  元・日本国際通信会長 <br />　　牧原稔　　　三菱商事社長　日本経済協議会副会長　最高情報統轄責任者 <br />  米国三菱商事会長、ＩＢＭ社外取締役、経団連米国委員長 <br />  モーリシャス名誉領事 <br />　　江尻宏一郎　元・三井物産会長　現相談役　元・日本貿易会会長　経団連日本ＥＣ委員長 <br />　　石川　武　　三井海上火災保険会長 <br />　　小島明　　　日本経済新聞論説副主幹　元・編集局次長兼国際第１部長 <br />  総合研究開発機構（理事） <br />　　梅村正司　　元・日興証券会長　現相談役　元・日本証券業協会長 <br />  元・東京証券取引所理事会議長 <br />  元・中国青島市経済発展顧問 <br />　　松川道哉　　日興リサーチ特別顧問　代表取締役 <br />  元・国家投資紛争解決条約調停人 <br />  元・モルガン・スタンレー社アドバイザリーボード <br />　　松岡誠司　　元・日本債券信用銀行会長　現相談役 <br />　　齋藤裕　　　新日本製鐵会長 <br />　　久米豊　　　元・日産自動車会長　現相談役 <br />　　細見卓　　　ニッセイ基礎研究所会長・理事長　構造改革フォーラム代表 <br />  元・海外経済協力基金総裁　税制調査会、国際協調の為の経済構造調整委員会 <br />　　渡辺武　　　損害保険事業総合研究所会長　日本シルバーボランティアズ会長 <br />  日本フォースター・プラン協会会長　ＡＦＳ日本協会理事 <br />　　堤清二 セゾンコーポレーション会長　西友相談役、西部百貨店相談役 <br />  西洋環境開発相談役　経済同友会副代表幹事 <br />  元・西部セゾングループ代表 <br />  リベラル派財界人のリーダー　元学生運動の活動家 <br />　　神谷健一　　元・三井銀行会長、元さくら銀行取締役相談役 <br />  全国銀行連合会長　元・アジア金融投資会長 <br />　　川勝堅二　　元・三和銀行会長　現相談役　経団連副会長 <br />  日本国際協力機構（ＪＡＩＤＯ）会長を兼務 <br />  桃山学院理事長、大阪銀行協会会長 <br />　　盛田昭夫　　ソニー名誉会長　元・経済連評議会副議長　外資企業支援会社、 <br />  対日投資サポートサービス会長　元・ニューヨーク証券取引所諮問委員会委員 <br />　　森川敏夫　　住友銀行会長　元全国銀行協会連合会会長　元・大阪銀行協会会長 <br />　　巽外夫　　　元・住友銀行会長　現相談役、追手門学院理事長 <br />  元・関西経済同友会常任理事、代表幹事 <br />  元・大阪銀行協会副会長　元・全国銀行協会連合会副会長 <br />　　長谷川周重　元・住友化学工業会長　現相談役　日本ギリシャ協会会長 <br />  元・経団連副会長、顧問、日経連理事 <br />  日米経済協議会代表世話人　世界経営協議会名誉会長 <br />　　伊藤正 住友商事名誉顧問 <br />　　岡野光喜　　スルガ銀行頭取 <br />　　下川辺淳　　エコノミスト、開発プランナー、東海海上研究所理事長 <br />  国土審議会会長、阪神淡路復興委員会委員長 <br />　　中原伸之　　東燃名誉会長 <br />  吉情報　株の高配当にめぐり、大株主のエクソンやモービルと対立 <br />　　神谷不二　　東洋平和女学院大学教授　慶應義塾大学名誉教授 <br />  日本学術会議会員　さくら総合研究所特別顧問 <br />  讀賣新聞調査研究本部客員 <br />  日本国際政治学会（理事）　国際法学会 <br />  日本国際問題研究所（理事）　平和安全保障研究所（理事） <br />  防衛学会（会長） <br />　　豊田英二　　トヨタ自動車名誉会長　トヨタ学園理事長　元・経団連副会長 <br />　　緒方貞子　　国連難民高等弁務官　元・上智大学教授　元・国際基督教大学助教授 <br />  平成２年国連人権委員会で、ミャンマの人権抑圧調査 <br />  （此の人歴の中で、共産党の人権抑圧は調べてはいない） <br />　　緒方四十郎　山一証券顧問　元・日本開発銀行副総裁 <br />  元・山一投資顧問取締役、元日本銀行理事 <br />  富士ゼロックス取締役、国連財政諮問委員会共同議長 <br />　　嘉治元郎　　放送大学教授・副学長　東京大学名誉教授 <br />　　田中明彦　　東京大学東洋文化研究所助教授 <br />　　植谷久三　　山一証券相談役　元・山一証券経済研究所会長　元・経済同友会幹事 <br />  元・東京証券取引所理事会議長　日本証券業協会会長 <br />　　渡辺文夫　　元・東京海上火災保険会長　現相談役 <br />  日本航空相談役、日本棋院理事長　日本租税研究会会長 <br />  日本コントラクトブリッジ連盟会長　東京マリーン会長 <br />  元・日航会長 <br />　　市村真一　　国際東アジア研究センター所長、京都大学名誉教授 <br />  元・大阪国際大学副学長 <br />  エコノメトリック・ソサイエティ、アジア政経学会 <br />　 <br /><br />　　渡辺武 <br />　　大來佐武郎 <br />　　宮沢喜一 <br />　　牛場信彦 <br />　　佐伯喜一 <br />　　土光敏夫 <br />　　藤野忠次郎 <br />　　土光敏夫（亡き人） <br />　　永野茂雄 <br />　　岩佐凱美 <br />　　盛田昭夫 <br />　アメリカ円卓会議 <br />　アメリカ賢人会議 <br />　アメリカ国民委員会 <br />　国民計画協会 <br />　外交問題委員会 <br />　経済開発委員会 <br />　国際開発市民委員会 <br />　アメリカン・フレンド・サービス委員会 <br />　国際連合の為のアメリカン・アソシエーション <br />　アーデン・ハウス・グループ <br />　チャータム・ハウス <br />　外交政策研究センター <br />　行動科学研究センター <br />　国際教育研究所 <br />　世界秩序研究所 <br />　世界平和評議会 <br />　世界政府連合 <br /><br />　 <br />　 <br /><br />王立国際問題研究所 <br />　カナダ国際問題研究所 <br />　日本国際問題研究所（太陽の会の首謀者である中丸薫（自称　明治天皇の孫）が導かれている霊体は、将にこの悪魔世界統一王国を計画立てた首謀者の悪魔ダビデである。まず一つは、天上界の天王（エホバ　現在ミカエル大王）が直接監督している千乃正法を軽視していること。そしてムー大陸の天帝の子孫である沖縄王族の子孫の千乃裕子先生を無視している。ダビデの紋章を使用して裏切りのダビデが建国させた北イスラエル１０氏族を正当化している事（「古代日本と七大天使」に詳しく書いている）。そしてイエス様を無視している事。そしてシュメール文明の正当な継続の子孫であり菊の紋章である南ユダ王国の子孫（天皇陛下一族）を無視していること。闇の権力の機関誌（共産党機関誌）である朝日新聞で情報を得ている（神は朝日新聞は見捨てているので中身は理解出来ない。一応是の日本では産経新聞を推薦している。それでも左寄りだと批判している。）） <br />  <br /><br />北大西洋条約機構（ＮＡＴＯ） <br /><br />タヴィストック研究所 <br />  <br /><br />団体名 <br />アーサー・Ｄ・リトル社、 <br />アーマー・リサーチ財団、 <br />アジア調査研究所、 <br />アスペン研究所、 <br />アフリカ基金、 <br />アメリカ・シオニスト連盟、 <br />アメリカ市民自由連合、 <br />アメリカ人種問題評議会、 <br />アメリカ新聞協会、 <br />アメリカで働く協会、 <br />アメリカ防衛協会、 <br />アメリカ保護連盟、 <br />アラブ高級委員会、 <br />アラブ・ビューロー、 <br />アルバート・プレヴィン財団、 <br />イスラエル宗教共同体理事会、 <br />イルグン［イスラエル建国前のテロ組織］、 <br />インター・アルファ、 <br />ウィルトン・パーク、 <br />ウエスタン・トレーニング・ラボラトリーズ、 <br />ウォン・ホン・ホン社、 <br />ＡＲＣＡ財団、 <br />英国王立協会、 <br />英国ニューファウンドランド社、 <br />エサレン研究所、 <br />ＮＡＡＣＰ［全米黒人地位向上協会］、 <br />ＮＯＲＭＬ、 <br />エルサレムの聖ヨハネ団、 <br />エンヴァイロメントリクス社、 <br />ＯＸＦＡＭ、 <br />黄金の夜明け団、 <br />オックスフォード・ユニバック、 <br />オッド・フェロウズ、 <br />ガーランド基金、 <br />合衆国社会党、 <br />合衆国平和協会、 <br />カナダ系ユダヤ人会議、 <br />ガルフ・サウス・リサーチ研究所、 <br />環境保護財団、 <br />来るべき３０年委員会、 <br />キューバ研究センター、 <br />共産主義者連盟、 <br />キリスト教社会秩序親睦会、 <br />キリスト社会主義者連盟、 <br />キリスト者産業会、 <br />黒い結社、 <br />軍事輸送管理協会、 <br />軍備管理外交政策会議、 <br />経済社会コントロール、 <br />形而上学会、 <br />現代問題アカデミー、 <br />憲法が定める権利センター、 <br />公共福祉友愛会、 <br />行動科学高等研究センター、 <br />国際開発局、 <br />国際革命宣伝局、 <br />国際政治センター、 <br />国際戦略研究所、 <br />国際連盟、 <br />国民士気委員会、 <br />国民進歩財団、 <br />コミンフォルム［共産党情報局］、 <br />在英ユダヤ人代表団ロンドン支部、 <br />産業団体会議、 <br />地獄の業火クラブ、 <br />システム開発社、 <br />シャープス・ピクスレー・ウォード、 <br />社会科学研究会議、 <br />社会主義インターナショナル、 <br />宗教間平和研究会、 <br />宗教研究振興会、 <br />１４人委員会、 <br />省力ロボット研究センター、 <br />世界財団、 <br />神智学会、 <br />新民主連合、 <br />スタンフォード研究所、 <br />ストックホルム国際平和研究所、 <br />頭脳研究協会、 <br />制御法研究センター、 <br />政策研究所、 <br />生産性協会全米センター、 <br />聖ヨハネ大聖堂（ニューヨーク）、 <br />全世界イスラエル人同盟、 <br />全米教会会議、 <br />全米軍事行動研究会／産業複合体、 <br />全米世論調査センター、 <br />全米トレーニング・ラボラトリーズ、 <br />ソ連国立科学技術委員会、 <br />孫逸仙協会、 <br />大西洋会議、 <br />太平洋研究センター、 <br />太平洋問題調査会、 <br />チニ財団、 <br />調和親睦会、 <br />デイヴィッド・サッスーン社、 <br />デビアス鉱山連合、 <br />テューレ［極北の地］会、 <br />天国会（ＴＲＩＡＤＳ）［中国の秘密犯罪結社］、 <br />テンポ社、 <br />ドイツ・マーシャル財団、 <br />日本商品ボイコット会議、 <br />ニューヨーク・ランド研究所、 <br />人間心理学協会、 <br />バーガー・ナショナル財団、 <br />ハーバード大学、 <br />ハイ・トウェルブ・インターナショナル、 <br />ハガナ、 <br />ハドソン組合、 <br />ハドソン研究所、 <br />ハドソン湾社、 <br />パブリック・アジェンダ財団、 <br />パリセード財団、 <br />半島東方航海社、 <br />ＰＥＲＭＩＮＤＥＸ［パーマネント・インダストリアル・エクスポジション］、 <br />東インド３００人委員会、 <br />ヒルシュ男爵財団、 <br />ビルターバーガーズ、 <br />フェビアン協会、 <br />フォーダム大学教育研究会、 <br />フォード財団、 <br />婦人キリスト教禁酒同盟、 <br />ブラッセル民主同盟、 <br />プリンストン大学、 <br />文化生活環境基準協会、 <br />ペンシルバニア大学ウォートン商業経済校、 <br />ホレース・マン連盟、 <br />マサチューセッツ工科大学、 <br />麻薬・犯罪・司法協会、 <br />マリー・カーター塗料社、 <br />マルタ騎士団、 <br />未来研究所、 <br />未来研究ベルリン・センター、 <br />ミルナー・グループ、 <br />民主団体センター、 <br />名誉毀損防止連盟、 <br />メロン研究所、 <br />モカッタ金属、 <br />モンベルラン協会、 <br />ユニタール［国連訓練調査研究所］、 <br />ラッセル・セージ財団、 <br />ランド・コーポレーション、 <br />ランド社会科学専門学校、 <br />リオ・チント・ジンク社、 <br />リサーチ・トライアングル協会、 <br />リバーサイド協会非武装計画、 <br />ローズ奨学資金委員会、 <br />ローマクラブ合衆国協会、 <br />ロンドン経済専門学校、 <br />ロンドン大学インベリアル校 <br />  <br /><br />支援している銀行 <br />アイルランド銀行、アトランタ市民南部銀行、アメリカ信用商業持株会社、アメリカン・エクスプレス、アラブ商業銀行、アンブロシアーノ銀行、イスラエル・ディスカウント銀行、イスラエル・ユニオン銀行、イベローアメリカ銀行、イングランド銀行、ヴァニイング銀行、ウォッショド・ハンデルスバンク、エスカンビア銀行、エンチーノ独立銀行、オハイオ銀行、オランダ・アンティレス信用商業持株会社、オリオン銀行、海外貿易銀行、カナダ銀行、カナダ王立銀行、カナダ帝国商業銀行、カリブ銀行、キューバ国立銀行、共和国国立銀行、銀行監督バーゼル委員会、クラリドン銀行、クリープランド・ナショナル・バンク、コーポレート・バンク＆トラスト・カンパニー、国際決済銀行、国際信用銀行、国際信用商業銀行、コロンビア銀行、シティ・ナショナル銀行マイアミ、シティバンク、上海商業銀行、ジュネーブ銀行、シュローダー銀行、商業銀行、人民銀行、スイス・イスラエル貿易銀行、スイス銀行、スイス・ユニオン銀行、スーン銀行、スタンダード・チャータード銀行、スペイン銀行、世界銀行、世界貿易銀行、セリグマン銀行、セントラスト銀行、対南米フランス・イタリア銀行、チャータード銀行、チャーターハウス・ヤペテ銀行、通商振興銀行、デュッセルドルフ・グローバル銀行、ドレスデン銀行、ナショナル・ウェストミンスター銀行、ナショナル銀行クリープランド、ナショナル銀行フロリダ、ナッソー世界商業銀行、南米銀行、ヌフリズ・シュルンベルジェ・マレ銀行、ノヴァスコシア銀行、ノーフォーク銀行、バークレーズ銀行、バーネット銀行、パナマ国立銀行と５４の小銀行、パラヴィシニ銀行、パリバ銀行、パリ・ルイ・ドレフェス銀行、バンカ・アンディオイノ銀行、バンカ・デ・ラ・スヴィツェリア・イタリアーナ、バンカ・ナツィオナーレ・デル・ラヴォーロ、バンク・アル・メシュレク、バンク・オブ・アメリカ、バンク・ハボアリム、バンク・プレヴィー、バンク・リュー、バンク・レウミ、バンコ・インテルナツィオナル、バンコク・イタリア商業銀行、バンコク銀行、バンコク・メトロポリタン銀行、バンコ・コンソリダート、バンコ・デ・ラ・ナシオレ、バンコ・デル・エスターダ、バンコ・メルカンティレ・デ・メヒコ、ハンブローズ銀行、東アジア銀行、ファースト・アメリカン銀行組合、ファースト・アメリカン銀行ジョージア、ファースト・アメリカン銀行ニューヨーク、ファースト・アメリカン銀行バージニア、ファースト・アメリカン銀行ペンサコラ、ファースト・エンパイヤ銀行、ファースト・ナショナル銀行ボストン、ファースト・ナショナル・シティバンク、ファースト・フィデリティ銀行、ファースト・ナショナル・シティバンク、ファースト・フィデリティ銀行、フランクリン・ナショナル銀行、ブリュッセルーランベール銀行、プリヴァータ銀行、フロリダ・ナショナル銀行、ベアリング・ブラザーズ銀行、ベセラー・ハンデスルバンク、ボストン銀行、ホワイト・ウェルド銀行、香港上海銀行、マリン・ミッドランド銀行、メキシコ商業銀行、モルガン・エ・キ、モルガン銀行、モルガン・グレンフェル銀行、モントリオール銀行、ユニバンク、ラテン銀行、リテックス銀行、リュブリャンスカ銀行、ロイズ銀行、ロンドン・メキシコ銀行 <br /><br />過去及び現在の会員 <br /><br />アーサー・Ｈ・ハートマン、アーサー・バルフォア、アーネスト・イスラエル・ヤペテ、アール・ウォーレン、Ｒ・デント、アヴェリル・ハリマン、アウグスト・フォン・フィンク男爵、アウレリオ・ペッチェイ、アスキース卿、アッチャー・カウフマン、アディントン卿、アナスタス・ミコヤン、アバーゲヴィミー侯爵、アムエル・ヴェスティ卿、アモリー・クリーブランド、アモリー・ホートン、アラスティア・バカン、アラン・ド・グンツブルグ男爵、アルバート・ギャラティン、アルバ大公、アルフレッド・Ｐ・スローン、アルフレッド・ミルナー卿、アレクサンダー・キング博士、アンガス・オギルヴィー、アンソニー・ヴェッジウッド・ベン、アンドリュー・バーティ、アンドリュー・メロン、アンドリュー・ワイル博士、イアン・スマッツ、Ｅ・シュウォルツェンブルグ、エリック・ロール卿、インチケイプ卿、ヴィッテルスバッハ、ウィリアム・Ｓ・ペリー、ウィリアム・Ｋ・ダーシィ、ウィリアム・サイモン、ウィリアム・Ｃ・ヴェリティ、ウィリアム・Ｃ・ブリット、ウィリアム・スロット・コフィン牧師、ウィリアム・バンディ、ウィリアム・ビンガム、ウィリアム・ボイス・トンプソン、ウィリアム・ホーランド、ウィリアム・ヤンデル・エリオット、ウィリアム・ラリマー・メロン、ウィリー・ブラント、ウィルフレッド・ブラント、ウィストン・チャーチル、ウォード・ジャクソン、レディ・ハーバラ、ウォーレン・バフィット、ウォルター・シェリダン、ウォルター・ド・ラマター将軍、ウォルター・リップマン、ウォルター・ロックハート・ゴートン、ヴォルビ侯爵、ウンベルト・オルトラーニ、Ｈ・Ｇ・ウェルズ、Ａ・モンテまたはその家の指名者、Ｓ・Ｃ・ウォーバーグ、Ｓ・リノウィッツ、エチエンヌ・ダビニョン伯爵、エディンバラ公フィリップ殿下、エドワード・ブルワーーリットン、エドワール・ペステル、エブリン・ベアリング・クローマー卿、Ｍ・Ｇ・サンドバーグ、エリー・ド又はエドモン・ド・ロスチャイルドのうちの一人、又はロスチャイルド男爵、エリザベス二世女王、エルスワージー卿、オーエン・ヤング、大木佐武郎、オーランゼブの子孫、オールソップ家、オブライエン・オブ・ロウサビィ卿、オラフ・パルメ、オルダス・ハックスリー、オレンジ家のコンスタンチ、カール・コーシュ、カウドレイ卿、カルロ・で・ベネディッティ、キタレス・ディ・スパーダーフォラス伯爵、キャトー卿、キャリントン卿、ギルベルト・ベネトン又は代理人カルロ、キングマン・ブルースター、キンバリー卿、クァン・チェン・ワン博士、クーデンホフーカレルギー伯爵、クラーク・クリフォード、クラウセスター侯爵、クラスファーンのマッケイ卿、グラッドストーン卿、クルト・レウィン博士、グレイソン・Ｌ・カーク、ケン・ジャミスン、ケント・エドワード大公、ケン・ビャオ、ゴートン・ロックハート、コーボルト卿、サー・アーネスト・オッペンハイマーとその相続人ハリー、サー・アーノルド・フランス、サー・Ｒ・テンプル、サー・アイザック・ウルフソン、サー・アレック・ダグラスーホーム、サー・アンドルー・マクファーディン、サー・ウィリアム・ジョンストン・ケスウィック又はＨ・Ｎ・Ｌ・ケスウィック、サー・ウィリアム・スティーブンソン、サー・ウィリアム・ヘッセウティン、サー・ウィリアム・ワイズマン、サー・ウォルター・ベサント、サー・エドムント・ピーク、サー・エドワード・グレイ、サー・エリック・クロウサー、サー・エリック・ドレイク、サー・オークランド・ゲッデス、サー・キース・ジョゼフ、サー・キャスパー・ワインバーガー、サー・ケネス・キース、サー・ジェフリー・ヴィッカース、サー・ジェフリー・ホウ、サー・ジャスリン・ハンブロー、サー・ジョン・キャドマン、サー・ジョン・バラン、サー・ジョン・ラウドン、サー・ジョン・レニー、サー・ダグラス・ヘイグ、サー・ディック・ゴールドスミス・ホワイト、サー・デニス・グリーンヒル、サー・デニス・マウンテン、サー・パーシー・コックス、サー・パーシー・シリトー、サー・バートランド・ラッセル、サー・ハロルド・ビーレイ、サー・ハロルド・レーヴァー、サー・ピーター・ヴィッカース・ホール、サー・ピーター・バクセンデル、サー・ヒュー・マッカイータラック、サー・ヒューム・フレイザー、サー・フィリップ・ド・ズルエータ、サー・ヒューム・フレイザー、サー・フィリップ・ド・ズルエータ、サー・ブライアン・エドワード・マウンテン、サー・ヘンリー・デターディング、サー・マーカス・サミュエル、サー・マーク・ターナー、サー・マンスフィールド・カミング、サー・モリス・オールドフィールド、サー・ラヌルフ・バーコ、サー・レーイ・ゲッデス、サー・ロバート・ハート、サイラス・ヴァンス、サザーランド家、サボイのベアトリス王女、サミュエル・モンタギュー、Ｃ・ステルス博士、Ｇ・タッシー、Ｇ・ローレンス、ジーン・サン・グーアーズ、ジーン・モネ、ジェイコブ・パームスティアナ、ジェイムズ・ギッデン、Ｊ・Ｆ・ビニィ、Ｊ・Ｋ・スワイアー、Ｊ・Ｊ・ジョーディ、Ｊ・Ｐ・Ｗ・オスティギー、ジェラルド・ハイド・ヴィリヤーズ、シドニー・ウェッブ、ジフォルト・ピンコット、ジャーディン・マセソン、シャスティン・ジュースティニャーニ、シャルル・ルイ・ダーレンバーグ侯爵、ジャン・ヂュロック・ダナー、ジャン・ド・メニル、ジュセッピ・マッツィーニ、シュローダー家、ジョージ・シュルツ、ジョージ・スティガー、ジョージ・チチリン、ジョージ・ピアシィ、ジョージ・ブッシュ、ジョージ・マギー、シュール・アイゼンバーグ、ジョセフ・カリファーノ、ジョバンニ・アグニリ、ジョン・Ｒ・ペティ、ジョン・Ｍ・フォーブス、ジョン・カボット、ジョン・クーパー、ジョン・ジェイ、ジョン・ジェイコブ・アスターと相続人ウォルドルフ、ジョン・ジェイコブ・ラスコブ、ジョン・Ｗ・デイビス、ジョン・Ｗ・ベネット、ジョン・Ｄ・ギルモア、ジョン・ネイスビッツ、ジョン・Ｐ・モルガン、ジョン・マクロイ、ジョン・メイナード・ケインズ、ジョン・ラッセル卿、ジョン・リース、ジョン・ローリングス・リース、シリル・ハミルトン、スタンプ卿、ステファン・シュミットハイニー又は兄弟のトーマス、アレクサンダー、ストーモント・バンクロフト男爵、ストラスモア卿、ストレイト・ホイットニー、スペルマン家、スワーズリング卿、セシル・ジョン・ローズ、セバグ・モンテフィオーレ卿、又はヒュー主教、セバグ・モンテフィオーレ卿、ツーントン・ブラットショー、ダーク・ド・ブルーイン、タイロン卿、Ｗ・Ｅ・マクロウリン、チェイム・ワイズマン、チャールズ・プラット、Ｔ・Ｅ・アリボーン教授、ティーマン・ヒューゴー、ディーン・アチソン、ディヴィッド・スティール、ディヴィッド・ニュービッキング、ディヴィッド・ビアルキン、ディヴィッド・ロックフェラー、ディヴィッド・ワイル、デヴォンシャー大公ビクター・Ｃ・Ｗ・キャベンディッシュ、テッド・ターナ、デニス・アーサー・グリーンヒル卿、デニス・カーバー、デニス・ヒーリィ、デュボン家、デラノ家の指名者、ドウィイン・アンドリアス、ドーナット・キャトリン、トーマス・Ｈ・ヒューズ、トーマス・ワトソン、トンプソン卿、ニコラス・エリオット、ニコラス・ベソル卿、ネルソン・バーキンズ、ノルフェー王ハーコン、ハートレイ・ショークロス卿、バーマーストン家、ハーランド・グリーブランド、バーロウ卿、包玉剛、ハプスブルクーロレーヌ家のオットー・フォン・ハプスブルク大公、バラヴァシニ家、ハリファックス卿、ハルフォード・マッキンダー、ハロルド・マクミラン、ハワード・クランク、ハンス・ハインリッヒ・デュッセンーボルナミッツァ男爵、ハンフリー・トレブリン卿、ピアソン・ホィートマン、ピーター・ウォーレンバーグ、ピーター・Ｇ・ピーターソン、ピーター・Ｊ・グレイス、ビーバーブルッグ卿、Ｂ・バルナト、ピエール・ギューレンハマー、ピエールパオロ・ルッツァーティ、ピエール・フォースカーロ、ピエール・ランバート男爵、ビクター・アーキディ、ビクター・フォーマー、ビットリーノ・チニ伯爵、ヒューストン・スチュワート・チェンバレン、Ｖ・Ｆ・チャン、Ｖ・チチレニ、プライス・ウォーターハウス、プラガンザ家、フランク・メイヤー、フランコ・オルシーニ・ボナカッシ、フランコ・オルシニ、フランソウ・デュシャン、フランソウ・ミッテラン、フリッツ・ボーチャー、ブルース・ロックハート、フレデリック九世（デンマーク王家）、ベアトリックス王女、ベアリング家、ヘイシャム卿、ベソールのニコラス・ニコルス卿、ヘッセ大公、ヘルスビー卿、ヘンリー・キッシンジャー、ホーエンツォレルン家、ポール・オースチン、ポール・Ｇ・ホフマン、ポール・ワーンケ、ホレイショウ・キッチナー卿、マイケル・アディーン卿、マクジョージ・バンディ、マックス・コーンスターム、マックス・フォン・テュルン＝タクシス、マルガレータ女王、マルキーズ・ド・ロバート・ガスコーニュ・セシル・ソールズベリー。ソールズベリー家のシェルボーン卿、マンデル・ハウス大佐、ミカエル・フリブール。ミカエル・ペラグレーノ枢機卿、ミゲル・アレマン、ミルトン・カッツ、モートン・ローゼンタール、モーリス・ストロング、モンタギュー・ノーマン、ユーヴァル・ニーマン、ユージン・ロストウ、ユリアナ女王、ヨセフ・レッツィンガー、ライオネル・カーチス、ラザール家、ラザール・フレール、ラジウォール家、ランベルト・フレスコバルディ、リチャード・ガードナー、リチャード・Ｔ・ピーズ、リチャード・バードン・ホールデン、リマー・ド・ヴィリース、ルイス・マウントバッテン卿、ルイス・レーマン、ルーベン・シローチ、ルドルフ・ピーターソン、レーニエ公、レカナティ家、ロイド・ジョージ、ローランド・ミッチナー、ローレイ・ワーナー、ロザミア卿、ロバート・Ｒ・リヴィングストン、ロバート・Ｍ・ハッチンズ、ロバート・Ｏ・アンダーソン、ロバート・サーノフ、ロバート・スプロウル、ロバート・ベック、ロバート・ランシー博士 <br />  <br /><br />ビルダーバーグ・グループ・メンバー <br />ジオバーニ・アグネリ（イタリア）フィアット会長、ウンベルト・アグネリ（イタリア）、クリスター・オールストローム（フィンランド）、エスコ・アオ（フィンランド）首相、マルティ・オーティサリ（フィンランド）大統領、ジョン・エアード（カナダ）、セミア・アクビル（トルコ）、ポール・アレアー（アメリカ）ゼロックス会長、グラハム・アリソン（アメリカ）、アリ・アルブ（トルコ）、ハープ・アルファンド（フランス）、アルフレド・アムグロセッティ（イタリア）、Ｋ・アンダーセン（デンマーク）元外務大臣、ロバート・アンダーセン（アメリカ）アルコ、ドゥエイン・アンドレアス（アメリカ）、ハンス・アンドロッチ（オーストリア）財務大臣、ベアトリックス・アームガード（オランダ）女王、ベルンハルト・アームガード（オランダ）皇太子、ジェラシモス・アーセニス（ギリシャ）国防大臣、ジャッキー・アタリ（フランス）、ジョージ・ポール（アメリカ）、フランシスコ・バルセマオ（ポルトガル）、バーシー・バーネビック（スウェーデン）、　 <br />  <br />  <br /><br />メッセージ　　　　ガブリエル次期大王様 <br />「イエス・キリストの十字架の死は、 <br />　永遠に悔いぬ　悪の魂に満ちた地上に、 <br />　高貴に過ぎる神の犠牲であったかも知れない。 <br />　其の昔　私達天が与えた希望と光を <br />　あまりにも多くの人が地に投げ打ち、 <br />　サタン（悪魔）のしつらえた舞台に踊り、 <br />　偽の救世主と偽の神と偽の牧者に従って迷わぬ人類は、 <br />　真の光や真の神々の来臨に、 <br />　目開かず、その語る真理にも耳を傾けず、 <br />　心は閉じたままに生き続け、 <br />　深い思考と智恵と気高い望みを抱かず、 <br />　私達天の者と、それに従う人々を偽物と嘲笑う。 <br />　神もサタン（悪魔）も認めぬイデオロジスト（共産主義者）が世界にはびこり、 彼等に取り入り、扇動し迷路に更に迷い込む人類の滅亡を計る。 <br />イデオロジストは、殺人を罪と思わず、 盗みや姦淫を生きる一つの手段であると思い、人を不幸に陥れる。 <br />たとえ友人の生命を自らの手で奪おうとも、涙ひとしずく、流すことはない。 <br />　彼等の語る平和や人類愛は虚しく、よそよそしく、訴える響きがない。 <br />　人一人を救う為に己の血を流さず、 <br />　自らが救われる為に、人の生命を奪いて悔いず。 <br />　悪魔のイデオロジストに人間愛の情熱はない。 <br />　神は無実の気高き人を、サタン（悪魔）の企みにより人類に与え、 サタン（悪魔）に導かれて、愚かな人類は神を見棄てた。 <br />　神の犠牲を心に深く刻みつけた人々は、 <br />　イエス・キリストと同じ生き方を、己れの範とした。 <br />　しかし悪魔やその部下と戦う勇気を持ち得た人は、少数のみ。 <br />　神の犠牲と人の犠牲にも関らず、悪ははびこり、 <br />　神を見て従う人々の不幸を願い、死を願う。 <br />　いつの日に悪は滅び、あらゆる人は神を見て己の意志により、真理を選ぶかーー。」 <br />  <br />  <br /><br />　この問題は、日本は、全く無関係であると考えたならば、世界の悪魔統一王国が完成してしまうでしょう。そして人類は、人災で虐殺されるでしょう。今、日本国は「使命」を目覚めて、天災と人災を防がなければならないのです。日本の昔から自覚してある「宇宙大自然の法則」にそって、調和のある社会を作り出さなければならないのです。何故ならば、日本しかこの問題を解決することが出来ないのです。それは、ユダヤ（ユダヤ教・キリスト教・イスラム教）の正統性を受け継いだ国は日本だからです。日本の天皇陛下は南ユダ王国のイザヤの「ヘフジバ（（天照大神）」の子孫だからです。そしてこの国の歴史は、約１０万年前「異星人」によって出来た国だからです。「異星人」の文明を良く理解できる国が、日本なのです。そして日本が「使命」を目覚めることが出来ると、世界が平和に発展することが出来るでしょう。日本の「文明」が、「宇宙文明」の基準なのです。そして、「悪」に勝たなければならないのです。そうしないと「悲劇」の惨状が見舞われるでしょう。日本もかなり、悪魔王国の中身に近づいている。直すには、先ず第１に「神（ミカエル大王様（宇宙連合軍隊最高責任者）」を愛することです。そして、ミカエル大王様が育てた「千乃裕子」先生を信じることです。今、左翼ゲリラを戦っている千乃裕子先生の仕事を真剣に手伝うことなのです。そして、無くすことは、「性道徳」に違反している雑誌類は、出版禁止処分にすること。そして、完全に道徳教育を復活することです。そして、憲法改正することです。日本のローズ奨学生の名簿で、名前を割り出すことなのです。最終的地球人が解決しないなら、宇宙戦争をして解決するでしょう（その時は全地球人類は、滅亡します）。それが、一番最悪な状態なのです。神は、最悪な状態を避けているのです。それを深く理解して欲しいのです。 <br />（出典：不明）<br />  <br />  <br />  <br />  <br /><br /><br /> ]]>
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<dc:creator>baron-togo</dc:creator>
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<title>田中角栄を殺したのは誰だ</title>
<description> 日本への侵攻は唐代からはじまった漢朝（紀元前二〇二～二二〇年）が滅亡してから四百、年唐が再び漢族の大帝国を打ち建てると、この国は四方に向かって大軍を出兵した。ユダヤ商人がそこに、ぴったりと密着していた形跡がある。　　　　　　　　　　　　　　　唐は朝鮮半島に兵を進め、新羅と同盟して百済を攻めた。日本は百済を支持して唐・新羅連合軍と戦い、白村江で大敗した（六六〇年）この敗戦によって百済は滅び、日本列島
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<![CDATA[ <br />日本への侵攻は唐代からはじまった<br /><br />漢朝（紀元前二〇二～二二〇年）が滅亡してから四百、年唐が再び漢族の大帝国を打ち建てると、この国は四方に向かって大軍を出兵した。ユダヤ商人がそこに、ぴったりと密着していた形跡がある。<br />　　　　　　　　　　　　　　<br />　唐は朝鮮半島に兵を進め、新羅と同盟して百済を攻めた。日本は百済を支持して唐・新羅連合軍と戦い、白村江で大敗した（六六〇年）この敗戦によって百済は滅び、日本列島の一部も唐・新羅の占領下に置かれた、と考える。<br />そして、この唐占領軍のなかに、どうも、ユダヤ商人が入っていたらしい。これか、日本列島にユダヤ（パリサイ派）が足を踏み入れた最初ではなかろうか。<br />　　　　　<br />　その痕跡は、当時の有力氏族の一つ秦氏であり、その氏寺、広隆寺・別名太秦寺である。<br />唐の占領下にあって、日本の国家体制の唐化が進行することになるが、注目すべき事柄は、このころ、日本の政府が全国の農民に養蚕を奨励し、生糸に仕上げ、これを中央に集荷したことである。<br />　こうして得られた生糸、そして絹織物は唐へと送り出された。この一連の貿易工程を管理したのが、秦氏なのだ。彼らが、中国ユダヤの分遣隊であった可能性は濃厚だ。<br />当時の東アジアでは、日本は唐と比べてはなはだしい低開発囲、後進国と位置づけられていたであろう。唐において絹貿易握っていたユダヤ商人が、唐の新しい属国日本に渡って来て、日本の政<br />府機構のなかに入り込み、日本を彼らの絹生産＝貿易産業の下請けに組み込もうとした、と考えることはできないか。<br />　おそらく・この説は、それほど見当はずれでもあるまい。<br />秦氏は、当時の日本のいわば最先端のハイテクノロジーと、度はずれて高度な貿易金融システムを独占することによって・短期間のうちに莫大な資産と、それから日本の国家の大蔵省的な地位を手中にしたのではなかろうか。　　<br />そのまま進めば、ユダヤはこのときすでに・日本列島に確固たる橋頭堡を築いてしまっていたかもしれない。<br />　しかし・状況が変化した。肝腎の在唐ユダヤ人が・唐の末期、あらかた抹殺されてしまったらしいのだ。ユダヤの勢力があまりにも目立ちすぎて漢人の反発を買ったのであろう。<br /><br /><br />ユダヤ・フリーメーンンは明治新政府に確固たる人脈を構築した<br /><br />　慕府は安政条約締結後、続々と留学生およぴ外交使節団を欧米に派遺した。<br />じつに、これらの初期留学生こそ、ユダヤ・フリーメーンンが日本民族のなかから選抜した最初の工作員である。<br />イギリス・フリーメーンンのグラバーは－討幕派の雄である長州の志士・伊藤俊輔（博文）志道聞（井上馨）を一八六二年（文久二年）　ひそかにイギりスに送り出し、同地を視察させている。<br />グラバーにもっとも深く抱きかかえられたのは、あの坂本龍馬である。龍馬の海援隊は、グラパー戦略の別動隊のようなものではなかったか。さらに、特に注目しなけれはならない人物として、藤原一族につながる名門中の名門、西園寺公望（のちの公爵）があがろう。彼は若年にして明治早創のとき．新政府の命によりパリに留学、十一年の長きにわたり同地に滞在している。<br />　また、彼は岩倉具視の死後（明治十六年）、公家のトップに立って、明治末年には内閣首班となり、昭和十五年　の死去の年まで天皇直近の重臣、元老であり続けた。<br />この西園寺公望に、フリーメーソン色がきわめて濃い。<br />薩摩閥の元老松方正義（そ一族の娘がライシヤワと結婚している）にも、ユダヤとの関連が云々されている。<br />明治六年、洋行帰りの学者たち（西周ら）が設立した「明六社」は、日本の中心地に確立されたユダヤ・フリーメーンンの最初の傀儡機関とみてよいようだ。<br />なお、同じ明治六年、政府は欧米列強の強い要求に屈して、切支丹解禁に踏み切っている。ほか、フランス・フリーメーソンとフランス海軍の支持を得た幕府海軍の榎本武楊は、箱（函）<br />館で蝦夷共和国独立（これはフリーメーンンの傀儡となるほかないが）の旗を掲げるともに、切支丹禁制の高札を破棄させている。榎本も有力な親ユダヤ人脈の一人であることは疑いない。<br />王政復古と新政権登場の直後から、十数年にわたって続いためまぐるしい政局の転変は、ことごとくユダヤ・フリ－メーソンの仕掛けによる。つまりユダヤに同調しない国枠派、民族派、日本精神派、穣夷派を、入念な計画で罠にはめて陥れ、排除してゆく過程ではなかったか。<br />そして彼らが日本民族を操作する手品の種は、安政不平等条約であり、それを改正するためには、日本がより欧米化＝国際化（ユダヤ化）することが必要だ、というエサを投げ与え、どこまでもユダヤ化し、ユダヤ的欧米白人の忠実な番犬となるようにおぴきよせる手口である。<br />こうしてつくられた明治新政府、なかでもフリーメーソンに誘導された五人組（岩倉具視、三条実美、大久保利通、木戸孝允、伊藤博文）が、日本をどこに導びいてゆくのだろうか<br /><br />　東アジアには世界の人口の約四分の一が住んでおり、数千牛の歴史をもつ農耕文明の伝統が蓄えられている。<br />ユダヤにとって、東アジアを完全に掌握することは、彼らの世界征服の最終目標となるだろう。<br />　しかし、人口わずか千数百万人にすぎないユダヤにとって、この目標はなかなか容易ではない。<br />そこで、彼らはまず、東アジア三国（日韓中）の離間、相互の反目と憎悪をかきたてる戦略をたてたはずである。<br />　このように仮定して一九世紀後半からの、百数十年の東アジアの歴史を振り返ってみると、目からうろこが落ちるように、すべてがよく見えてはこないか。<br />　我々東アジアの黄色人種は、見えざるユダヤ・フリーメーンンの謀略の綱にからめ取られ、鼻面を引きずり回され、互いに憎み合い、殺し合い、非難し合ってきた。我々はなんと愚かであったことか。<br />背後で糸を引いているのは国際ユダヤだ。ディヴァイド・アンド・ルール（分割して支配せよ）<br />これは、インド征服のためのイギリスの手口といわれるが、もともとのアングロサクソンに、それほどの悪賢い知恵があったわけではない。アングロサクソンの陰に隠れているユダヤの知恵だ。<br />インドは大きい。したがって、これをヒンドウとイスラムに分断し、両者をケンカさせるように仕向ける。さらに、ヒンドウをいくつもに分裂させる。言語集団とに分裂させる。ヒンドウのカーストごとに憎悪をかきたてる。<br />そして上流階級をフリ－メーンンに入会させ、イギリスに留学させてユダヤアングロサクソンの仲間にしてしまう。<br />この手口で、わずか数万人のイギリス人（の仮面をかぶったユダヤ）がインドを統治する機構をつくりあげる。ユダヤは、中国（清）にもこの手口を応用したのではないか。<br />満漢両族を分断する。チベットと漢族のケンカをけしかける。<br />麻薬で中国国民を麻痺させる。麻薬売買の巨利の一部で中国の官史商人を買収する。<br />やりたい放題の悪魔的謀略で、彼らはいつの間にか、上海をユダヤの金城湯池とした。<br />遺憾ながら、わが明治新政府（岩倉、大久保）は、このユダヤの謀略に乗せられ、中国（清）、韓国（李氏朝鮮）を見下し、蔑視する態度をとりはじめた。ユダヤの思うツポではなかったか。<br />　<br /><br />　おう兆銘（しょう介石に次ぐ中国国民党の有力指導者、戦時中脱出して日本と協調）は、清朝末期に東京に留学、日本の明治維新に学び、特に勝海舟と西郷隆盛の人物に深く感動し、感銘を受けた、といわれている。<br />にもかかわらず彼は、その後の生涯でいくたぴも日本側から裏切られた、とされている。<br />このエピソードは、じつに多くのことを物語っている。<br />西郷隆盛は征韓論政変（明治六年）で失脚したというのが、西南の役以後に大久保利通政権によって流布され、日本国民のなかに定着した歴史である。つまり西郷は、征韓＝韓国の征討を主張し、大久保は内治重視、征韓反対を唱えたとするのである。<br />しかし、この説は歴史の歪曲、歴史の偽造もいいところだ。<br />大久保と西郷の対立は立ったく別の次元のものである。この幼ななじみであり、幕末・維新をともに戦い抜いてきた二人の指導者は、このとき、日本民族の進路をどこに向けるか、についての、抜き差しならない相克関係に入り込んだ。<br />大久保には、ユダヤ・フリーメーソンのヒモがついており、日本は欧米の番犬となってアジアを叩くしか道かない、さもなければインドのように日本も欧米に食われてしまう、と腹を決めていた。<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />　これ以外に日本の進む道はない、と彼は確信していた。「穣夷」の旗じるしは、破れ草履のように捨てるのだ。<br />しかし西郷は、死んでもそんな道はとることができなかった。<br />彼は東アジアの三国日中韓）は、欧米列強の侵略に対して生きるも死ぬも一緒、死なばもろともの運命共同体でありたい、と固く念じていたのではないか。<br />だから、韓同へ李氏朝鮮）が欧米に対する開国を忌避し、日本の新政府との通交をも拒否したとき、決死の覚悟でこの道理をもって、韓国を説こうと欲したのである。<br />つまり、ことは対韓外交問題ではない。ユダヤ（欧米）の奴隷になるか、死を賭してこれと戦い続けるか、という根幹に触れる問題が、大久保と西郷の二人に表現されていたのだ。<br />一方、勝海舟は徳川幕府が瓦解するや、その慕引き役をつとめたあと、表舞台には立たなかったが、心情的には、彼の位置は西郷を理解し、西郷の側にあったのではなかろうか。<br />明治天皇においても、西南の役以降も深く西郷の意とするところを評価していたようだ。<br />西郷はユダヤの謀略を知らなかったが、いわば一種の悪感をもってそれを見抜いていたのではなかろうか。<br /><br />明治新政府に突きっけられた″切支丹解禁″の実際<br /><br />明治四年の使節団（岩倉具視、大久保利通ら〉が、安政不平等条約改止を議するために欧米諸国と交渉するや、日本側の案に相違して、改正は問題外と一蹴されたのみならず、列強から強硬に切支丹解禁を要求された。<br />新政府はこれを容れて、やむをえず明治六年、キリスト教（最初はプロテスタント、のちにカトりックも）を解禁した。<br />欧米列強の要求は、「信仰、宗教の自由」である。<br /><br />「尊皇嬢夷」の大義はいまや、ゴミ箱に投げ捨てられる運命となった。欧米渡来のキリスト宣教師は、大手を振って布教と、日本人信者の獲得をはじめる。<br />しかし、このとき・日本に流れ込んだキリスト教は、すでに十二分にユダヤ化していたことを日本人は誰一人知らなかった。<br />　いや、その前に、日本民族はあの切支丹が戦国末期から徳川初期にかけて、ユダヤの仕掛けた策略で真二つに割れ、血で血を洗う惨たんたる宗教戦争が行なわれたことについて、何ひとつ情<br />報をもっていなかった。<br />　まして、二分された切丹升の新派プロテスタントは、出発点からユダヤに浸透され、年とともにユダヤ色が濃くなり、一九世紀にはほば完全にユダヤの道具、外郭団体の一つになり果てていた、などという事実を知るものは、日本には存存しなかったのだ。<br />　フロテスタント・キリスト教は、外見はイエスをたてつつ、内実はイエスの教えを抹殺して、信者をユダヤ教（タルムード教、カバラ教、パリサイ教）に回収・改宗させる″トンネル会社となつていたのだった。そして事実上、全世界のプロテスタント教会の指導機関は、そっくりフリーメーソンに乗っ取られていたのだった。<br />　プロテスタント教会というかたちで、日本列島にはじめてユダヤ教（タルムート教、悪魔の権化教）が上陸してしまった。しかも、そのことを当時の日本人は、何ひとつ知らなかった。したがっ<br />て、ユダヤ教に対して無防備、無警戒であり、免疫もなかった。<br />　そもそも、この明治新政府は、幕末の尊皇穣夷・王政復古の幾多の志士たちの捨て身の犠牲・献身によってのみ樹立されたのではなかったか。<br />　このころ伊勢神宮の神官たちは、日本全国民がアマテラスオホミカミ（天照大神）の神名を奉唱する運動を起こそうとして大いに意気込んでいた。しかし、すでにユダヤ欧米のヒモつきとなってしまった大久保以下の新政府首脳は、神道復興と神道国教化の政策を捨てた。<br />　これはつまり、ユダヤ教の攻撃の前に、わが日本民族を精神的に武装解除したことを意味するのではなかろうか。<br /><br />　安政条約に基づいて、欧米列強は江戸直近の戦略的要地・横浜港とその一帯を、治外法権地域として日本から強奪した。<br />イギリスはそこに一個連隊の軍を派遣した。フランスも同様に、イギリスよりやや規模が小きいものの軍隊を出した。この英仏駐留軍は、日本列島周辺の制海権を米英仏露らの列強が押さえている状況のもとでは、いつ何時でも日本占領軍に変わりうる。<br />幕末の日本の地位は、薄氷を踏むような危うさであった。<br />横浜に、そして長崎に早々とフり－メーンンのロッジ（支部）が設立された。当時の日本人は、坂本龍馬などごくひと握りの関係者以外、誰も知らなかったことだが、在日欧米列強の官民の動きのすべてが、このフリ－メーンンによって指導されていたのだ。<br />消息通によれは、グラバーは幕末の動乱時に坂本龍馬、伊藤博文、井上馨、五代友厚、森有礼、寺島宗則ら（いずれも明治新体制の有力な人材だ）と特に親交が深かったといわれる。<br />フランス・フリーメーンンの系列では、福沢諭吉の名があげられている。坂本竜馬は、グラバーとほとんど一体とみられるが、その後が維新政権の船出の直前に暗殺されたのは不思議な事件だ。<br />　下手人は幕府方新選組の手の者という説が一般的だが、岩倉具視が龍馬暗殺の主役、という説もある。あるいは、龍馬がフリーメーソンの内幕を知りすぎたために、メーンンの謀略で消され<br />たのかもしれない。<br />西周、津田真道（ともに幕府によってオランダ留学を命ぜられた明治期の学界の立役者）が、留学先で日本人最初のフリーメーソン（イギリス系メーソンか）会員となったことは公表されている。<br />この両者が軸となり、フランス系メーソン人脈の福沢諭吉と組んで誕生した明」ハ社が、フり－メーンンの出先機関とならなければピうかしている。<br />岩倉と大久保利通については、欧米団覧旅行中にフリ－メーソンの系列下に組み込まれたのではなかろうか。<br />　　　　　　　　　<br />　切り捨てられた尊皇複夷派の反撃は、熊本神風達（ちなみに、三島由紀夫はそれを強く支持した）となり、西南の役で爆発したのみならず、岩倉も命を狙われ、大久保は実際に暗殺された（明治十一年）。明治新政権は薩長閥と総称されるが、これは著しく不正確だ。なぜなら、訂幕維新の主力・長州閥も薩摩閥も、穣夷を貫くか欧米の番人となるかの岐路にたって真二つに分裂し、流血の内乱を経ているからである。維新主体の下級武上集団自体も分裂し、ユダヤに魂を売った勢力が権力を握った、とみなければならない。<br /><br />　日清・日露両戦争は、かつての「大日本帝国」時代の日本人の自慢の種であり続けたか、残念ながら、真相はおめでたい日本人の考えていたようなものではない。<br />それほ、フリーメーソンが日本に公的認可を与えた戦争であったようだ。このときの日本に割り当てられた役目は、ユダヤ・フリーメーソンの東アジアにおける番犬として働くことである。<br />なるほど、たしかに日清戦争の勝利のあと、日本に学びたいという中国（清）の青年が何万人も日本の大学・各種学校に押し寄せたことは事実だ。<br />また、日本海海戦で日本海軍がロシアの大艦隊を撃滅したという報道が、インドをはじめ白人に支配されていた全世界の有色人種を勇気づけたというのも間違いではない。<br />ところで、日清・日露の両戦争の中間に、いわゆる義和団事件が起きている。<br />没落寸前の清朝末期の北京に、中国を植民地化する欧米列強を排撃する義和団が反乱に立ちあがり、これを鎮圧するために欧米列強は北京に出兵した。日本も欧米に要求されて軍を出している。この構図がすべてを物語っている。<br />ユダヤ欧米は、中国をズタズタに寸断し、米英仏独露の五列強で分割するつもりであった（ついで韓半島侵略も、もちろん彼らの計画に入っていた）。彼らは日本に、そのための露払いをさせただけなのだ。<br />　　<br />　勝海舟は日清戦争に反村であったらしい。日清は協力して西洋に当たるべきであった、というのだ。<br />　けれども、すでに満州と韓半島にはロシアが入り込み、清国にも李氏朝鮮にもロシアの軍事圧力を押し返す力はなかった。<br />そのまま放置すれば、満州と韓半島はロシア領となり、楊子江以南はイギリスが押さえ、北京・黄河一帯は米英仏独列強が管理する、というような結果とならぎるをえなかった。<br />日本が手をこまねいていれぱ、安政条約改正どころか、逆に列強による日本分割に進むであろうし、一歩出て韓半島、満州で戦えばユダヤは日清韓の反日を煽り立てるだろう。<br />一九世紀末の日本は、進むも退くもをらず、前途は暗黒に閉ぎされていた、といわぎるをえない。こんな状況下の日本に、ユダヤは　「日英同盟　のエサを投げ与えたのである。<br />腹をすかした日本はこのエサに喰いつかぎるをえない。当時のイギリスの新聞には、この日英同盟を諷刺する漫画（ヴィクトリア女王が犬の姿をした日本にエサを与えている）が出たそうだ。まさにこれは図星だ。<br /><br />西国寺公望にみるフリーメーンンの宮中侵入<br /><br />　西園寺公望は維新と王政復古のとき、二十歳になるかならないかの若年の公脚であるが、岩倉具視にその人物を見込まれ、官軍東進の際に北陸征討軍の大将に任じられている。<br />新政府ができるや、早々にパリに留学し、十一年問パリに滞在している。そして帰同後は、オーストリア公使、ドイツ公使、フランス公使をつとめ、伊藤博文の憲法調査」団の一員にも加えられている。この経歴をみて注意しなければならないことは、維新政府の分裂（西郷、大久保の村立）政争の時期に、パリにいてこの抗争とまったく関与せず、それをパリから眺めていた、という事情であ<br />ろう。つまり、この人物は当時の日本人としては例外的に、西洋の色にどっぷりと染められていたのである。<br />　　<br />　事実、西園寺公一氏（公望の篠にあたる）の証言によれば、公望の邸宅には神棚も仏壇もなかったというから、これはもう当時としてはあまりに度を過ぎたハイカラぶりで、まるで日本人とは<br />思えないくらいだ。<br />西園寺公望が内閣を組織した明治三十九年から大正元年（一九〇六～一二）にかけて（中間に桂太郎内閣が入るが）、日本の国家の中枢に異変が生じたのではなかろうか。つまり、明治末年にフリ－メーンン人脈が、日本の国家の枢機を奪取してしまったのではなかろうか。明治憲法制定とともに、天皇側近の顧問団として、枢密院が設置された。<br />西園寺公望は明治三十三年から三十六年まで、枢密院議長もつとめている。　　　　　<br />西園寺公望が国家の頂点をきわめたこのころから、日本の国家機密はユダヤ・フリーメーンン　につつ抜けとなり、日本の・国策はユダヤの思うがままに操作されるていたらくとなったのではな<br />かろうか。そしてその結果として、日本の伝統を一掃する目的をもった、あの大正デモクラシーの狂乱が開幕したのではなかろうか。<br />しかも不運にも、明治天皇の皇太子は幼少のころよりはなはだしく病弱であり、このことについて、宮中も日本の政府指導層も深く憂慮した。唯一の望みは、皇太孫であった。<br />この皇太孫の教育方針をどうするか？　これこそ、宮中浸透を企図するユダヤ勢力にとって中心テーマでなければならない。<br />そして、明治天皇の意思に反して、西園寺公望は、皇太孫を親英的に（イギリス王室を模範として）教育するように導いたのではなかろうか。イギリス王室がクロムウェル以来、とことんまでユダヤ化され、フリーメーンン化されていることは自明のことだ。<br />　　　　　　　<br />　皇太孫の教育を命じられていた学習院長（当時）乃木希典大将の殉死は、何を意味していたのだろうか。<br />明治三十八年（一九〇五）、純粋で馬鹿正直、お人よしで浅慮な日本国民（そして大衆に迎合する新聞社は、日露戦争大勝利と、浮かれに浮かれ、舞い上かった。<br />しかし、ユダヤは戦争が終結するや、即刻、南満州鉄道をユダヤ国際金融資本の手に収めるべく行動を開始した。つまり、「佼兎死して走狗にらる」ということわぎを絵に描いたような展開だ。<br />これがユダヤの冷酷な意志だったのだ。<br />小村寿太郎外務大臣は、この介入を断然はねつけた。しかも小村はさらに、フリーメーソンの日本での活動に厳重な制限を加え、日本人がこの結社に参加することを禁止する措置をとった。<br />　小村外交は、「魂の外交」とも呼ばれる。小村には、明らかに西郷隆盛の血か流れていたようだ。<br />ユダヤからすれば、この小村外交はユダヤ・フリ－メーソンに対する宣戦布告以外のなにものでもない。この小村外交は陸海軍の大部分と、軍出身の元老級政治家（桂太郎、山懸有朋ら）の一部に支持された。<br /><br />　したがって、この時点から日本の国家中枢部で、親ユダヤ・フリーメーソンと国粋派の激烈な路線闘争が噴出せぎるをえなかったであろう。<br />そして焦点は、「満州問題」に設定された。なぜなら、欧米列強は、日本が日露戦争に勝利した以上、日本の朝鮮併合は容認せぎるをえなかったので、ひとまず満州から日本を追放し、欧米白人列強の手に奪還することに目標を定めたからである。<br />さらにユダヤは、日本民族の内部の攪乱に乗り出した。<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />　すなわち、上流貴族階級のなかにユダヤの手先を育成した。この謀略に踊ったのが、白樺派（武者小路実篤、志賀直哉ら）であろう。　　　　　　　　<br />　中流知識層には「大正教養主義」が注入され、日本の伝統文化を蔑視する、欧米のユダヤ化された文化に中毒したインテリ学生が大量に生み出された。<br />下層の労働者農民階級には、ユダヤ得意の賎民デモクラシーと、ユダヤ共産主義のイデオロギーが与えられた。<br />反戦平和が大義名分として掲げられ、国民と軍を離反させるユダヤの謀略が仕掛けられた。<br />朝鮮と中国のなかに植えつけられた欧米列強ヒモつきのユダヤ・フリーメーンンは、キリスト教や共産主義などのかたちをとりながら、反日・排日・憎日の煽動に着手した。<br />戊申詔書（明治四十一年）には、明治天皇と日本の国家の一部国粋派指導者の、こうした状況にしかし漠然寸とした不安が表現されているといってよい。<br /><br />民族を震撼させたロシア革命とドイツ帝政の崩壊<br /><br />　日本は第一次世界大戦を「日英同盟」の枠、つまり、ドイツを敵国としたわけだ。　　　　　　　<br />そしてその間、未曾有の戦時景気でうるおい、軍需成金が輩出したのみでなく、日本独白の重工業システムが芽を出すきっかけともなった。<br />これもひとえに「日英同盟」のおかげ、というアングロサクソン礼賛論が世論の主流となったのも不思議ではない。<br />けれども、ロシア帝政の崩壊と共産政権の登場、ドイツ帝政〈オーストリアのハプスブルク朝も）の崩壊という思いもかけないかたちの結末を突きつけられてみると、日本民族は震撼した。<br />この事態を真剣に考慮する者は、なにがなにやら、五里霧中にならざるをえない。<br />明治維新と明治憲法で設定された日本の国体、政体が根幹からゆすぶられ、否定されるようにしかみえないのだ。<br />国論は四分五裂せぎるをえない。国家指導層も軍も政界も民間も、ことごとく分裂、分化、相克する。<br /><br />　日本丸は、あてどなく漂流しはじめたのである。<br />大正六～十年）は、日本が繁栄と希望と幸運の絶頂から、突如として不安　と暗黒のドン底に突き落とされるような、激変の時点であったろう。<br />しかも、大正天皇の病状が悪化する。日本国家の中枢部は、深い憂いに包まれたことであろう。<br />このとき、出るべくして、『シオン長老の議定書（プロトコール）』の最初の日本語版が公刊された（大正九年）。<br />日本民族の先覚者は、ついに、国際ユダヤの謀略という、長い間、日本民族から隠されていた秘密解明の糸口にたどりついたのだ。　伊藤博文はドイツ帝政を日本の国家設計のモデルとした。このモデルが消失してしまった。<br />英米にくっついてゆこうとしたのに、夢想だにしなかったアメリカの排日、反日、日本敵視の政策が出現した。米英に煽動された中国の反日運動が激化した。<br />ソ連共産政権は、コミンテルン日本支部＝日本共産党を組織して、日本赤化を呼号しはじめた。<br />気がついてみると、周り中が敵となり、しかも敵は日本国内に無数の手先＝工作員＝売国奴を育成している。<br />憲法がとたんに機能しなくなったのだ。<br />しかも、ユダヤは軍の中枢部に魔の手を伸ばしていた。　　　　　<br />しかもこの当時の陸海軍のトップ山梨半造陸軍大将、山本権兵衛海軍大将は、フリーメーソンのメンバーとみなされてさえいる。<br />ユダヤが日本崩壊、乗っ取りは近いと予期したとしても不思議ではない。<br /><br />P,98～<br /><br />一九七六年八月十入日、日本国中がひっくり返るような大騒ぎのあとで、田中角栄は葛飾区小菅の東京拘置所から仮釈放された。その直後、角栄は何人かの腹心の部下を呼んで、「ユダヤにやられた－・ユダヤに気をつけろ！」と警戒警報を発した、と伝え聞く。<br />ここに呼ばれたのが後藤田正晴なのか二階堂進なのか山下元利なのか金丸信なのか、それは定かではない。<br />しかし、後藤田や二階堂その他、幾人かの田中派の幹部たちにしても、はたして　「ユダヤ」という警告の真意をそのとき理解しえたのだろうか？<br />このうち、後藤田正晴は戦時中の内務省官僚として人生を踏み出していることに注目すべきだろう。<br />　ユダヤ・アメリカ占領軍は、もちろん旧大日本帝国の陸海軍を解体したが、おおむね官僚機構はそのままにして、占領政策のために使うことにした。その唯一の例外が、明治初年、大久保利通によって創始された強力な国家機関の内務省である。日本弱体化と解体のためには、内務省だけは存統を許すべきでない。<br />これがユダヤの意志だ。<br />かくて、旧内務省は四省庁に分断きれ、知事は民選となり、ユダヤが日本列島を腐蝕するための扉が大きく開かれるに至ったのだ。旧内務官僚は各省庁に分散した。<br />そのため彼らのみが、いわばユダヤ占領下と形式上の独立後の日本の国家機構において、ただ一つの、ユダヤに抵抗してまとまった国家意志を貫こうとしえた集団であった、といっては評価のしすぎだろうか。<br />そして後藤田は、一九七〇～八○年代まで旧内務官僚生き残り組の中核に位置し、田中角栄のもっとも信頼する政治家の一人でもあった。後藤田には「ユダヤに気をつけろ－」という角栄の言葉の合意が、あるいはいくらか伝わりえたかもしれない。<br />しかし、他の田中派の面々に、それが通じただろうか？<br />問題のロッキード社自体が、ユダヤ系資本によるものであるぐらいのことは調べればわかる。<br />コンピュータ付きブルドーザー”という異名をとった角栄の頭脳に蓄積されたデータは膨大なものだろう。ロッキード・スキャンダルの暗雲が垂れ込め、角栄逮捕という思いもかけない結果となったとき、彼の頭はフル回転し、その背景を見極めようとしたに違いない。そして後の頭にひらめくものがあった。それが「これはユダヤだ－」ということなのだ。<br /><br />角栄潰しのシナリオに仕組まれたロッキード・スキャンダル　　　<br /><br />　ロッキード事件の発端は、ロッキード社の献金を立証する一件書類の荷物が、「誤って」アメリカ上院チャーチ議員の事務所に配達きれたことにはじまる、と説明されている。<br />これは、あまりにも見えすいた話だ。<br />何者かが、はっきりした意図をもって仕掛けた布石だ！<br />この書類のなかには、ロッキード社からの献金に対する領収書のコピーが含まれているという。<br />アメリカ上院におけるチャーチ小委員会は、この件を公開で取り上げることを決定した。<br />　　　　　　　　　　<br />これで筋書は一段階進んだ。<br />ロッキード社の献金リストからは、日本、オランダその他の国々の政治家たちの名前が浮かんできた。<br />その瞬間から、日本のマスコミは一気に沸騰してしまった。<br />ロッキード社のトライスター型機種の日本への売込みに関して、時の総理大臣・田中角栄に五億円の賄賂が渡っていたというのだ。<br />角栄叩きはいまや（一九七六年当時）、日本全国をあげての大流行となった。<br />角栄とならんで、ロッキード社の代理人として戦後右翼の大立物（というよりその頂点に立つ）児玉誉志夫の関与の証拠が出てきた。マスコミにあおられた某青年が、飛行機で児玉郎に突っ込み、<br />自爆するという小説や映画でもこうはうまくいかないような色どりも添えられた。事件が事件を呼び、センセーショナルな雰囲気がどこまでもエスカレートし、ー億日本国民は異常な熱狂状態に誘い込まれた。<br />そしてついに、ロッキード社の担当役員コーチャンが、角栄首相に五億円を贈賄したと証言するに及んで、角栄の退路は断たれた。これらの一連の仕掛けは、別にすこしも難解複雑なものではない。<br />　　　　　　　　　　　　　　<br />　角栄一人に的を絞った、角栄失脚の罠が、ユダヤによって埋設され、頃合いをみはからってそのメカニズムが動きだしたというくらいのことは、たやすく推理できる。<br />しかしいったい、なんのために？　いかなる動機で、何者がそんなことをするのか？<br />たぶん、当時の日本国民のなかで、そのように問題を設定しえたのは、当事者の田中角栄ただ一人だったのではなかろうか。<br />たしかに、角栄には思い当たるところがあったはずだ。なぜなら、彼は彼自身のイニシアチブ（発意）で、アメリカ従属下の日本を、実質的に独立する方向に舵を向けたからだ。アメリカ（ユダヤ）の報復だ！と角栄は悟ったに違いない。<br />公表されたロッキード社の献金（贈賄）リストのなかに、人物が一人出てきた。オランダ女王の夫ベルンハルト殿下である。<br />王族の登場というだけではない。ベルンハルト殿下は大物というよりも「超大物」　の名に値する。<br />彼は日本人にはまったくなじみがなく、ヨーロッパの一小国オランダの女王の夫、ぐらいのごく微々たる存在程度にみえるかもしれない。しかし、知る人ぞ知るとはこの人物のことで、じつは彼は、欧米（ユダヤ）支配層がつくる陰の世界政府の議長格なのだ。<br />この陰の世界政府は、別名「ビルタバーグ・クラブ」と名づけられている。<br />一九五四年、ベルンハルト殿下が幹事となって設立されたこの陰の世界政府は、定期的に会合して、実質的に世界のすべての重要問題を審議し、政策を決定していると伝えられる。<br />日本の指導者がこの世界政府に正式に招請されているとは聞かないが、岸信介元首相が、少なくとも一時的に、その会議に招かれていたという話はある。<br />一六世紀以降、ユダヤの根拠地となっていたオランダは江戸期を通して日本への通路も担っていた。それに、オランダという国は世界政治のうちで、きわめて重要な地位を占めている。その理由は、この国が一八世紀以降、ユダヤの最初の根拠地となった国である、ということなのだ。それから四百年（第二次大戦のナチス・ドイツの短い占領期間を例外として）その立場は揺らいでいない。　エルサレムを失ってから千四百年にしてはじめて、ユダヤは世界征服の確固たる足場をオランダに見出した。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />そしてユダヤは・一四九二年にスペインを追放されてから、ヨーロッパにおける民族の本拠を　オランダに移した。以後、アムステルデムについに公然とユダヤ教のシナゴーグ寺院〉を建てる<br />ところまで、実力を蓄えたのだ。<br />　それから二百年、一六九〇年代にユダヤは本拠をイギリスに移し、さらに一八世紀末、ユダヤがフリーメーンンを使って演出したアメリカ独立とフランス革命を経て、英米仏蘭の四か国、これ<br />にスイスを加えてもよい）をユダヤの牙城と化した。<br />オランダはこれほど、ユダヤにとって因縁の深い国なのだ。<br />世界の七大石油メジャーの一つロイヤル・ダッチは、イギリスとオランダの合弁であり、オランダ王室は世界最大級の富豪の一つに数えられている。<br />アメリカ上院が、ロッキード社の公表した献金リストからベルンハルト殿下の名前を削らなかつた理由は不明だが、角栄以外の人々の名はたちまち表舞台から消えた。<br />つまり、彼らの名は、日本のマスコミと世論を角栄叩きに誘い込むための撒き餌のようなものではなかったか。ユダヤの本命は角栄一人。角栄は狙われたのだ。<br /><br />一九九〇年の、国際ユダヤが仕掛けた日本の証券スキャンダル騒動から、しだいに　「日本にもアメリカ式のSEC＝証券取引委員会をつくれ」というユダヤの要求がはっきりと聞こえてきている。<br />　SECは一九二九年のアメリカ株式大暴落のあと、証券取引の不法・犯罪を取り締まる司法機関として設立されたものだという。しかし、角栄潰しのロッキード・スキャンダルのシナリオは、このSECによって実行に移されたのだ。<br />さすがの田中角栄の情報判断力も、SECの危険な役割まではカバーしていなかったようだ。<br />いま、日本では戦後にユダヤ・アメリカ占領軍に育成された社会党などが、いかにも正義の代弁者を気どつて、ユダヤの吹く笛に乗って日本版SECをつくれなどといいだしている。<br />アメリカのSECは、それほど結構で清潔な「法の番人」　の名に値する組織なのか？<br />そもそも、株式・証券取引所という装置は、ユタヤが非ユダヤ人（ゴイム）の財産を欺瞞によって、労せずして合法的に奪取する目的をもって考案されたものだ。　　　　　　　　　　　　　<br />このペテンの主要な武器は、ユダヤによる情報の独占、そして情報操作である。<br /><br />　この情報操作は、オランダでの有名な「チューリップ事件」をはじめ枚挙にいとまがないが、しかし、なんといってもユダヤの最大「傑作」は、ロンドン・ロスチャイルドが、一挙に資産を　二千五百倍これは誤植ではない）に増やしたナポレオンの敗戦時（ワーテルローの戦い）の情報戦だろう。<br />その次にくるのが、前述の一九二九年の「ブラック・サーズディ」である。<br />ニュ～ヨークの取引所を握るユダヤは、一九二〇年代の大好況と株式の大暴騰を仕組んだうえで、ピークの時点で売り抜けて一九二九年十月二十四日、株価がついには高値の十分のー以下に下落する、大暴落に持ち込んだ。さらに、ユダヤは底値でまた買いに出て、アメリカの、主要企業をあらかた手中に収めている。<br />そうしておいて、ユダヤはSECをつくり、非ユダヤ系資本を監視し、摘発する司法機関を設置するのだ<br />つまり、アメリカのSECは、アメリカ経済の支配を完成したユダヤが非ユダヤ反ユダヤの資本を抑え込む企業警察軍”として組織した機関以外のなにものでもない。<br />国際ユダヤが角栄潰しを決定した。そこでフリーメーンンによってそのシナリオが書かれ、ユダヤ貸本のロッキード社の対日トライスター売り込みの罠がかけられ、SECがスキャンダル暴露の実行部隊に任じられたということではないのか。<br />角栄は小菅で検事の尋問を受けている間に、ハッとこの間の脈絡に気づいたのではないか。<br /><br />アメリカのSECという機関は、奇々怪々な組織だ。<br />それは一方では、証券取引所に上場している全社の会計帳簿を、必要なら領収書付きで隅の隅まで知りうる立場にある。が、他方では、株式の「不正」な取引を捜査する司法機能も行使する。<br />したがって、公正中立などと自称しているが、そんなつくりごとを信用するのは日本人ぐらいのものだ。<br />この委員会のメンバーの任命権は、アメリカの政財法曹界を握るユダヤの指導部の手中にある。<br />って、SECという道具を使うことにより、ユダヤは身内の不正は覆い隠し、政敵の弱点を握って脅迫する。<br />そして、やむをえず必要とされる場合に限り、狙いを定めてスキャンダルにするのだ。<br />ユダヤの角栄潰しの謀略は、田中角栄が自民党総裁選挙で勝ちを占め、内閣を組織した瞬間に端を発するとみるべきだ。<br />それはなぜなのか？<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />　答は、そもそも角栄が佐藤栄作首相の後任とされていた福田起夫に挑戦し、福田を打ち破って総理大臣の座を奪取した男だからだ。<br />敗戦とユダヤ（アメリカ）占領以来（形式的独立以後も　日本の総理大臣の任命権は、事実上、日本民族にはない。それは、ユダヤ（アメリカ）が握っているのだ。<br />田中角栄は、このタブ－を犯した。そして、ユダヤが懸念したように、首相就任早々、矢継ぎ早にユダヤのかんにさわる政策を次々に打ち出してきたのだ。<br />そして日本国中が、角栄人気で沸き返った。<br />ユダヤ指導部は、ユダヤの日本侵略・日本民族奴隷化作戦の重大な障害として、″角栄除去”の方針をひそかに決定したのではないか。そして、ただちにこの決定は実行に移された。すなわち、アメリカSECを使っての、″囮捜査”である。<br />日本列島の内部のことなら、各官庁の人事から人脈、全国全選挙民の状勢に至るまで、詳細にデータを収集し、たなごころをさすように認識している角栄も、おそらくは国際ユダヤの張り巡らす謀略のネットワークについては、ほとんどなにも知らなかったのではないか。しかし、これはある意味では当然だ。<br />なぜなら、敗戦後の日本の役所・官庁には、旧ソ連共産圏のスパイを監視するセクションはあっても、「同盟国」アメリカのCIAその他のかたちをとった、ユダヤの対日スパイ謀略活勤に対応する部署は、まったく存在しないのだから。<br /><br /><br />Ｐ、１２２～<br /><br /><br />　ユダヤは二千数百年来、彼らの世界征服の究極目的のために邪魔者を処分する暗殺謀略部隊を動かしている。たとえばアメリカの南北戦争直後、彼らはリンカーン大統領を暗殺した。二〇世紀初頗のアメリカ大統領マッキンレーも暗殺した。この二人の政治家はユダヤのアメリカ乗っ取りの障害となったからだ。<br />角栄が拓いたアジア・アラブの対ユダヤ　（欧米）連合（四国同盟）の芽をつぶすために、ユダヤは何をしたか？<br />おそらく角栄政権発足時にスタートしたと思われるこの謀略の、歴然たる結果だけはその後の七～八年の経過のなかにはっきりとみえる。<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />　角栄は仕組まれたスキャンダルによって政治的に抹殺され、朴正キとファイサル国土は暗殺された。毛沢東と周恩来は、高齢で相次いで病死した。<br />そもそも、島国のわが日本民族には、世界的な謀略・情報戦争の経験がない。<br />日本人の民族的美徳は、正直であろう。権謀術数は日本人には好まれない。しかしユダヤの民族性は、その正反対なのだ。<br />ユダヤの本音は、旧約聖書の一部の記述（特に「申命記」や『タルムード』にあるように、非ユダヤ人（ゴイム＝豚）をユダヤに仕える奴隷＝家畜とし、ゴイムの財産をユダヤのものとする、ユダヤによる効率的で永久の絶対的独裁専制世界国家をつくることである。<br />　しかし、こんなことを白昼堂々と、天下に向かって広言するわけにはいかない。<br />　そこで、目的のためには手段を選ばずで、ユダヤの究極目的を達成するためには、詐欺でもウソでも暴力でも殺人でも、二枚舌はおろか百枚舌でも偽善でもなんでもOKだ。<br />ユダヤは一四世紀、ヨーロッパ・キリスト教会の対ユダヤ圧迫をかわすために、謀略情報機関としてフリーメーンンを組織した。<br />一八世紀初頭には、イギリスをまるごとユダヤの道具とするために、新しいイギリス式フリーメーンンをつくり、それから数十年後には反ユダヤ的国家・王朝を破壊する武器として、フランス式フリーメーンンを組織している。<br />　日本にも幕末以来、両方のフリーメーソンが上陸したことは前述した。また、一九四五年八月三十日に厚木に降り立ったマッカーサー元帥が、アメリカフリーメーソンの最高位である第三十三階級を授与されていることは、公開きれた事実である。<br />　下からの出である角栄については、フリーメーンン入金を勧誘されなかったし、また自分で入るつもりもなかったであろう。<br />　しかし、いざユダヤが、角栄の「危険」な反ユダヤのオール・アジア連合構築の方針に気づくや、彼らの仕掛けるグローパルな「死の罠」計画が、たちまちのうちに敷設きれてゆくことになるのである。<br /><br />　かつての韓国大統領・朴正キは、日本と並々ならぬ縁のある人物である。たとえば日本統治時代、彼は日本の陸軍士官学校を優秀な成績で卒業している。韓国独立後、同国国軍に入り、李承晩大統領（の人物はアメリカ直系だ）退陣当時に陸軍少将、そして日本の明治維新を意識した韓国維新体制の主導権をとった。<br />明治維新をモデルとして、軍の中堅将校団を「維新主体勢力」とし、完六〇年代の十年問に奇蹟的な経済成長と、日本に続く欧米白人以外では世界で二番日の高度工業国友への離陸を成功させたのだ。<br />　この奇蹟はユダヤ（欧米）にとって、面白いはずは決してない。<br />まして、一九七〇年代に入ると、朴大統領は対米韓国ナショナリズムの姿勢をみせるようになる。<br />朴正キの出た陸軍士官学校の日本人同期生は、日本にたくきん生き残っている。日韓の同盟が、ユダヤアメリカ）を離れて緊密になってゆく動きは、あきらかにユダヤにとって脅威だ。<br />軍事独裁政権下では、ユダヤの邪魔者になりつつあるこの朴政権を倒すためには、テロ（暗殺）しかない。<br />　しかも、単に朴大統領を消すだけではならない。<br />ユダヤとしては、日韓の仲を割くように、日韓を争わせるように、日韓の憎しみをかきたてるようにもつてゆかねばならない。<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />　こうして出てきた奇手が、一九七四年八日十五日、在日韓国大の青年・文世光という人物による朴大統領暗殺未遂事件（このとき、文世光の放った弾丸は隣りにいた睦英修大統領夫人に命中した）であったのだ。しかも、文世光の使用したピストルは、日本の警察官から盗まれたものである。<br />これは、じつに手の込んだうっとうしい奇怪な事件であった。<br />幾重にも偽装されたユダヤの謀略には違いないが、ともかく、真相がどうであれ、夫人は朴大統領の見ている前で暗殺された。<br />この事件は、朴正キへの強い心情的ストレスとなったようだ。<br />彼の生活にやや乱れが生じ、ついにその五年後、朴大統領の側近の側近であるKCIA（韓国中央情報部）部長が、至近距離から発射したピストルの弾丸によって朴大統領は殺害された。<br />　このケースは、アメリカCIAの教唆（あと押し）の影が濃度で、ユダヤの謀略性はあまりにもみえすいている。朴大統領は、ユダヤの血祭りにあげられたのだ、と私は推察したい。<br />そして、一九七四年と一九七九年のこの二つのテロは、じつは、闇のなかでユダヤの、角栄潰し、角栄の世界戦略を解体する作戦のネットワークにつながっていたのだ。<br /><br />イスラムの聖なる地サウジアラビアに偉大な指導者が出現した。ファイサル国王である。<br />二〇世紀になって、アラビアの砂漠がじつは世界一の豊富な油田地帯であることが発見され、この地域の地政学的立場が一変した。<br />イスラムのもっとも神聖なる土地が、同時に、ユダヤ（欧米）にとって絶対に確保しておかなければならない戦略的地域となった。<br />そして、ついにこのサウジアラビア王家に、ユダヤ（欧米）と堂々と対抗できる英雄が現れたのだ。<br />ファイサルはイスラム法にのっとり、サウジの石油はアラーのものとして、その売上げ収入の三分のーをアラブ・イスラムの全人民に贈与する政策を採用した。<br />イスラムの血は燃えた！<br />このファイサル国王は、明治天皇を尊敬する熱心な親日派承でもあった。彼は明治維新をモデルとして、アラブ・イスラムの新たな国づくりをなすべく、日本との友好関係を強化した。日本研究のために資金を出し、また日本の留学生をアラブに招いた。<br /><br />OPECをユダヤの支配に対抗する勢力として育て、PLO解放戦撃を強力に支援した。田中角栄のブレーンたちは、もちろん、日本をこのファイサルの動きと結びつけるべ進言したであろう。日本・韓国、中国、サウジアラビア。<br />この四国同盟の萌芽が成長し続けるなら、これはユダヤにとって重大な脅威となる。アジアとイスラム圏が連合同盟して、ユダヤに対峠する。そしてその中核に日本が位置し・しかも世界の石油の過半がこの同盟に握られてしまう。<br />これはユダヤにとって悪夢だ。どうするか？<br />ユダヤは、ファイサルを暗殺するしか選択の余地はない。しかし、同時に、彼らはサウジ王族のなかに浸透し、金の力で親ユダヤ・親欧米派を育成しなければならない。<br />ファイサルを除去して、即座に親ユダヤの国王を就任させなければならない。この工作は米CIAによって実行された。ファイサル国王は暗殺され、サウジアラビアはユダヤ（アメリカ）のコントロール下に引き戻されたのだ。<br />日本には、ユダヤ・アメリカのこうした情報、スパイ工作を監視・分析する国家機関もないし、そもそも、そのような国家意志をもつことが許されていない・・<br /> ]]>
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<title>ユダヤの告白</title>
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<![CDATA[ 第三章　タ一ゲットをあぶり出せ<br />　　盛田昭夫氏批判の理由<br /><br />　ここに述べたちよっとした歴史的エピソードは、アメリカがこのような政策をとった理由を理解する鍵になる。金融における影響力や支配力を持ったことで、アメリカは国家としてこのような政策をとるようになり、その政策がもたらした特異な政治権力を手にするようになった。それは石原氏が言うように日本が「黄色人種の危険な存在」の代表だからというわけではない。アメリカが日本を攻撃するのは、それがアメリカの金融および経済政策の本質そのものだからであつて、それが対立の原因なのである。<br />　だからといって、盛田氏と石原氏が問題の本質をわかっていないと言っているのではない。盛田氏は技術と企業の発展の間に決定的関係があることを理解している。この点について、彼は次のような言葉ではっきりと述べている。<br />「アメリカは物を造ることを止めてしまった。だからといって、それがアメリカには技術がないということを意味しているのではない。この技術と企業活動とがしっかりと結び付かない原因は、第二、第三のタイプの創造性が欠けているからである。つまり新しい技術でっくられた製品を企業化するところの創造性である。これがアメリカの大きな問題だと思う。そして今のところ、この分野がたまたま日本の強味になっている」　（前出海賊版より）<br />　だが盛田氏はアメリカのどこが間違っているかを洞察力鋭く書いているにもかかわらず、なぜCBSテレビの「シックステイ・ミニッツ」なるニュース番組で自分が叩かれる結果になったかを理解してはいない。同番組のl部を構成する二十分番組ではダイアン・ソーヤーが世界中に盛田氏を追いかけてインタビューをしており、それを通じて日本の政策を攻撃している。これが起こったのが十年前だったにもかかわらず、彼は自著「NOと言える日本」　の中で詳細を一っ一つ鮮明に思い起こしている。彼が触れなかったこと、おそらく知らなかったと思われることは、CBSのオーナーがローレンス・ティッシュだということだ,,,,,<br /><br />続きは、http://golgo3.com/jew.htm の中にあります。 ]]>
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<title>再び登場</title>
<description> 【日本は今も英米の東洋の番犬だが幕末に遡るロスチャイルド資本の餌付けの歴史の最新情報】※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※　亜空間通信が900号となるので、少しは歴史的な視野の広い記事をと念じていたら、幕末に遡るロスチャイルド資本の餌付けの歴史の最新情報が、電網上に出現していた。　本通信は、「萬晩通信員　園田　義明」の記事紹介である。最初に、彼の著書、1）『最新アメリカの政治地図』の書評を引き
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<![CDATA[ <br />【日本は今も英米の東洋の番犬だが幕末に遡るロスチャイルド資本の餌付けの歴史の最新情報】<br /><br />※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※<br /><br />　亜空間通信が900号となるので、少しは歴史的な視野の広い記事をと念じていたら、幕末に遡るロスチャイルド資本の餌付けの歴史の最新情報が、電網上に出現していた。<br />　本通信は、「萬晩通信員　園田　義明」の記事紹介である。最初に、彼の著書、1）『最新アメリカの政治地図』の書評を引き、その後に、その続編、2）『最新日本政財界地図』のロスチャイルド資本関係の最新情報を引く。<br /><br />1）------------------------------------------------------------<br />?最新アメリカの政治地図<br />?著者： 園田 義明? <br />?出版社：講談社?新書?(2004/04/21)<br />おすすめ度： 時代の本質を見抜く洞察力を持つ日本で数少ない戦略家が描く「現代版　世界秩序の構造」 <br />　9.11を皮切りに、多くの人々が探り始めた「世界秩序の構造」。それがこの一書によって、鮮明に描き出されている。まさに、必読の一書！小生が筆者を知ったのは、3年ほど前。そのころより、「この人の考えはいずれ世に出る」と読みました。最近の日本人の国際オンチは、昨今類を見ないレベルまで低下していますが、真の国際的ビジネスマン、21世紀のリーダーを目指す方は必ず読むべき書籍です。 <br />おすすめ度： 日本の戦略を考える上で、国際オンチではいられない。 <br />日本が、これから、より国際的になる（国際的という言葉もヌエみたいなもんだが…。）<br />時、リアリストの視点にたって、最新の米国・欧州の世界戦略と、権力相関図の底流にあるものを分析している本書は、長い期間、内外の発行物をウオッチしてきた著者の力量が感じられる。<br /><br />著者は、米国・ネオコン等の、新しい米国の政治力学の変動について、リアルタイムで、インターネットコラムを通じて日本に紹介、分析、警鐘を鳴らした人物でもある。<br />特に重要なのは、米国の荒っぽい戦略が、欧州や、他の諸国の対米戦略の変化となり、また、その反動が米国内に戻って行くことを指摘している点にあるだろう。<br /><br />これからの米国政権が、どんなものになるかで、世界の様相が左右されるまでになった。<br /><br />　日本では、すっかりイメージの悪くなった「回転ドア」の政権交代システム（ビジネス・エリートや、シンクタンクの人間が、政権・実業・政策集団と入れ替わる体勢）があるからこそ、米国内の権力闘争の本質を、知りたい人は押えて置きたい本書である。<br /><br />ビジネス・リアリストと、グローバル・ビジネス・リアリストの複雑なからみについて、これからも先鋭的な解析を期待したい。<br />日本の戦略を考える時、国際情勢（特に米欧中の動き）を抜きにしては、考えられない。 <br /><br />2）------------------------------------------------------------<br />http://www.yorozubp.com/0411/041117.htm<br />ビッグ・リンカー達の宴２－最新日本政財界地図(19)<br /><br />2004年11月17日（水） <br />萬晩通信員　園田　義明<br /><br />　■森有礼の英国留学<br /><br />　森有礼がスウェーデンボルグ主義の教団のカリスマ的指導者であったトーマス・レイク・ハリスに出会たのは英国留学中のことである。森は新渡戸稲造や内村鑑三と並んで日本におけるキリスト教の受容に大きな影響を残し、この人脈が後に新渡戸らの人脈と合流していくのである。<br /><br />　森の英国留学は薩英戦争（１８６３年）以後、開国の立場に転じた薩摩藩が密航の形で送り出したもので、１８６５年４月に森を含めた薩藩留学生１５人と五代友厚や寺島宗則ら４人の外交使節が海を渡った。海外渡航は当時国禁であったため、留学生らは藩からそれぞれ変名を与えられ、羽島浦（串木野郊外）から旅立つことになる。　<br />　<br />　留学生達を乗せた「オースタライエン号（オーストラリアン号）」はグラバー商会所有の船であった。そして、一行をロンドンで出迎えたのもジェイムズ・グラバーとグラバー商会のライル・ホームである。この二人は留学生達の教育プランの作成や生活面の支援など、広範囲に渡って世話をすることになる。ジェイムズ・グラバーはグラバー商会のトーマス・ブレイク・グラバーの兄にあたり、実質薩摩藩による英国派遣を支援したのはスコットランド生まれのトーマス・ブレイク・グラバー率いるグラバー商会であった。<br /><br />　１８６３年９月の生麦事件の報復として英国艦隊が鹿児島湾に侵入、そして薩英戦争が始まった時、五代友厚は寺島宗則とともに指揮していた蒸気船三隻を拿捕され、船を焼却された上、捕虜になっている。その失態を怒った同藩士から命を狙われるが、その時に五代をかくまったのがトーマス・ブレイク・グラバーであり、この時から五代とグラバーとの密接な関係が築かれ、この人脈から英国派遣が実現したのである。<br /><br />　グラバー商会は、資金の大部分をオランダ貿易会社とジャーディン・マセソン商会に依存していたが、薩摩留学生の学資もジャーディン・マセソン商会（香港）の信用状にもとづいて、マセソン商会（ロンドン）が薩摩藩の手形を割り引く形で前貸ししていた。従って、実質的な薩摩留学生の支援者はジャーディン・マセソン・グループであった。<br /><br />　留学生活の準備に追われている時に、ライル・ホームが３人の長州人に出会ったとの情報がもたらされ、１８６５年７月２日に薩長留学生達が英国の地で出会うことになる。<br /><br />　■英国で出会う薩長密航留学生<br /><br />　この３人とは野村弥吉（井上勝）、遠藤謹助、山尾庸三であり、１８６３年５月に同じく密航の形で日本を出発していた。当初は志道聞多（井上馨）、伊藤俊輔（博文）を含めた５名であったが、聞多と俊輔の２名は、実際に海外に出て攘夷の無謀を痛感し、タイムズ記事で長州と英米仏蘭との間で戦争が始まるとの情報が入ったことから、留学を放棄し１８６４年４月にロンドンを発ち、戦争を中止させるべく奔走していたのである。<br /><br />　英国では後に長州藩から密航した５人の若者を「長州ファイブ」と呼び、彼らもまた明治維新の原動力となった。<br /><br />　この長州留学生はジャーディン・マセソン商会（横浜、英一番館）のウィリアム・ケズウィックや英国領事ジェイムス・ガワーの協力を得て、ジャーディン商会所有のチェルスウィック号で上海に渡り、ロンドン行きの貨物船ペガサス号とホワイト・アッダー号に分乗しながらロンドンに到着している。<br /><br />　そして、英国留学中の世話役になったのは、ジャーディン・マセソン商会の創業者の一人であるジェームス・マセソンの甥にあたり、マセソン商会（ロンドン）の社長を長く務めたヒュー・マセソンであった。<br /><br />　このヒュー・マセソンの紹介で、長州留学生はロンドン大学ユニバーシティー・カレッジのアレキサンダー・ウィリアム・ウィリアムソン博士と出会う。ウィリアムソン博士は、ユニバーシティー・カレッジの化学教授を務めながら、英国学士院会員、ロンドン化学協会会長などの要職に就いており、偏見にとらわれない世界主義的見解の持ち主であった。また、思想的には、ジョン・Ｓ・ミルの功利主義やオーギュスト・コントの実証哲学の信奉者として知られていた。<br /><br />　長州留学生５人はウィリアムソン博士がいるユニバーシティー・カレッジに学びながら、揃ってイングランド銀行を見学するなど最先端の知識を吸収していった。<br /><br />　伊藤博文、井上馨のその後の名声は語るまでもないが、井上勝は初代鉄道局長官として日本の鉄道の発展に寄与し、山尾庸三は工部大臣として活躍、遠藤謹助は洋式の新貨幣を鋳造して現在の造幣局のもとをつくった。<br /><br />　薩長連合の成立は１８６６年１月、それより先の１８６５年７月に遙か彼方英国の地で後の日本を背負う薩長の若き密航留学生達が出会い、留学生サークルも誕生し、親密な交流が始まっていたのである。<br /><br />　■留学生を送り込んだ幕末・維新期のビッグ・リンカー<br /><br />　まず、薩長の留学生を密航させたグラバー商会とジャーディン・マセソン商会に関わる人物のビッグ・リンカーとしての側面を見ていきたい。<br /><br />　密航留学生などを通じて薩摩・長州両藩との人脈を築いたトーマス・ブレイク・グラバーは、欧米列強に対抗すべく軍備強化に乗り出していく幕末・維新期の日本にあって武器商人として華々しい活躍を成し遂げる。少し長くなるが、すでに両書とも入手困難になっているため、杉山伸也の『明治維新とイギリス商人』（岩波新書）や石井寛治の『近代日本とイギリス資本』（東京大学出版会）のグラバー商会とジャーディン・マセソン商会の艦船・武器の取引内容を紹介しておく。<br /><br />　幕府は１８６２年７月に外国艦船の購入を許可すると、幕府や各藩は競って契約に乗り出し、日本は格好の外国艦船マーケットとなった。こうした中でグラバーはジャーディン・マセソン商会から委託されて、鉄製蒸気スクリュー船カーセッジ号（１２万ドル）を幕府経由で佐賀藩に売却した１８６４年１０月を契機に本格的な艦船取引に乗り出していく。<br /><br />　艦船取引は利潤も大きく、このカーセッジ号についても販売価格１２万ドルに対して簿価は４万ドルとなっており、この取引だけでジャーディン・マセソン商会は５万８０００ドルの純益をあげている。<br /><br />　グラバーはこの艦船取引に際して下の三つの方法をとっている。 <br /><br />1.	グラバーが蒸気船や帆船を見込みで買いつけ、商会用にすでに運航させている船舶を売却する。 <br />2.	グラバーが、ジャーディン・マセソン商会やデント商会などの販売希望者、あるいは幕府や諸藩など購入希望者からの委託をうけて適当な購入先や船舶をさがし、仲介・斡旋の手数料をとって販売する。 <br />3.	幕府や諸藩からの依頼によって艦船の建造の仲介をする。 <br />　この中で特に（２）の場合、利潤はジャーディン・マセソン商会とグラバー商会の間で折半されることになっていたが、仲介者への手数料などの経費は予定価格に上乗せして販売されていた。<br /><br />　留学生達が英国で学んでいた頃、すなわち１８６４年から６８年の５年間にグラバーないしはグラバー商会の名前で販売された艦船は２４隻、価額にして１６８万ドルに及ぶ。これは、同時期に長崎で売却された艦船の約３０％、価額にして３６％にあたる。そして、この売却先は薩摩藩が最も多い６隻、ついで熊本藩の４隻、幕府、佐賀藩、そして長州藩の各３隻となっている。しかし、薩摩藩６隻の内のユニオン号（桜島丸、後に乙丑丸）は土佐藩士である上杉宗次郎（近藤長次郎）が仲介して長州藩が薩摩藩名義で購入した船であり、実際には薩摩藩５隻、長州４隻となる。<br /><br />　グラバーはこうした艦船の売却以外に、各藩の依頼によって英国での船舶建造も仲介していた。この建艦は、グラバーの長兄であるチャールズ、そして薩摩留学生達をロンドンで出迎えたジェイムズらがアバディーンで設立した船舶保険会社、グラバー・ブラザーズ社を通じて行われている。<br /><br />　最初に建造された艦船はサツマ号で１９６４年に建造されている。薩摩藩が発注したのは『薩摩海軍史』では１８６５年となっていることから、発注前に建造されていることになる。このサツマ号は不運にも日本への回航の途中に破船しているが、薩摩留学生が密かに旅立ったのが１８６５年４月だったことを考えれば、この建造費用の処理などをめぐる話し合いが五代友厚立ち会いのもとで密かに英国で行われていた可能性が高い。薩摩藩は留学生とともに英国に渡る五代に対して小銃、弾薬、紡績機械の買い付けに当たらせていたのである。<br /><br />　グラバー・ブラザーズ社が手掛けた日本向け建造船舶はサツマ号を含めて７隻あるが、この内の鳳翔丸と雲揚丸の二隻が長州藩発注となっている。<br /><br />　グラバーはこの艦船取引の他に、小銃や大砲などの武器や弾薬類のビジネスも手掛けており、１８６６年１月から７月と１８６７年に長崎で売りわたされた小銃の合計３万３８７５挺の３８％にあたる１万２８２５挺を扱っていた。<br /><br />　中でも有名なのが長州藩との取引である。幕末の長州藩は幕府の敵で、長崎では武器の購入ができない。そこで、１８６５年、土佐の坂本龍馬や中岡慎太郎らは薩長和解のために亀山社中を使って薩摩藩の名義でグラバーから武器を購入して長州藩に譲り渡す仲介をし、７月には長州藩は薩摩藩士になりすました英国留学組の伊藤博文と井上馨を長崎に派遣した。この時の取引でミニェー銃４３００挺、ゲベール銃３０００挺を９万２４００両で購入した。<br /><br />　この亀山社中が斡旋した艦船取引もある。土佐藩士である上杉宗次郎（近藤長次郎）が仲介して薩摩藩名義で購入したユニオン号がこれにあたる。しかし、この仲介は表面化し、上杉宗次郎は盟約違反を同志らに問われ切腹する。長州から得た謝礼金をもとに英国留学に旅立つ目前であった。<br /><br />　また、グラバーは幕府から薩英戦争で鹿児島の街を焼き尽くす最新式のアームストロング砲３５門、砲弾７００トン、総額１８万３８４７ドルにものぼる大量の注文を受けていた。一部は１８６７年に長崎に到着していたものの、幕府は瓦解寸前で、新政府側に同砲は渡った。仮に幕府が入手していたら、戊辰の戦いだけでなく、その後の国の行方さえ違っていたかも知れない。<br /><br />　興味深いのは、薩英戦争前に、薩摩藩はこれから戦おうとする英国からアームストロング砲１００門をグラバー商会に注文していたことも記録に残っている。しかし、この話を耳にした外務大臣ラッセルが１８６３年２月２０日に販売を禁じる指示を出していた。従って、グラバーの日本での活動はジャーディン・マセソン商会を通じて英国政府に伝えられていたことは間違いない。<br /><br />　■マセソン・ボーイズとロスチャイルド家<br /><br />『多くの冒険の末に、３人（５人の誤り―引用者＝駒込武注）はロンドンに着いた。そこで、彼らは、コモン・センスを備えたキリスト教的人物の世話になるという幸運に恵まれた。その人は、彼らの逃亡を援助した会社のメンバーであった。ヒュー・マセソンである。今日の日本は、ヒュー・マセソンの相談と世話に少なからぬものを負っている。「はい、私はマセソン・ボーイズの一人でした」。先日、日本の首相は私に語ってくれた。「私は多くのものを彼に負っています。」』<br /><br />　上は京都大学の駒込武の『「文明」の秩序とミッション―イングランド長老教会と１９世紀のブリテン・中国・日本―』（『地域史の可能性―地域・世界・日本―』山川出版社）からの引用であり、日清講和条約締結の準備が進められていたさなかの１８９５年３月４日の『ウエストミンスター・ガゼット』に掲載された伊藤博文首相へのインタビュー記事である。<br /><br />　駒込によれば、この記事の中で伊藤は、交渉相手である中国政府の非文明的な性格、たとえば責任の所在の曖昧さについて不平を漏らすとともに、李鴻章は「私の西洋に対するすべての知識と、私が日本で行ってきたすべての改革について知識を得たがっていた」と誇らしげに語っている。<br /><br />　また駒込は英国に密航した５人の長州留学生を『いち早く西洋近代文明への「改宗者」になった』と評し、彼らもまた『自分たちの社会の劣等者を今や彼らが「文明」とみなすものに向けて改宗させるための、もっとも熱心な宣教者となる』と書いている。<br /><br />　続けて、当時の覇者英国は、キリスト教的な使命感も手伝って、自国を「文明化の使命」と位置付け、『「文明」の担い手にふさわしい人々と、その対極にある「非文明的」な人々を序列化しながら、多元的な「中心―周縁」構造を生み出していった。「中心」は「周縁」の人々を魅きつけ、「周縁」から「中心」への旅を生み出すことになる。』とし、『近代日本は、そこからキリスト教をとり除き、天皇制という疑似宗教を忍び込ませるという作業を密かに行いながら、「文明化の使命」という点ではブリテンを模倣しようとした。』と結んでいる。<br /><br />　グラバー家は英国国教会に近いスコットランド聖公会に属し、トーマス・ブレイク・グラバーもフレイザーバラにある聖公会系のセント・ピーターズ・エピスコパル教会で洗礼を受けている。<br /><br />　そして、英国留学生の世話役になっていたヒュー・マセソンは、イングランド長老教会の海外宣教委員会の委員長を１８６７年から１８９８年までの３０年以上の長きにわたって努め、宣教師の人選、現地の活動状況に応じた資金の配分などに大きな権限を持っていた。つまり、ビジネスマンと宗教家のふたつの顔を持っていたことになる。そして、スコットランドの「ケルト辺境（Celtic fringe）」の出身者としてのケルト民族であったことにも注目しておきたい。<br /><br />　駒込の「中心―周縁」構造を借りれば、イングランド出身の英国国教会徒が当時の英国の「中心」に位置している中にあって、その「周縁」にいたスコットランド系のヒュー・マセソンとグラバーは、英国の「中心」へと駆け上がる野心から、日本を「自らの周縁」にするために「周縁」としての薩長と手を組みながら「中心」である幕府を崩壊させたことになる。<br /><br />　グラバーは、明治維新の成功が長崎貿易の縮小をもたらし経営が悪化、倒産に至る。しかし、高島炭坑の支配人、三菱が高島炭坑を買い取ってからの渉外担当顧問として、岩崎彌太郎、彌之助、久彌に仕え、キリンビールの基になったジャパン・ブルワリー・カンパニーの経営にも携わりながら、１９１１年１２月１６日、「周縁」の地の歴史に名を刻みながら麻布富士見町の自邸で息を引き取った。<br /><br />　多数のグラバー関連文書が見落としてきた重要な事実をここで指摘していきたい。グラバーとは対照的にヒュー・マセソンは英国の「中心」を率いるエスタブリッシュメントとして、１８７３年３月に鉱山採石最大手と知られるリオ・ティント（リオ・ティント・ジンク、ＲＴＺ）を設立し、１８９８年まで会長を務めた。設立に関わった金融業者、事業家による国際コンソーシアムの中にはロスチャイルド家の名前もあった。さらにロスチャイルド家は１８８７年から８９年にかけてリオ・チィントの大株主となり、経営に大きな発言力を持つようになる。<br /><br />　左手のアヘンを兵器に持ち替え、「左手に兵器、右手に聖書」となったグラバー商会やジャーディン・マセソン商会は、密航という手段を用いてまで、「周縁」の若き担い手達を留学生として「中心」に招き入れることで、人的交流を深めながら「周縁」との関係を強化しつつビジネスにつなげていった。<br /><br />　この手法は、ヒュー・マセソンやロスチャイルド家によって英国の「中心」に取り込まれ、ハード・パワー一辺倒の戦略から「ソフト・パワーを組み入れたハード・パワー戦略」へと転換させていくのである。<br /><br />　■ソフト・パワーの「永遠の輝き」<br /><br />　英国の「ソフト・パワーを組み入れたハード・パワー戦略」を最も象徴するのが、ローズ奨学生制度である。<br /><br />　ローズ奨学生制度は、英植民地政治家として知られたセシル・ローズがロスチャイルド家の支援を受けて南アフリカで１８８８年に興した世界最大のダイヤモンド生産・販売会社であるデ・ビアスなどの財産をもとに１９０３年に創設された。<br /><br />　大英帝国繁栄のシンボルであったビクトリア女王の死去（１９０１年）、そしてボーア戦争（１８９９－１９０２年）では予想外の苦戦を強いられ、国際的な正統性を失い孤立を深めていく。エドワード・ギボンの『ローマ帝国衰亡史』を引き合いに大英帝国の衰退と没落が語られ、自信喪失感が漂い始める。彼らの目には１９０４年から翌年にかけての日露戦争で勝利した日本人が、愛国心に富み、ロシアに対し一丸となって戦うモラル高き民族に見えた。<br /><br />　ハード・パワーの限界に直面した英国にあって、ソフト・パワー強化のためにローズ奨学生制度が生まれ、１９０７年には日本の武士道に影響を受けてボーイスカウト運動が始められる。ボーイスカウト運動を提起したベーデンーパウエル卿もセシル・ローズの土地を意味するローデシアや南アフリカで前線部隊総司令官などを務めており、初期段階の次世代の兵士を育てるための青少年への軍事訓練としてのボーイスカウト運動は瞬く間に世界へと拡がっていく。<br /><br />　およそ１００年を経て、新たな「中心」となっているにも関わらず、英国の影響を強く受けたローズ奨学生政権が誕生した。クリントン前大統領を筆頭にウールジーＣＩＡ長官、タルボット国務副長官、ステファノポロス大統領補佐官、ライシュ労働長官など、いずれもローズ奨学生だったのである。<br /><br />　このローズ奨学生政権を僅差で破って誕生したブッシュ政権は、再選をかけた戦いを聖戦と位置付け、両政党にまたがる国際派エリートを自負する東部エスタブリッシュメントを見事なまでに叩きのめし、名実ともに「周縁」が「中心」へと躍進した。<br /><br />　軍産インナー・サークルとキリスト教右派・ユダヤ教右派連合に支えられたはブッシュ政権は、「左手に兵器、右手に聖書」の強力な陣営を率いて、現代版十字軍遠征に進軍していくのである。<br /><br />　ローズ奨学生であったミスター・ソフト・パワーことジョセフ・ナイは、ハード・パワーを過信するブッシュ政権に警告を発し、巷ではボーア戦争とイラク戦争を重ね合わせながら、今再びギボンの『ローマ帝国衰亡史』が注目を集め始めている。<br /><br />　若きクリントンにローズ奨学生になることを勧めたのは、自らもローズ奨学生として英オックスフォード大学に学んだＪ・ウィリアム・フルブライトである。このフルブライトが上院議員時代に広島、長崎への原爆投下にショックを受け、「世界の平和を達成するためには人物の交流が最も有効である。」との願いから１９４６年に創設したのがフルブライト交流計画である。<br /><br />　このフルブライトの奨学金でこれまでに米国に留学したフルブライターと呼ばれる日本人同窓生は約５９００名にのぼり、官界、法曹界、金融界、財界、学界、ジャーナリズム、芸術分野で戦後の日本を支え、数多くのビッグ・リンカーを生み出す国際派エリート人脈を作り上げている。しかし、本来リベラルであるはずの彼らは、フルブライトの平和への願い虚しく、イラク戦争をも受け入れた。<br /><br />　１００年後のモラル高き民族は、西洋近代文明の改宗者から熱心な宣教者へと見事に変貌を遂げ、ハリウッドから届けられたスクリーンの中だけの「ラスト・サムライ」を呆然と眺めていた。<br /><br />　そして、米国と並ぶ世界的なダイヤモンドジュエリー市場となり、給料３カ月分神話に支えられて今なお「永遠の輝き」で人々を魅きつけている。<br /><br />　これが「ソフト・パワーを組み入れたハード・パワー戦略」の威力である。<br /><br />　▼参考引用<br />・駒込武『「文明」の秩序とミッション―イングランド長老教会と１９世紀のブリテン・中国・日本―』<br />　http://www.educ.kyoto-u.ac.jp/~koma/mission.html<br />・1873 The Rothschilds become shareholders in Rio Tinto<br />http://www.rothschild.info/history/popup.asp?doc=articles/pophist2_1873<br />・1887 The Rothschilds finance the establishment of De Beers<br />http://www.rothschild.info/history/popup.asp?doc=articles/pophist2_1887<br /><br />　　園田さんにメール　mailto:yoshigarden@mx4.ttcn.ne.jp<br /><br /> ]]>
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<title>台湾が憲法改正なら…中国、軍事力行使も　米専門家が見通し</title>
<description> 　　【ワシントン＝古森義久】中国は人民解放軍の戦力を着実に強化し、とくに台湾攻略の能力を高めており、２００６年に台湾側が憲法の改正を始めれば、軍事力行使に踏み切る可能性が高いという見通しがブッシュ政権の中国軍事問題担当だった専門家らから１１月３０日、明らかにされた。中国の共産党中央軍事委員会の主席が代わっても台湾への軍事力行使の基本方針は変わらないという。　米陸軍大学や研究所ＡＥＩが共催で開いた「
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<![CDATA[ <br />　<http://www.sankei.co.jp/news/041202/kok031.htm><br /><br />　【ワシントン＝古森義久】中国は人民解放軍の戦力を着実に強化し、とくに<br />台湾攻略の能力を高めており、２００６年に台湾側が憲法の改正を始めれば、<br />軍事力行使に踏み切る可能性が高いという見通しがブッシュ政権の中国軍事問<br />題担当だった専門家らから１１月３０日、明らかにされた。中国の共産党中央<br />軍事委員会の主席が代わっても台湾への軍事力行使の基本方針は変わらないと<br />いう。<br /><br />　米陸軍大学や研究所ＡＥＩが共催で開いた「中国軍の将来」というセミナー<br />で、ブッシュ政権の国防総省中国部長を１１月まで務めたダニエル・ブルーメ<br />ンソール氏は「党中央軍事委員会の主席が江沢民氏から胡錦濤氏に代わっても<br />台湾を軍事力で攻略する基本戦略は変わらない」と述べ、中国が軍事力行使に<br />踏み切る危険は０６年の台湾憲法の改正の際に高まるだろうと警告した。同氏<br />はこのタイミングについて、台湾の陳水扁総統が同年に台湾の憲法改正に取り<br />組む方針を発表し、中国からみて憲法改正は独立の間接的な宣言に等しくなり、<br />軍事手段への依存が一気に強くなるだろう、と説明した。<br /><br />　同セミナーでは、中国軍の戦略研究の専門家として知られるジェームズ・マ<br />ルベノン氏（情報調査分析センター次長）も、「台湾の憲法改正は中国にとっ<br />て事実上、独立を宣言されたに等しく、０６年に台湾海峡での中国軍の軍事行<br />動開始の危機が高くなる」という予測を明らかにした。<br /><br />　中国軍の台湾攻略作戦についてブルーメンソール氏は（１）党中央軍事委で<br />は江沢民氏の「台湾への武力行使を放棄しない」という基本方針はコンセンサ<br />スとして揺らいでおらず、胡錦濤氏もその路線を一貫して引き継いでいる（２）<br />中国の対台湾政策の前提では台湾側が平和裏に中国と統一されることを望んで<br />おらず、残された方途は中国の軍事力行使となる（３）中国は米国が軍事介入<br />できないうちに台湾を降伏させる電撃作戦を考えており、爆撃用航空機、弾道・<br />巡航両ミサイルによる攻撃、潜水艦と駆逐艦による海上封鎖、電子戦争などを<br />断行する（４）米軍の介入を防ぐには米艦艇への抑止的な攻撃のほか、日本国<br />内の米軍基地へのミサイル攻撃能力を高めておく－ことなどを指摘した。<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　(12/02 09:53)<br /><br /><br /><br /><br /> ]]>
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<title>ふむふむ</title>
<description> ラスト・リゾートをめぐるふたつの戦いhttp://www.yorozubp.com/0412/041201.htm2004年12月01日（水）萬晩報通信員　園田　義明　■巻き起こる「北朝鮮・レジーム・チェンジ」論　情報通信社インター・プレス・サービス（ＩＰＳ）やアジア・タイムズ・オンラインなどで活躍し、日本メディアの隠れたネタ元として知る人ぞ知る存在となってきたジム・ローブが１１月２３日に「タカ派は北朝鮮でのレジーム・チェンジ（体制変更）を押し
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<![CDATA[ ラスト・リゾートをめぐるふたつの戦い<br />http://www.yorozubp.com/0412/041201.htm<br /><br />2004年12月01日（水）<br />萬晩報通信員　園田　義明<br />　■巻き起こる「北朝鮮・レジーム・チェンジ」論<br /><br />　情報通信社インター・プレス・サービス（ＩＰＳ）やアジア・タイムズ・オンラインなどで活躍し、日本メディアの隠れたネタ元として知る人ぞ知る存在となってきたジム・ローブが１１月２３日に「タカ派は北朝鮮でのレジーム・チェンジ（体制変更）を押し進める」と題するコラムを掲載し、アジア各国で大きな話題となっている。<br />　この中でローブは、ウィークリー・スタンダード誌の編集長としてネオコンの代表格を務めるウィリアム・クリストルが「北朝鮮のレジーム・チェンジに向けて」とする声明をオピニオン・リーダー向けに配布したことを明らかにしている。<br />　クリストルはニコラス・エバースタット・アメリカン・エンタープライズ公共政策研究所（ＡＥＩ）客員研究員のウィークリー・スタンダード誌掲載の論文を引用しながら、ブッシュ政権二期目の最優先事項の一つは北朝鮮問題であると明言している。<br />　エバースタット論文は「専制政権を崩壊させよ」とする刺激的なタイトルから始まり、北朝鮮問題に対する米国のアプローチは明らかに欠陥があると指摘した上で、非外交的手段なオプションの必要性を説いている。これまでのエバースタット発言から、この気になるオプションには経済制裁、そして軍事攻撃までもが含まれていると考えられる。<br />　論文に先立って１１月９日に行われたＡＥＩの「第二期ブッシュ政権の外交政策」をテーマとするセミナーに出席したエバースタットは、この非外交的手段なオプションが外交的手段による解決の可能性をも高めるとしながらも、「北朝鮮への軍事攻撃での核開発阻止という最終の方法は犠牲やコストの巨大さのために不可能と断じる向きがあるが、決して考えられないということではない」と述べている。<br /><br />　■日米ネオコンの狂宴<br /><br />　ここで気になる日付について整理しておきたい。<br />　クリストルの「北朝鮮のレジーム・チェンジに向けて」が「新しいアメリカの世紀のためのプロジェクト（ＰＮＡＣ）」のウェブ・サイトで公表された日付は１１月２２日である。<br />　エバースタット論文「専制政権を崩壊させよ」はウィークリー・スタンダード誌の１１月２９日号に掲載されているが、ウェブ・サイトに掲載された日付は１１月１９日である。<br />　そして、ＰＮＡＣ公表に合わせるかのようにフジテレビの「報道２００１」に出演し、全く同じ主旨の発言を行った政治家がいる。この発言内容は次の通りである。<br />「多くの人が命がけで国から逃げようとしている状況で、金正日政権が今後も存続していくことができるのか。この政権と交渉して果たして結果を出すことができるのか、最近疑問を感じている。レジーム・チェンジの可能性も選択肢に入れたシミュレーションを今からはじめておく必要がある」（産経新聞朝刊より）<br />　この発言の主は自民党の安倍晋三幹事長代理である。そして、この「報道２００１」は１１月２１日に放送された。<br />　このネオコンと安倍晋三をパイプ役となっているのが産経新聞の古森義久であり、古森は１１月９日のＡＥＩのセミナーに関する記事を１１月１１日付け産経新聞で掲載している。<br />　この日付の関係から、すでに安倍晋三は古森義久を通じて完全に米国のネオコンと一体化していることがわかる。<br />　安倍晋三が今年４月２９日（日本時間３０日）、ＡＥＩで講演し、ネオコンの首領としてキリスト教右派とユダヤ系米国人を結びつけ、ウィリアム・クリストルの父でもあるアーヴィング・クリストルに対して深い尊敬の念を表したことはすでに拙稿『ふたつのアメリカ／ 「ムーア vs ミッキー」とＢＣＣＩスキャンダル』で取り上げた。　<br />　エバースタットは今や韓国が逃亡した同盟国とした上で、韓国国民と直接話し合いながら、窮極的には同盟を回復させるための韓国内の政治集団を建設、育成しなければならないと力説しており、現在の米国にとって頼もしい存在としての韓国版安倍晋三を待ち望んでいるようである。<br /><br />　■エバースタット家と偏狭なラスト・リゾート<br /><br />　「政界のプリンス」こと安倍晋三は、安倍晋太郎元外相の二男で、自宅をデモ隊に取り巻かれながら日米安保条約改定を強行し、憲法改正に執念を燃やした岸信介元首相の孫に当たる。<br />　一方のニコラス・エバースタットは作家兼写真家の父フレデリックと母イザベルの間に生まれた。フレデリックの父、つまりニコラスの祖父はフェルディナンド・エバースタットである。<br />　このフェルディナンド・エバースタットこそが戦中戦後における軍産インナー・サークルの中心人物であった。<br />　フェルディナンドは名門投資銀行ディロン・リードなどを経て、第二次世界大戦中には戦時生産局副長官（計画担当）として原爆開発に関わり、終戦直後の１９４５年９月にはエバースタット・レポートを作成、戦争の規模や頻度の異常な増大と原爆に象徴される科学技術の進歩によって米国は厳しい挑戦にさらされており、これを回避するために戦争動員の迅速化と兵器開発の中枢としての国防総省、国家安全保障会議（ＮＳＣ）、中央情報局（ＣＩＡ）の創設を提案した。つまり、フェルディナンドこそがこの三機関の生みの親なのである。<br />　このフェルディナンドは母校であるプリンストン大学の名門クラブとして知られるコテージ・クラブを中心に名門大学出身者を「グッド・マン・リスト」として結集させた。この中には初代国防長官となるジェームズ・フォレスタル、ユダヤ系財界代表バーナード・バルーク、"エレクトリック・チャーリー"ことチャールズ・Ｅ・ウィルソン、ルシアス・グレイ、クラレンス・ディロン、ウィリアム・ドノヴァン、ジョン・Ｆ・ダレス、アレン・ダレス、Ｗ・アヴレル・ハリマン、ハーバート・フーヴァー、デイヴィッド・リリエンソール、ウォルター・リップマン、ジョン・Ｊ・マクロイ、ロバート・パターソン、ロバート・ロヴェットなど、当時の政財界を代表する人物が名を連ね、以後国防総省と産業界と一体化させながら冷戦時代を見事に演出していった。<br />　そして、その孫がネオコンを装いながら南北朝鮮問題の専門家として急浮上してきた今、歴史がその祖父の時代へと逆戻りし始める。ラスト・リゾートにかける彼らの想いが伝わってくるようだ。<br /><br />　■バック・パッシング合戦の行方<br /><br />　彼らにとって既に内部崩壊の兆候が見え始めた北朝鮮は緊張を煽るための道具でしかない。北朝鮮問題を契機に北東アジア一帯の緊張を高めることで巨大な兵器庫を作り上げることが狙いである。<br />　しかも、ネオコンが何と言おうが背後にいる彼らは北東アジアの地では脅しだけで最後まで自ら手を下すことはない。他国に対峙させ、場合によっては打ち負かす仕事をやらせる戦略を採る。そして、息の根を止める最後の一撃の瞬間に彼らは現れる。これが戦略としての「バック・パッシング（buck-passing＝責任転嫁）」である。<br />　この「バック・パッシング」は米国のみならずＥＵも採用するに違いない。北東アジアにおける米国にとっての他国とは日本であり、米国に対抗するＥＵにとっての他国とは中国である。過去の事例から考えれば、すでに米国とＥＵは日中を中心とする巨大兵器マーケットの創出に向けて手を組んでいると見ていい。<br />　米・欧にまたがる軍産インナー・サークルが紳士を気取りながら仲良くラスト・リゾートとしての北東アジアにすでに群がり始めている。米軍の変革・再編（トランスフォーメーション）に伴い、陸軍第一軍団司令部のキャンプ座間（神奈川県）への移転や横田の第五空軍司令部の第十三空軍司令部（グアム）への移転・統合などが日本に打診され、まもなくＥＵの中国に対する武器禁輸措置も解除される。<br /><br />　■もうひとつのラスト・リゾート<br /><br />　北朝鮮拉致問題と並んで小泉首相の靖国参拝問題が急浮上してきた。靖国が教科書問題ともに中韓両国によって「歴史カード」に使われるのは対外政策の未熟さの表れに過ぎない。また中韓両国が恐れるのは小泉首相に国家神道の亡霊を見ているからだろう。<br />　この靖国参拝問題や「飛んで火に入る夏の虫」としての中国原潜領海侵犯事件を表面化させることで、日本政府は新たな「防衛計画の大綱」案に中国の安全保障上の「脅威」を盛り込ませることに成功し、事実上の日中冷戦時代の幕開けとなった。<br />　同時にミサイル防衛（ＭＤ）システムのおこぼれを回収するための武器輸出三原則の見直しが進められ、憲法改正によって名実共に米国の身代わりとして進み出ていくことになる。そして、米国は最後の仕上げとして米国か中国かの踏み絵を迫り、この時初めて日本人はことの重大さに気付くのである。<br />　米国生まれの憲法九条を盾に米国に依存しながらのらりくらりとかわしていく日本流「バック・パッシング」戦略も老朽化で役に立たず、ひ弱な反戦平和運動はなすすべもなく立ちすくみ、北東アジア構想などは無残にも引き裂かれ、もはや八方塞がりの中で最新兵器に取り囲まれた緊張感溢れる素敵な生活が目前に迫っている。<br />　無駄だと思うが、まもなく訪れる中国経済のバブル崩壊後を狙って、米国のネオコンとキリスト教右派から成る「左手に兵器、右手に聖書」連合の反共思想を刺激し、日本の身代わりとして中国にぶつけるシナリオは今から用意しておくべきだろう。安倍晋三や古森義久、そしてこの二人を支持する方々も、信じるものに従って米国へと旅立ち、「左手に兵器、右手に聖書」連合の旗の下で共に戦えばいい。<br />　日本に残る人々にはもうひとつの戦いが待っている。伝道者としての宮崎駿がアニメを通じて世界に広めた神道や縄文の思想が、今再び偏狭な小泉国家神道によって壊されようとしている。根源としてのラスト・リゾートになりえるこの「太古からの宝物」を救い出し、宗教・民族を越えて存在する内なる神道を呼び起こしながら、共生への道を切り拓かなければならない。<br />　１２月１日現在の「miyazaki hayao shinto」の検索結果はYahoo!で５７３件、Googleで１６５０件ある。<br /><br /><br />□引用・参考<br /><br />Hawks push regime change in N Korea<br />By Jim Lobe<br />http://www.atimes.com/atimes/Korea/FK24Dg01.html<br /><br />「米ネオコン、金総書記追放をブッシュ大統領に圧力」<br />http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2004/<br />11/23/20041123000075.html<br /><br />November 22, 2004<br />MEMORANDUM TO: OPINION LEADERS<br />FROM: WILLIAM KRISTOL<br />SUBJECT: Toward Regime Change in North Korea<br />http://www.newamericancentury.org/northkorea-20041122.htm<br /><br />Tear Down This Tyranny<br />From the November 29, 2004 issue: A Korea strategy for Bush's second term.<br />by Nicholas Eberstadt<br />11/29/2004, Volume 010, Issue 11<br />http://www.weeklystandard.com/Utilities/printer_preview.asp?idArticle=4951&R=A0A32EEE8<br /><br />「防衛計画の大綱」案概要　新たに中国の脅威追加　政府、与党ＰＴに提示<br />http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041126-00000006-san-pol<br /><br />▼古森義久記事<br />第２期ブッシュ政権の北核問題対応　非外交的手段に移行も　朝鮮情勢専門家<br />http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041111-00000010-san-int<br /><br />中国の人権改善なし　法律武器に宗教弾圧　米政府と議会の年次報告書<br />http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041006-00000009-san-int<br /><br />▼神道国際学会<br />http://www.shinto.org/top.htm<br /><br />神道と自然の聖なる次元<br />ケンブリッジ大学東洋学部　カーメン・ブラッカー博士<br />http://www.shinto.org/drcarmen.htm<br /> ]]>
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<title>木村愛二</title>
<description> 木村愛二    産経新聞ワシントン支局長、古森義久はもともとシオニストの手先萬晩報によると、「安倍晋三は古森義久を通じて完全に米国のネオコンと一体化している」そうであるが、私は、この怪しげな元毎日新聞記者とは、すでに2度、遭遇している。簡単な電網検索で、以下が出てきた。http://www.jca.apc.org/~altmedka/glo-21-1.html連載：シオニスト『ガス室』謀略周辺事態(その21-1)SWC-Blackmailに屈した小学館『週刊ポスト』
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<![CDATA[ 木村愛二    <br /><br />産経新聞ワシントン支局長、古森義久はもともとシオニストの手先<br /><br />萬晩報によると、「安倍晋三は古森義久を通じて完全に米国のネオコンと一体化している」そうであるが、私は、この怪しげな元毎日新聞記者とは、すでに2度、遭遇している。簡単な電網検索で、以下が出てきた。<br /><br />http://www.jca.apc.org/~altmedka/glo-21-1.html<br />連載：シオニスト『ガス室』謀略周辺事態<br />(その21-1)SWC-Blackmailに屈した小学館『週刊ポスト』1.<br /><br />前半<br /><br />　ユーゴ戦争で本連載を中断し、途中で飛び飛びに2回、同時進行状況を記し、再び長らく休眠していた間に、様々な関連事件が起きた。『ガス室』そのものに戻る前に、それらの「周辺事態」を概観する必要があるだろう。<br /><br />『噂の真相』(1999.12)は、冒頭の「うわさの真相」欄の、そのまた冒頭に「『週刊ポスト』にユダヤ団体が抗議中で大危機」を組んだ。人気抜群の頁左余白「1行太字情報」の末尾には、「創価学会仕掛け説」とある。<br /><br />『創』（同）は、「あの『マルコポーロ』事件を思い出した人も…／今度は『週刊ポスト』へユダヤ人団体の猛抗議」を特集した。両誌ともに、編集長とは古い仲で、『マルコポーロ』事件の際にも、それぞれ、私に好意的な記事を載せてくれた。<br /><br />　今度は早速、『創』の篠田編集長から電話がきたので、拙著『アウシュヴィッツの争点」の該当箇所を教えた。その要約が、上記の特集に載っている。以下、関係箇所の主要部分を紹介する。それでも、いささか長文になるので、定額料金制になっていない後進地帯の読者は、まとめて取り込んでから読まれたい。ああ、無料！、ああ、感無量！<br /><br />………………………………………………………………………………………… <br /><br />『アウシュヴィッツの争点』<br />(1995.6.26, リベルタ出版, p. 293-309) <br /><br />「イスラエル大使館サイドの反論」の背後にいたアメリカ大使<br /><br /><br /><br />　日本国内を見わたすと、すでに本書の準備中、隔週誌の『サピオ』(94.7.14)に異様な記事があらわれていた。<br /><br />「本誌記事に対するイスラエル大使館サイドの反論／『「クリントン失脚の日」(4月14日号）ほかサピオ記事のおぞましき″反ユダヤ的暗示″について」と題するものである。執筆者のマイク・ジェイコブスの肩書きは、「『ロンドン・ジューイッシュクロニクル』『エルサレム・ポスト』特派員」になっている。<br /><br />　ジェイコブスの批判は、つぎのような部分に要約されている。<br /><br />「サピオの4月14日付記事は、日本と海外社会で憤激を買った。アメリカのモンデール大使の言葉に、それが端的に表明されている。著者の藤井昇氏は、ユダヤ人がアメリカ政府の高級職から排除されたので、シオニスト達がクリントン大統領にメディア・ウォーを仕掛けているとして、シオニストを非難した。その記事に対して、大使は『異様なうえ、途方もない間違いである。反ユダヤ的暗示がまことにおぞましい。』と批判したのであった」<br /><br />　ところで、この記事より10年前にアメリカ大統領選挙になのりをあげていた「モンデール」について、「著者の藤井昇氏」は『世界経済大予言』のなかでこう書いていた。<br /><br />「これは、その場に居合わせた私たちの友人に聞いた話ですが、モンデール氏は、毎日4時になると、かならずユダヤ人のある超大物弁護士のところへ電話を入れるそうです。中東問題でシオニスト・ロビーに嫌われないようにするにはどうすればいいかを相談するそうです。（中略）彼のスピーチ・ライターは全部、ユダヤ人です。（中略）モンデール氏の取り巻きの経済政策面の一人は、ロバート・ライシュ（ユダヤ人）です」<br /><br />　藤井昇は、アメリカのハーバード大学国際問題研究所員をへて、シンク・タンク、ケンブリッジ・フォーキャスト・グループの代表をしている。現地耳情報の強みをいかして、日米関係の政治経済予測記事を書きつづける異色のジャーナリストだ。<br /><br />『サピオ』は、反論記事をのせた経過について、「イスラエル大使館より本誌編集部に対し抗議がありました。（中略）イスラエルとの話し合いの結果、大使館側の推すジャーナリスト、マイク・ジェイコブス氏に反論の執筆を依頼しました」としるしている。<br /><br />　イスラエル大使館は、わたしが30年近く在籍した日本テレビ放送網株式会社の社屋の窓から見える位置にある。<br /><br />　パレスチナ関係の運動が襲撃の対象にするという噂がたえず、いつも警察官が見張っていたので、その建物の存在は、否応なしに目についた。しかし、普通の中流どころの住宅並みの規模だから、何人ものメディア監視スタッフがいるとは思えない。隔週誌の『サピオ』まで監視する余力があるはずはない。これはきっと「アメリカのモンデール大使の言葉」の方が先行していたにちがいないと直感した。アメリカ大使館は、かなり前から日本のメディアの報道を系統的に監視し、ときには直接の干渉までしてきたのだ。<br /><br />　関係者にあたってみると、案の定、そんな感じの返事がもどってきた。<br /><br /><br />アメリカのマスコミへのユダヤ（シオニスト）勢力の強い影響<br /><br />　ジェイコブスの反論の内容は、いたっておそまつである。つぎの部分などは、モンデール大使の言葉を借用すれば、「途方もない間違い」である。<br /><br />「『アメリカのマスコミが、ユダヤ（シオニスト）勢力に強く影響されていることは周知の通り』とする主旨は、著者の意図的な或は無知に起因するミスリード例である」<br /><br />「アメリカのマスコミ」、または国際的大手メディアにたいする「ユダヤ（シオニスト）勢力」の支配については、すでにわたし自身も、拙著『湾岸報道に偽りあり』と『電波メディアの神話』のなかで若干紹介したところである。出典の資料は数おおいが、『尻尾が犬を振り回す』の著者、グレース・ハルセルなどは、ジョンソン元大統領のスピーチ・ライターを3年間つとめたこともあるホワイト・ハウス通の著名なジャーナリストである。ジェイコブスは、自分のセリフに自信があるのなら、まず最初に、ハルセルなどのアメリカの著名なジャーナリストたちに訂正をもとめるべきだろう。<br /><br />　一応、主要な事実の指摘だけをあげておこう。<br /><br />『ニューヨーク・タイムズ』の社主、ザルツバーガーはユダヤ人で、幹部の大半もユダヤ人だ。『ワシントン・ポスト』の創立者、故ユージーン・メイヤーもユダヤ人だったし、現会長のキャサリン・グレアムはかれの娘で、幹部でユダヤ人でないのはたった一人だけだ。日本なら日本経済新聞にあたる『ウォール・ストリート・ジャーナル』の場合、オーナー会長兼社長、ウォーレン・Ｈ・フィリップスなどは「親イスラエル」の姿勢を明確にしめすユダヤ人で、湾岸戦争のさいにはもっとも強硬な主戦論をはった。かかげた目標は「バグダッド占領、マッカーサー方式の占領行政実施」だった。<br /><br />　電波メディアの場合はもっと明確だ。ラディオ時代にＲＣＡ（ラディオ・コーポレーション・オブ・アメリカ）を創立し、ＮＢＣネットワークをきずいたデイヴィッド・サーノフは、ロシアから移民の子としてわたってきたユダヤ人だ。ＡＢＣ創立の中心となったレナード・ゴールドスタインも、ＣＢＳ創立の中心となったウィリアム・Ｓ・ペイリーも、ともにユダヤ人だ。<br /><br />　ただし1986年には、3大ネットワークのすべてが新経営者にのっとられた。ＣＢＳの新経営者、ラリー・ティッシュはイスラエル支持のユダヤ人だったが、ＮＢＣを親会社ごと買収したＧＥの会長、ジャック・ウェルチと、ＡＢＣを買収して傘下にくわえたメディア会社、キャピタル・シティズの会長、トム・マーフィーの両者は、ユダヤ人ではない。3大ネットワークを追いこす勢いのＣＮＮを一部門とするターナー放送システムのオーナー会長、テッド・ターナーも、やはりユダヤ人ではない。だから、電波メディアについては、ＷＡＳＰ（ホワイト・アングロ＝サクソン・プロテスタント）のまきかえしという解釈が成立するのかもしれない。しかし、どのメディア系列にもユダヤ人の有力スタッフがおおいのは「周知の通り」である。<br /><br />「イスラエル大使館サイド」のジェイコブスの文章の図々しさには、『サピオ』編集部関係者も苦笑いするばかりだった。だが、このジェイコブスの反論記事にたいする藤井側の再反論の企画は、いまだ実現していない。『サピオ』側は、別に再反論を拒絶しているわけではなくてタイミングの問題だというのだが、いささか気になることがある。それは、関係者のすべてが、つぎに紹介する日本経済新聞のユダヤ本広告掲載拒否にいたる経過を、かなりくわしく知っていたということだ。<br /><br /><br />日本経済新聞のユダヤ本広告掲載を撃った「ナチ・ハンター」<br /><br /><br />　日経の書籍広告にたいして国際的な抗議行動を展開したのは、「ナチ・ハンター」を自称する「サイモン・ウィゼンタール・センター」である。<br /><br />　同センターの抗議運動の対象となったのは、1993年7月27日づけの日本経済新聞の第5面、ページ下の全5段にのった大型書籍広告である。広告主は「第一企画出版」で、書籍は「☆ユダヤ支配の議定書（プログラム）☆《衝撃ヤコブ・モルガンの3部作》」と銘打った『最後の強敵／日本を撃て』、同『続』、『続々』の3冊に、『ロスチャイルド家1990年の予言書／悪魔（ルシファー）最後の陰謀（プログラム）』で、あわせて4冊である。「3部作」の部分の真中には、つぎのような宣伝文句がある。<br /><br />「ロスチャイルド家を核にユダヤ財閥はヨーロッパ、アメリカ、ロシアを支配し、いよいよ日本征服に乗り出した」<br /><br />　右肩にはつぎのような、いかにも日経新聞の読者むけらしい宣伝文句がある。<br /><br />「ユダヤを知らずして株価が読める訳がない！」<br /><br />　これらの書籍は、いわゆる「おどろおどろ」の反ユダヤ財閥本の典型だから、わたしの好みではないし、いささかも推奨するつもりはない。だが、この書籍広告に抗議する「サイモン・ウィゼンタール・センター」の側にも、非常にあやしげな気配があるのだ。<br /><br />　翌1994年の『ニュウズウィーク』(94.5.25)には、「アジアで広がる反ユダヤ主義」という題で、「アメリカのユダヤ人人権擁護団体『サイモン・ウィゼンタール・センター』」の日本での活動についての、つぎのような記事がのっていた。<br /><br />「東京では今、同センターの後援でホロコースト（ユダヤ人大虐殺）への理解を深めてもらうための展示会『勇気の証言／アンネ・フランクとホロコースト展』が開かれている（東京都庁の交流展示ホールで5月20日まで）」<br /><br />　この活動の目的について同記事では、「アジアで高まる根拠なき反ユダヤ感情に歯止めをかけたいユダヤ人団体の努力の一端なのだ」としている。<br />　サイモン・ウィゼンタールは、オーストリアうまれのユダヤ人である。かれは、クリストファーセンの『アウシュヴィッツの嘘』の出版にさいしても、ドイツの弁護士会宛てに、序文をよせた弁護士、マンフレッド・レーダーの行為が同会の倫理規定に違反するのではないかとせまって、「調査」をもとめた。これにたいするレーダー自身の返答の最後には、つぎのような痛烈な皮肉がしるされていた。<br />「われわれドイツの弁護士は、ユダヤ人によってであろうとだれによってであろうと、またはいかなる方法によってであろうと、検閲や支配をゆるしません。あなたこそ、われわれの周囲をかぎまわる前に、あなたがゲシュタポの手先だったというポーランドの新聞がおこなった告発にたいして答えるほうが先決ではないだろうかと、ご忠告もうしあげます。そうでないと、貴方の病的な″反ドイツ主義的″行動は、″泥棒をつかまえろ″［とさけんで自分が逃げる泥棒の手口をさすドイツ語の慣用句］のたぐいとしか見えないでしょう」<br /><br />　サイモン・ウィゼンタールは、いかにもあやしげな海千山千の老人である。日経の広告にたいする抗議行動を報道した唯一の大手日本紙、産経新聞は、サイモン・ウィゼンタール・センターを「ホロコースト（大虐殺）の教訓を正しく伝える活動などを世界規模で続ける」組織だと紹介している。<br />　だが、イスラエル人のなかからさえ、「ホロコースト」が繁盛する商売であると同時に一種の新興宗教になっていることにたいして、批判的な声があがっている。<br />　ウィーバーが執筆したリーフレット『ホロコースト／双方の言い分を聞こう』によると、有名な新聞人のヤコボ・ティマーマンは、その著書『最も長い戦い』のなかで、おおくのイスラエル人が「アメリカでホロコーストがユダヤ人の世俗的宗教になっている状態を恥じている」とし、「ショアほどの商売はない」というイスラエル人の皮肉なジョークを紹介している。<br /><br />　ヘブライ語では「ホロコースト」のことを「ショア」ともいう。これはあきらかに大当たりのブロードウェイ・ショウで、映画化もされ、日本語訳では意訳で「素敵な」を加えて『ショーほど素敵な商売はない』となっていた題名の「ショー」を、「ショア」ともじった「一語いれかえ（ワン・ワード・チェンジ）」のジョークである。だから、「ショアほど素敵な商売はない」と訳してもいいだろう。<br /><br />http://www.jca.apc.org/~altmedka/glo-21-1.html<br />連載：シオニスト『ガス室』謀略周辺事態<br />[中略]<br />広告担当幹部に「ユダヤ民族の真の価値の学習」を「ご提案」<br />[中略]<br />　話を広告の問題にもどすと、サイモン・ウィゼンタール・センターは、日本経済新聞社宛てにファックスで抗議文をおくり、謝罪をもとめると同時に、その抗議の内容をアメリカと日本での記者会見で同時発表した。<br /><br />　日本で報道したのは産経新聞だけだったようだが、わたしの手元には日本経済新聞社で事情を聞いたさいにもらった各種英字紙の記事コピーがある。通信社のAPが世界中にながしたA4判で2ページにわたる長文の通信全文。『ロサンゼルス・タイムズ』の約百行分の記事。以下の記事は若干みじくなるが、『インター・ナショナル・ヘラルド・トリビューン』、『アジアン・ウォールストリート・ジャーナル』、日本製の英字紙では『ジャパン・タイムズ』、『アサヒ・イヴニング・ニュース』といったところである。日経側は、世界中でさわがれたという受けとめかたをしている。<br /><br />　日本語による唯一の大手紙報道、産経新聞(93.7.31)の記事は、「ワシントン30日＝古森義久」発である。その一部を紹介しよう。<br /><br />「抗議したのはユダヤ系米人の権利を守り、ホロコースト（大虐殺）の教訓を正しく伝える活動などを世界規模で続ける『サイモン・ウィゼンソ（ママ）ール・センター』。（中略）書簡はこの広告掲載にはユダヤ人として『衝撃と怒り』を果てしなく感じたとして、日本経済新聞社側がユダヤ人への謝罪を紙面で表明することと、広告担当幹部が『ユダヤ民族の真の価値』について学習することを要求している」<br /><br />　この記事の発信者のワシントン支局長、古森義久には、湾岸戦争のさい、意図的と思わざるをえない誤報をいくつかながした前科がある。停戦直後には、「見通しを誤ったニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストは紙上で謝罪した」と称して、日本の「湾岸戦争評論家よ、丸坊主になれ！」（週刊文春91.3.14)とまで息まいた。だが、アメリカの両紙のどこにも、わびの一言もなかった。だから、今回もわたしは、この記事の裏づけに念をいれたのだが、今回は一応、誤報ではなかった。「広告担当幹部が『ユダヤ民族の真の価値』について学習することを要求している」という部分は、サイモン・ウィゼンタール・センターのラビ（教師）、アブラハム・クーパーが日経宛てに直接だした手紙の内容の一部とほぼ一致している。「ほぼ」というのは、「要求」とある部分の原文は「サジェスト」なので、おだやか、またはインギン無礼に「ご提案」と訳すほうが適切だからである。<br /><br /><br /> ]]>
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