ゴルゴ14
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再び登場

【日本は今も英米の東洋の番犬だが幕末に遡るロスチャイルド資本の餌付けの歴史の最新情報】

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 亜空間通信が900号となるので、少しは歴史的な視野の広い記事をと念じていたら、幕末に遡るロスチャイルド資本の餌付けの歴史の最新情報が、電網上に出現していた。
 本通信は、「萬晩通信員 園田 義明」の記事紹介である。最初に、彼の著書、1)『最新アメリカの政治地図』の書評を引き、その後に、その続編、2)『最新日本政財界地図』のロスチャイルド資本関係の最新情報を引く。

1)------------------------------------------------------------
?最新アメリカの政治地図
?著者: 園田 義明?
?出版社:講談社?新書?(2004/04/21)
おすすめ度: 時代の本質を見抜く洞察力を持つ日本で数少ない戦略家が描く「現代版 世界秩序の構造」
 9.11を皮切りに、多くの人々が探り始めた「世界秩序の構造」。それがこの一書によって、鮮明に描き出されている。まさに、必読の一書!小生が筆者を知ったのは、3年ほど前。そのころより、「この人の考えはいずれ世に出る」と読みました。最近の日本人の国際オンチは、昨今類を見ないレベルまで低下していますが、真の国際的ビジネスマン、21世紀のリーダーを目指す方は必ず読むべき書籍です。
おすすめ度: 日本の戦略を考える上で、国際オンチではいられない。
日本が、これから、より国際的になる(国際的という言葉もヌエみたいなもんだが…。)
時、リアリストの視点にたって、最新の米国・欧州の世界戦略と、権力相関図の底流にあるものを分析している本書は、長い期間、内外の発行物をウオッチしてきた著者の力量が感じられる。

著者は、米国・ネオコン等の、新しい米国の政治力学の変動について、リアルタイムで、インターネットコラムを通じて日本に紹介、分析、警鐘を鳴らした人物でもある。
特に重要なのは、米国の荒っぽい戦略が、欧州や、他の諸国の対米戦略の変化となり、また、その反動が米国内に戻って行くことを指摘している点にあるだろう。

これからの米国政権が、どんなものになるかで、世界の様相が左右されるまでになった。

 日本では、すっかりイメージの悪くなった「回転ドア」の政権交代システム(ビジネス・エリートや、シンクタンクの人間が、政権・実業・政策集団と入れ替わる体勢)があるからこそ、米国内の権力闘争の本質を、知りたい人は押えて置きたい本書である。

ビジネス・リアリストと、グローバル・ビジネス・リアリストの複雑なからみについて、これからも先鋭的な解析を期待したい。
日本の戦略を考える時、国際情勢(特に米欧中の動き)を抜きにしては、考えられない。

2)------------------------------------------------------------
http://www.yorozubp.com/0411/041117.htm
ビッグ・リンカー達の宴2-最新日本政財界地図(19)

2004年11月17日(水)
萬晩通信員 園田 義明

 ■森有礼の英国留学

 森有礼がスウェーデンボルグ主義の教団のカリスマ的指導者であったトーマス・レイク・ハリスに出会たのは英国留学中のことである。森は新渡戸稲造や内村鑑三と並んで日本におけるキリスト教の受容に大きな影響を残し、この人脈が後に新渡戸らの人脈と合流していくのである。

 森の英国留学は薩英戦争(1863年)以後、開国の立場に転じた薩摩藩が密航の形で送り出したもので、1865年4月に森を含めた薩藩留学生15人と五代友厚や寺島宗則ら4人の外交使節が海を渡った。海外渡航は当時国禁であったため、留学生らは藩からそれぞれ変名を与えられ、羽島浦(串木野郊外)から旅立つことになる。 
 
 留学生達を乗せた「オースタライエン号(オーストラリアン号)」はグラバー商会所有の船であった。そして、一行をロンドンで出迎えたのもジェイムズ・グラバーとグラバー商会のライル・ホームである。この二人は留学生達の教育プランの作成や生活面の支援など、広範囲に渡って世話をすることになる。ジェイムズ・グラバーはグラバー商会のトーマス・ブレイク・グラバーの兄にあたり、実質薩摩藩による英国派遣を支援したのはスコットランド生まれのトーマス・ブレイク・グラバー率いるグラバー商会であった。

 1863年9月の生麦事件の報復として英国艦隊が鹿児島湾に侵入、そして薩英戦争が始まった時、五代友厚は寺島宗則とともに指揮していた蒸気船三隻を拿捕され、船を焼却された上、捕虜になっている。その失態を怒った同藩士から命を狙われるが、その時に五代をかくまったのがトーマス・ブレイク・グラバーであり、この時から五代とグラバーとの密接な関係が築かれ、この人脈から英国派遣が実現したのである。

 グラバー商会は、資金の大部分をオランダ貿易会社とジャーディン・マセソン商会に依存していたが、薩摩留学生の学資もジャーディン・マセソン商会(香港)の信用状にもとづいて、マセソン商会(ロンドン)が薩摩藩の手形を割り引く形で前貸ししていた。従って、実質的な薩摩留学生の支援者はジャーディン・マセソン・グループであった。

 留学生活の準備に追われている時に、ライル・ホームが3人の長州人に出会ったとの情報がもたらされ、1865年7月2日に薩長留学生達が英国の地で出会うことになる。

 ■英国で出会う薩長密航留学生

 この3人とは野村弥吉(井上勝)、遠藤謹助、山尾庸三であり、1863年5月に同じく密航の形で日本を出発していた。当初は志道聞多(井上馨)、伊藤俊輔(博文)を含めた5名であったが、聞多と俊輔の2名は、実際に海外に出て攘夷の無謀を痛感し、タイムズ記事で長州と英米仏蘭との間で戦争が始まるとの情報が入ったことから、留学を放棄し1864年4月にロンドンを発ち、戦争を中止させるべく奔走していたのである。

 英国では後に長州藩から密航した5人の若者を「長州ファイブ」と呼び、彼らもまた明治維新の原動力となった。

 この長州留学生はジャーディン・マセソン商会(横浜、英一番館)のウィリアム・ケズウィックや英国領事ジェイムス・ガワーの協力を得て、ジャーディン商会所有のチェルスウィック号で上海に渡り、ロンドン行きの貨物船ペガサス号とホワイト・アッダー号に分乗しながらロンドンに到着している。

 そして、英国留学中の世話役になったのは、ジャーディン・マセソン商会の創業者の一人であるジェームス・マセソンの甥にあたり、マセソン商会(ロンドン)の社長を長く務めたヒュー・マセソンであった。

 このヒュー・マセソンの紹介で、長州留学生はロンドン大学ユニバーシティー・カレッジのアレキサンダー・ウィリアム・ウィリアムソン博士と出会う。ウィリアムソン博士は、ユニバーシティー・カレッジの化学教授を務めながら、英国学士院会員、ロンドン化学協会会長などの要職に就いており、偏見にとらわれない世界主義的見解の持ち主であった。また、思想的には、ジョン・S・ミルの功利主義やオーギュスト・コントの実証哲学の信奉者として知られていた。

 長州留学生5人はウィリアムソン博士がいるユニバーシティー・カレッジに学びながら、揃ってイングランド銀行を見学するなど最先端の知識を吸収していった。

 伊藤博文、井上馨のその後の名声は語るまでもないが、井上勝は初代鉄道局長官として日本の鉄道の発展に寄与し、山尾庸三は工部大臣として活躍、遠藤謹助は洋式の新貨幣を鋳造して現在の造幣局のもとをつくった。

 薩長連合の成立は1866年1月、それより先の1865年7月に遙か彼方英国の地で後の日本を背負う薩長の若き密航留学生達が出会い、留学生サークルも誕生し、親密な交流が始まっていたのである。

 ■留学生を送り込んだ幕末・維新期のビッグ・リンカー

 まず、薩長の留学生を密航させたグラバー商会とジャーディン・マセソン商会に関わる人物のビッグ・リンカーとしての側面を見ていきたい。

 密航留学生などを通じて薩摩・長州両藩との人脈を築いたトーマス・ブレイク・グラバーは、欧米列強に対抗すべく軍備強化に乗り出していく幕末・維新期の日本にあって武器商人として華々しい活躍を成し遂げる。少し長くなるが、すでに両書とも入手困難になっているため、杉山伸也の『明治維新とイギリス商人』(岩波新書)や石井寛治の『近代日本とイギリス資本』(東京大学出版会)のグラバー商会とジャーディン・マセソン商会の艦船・武器の取引内容を紹介しておく。

 幕府は1862年7月に外国艦船の購入を許可すると、幕府や各藩は競って契約に乗り出し、日本は格好の外国艦船マーケットとなった。こうした中でグラバーはジャーディン・マセソン商会から委託されて、鉄製蒸気スクリュー船カーセッジ号(12万ドル)を幕府経由で佐賀藩に売却した1864年10月を契機に本格的な艦船取引に乗り出していく。

 艦船取引は利潤も大きく、このカーセッジ号についても販売価格12万ドルに対して簿価は4万ドルとなっており、この取引だけでジャーディン・マセソン商会は5万8000ドルの純益をあげている。

 グラバーはこの艦船取引に際して下の三つの方法をとっている。

1. グラバーが蒸気船や帆船を見込みで買いつけ、商会用にすでに運航させている船舶を売却する。
2. グラバーが、ジャーディン・マセソン商会やデント商会などの販売希望者、あるいは幕府や諸藩など購入希望者からの委託をうけて適当な購入先や船舶をさがし、仲介・斡旋の手数料をとって販売する。
3. 幕府や諸藩からの依頼によって艦船の建造の仲介をする。
 この中で特に(2)の場合、利潤はジャーディン・マセソン商会とグラバー商会の間で折半されることになっていたが、仲介者への手数料などの経費は予定価格に上乗せして販売されていた。

 留学生達が英国で学んでいた頃、すなわち1864年から68年の5年間にグラバーないしはグラバー商会の名前で販売された艦船は24隻、価額にして168万ドルに及ぶ。これは、同時期に長崎で売却された艦船の約30%、価額にして36%にあたる。そして、この売却先は薩摩藩が最も多い6隻、ついで熊本藩の4隻、幕府、佐賀藩、そして長州藩の各3隻となっている。しかし、薩摩藩6隻の内のユニオン号(桜島丸、後に乙丑丸)は土佐藩士である上杉宗次郎(近藤長次郎)が仲介して長州藩が薩摩藩名義で購入した船であり、実際には薩摩藩5隻、長州4隻となる。

 グラバーはこうした艦船の売却以外に、各藩の依頼によって英国での船舶建造も仲介していた。この建艦は、グラバーの長兄であるチャールズ、そして薩摩留学生達をロンドンで出迎えたジェイムズらがアバディーンで設立した船舶保険会社、グラバー・ブラザーズ社を通じて行われている。

 最初に建造された艦船はサツマ号で1964年に建造されている。薩摩藩が発注したのは『薩摩海軍史』では1865年となっていることから、発注前に建造されていることになる。このサツマ号は不運にも日本への回航の途中に破船しているが、薩摩留学生が密かに旅立ったのが1865年4月だったことを考えれば、この建造費用の処理などをめぐる話し合いが五代友厚立ち会いのもとで密かに英国で行われていた可能性が高い。薩摩藩は留学生とともに英国に渡る五代に対して小銃、弾薬、紡績機械の買い付けに当たらせていたのである。

 グラバー・ブラザーズ社が手掛けた日本向け建造船舶はサツマ号を含めて7隻あるが、この内の鳳翔丸と雲揚丸の二隻が長州藩発注となっている。

 グラバーはこの艦船取引の他に、小銃や大砲などの武器や弾薬類のビジネスも手掛けており、1866年1月から7月と1867年に長崎で売りわたされた小銃の合計3万3875挺の38%にあたる1万2825挺を扱っていた。

 中でも有名なのが長州藩との取引である。幕末の長州藩は幕府の敵で、長崎では武器の購入ができない。そこで、1865年、土佐の坂本龍馬や中岡慎太郎らは薩長和解のために亀山社中を使って薩摩藩の名義でグラバーから武器を購入して長州藩に譲り渡す仲介をし、7月には長州藩は薩摩藩士になりすました英国留学組の伊藤博文と井上馨を長崎に派遣した。この時の取引でミニェー銃4300挺、ゲベール銃3000挺を9万2400両で購入した。

 この亀山社中が斡旋した艦船取引もある。土佐藩士である上杉宗次郎(近藤長次郎)が仲介して薩摩藩名義で購入したユニオン号がこれにあたる。しかし、この仲介は表面化し、上杉宗次郎は盟約違反を同志らに問われ切腹する。長州から得た謝礼金をもとに英国留学に旅立つ目前であった。

 また、グラバーは幕府から薩英戦争で鹿児島の街を焼き尽くす最新式のアームストロング砲35門、砲弾700トン、総額18万3847ドルにものぼる大量の注文を受けていた。一部は1867年に長崎に到着していたものの、幕府は瓦解寸前で、新政府側に同砲は渡った。仮に幕府が入手していたら、戊辰の戦いだけでなく、その後の国の行方さえ違っていたかも知れない。

 興味深いのは、薩英戦争前に、薩摩藩はこれから戦おうとする英国からアームストロング砲100門をグラバー商会に注文していたことも記録に残っている。しかし、この話を耳にした外務大臣ラッセルが1863年2月20日に販売を禁じる指示を出していた。従って、グラバーの日本での活動はジャーディン・マセソン商会を通じて英国政府に伝えられていたことは間違いない。

 ■マセソン・ボーイズとロスチャイルド家

『多くの冒険の末に、3人(5人の誤り―引用者=駒込武注)はロンドンに着いた。そこで、彼らは、コモン・センスを備えたキリスト教的人物の世話になるという幸運に恵まれた。その人は、彼らの逃亡を援助した会社のメンバーであった。ヒュー・マセソンである。今日の日本は、ヒュー・マセソンの相談と世話に少なからぬものを負っている。「はい、私はマセソン・ボーイズの一人でした」。先日、日本の首相は私に語ってくれた。「私は多くのものを彼に負っています。」』

 上は京都大学の駒込武の『「文明」の秩序とミッション―イングランド長老教会と19世紀のブリテン・中国・日本―』(『地域史の可能性―地域・世界・日本―』山川出版社)からの引用であり、日清講和条約締結の準備が進められていたさなかの1895年3月4日の『ウエストミンスター・ガゼット』に掲載された伊藤博文首相へのインタビュー記事である。

 駒込によれば、この記事の中で伊藤は、交渉相手である中国政府の非文明的な性格、たとえば責任の所在の曖昧さについて不平を漏らすとともに、李鴻章は「私の西洋に対するすべての知識と、私が日本で行ってきたすべての改革について知識を得たがっていた」と誇らしげに語っている。

 また駒込は英国に密航した5人の長州留学生を『いち早く西洋近代文明への「改宗者」になった』と評し、彼らもまた『自分たちの社会の劣等者を今や彼らが「文明」とみなすものに向けて改宗させるための、もっとも熱心な宣教者となる』と書いている。

 続けて、当時の覇者英国は、キリスト教的な使命感も手伝って、自国を「文明化の使命」と位置付け、『「文明」の担い手にふさわしい人々と、その対極にある「非文明的」な人々を序列化しながら、多元的な「中心―周縁」構造を生み出していった。「中心」は「周縁」の人々を魅きつけ、「周縁」から「中心」への旅を生み出すことになる。』とし、『近代日本は、そこからキリスト教をとり除き、天皇制という疑似宗教を忍び込ませるという作業を密かに行いながら、「文明化の使命」という点ではブリテンを模倣しようとした。』と結んでいる。

 グラバー家は英国国教会に近いスコットランド聖公会に属し、トーマス・ブレイク・グラバーもフレイザーバラにある聖公会系のセント・ピーターズ・エピスコパル教会で洗礼を受けている。

 そして、英国留学生の世話役になっていたヒュー・マセソンは、イングランド長老教会の海外宣教委員会の委員長を1867年から1898年までの30年以上の長きにわたって努め、宣教師の人選、現地の活動状況に応じた資金の配分などに大きな権限を持っていた。つまり、ビジネスマンと宗教家のふたつの顔を持っていたことになる。そして、スコットランドの「ケルト辺境(Celtic fringe)」の出身者としてのケルト民族であったことにも注目しておきたい。

 駒込の「中心―周縁」構造を借りれば、イングランド出身の英国国教会徒が当時の英国の「中心」に位置している中にあって、その「周縁」にいたスコットランド系のヒュー・マセソンとグラバーは、英国の「中心」へと駆け上がる野心から、日本を「自らの周縁」にするために「周縁」としての薩長と手を組みながら「中心」である幕府を崩壊させたことになる。

 グラバーは、明治維新の成功が長崎貿易の縮小をもたらし経営が悪化、倒産に至る。しかし、高島炭坑の支配人、三菱が高島炭坑を買い取ってからの渉外担当顧問として、岩崎彌太郎、彌之助、久彌に仕え、キリンビールの基になったジャパン・ブルワリー・カンパニーの経営にも携わりながら、1911年12月16日、「周縁」の地の歴史に名を刻みながら麻布富士見町の自邸で息を引き取った。

 多数のグラバー関連文書が見落としてきた重要な事実をここで指摘していきたい。グラバーとは対照的にヒュー・マセソンは英国の「中心」を率いるエスタブリッシュメントとして、1873年3月に鉱山採石最大手と知られるリオ・ティント(リオ・ティント・ジンク、RTZ)を設立し、1898年まで会長を務めた。設立に関わった金融業者、事業家による国際コンソーシアムの中にはロスチャイルド家の名前もあった。さらにロスチャイルド家は1887年から89年にかけてリオ・チィントの大株主となり、経営に大きな発言力を持つようになる。

 左手のアヘンを兵器に持ち替え、「左手に兵器、右手に聖書」となったグラバー商会やジャーディン・マセソン商会は、密航という手段を用いてまで、「周縁」の若き担い手達を留学生として「中心」に招き入れることで、人的交流を深めながら「周縁」との関係を強化しつつビジネスにつなげていった。

 この手法は、ヒュー・マセソンやロスチャイルド家によって英国の「中心」に取り込まれ、ハード・パワー一辺倒の戦略から「ソフト・パワーを組み入れたハード・パワー戦略」へと転換させていくのである。

 ■ソフト・パワーの「永遠の輝き」

 英国の「ソフト・パワーを組み入れたハード・パワー戦略」を最も象徴するのが、ローズ奨学生制度である。

 ローズ奨学生制度は、英植民地政治家として知られたセシル・ローズがロスチャイルド家の支援を受けて南アフリカで1888年に興した世界最大のダイヤモンド生産・販売会社であるデ・ビアスなどの財産をもとに1903年に創設された。

 大英帝国繁栄のシンボルであったビクトリア女王の死去(1901年)、そしてボーア戦争(1899-1902年)では予想外の苦戦を強いられ、国際的な正統性を失い孤立を深めていく。エドワード・ギボンの『ローマ帝国衰亡史』を引き合いに大英帝国の衰退と没落が語られ、自信喪失感が漂い始める。彼らの目には1904年から翌年にかけての日露戦争で勝利した日本人が、愛国心に富み、ロシアに対し一丸となって戦うモラル高き民族に見えた。

 ハード・パワーの限界に直面した英国にあって、ソフト・パワー強化のためにローズ奨学生制度が生まれ、1907年には日本の武士道に影響を受けてボーイスカウト運動が始められる。ボーイスカウト運動を提起したベーデンーパウエル卿もセシル・ローズの土地を意味するローデシアや南アフリカで前線部隊総司令官などを務めており、初期段階の次世代の兵士を育てるための青少年への軍事訓練としてのボーイスカウト運動は瞬く間に世界へと拡がっていく。

 およそ100年を経て、新たな「中心」となっているにも関わらず、英国の影響を強く受けたローズ奨学生政権が誕生した。クリントン前大統領を筆頭にウールジーCIA長官、タルボット国務副長官、ステファノポロス大統領補佐官、ライシュ労働長官など、いずれもローズ奨学生だったのである。

 このローズ奨学生政権を僅差で破って誕生したブッシュ政権は、再選をかけた戦いを聖戦と位置付け、両政党にまたがる国際派エリートを自負する東部エスタブリッシュメントを見事なまでに叩きのめし、名実ともに「周縁」が「中心」へと躍進した。

 軍産インナー・サークルとキリスト教右派・ユダヤ教右派連合に支えられたはブッシュ政権は、「左手に兵器、右手に聖書」の強力な陣営を率いて、現代版十字軍遠征に進軍していくのである。

 ローズ奨学生であったミスター・ソフト・パワーことジョセフ・ナイは、ハード・パワーを過信するブッシュ政権に警告を発し、巷ではボーア戦争とイラク戦争を重ね合わせながら、今再びギボンの『ローマ帝国衰亡史』が注目を集め始めている。

 若きクリントンにローズ奨学生になることを勧めたのは、自らもローズ奨学生として英オックスフォード大学に学んだJ・ウィリアム・フルブライトである。このフルブライトが上院議員時代に広島、長崎への原爆投下にショックを受け、「世界の平和を達成するためには人物の交流が最も有効である。」との願いから1946年に創設したのがフルブライト交流計画である。

 このフルブライトの奨学金でこれまでに米国に留学したフルブライターと呼ばれる日本人同窓生は約5900名にのぼり、官界、法曹界、金融界、財界、学界、ジャーナリズム、芸術分野で戦後の日本を支え、数多くのビッグ・リンカーを生み出す国際派エリート人脈を作り上げている。しかし、本来リベラルであるはずの彼らは、フルブライトの平和への願い虚しく、イラク戦争をも受け入れた。

 100年後のモラル高き民族は、西洋近代文明の改宗者から熱心な宣教者へと見事に変貌を遂げ、ハリウッドから届けられたスクリーンの中だけの「ラスト・サムライ」を呆然と眺めていた。

 そして、米国と並ぶ世界的なダイヤモンドジュエリー市場となり、給料3カ月分神話に支えられて今なお「永遠の輝き」で人々を魅きつけている。

 これが「ソフト・パワーを組み入れたハード・パワー戦略」の威力である。

 ▼参考引用
・駒込武『「文明」の秩序とミッション―イングランド長老教会と19世紀のブリテン・中国・日本―』
 http://www.educ.kyoto-u.ac.jp/~koma/mission.html
・1873 The Rothschilds become shareholders in Rio Tinto
http://www.rothschild.info/history/popup.asp?doc=articles/pophist2_1873
・1887 The Rothschilds finance the establishment of De Beers
http://www.rothschild.info/history/popup.asp?doc=articles/pophist2_1887

  園田さんにメール mailto:yoshigarden@mx4.ttcn.ne.jp

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台湾が憲法改正なら…中国、軍事力行使も 米専門家が見通し

 

 【ワシントン=古森義久】中国は人民解放軍の戦力を着実に強化し、とくに
台湾攻略の能力を高めており、2006年に台湾側が憲法の改正を始めれば、
軍事力行使に踏み切る可能性が高いという見通しがブッシュ政権の中国軍事問
題担当だった専門家らから11月30日、明らかにされた。中国の共産党中央
軍事委員会の主席が代わっても台湾への軍事力行使の基本方針は変わらないと
いう。

 米陸軍大学や研究所AEIが共催で開いた「中国軍の将来」というセミナー
で、ブッシュ政権の国防総省中国部長を11月まで務めたダニエル・ブルーメ
ンソール氏は「党中央軍事委員会の主席が江沢民氏から胡錦濤氏に代わっても
台湾を軍事力で攻略する基本戦略は変わらない」と述べ、中国が軍事力行使に
踏み切る危険は06年の台湾憲法の改正の際に高まるだろうと警告した。同氏
はこのタイミングについて、台湾の陳水扁総統が同年に台湾の憲法改正に取り
組む方針を発表し、中国からみて憲法改正は独立の間接的な宣言に等しくなり、
軍事手段への依存が一気に強くなるだろう、と説明した。

 同セミナーでは、中国軍の戦略研究の専門家として知られるジェームズ・マ
ルベノン氏(情報調査分析センター次長)も、「台湾の憲法改正は中国にとっ
て事実上、独立を宣言されたに等しく、06年に台湾海峡での中国軍の軍事行
動開始の危機が高くなる」という予測を明らかにした。

 中国軍の台湾攻略作戦についてブルーメンソール氏は(1)党中央軍事委で
は江沢民氏の「台湾への武力行使を放棄しない」という基本方針はコンセンサ
スとして揺らいでおらず、胡錦濤氏もその路線を一貫して引き継いでいる(2)
中国の対台湾政策の前提では台湾側が平和裏に中国と統一されることを望んで
おらず、残された方途は中国の軍事力行使となる(3)中国は米国が軍事介入
できないうちに台湾を降伏させる電撃作戦を考えており、爆撃用航空機、弾道・
巡航両ミサイルによる攻撃、潜水艦と駆逐艦による海上封鎖、電子戦争などを
断行する(4)米軍の介入を防ぐには米艦艇への抑止的な攻撃のほか、日本国
内の米軍基地へのミサイル攻撃能力を高めておく-ことなどを指摘した。
                            (12/02 09:53)




ふむふむ
ラスト・リゾートをめぐるふたつの戦い
http://www.yorozubp.com/0412/041201.htm

2004年12月01日(水)
萬晩報通信員 園田 義明
 ■巻き起こる「北朝鮮・レジーム・チェンジ」論

 情報通信社インター・プレス・サービス(IPS)やアジア・タイムズ・オンラインなどで活躍し、日本メディアの隠れたネタ元として知る人ぞ知る存在となってきたジム・ローブが11月23日に「タカ派は北朝鮮でのレジーム・チェンジ(体制変更)を押し進める」と題するコラムを掲載し、アジア各国で大きな話題となっている。
 この中でローブは、ウィークリー・スタンダード誌の編集長としてネオコンの代表格を務めるウィリアム・クリストルが「北朝鮮のレジーム・チェンジに向けて」とする声明をオピニオン・リーダー向けに配布したことを明らかにしている。
 クリストルはニコラス・エバースタット・アメリカン・エンタープライズ公共政策研究所(AEI)客員研究員のウィークリー・スタンダード誌掲載の論文を引用しながら、ブッシュ政権二期目の最優先事項の一つは北朝鮮問題であると明言している。
 エバースタット論文は「専制政権を崩壊させよ」とする刺激的なタイトルから始まり、北朝鮮問題に対する米国のアプローチは明らかに欠陥があると指摘した上で、非外交的手段なオプションの必要性を説いている。これまでのエバースタット発言から、この気になるオプションには経済制裁、そして軍事攻撃までもが含まれていると考えられる。
 論文に先立って11月9日に行われたAEIの「第二期ブッシュ政権の外交政策」をテーマとするセミナーに出席したエバースタットは、この非外交的手段なオプションが外交的手段による解決の可能性をも高めるとしながらも、「北朝鮮への軍事攻撃での核開発阻止という最終の方法は犠牲やコストの巨大さのために不可能と断じる向きがあるが、決して考えられないということではない」と述べている。

 ■日米ネオコンの狂宴

 ここで気になる日付について整理しておきたい。
 クリストルの「北朝鮮のレジーム・チェンジに向けて」が「新しいアメリカの世紀のためのプロジェクト(PNAC)」のウェブ・サイトで公表された日付は11月22日である。
 エバースタット論文「専制政権を崩壊させよ」はウィークリー・スタンダード誌の11月29日号に掲載されているが、ウェブ・サイトに掲載された日付は11月19日である。
 そして、PNAC公表に合わせるかのようにフジテレビの「報道2001」に出演し、全く同じ主旨の発言を行った政治家がいる。この発言内容は次の通りである。
「多くの人が命がけで国から逃げようとしている状況で、金正日政権が今後も存続していくことができるのか。この政権と交渉して果たして結果を出すことができるのか、最近疑問を感じている。レジーム・チェンジの可能性も選択肢に入れたシミュレーションを今からはじめておく必要がある」(産経新聞朝刊より)
 この発言の主は自民党の安倍晋三幹事長代理である。そして、この「報道2001」は11月21日に放送された。
 このネオコンと安倍晋三をパイプ役となっているのが産経新聞の古森義久であり、古森は11月9日のAEIのセミナーに関する記事を11月11日付け産経新聞で掲載している。
 この日付の関係から、すでに安倍晋三は古森義久を通じて完全に米国のネオコンと一体化していることがわかる。
 安倍晋三が今年4月29日(日本時間30日)、AEIで講演し、ネオコンの首領としてキリスト教右派とユダヤ系米国人を結びつけ、ウィリアム・クリストルの父でもあるアーヴィング・クリストルに対して深い尊敬の念を表したことはすでに拙稿『ふたつのアメリカ/ 「ムーア vs ミッキー」とBCCIスキャンダル』で取り上げた。 
 エバースタットは今や韓国が逃亡した同盟国とした上で、韓国国民と直接話し合いながら、窮極的には同盟を回復させるための韓国内の政治集団を建設、育成しなければならないと力説しており、現在の米国にとって頼もしい存在としての韓国版安倍晋三を待ち望んでいるようである。

 ■エバースタット家と偏狭なラスト・リゾート

 「政界のプリンス」こと安倍晋三は、安倍晋太郎元外相の二男で、自宅をデモ隊に取り巻かれながら日米安保条約改定を強行し、憲法改正に執念を燃やした岸信介元首相の孫に当たる。
 一方のニコラス・エバースタットは作家兼写真家の父フレデリックと母イザベルの間に生まれた。フレデリックの父、つまりニコラスの祖父はフェルディナンド・エバースタットである。
 このフェルディナンド・エバースタットこそが戦中戦後における軍産インナー・サークルの中心人物であった。
 フェルディナンドは名門投資銀行ディロン・リードなどを経て、第二次世界大戦中には戦時生産局副長官(計画担当)として原爆開発に関わり、終戦直後の1945年9月にはエバースタット・レポートを作成、戦争の規模や頻度の異常な増大と原爆に象徴される科学技術の進歩によって米国は厳しい挑戦にさらされており、これを回避するために戦争動員の迅速化と兵器開発の中枢としての国防総省、国家安全保障会議(NSC)、中央情報局(CIA)の創設を提案した。つまり、フェルディナンドこそがこの三機関の生みの親なのである。
 このフェルディナンドは母校であるプリンストン大学の名門クラブとして知られるコテージ・クラブを中心に名門大学出身者を「グッド・マン・リスト」として結集させた。この中には初代国防長官となるジェームズ・フォレスタル、ユダヤ系財界代表バーナード・バルーク、"エレクトリック・チャーリー"ことチャールズ・E・ウィルソン、ルシアス・グレイ、クラレンス・ディロン、ウィリアム・ドノヴァン、ジョン・F・ダレス、アレン・ダレス、W・アヴレル・ハリマン、ハーバート・フーヴァー、デイヴィッド・リリエンソール、ウォルター・リップマン、ジョン・J・マクロイ、ロバート・パターソン、ロバート・ロヴェットなど、当時の政財界を代表する人物が名を連ね、以後国防総省と産業界と一体化させながら冷戦時代を見事に演出していった。
 そして、その孫がネオコンを装いながら南北朝鮮問題の専門家として急浮上してきた今、歴史がその祖父の時代へと逆戻りし始める。ラスト・リゾートにかける彼らの想いが伝わってくるようだ。

 ■バック・パッシング合戦の行方

 彼らにとって既に内部崩壊の兆候が見え始めた北朝鮮は緊張を煽るための道具でしかない。北朝鮮問題を契機に北東アジア一帯の緊張を高めることで巨大な兵器庫を作り上げることが狙いである。
 しかも、ネオコンが何と言おうが背後にいる彼らは北東アジアの地では脅しだけで最後まで自ら手を下すことはない。他国に対峙させ、場合によっては打ち負かす仕事をやらせる戦略を採る。そして、息の根を止める最後の一撃の瞬間に彼らは現れる。これが戦略としての「バック・パッシング(buck-passing=責任転嫁)」である。
 この「バック・パッシング」は米国のみならずEUも採用するに違いない。北東アジアにおける米国にとっての他国とは日本であり、米国に対抗するEUにとっての他国とは中国である。過去の事例から考えれば、すでに米国とEUは日中を中心とする巨大兵器マーケットの創出に向けて手を組んでいると見ていい。
 米・欧にまたがる軍産インナー・サークルが紳士を気取りながら仲良くラスト・リゾートとしての北東アジアにすでに群がり始めている。米軍の変革・再編(トランスフォーメーション)に伴い、陸軍第一軍団司令部のキャンプ座間(神奈川県)への移転や横田の第五空軍司令部の第十三空軍司令部(グアム)への移転・統合などが日本に打診され、まもなくEUの中国に対する武器禁輸措置も解除される。

 ■もうひとつのラスト・リゾート

 北朝鮮拉致問題と並んで小泉首相の靖国参拝問題が急浮上してきた。靖国が教科書問題ともに中韓両国によって「歴史カード」に使われるのは対外政策の未熟さの表れに過ぎない。また中韓両国が恐れるのは小泉首相に国家神道の亡霊を見ているからだろう。
 この靖国参拝問題や「飛んで火に入る夏の虫」としての中国原潜領海侵犯事件を表面化させることで、日本政府は新たな「防衛計画の大綱」案に中国の安全保障上の「脅威」を盛り込ませることに成功し、事実上の日中冷戦時代の幕開けとなった。
 同時にミサイル防衛(MD)システムのおこぼれを回収するための武器輸出三原則の見直しが進められ、憲法改正によって名実共に米国の身代わりとして進み出ていくことになる。そして、米国は最後の仕上げとして米国か中国かの踏み絵を迫り、この時初めて日本人はことの重大さに気付くのである。
 米国生まれの憲法九条を盾に米国に依存しながらのらりくらりとかわしていく日本流「バック・パッシング」戦略も老朽化で役に立たず、ひ弱な反戦平和運動はなすすべもなく立ちすくみ、北東アジア構想などは無残にも引き裂かれ、もはや八方塞がりの中で最新兵器に取り囲まれた緊張感溢れる素敵な生活が目前に迫っている。
 無駄だと思うが、まもなく訪れる中国経済のバブル崩壊後を狙って、米国のネオコンとキリスト教右派から成る「左手に兵器、右手に聖書」連合の反共思想を刺激し、日本の身代わりとして中国にぶつけるシナリオは今から用意しておくべきだろう。安倍晋三や古森義久、そしてこの二人を支持する方々も、信じるものに従って米国へと旅立ち、「左手に兵器、右手に聖書」連合の旗の下で共に戦えばいい。
 日本に残る人々にはもうひとつの戦いが待っている。伝道者としての宮崎駿がアニメを通じて世界に広めた神道や縄文の思想が、今再び偏狭な小泉国家神道によって壊されようとしている。根源としてのラスト・リゾートになりえるこの「太古からの宝物」を救い出し、宗教・民族を越えて存在する内なる神道を呼び起こしながら、共生への道を切り拓かなければならない。
 12月1日現在の「miyazaki hayao shinto」の検索結果はYahoo!で573件、Googleで1650件ある。


□引用・参考

Hawks push regime change in N Korea
By Jim Lobe
http://www.atimes.com/atimes/Korea/FK24Dg01.html

「米ネオコン、金総書記追放をブッシュ大統領に圧力」
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2004/
11/23/20041123000075.html

November 22, 2004
MEMORANDUM TO: OPINION LEADERS
FROM: WILLIAM KRISTOL
SUBJECT: Toward Regime Change in North Korea
http://www.newamericancentury.org/northkorea-20041122.htm

Tear Down This Tyranny
From the November 29, 2004 issue: A Korea strategy for Bush's second term.
by Nicholas Eberstadt
11/29/2004, Volume 010, Issue 11
http://www.weeklystandard.com/Utilities/printer_preview.asp?idArticle=4951&R=A0A32EEE8

「防衛計画の大綱」案概要 新たに中国の脅威追加 政府、与党PTに提示
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041126-00000006-san-pol

▼古森義久記事
第2期ブッシュ政権の北核問題対応 非外交的手段に移行も 朝鮮情勢専門家
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041111-00000010-san-int

中国の人権改善なし 法律武器に宗教弾圧 米政府と議会の年次報告書
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041006-00000009-san-int

▼神道国際学会
http://www.shinto.org/top.htm

神道と自然の聖なる次元
ケンブリッジ大学東洋学部 カーメン・ブラッカー博士
http://www.shinto.org/drcarmen.htm
木村愛二
木村愛二

産経新聞ワシントン支局長、古森義久はもともとシオニストの手先

萬晩報によると、「安倍晋三は古森義久を通じて完全に米国のネオコンと一体化している」そうであるが、私は、この怪しげな元毎日新聞記者とは、すでに2度、遭遇している。簡単な電網検索で、以下が出てきた。

http://www.jca.apc.org/~altmedka/glo-21-1.html
連載:シオニスト『ガス室』謀略周辺事態
(その21-1)SWC-Blackmailに屈した小学館『週刊ポスト』1.

前半

 ユーゴ戦争で本連載を中断し、途中で飛び飛びに2回、同時進行状況を記し、再び長らく休眠していた間に、様々な関連事件が起きた。『ガス室』そのものに戻る前に、それらの「周辺事態」を概観する必要があるだろう。

『噂の真相』(1999.12)は、冒頭の「うわさの真相」欄の、そのまた冒頭に「『週刊ポスト』にユダヤ団体が抗議中で大危機」を組んだ。人気抜群の頁左余白「1行太字情報」の末尾には、「創価学会仕掛け説」とある。

『創』(同)は、「あの『マルコポーロ』事件を思い出した人も…/今度は『週刊ポスト』へユダヤ人団体の猛抗議」を特集した。両誌ともに、編集長とは古い仲で、『マルコポーロ』事件の際にも、それぞれ、私に好意的な記事を載せてくれた。

 今度は早速、『創』の篠田編集長から電話がきたので、拙著『アウシュヴィッツの争点」の該当箇所を教えた。その要約が、上記の特集に載っている。以下、関係箇所の主要部分を紹介する。それでも、いささか長文になるので、定額料金制になっていない後進地帯の読者は、まとめて取り込んでから読まれたい。ああ、無料!、ああ、感無量!

…………………………………………………………………………………………

『アウシュヴィッツの争点』
(1995.6.26, リベルタ出版, p. 293-309)

「イスラエル大使館サイドの反論」の背後にいたアメリカ大使



 日本国内を見わたすと、すでに本書の準備中、隔週誌の『サピオ』(94.7.14)に異様な記事があらわれていた。

「本誌記事に対するイスラエル大使館サイドの反論/『「クリントン失脚の日」(4月14日号)ほかサピオ記事のおぞましき″反ユダヤ的暗示″について」と題するものである。執筆者のマイク・ジェイコブスの肩書きは、「『ロンドン・ジューイッシュクロニクル』『エルサレム・ポスト』特派員」になっている。

 ジェイコブスの批判は、つぎのような部分に要約されている。

「サピオの4月14日付記事は、日本と海外社会で憤激を買った。アメリカのモンデール大使の言葉に、それが端的に表明されている。著者の藤井昇氏は、ユダヤ人がアメリカ政府の高級職から排除されたので、シオニスト達がクリントン大統領にメディア・ウォーを仕掛けているとして、シオニストを非難した。その記事に対して、大使は『異様なうえ、途方もない間違いである。反ユダヤ的暗示がまことにおぞましい。』と批判したのであった」

 ところで、この記事より10年前にアメリカ大統領選挙になのりをあげていた「モンデール」について、「著者の藤井昇氏」は『世界経済大予言』のなかでこう書いていた。

「これは、その場に居合わせた私たちの友人に聞いた話ですが、モンデール氏は、毎日4時になると、かならずユダヤ人のある超大物弁護士のところへ電話を入れるそうです。中東問題でシオニスト・ロビーに嫌われないようにするにはどうすればいいかを相談するそうです。(中略)彼のスピーチ・ライターは全部、ユダヤ人です。(中略)モンデール氏の取り巻きの経済政策面の一人は、ロバート・ライシュ(ユダヤ人)です」

 藤井昇は、アメリカのハーバード大学国際問題研究所員をへて、シンク・タンク、ケンブリッジ・フォーキャスト・グループの代表をしている。現地耳情報の強みをいかして、日米関係の政治経済予測記事を書きつづける異色のジャーナリストだ。

『サピオ』は、反論記事をのせた経過について、「イスラエル大使館より本誌編集部に対し抗議がありました。(中略)イスラエルとの話し合いの結果、大使館側の推すジャーナリスト、マイク・ジェイコブス氏に反論の執筆を依頼しました」としるしている。

 イスラエル大使館は、わたしが30年近く在籍した日本テレビ放送網株式会社の社屋の窓から見える位置にある。

 パレスチナ関係の運動が襲撃の対象にするという噂がたえず、いつも警察官が見張っていたので、その建物の存在は、否応なしに目についた。しかし、普通の中流どころの住宅並みの規模だから、何人ものメディア監視スタッフがいるとは思えない。隔週誌の『サピオ』まで監視する余力があるはずはない。これはきっと「アメリカのモンデール大使の言葉」の方が先行していたにちがいないと直感した。アメリカ大使館は、かなり前から日本のメディアの報道を系統的に監視し、ときには直接の干渉までしてきたのだ。

 関係者にあたってみると、案の定、そんな感じの返事がもどってきた。


アメリカのマスコミへのユダヤ(シオニスト)勢力の強い影響

 ジェイコブスの反論の内容は、いたっておそまつである。つぎの部分などは、モンデール大使の言葉を借用すれば、「途方もない間違い」である。

「『アメリカのマスコミが、ユダヤ(シオニスト)勢力に強く影響されていることは周知の通り』とする主旨は、著者の意図的な或は無知に起因するミスリード例である」

「アメリカのマスコミ」、または国際的大手メディアにたいする「ユダヤ(シオニスト)勢力」の支配については、すでにわたし自身も、拙著『湾岸報道に偽りあり』と『電波メディアの神話』のなかで若干紹介したところである。出典の資料は数おおいが、『尻尾が犬を振り回す』の著者、グレース・ハルセルなどは、ジョンソン元大統領のスピーチ・ライターを3年間つとめたこともあるホワイト・ハウス通の著名なジャーナリストである。ジェイコブスは、自分のセリフに自信があるのなら、まず最初に、ハルセルなどのアメリカの著名なジャーナリストたちに訂正をもとめるべきだろう。

 一応、主要な事実の指摘だけをあげておこう。

『ニューヨーク・タイムズ』の社主、ザルツバーガーはユダヤ人で、幹部の大半もユダヤ人だ。『ワシントン・ポスト』の創立者、故ユージーン・メイヤーもユダヤ人だったし、現会長のキャサリン・グレアムはかれの娘で、幹部でユダヤ人でないのはたった一人だけだ。日本なら日本経済新聞にあたる『ウォール・ストリート・ジャーナル』の場合、オーナー会長兼社長、ウォーレン・H・フィリップスなどは「親イスラエル」の姿勢を明確にしめすユダヤ人で、湾岸戦争のさいにはもっとも強硬な主戦論をはった。かかげた目標は「バグダッド占領、マッカーサー方式の占領行政実施」だった。

 電波メディアの場合はもっと明確だ。ラディオ時代にRCA(ラディオ・コーポレーション・オブ・アメリカ)を創立し、NBCネットワークをきずいたデイヴィッド・サーノフは、ロシアから移民の子としてわたってきたユダヤ人だ。ABC創立の中心となったレナード・ゴールドスタインも、CBS創立の中心となったウィリアム・S・ペイリーも、ともにユダヤ人だ。

 ただし1986年には、3大ネットワークのすべてが新経営者にのっとられた。CBSの新経営者、ラリー・ティッシュはイスラエル支持のユダヤ人だったが、NBCを親会社ごと買収したGEの会長、ジャック・ウェルチと、ABCを買収して傘下にくわえたメディア会社、キャピタル・シティズの会長、トム・マーフィーの両者は、ユダヤ人ではない。3大ネットワークを追いこす勢いのCNNを一部門とするターナー放送システムのオーナー会長、テッド・ターナーも、やはりユダヤ人ではない。だから、電波メディアについては、WASP(ホワイト・アングロ=サクソン・プロテスタント)のまきかえしという解釈が成立するのかもしれない。しかし、どのメディア系列にもユダヤ人の有力スタッフがおおいのは「周知の通り」である。

「イスラエル大使館サイド」のジェイコブスの文章の図々しさには、『サピオ』編集部関係者も苦笑いするばかりだった。だが、このジェイコブスの反論記事にたいする藤井側の再反論の企画は、いまだ実現していない。『サピオ』側は、別に再反論を拒絶しているわけではなくてタイミングの問題だというのだが、いささか気になることがある。それは、関係者のすべてが、つぎに紹介する日本経済新聞のユダヤ本広告掲載拒否にいたる経過を、かなりくわしく知っていたということだ。


日本経済新聞のユダヤ本広告掲載を撃った「ナチ・ハンター」


 日経の書籍広告にたいして国際的な抗議行動を展開したのは、「ナチ・ハンター」を自称する「サイモン・ウィゼンタール・センター」である。

 同センターの抗議運動の対象となったのは、1993年7月27日づけの日本経済新聞の第5面、ページ下の全5段にのった大型書籍広告である。広告主は「第一企画出版」で、書籍は「☆ユダヤ支配の議定書(プログラム)☆《衝撃ヤコブ・モルガンの3部作》」と銘打った『最後の強敵/日本を撃て』、同『続』、『続々』の3冊に、『ロスチャイルド家1990年の予言書/悪魔(ルシファー)最後の陰謀(プログラム)』で、あわせて4冊である。「3部作」の部分の真中には、つぎのような宣伝文句がある。

「ロスチャイルド家を核にユダヤ財閥はヨーロッパ、アメリカ、ロシアを支配し、いよいよ日本征服に乗り出した」

 右肩にはつぎのような、いかにも日経新聞の読者むけらしい宣伝文句がある。

「ユダヤを知らずして株価が読める訳がない!」

 これらの書籍は、いわゆる「おどろおどろ」の反ユダヤ財閥本の典型だから、わたしの好みではないし、いささかも推奨するつもりはない。だが、この書籍広告に抗議する「サイモン・ウィゼンタール・センター」の側にも、非常にあやしげな気配があるのだ。

 翌1994年の『ニュウズウィーク』(94.5.25)には、「アジアで広がる反ユダヤ主義」という題で、「アメリカのユダヤ人人権擁護団体『サイモン・ウィゼンタール・センター』」の日本での活動についての、つぎのような記事がのっていた。

「東京では今、同センターの後援でホロコースト(ユダヤ人大虐殺)への理解を深めてもらうための展示会『勇気の証言/アンネ・フランクとホロコースト展』が開かれている(東京都庁の交流展示ホールで5月20日まで)」

 この活動の目的について同記事では、「アジアで高まる根拠なき反ユダヤ感情に歯止めをかけたいユダヤ人団体の努力の一端なのだ」としている。
 サイモン・ウィゼンタールは、オーストリアうまれのユダヤ人である。かれは、クリストファーセンの『アウシュヴィッツの嘘』の出版にさいしても、ドイツの弁護士会宛てに、序文をよせた弁護士、マンフレッド・レーダーの行為が同会の倫理規定に違反するのではないかとせまって、「調査」をもとめた。これにたいするレーダー自身の返答の最後には、つぎのような痛烈な皮肉がしるされていた。
「われわれドイツの弁護士は、ユダヤ人によってであろうとだれによってであろうと、またはいかなる方法によってであろうと、検閲や支配をゆるしません。あなたこそ、われわれの周囲をかぎまわる前に、あなたがゲシュタポの手先だったというポーランドの新聞がおこなった告発にたいして答えるほうが先決ではないだろうかと、ご忠告もうしあげます。そうでないと、貴方の病的な″反ドイツ主義的″行動は、″泥棒をつかまえろ″[とさけんで自分が逃げる泥棒の手口をさすドイツ語の慣用句]のたぐいとしか見えないでしょう」

 サイモン・ウィゼンタールは、いかにもあやしげな海千山千の老人である。日経の広告にたいする抗議行動を報道した唯一の大手日本紙、産経新聞は、サイモン・ウィゼンタール・センターを「ホロコースト(大虐殺)の教訓を正しく伝える活動などを世界規模で続ける」組織だと紹介している。
 だが、イスラエル人のなかからさえ、「ホロコースト」が繁盛する商売であると同時に一種の新興宗教になっていることにたいして、批判的な声があがっている。
 ウィーバーが執筆したリーフレット『ホロコースト/双方の言い分を聞こう』によると、有名な新聞人のヤコボ・ティマーマンは、その著書『最も長い戦い』のなかで、おおくのイスラエル人が「アメリカでホロコーストがユダヤ人の世俗的宗教になっている状態を恥じている」とし、「ショアほどの商売はない」というイスラエル人の皮肉なジョークを紹介している。

 ヘブライ語では「ホロコースト」のことを「ショア」ともいう。これはあきらかに大当たりのブロードウェイ・ショウで、映画化もされ、日本語訳では意訳で「素敵な」を加えて『ショーほど素敵な商売はない』となっていた題名の「ショー」を、「ショア」ともじった「一語いれかえ(ワン・ワード・チェンジ)」のジョークである。だから、「ショアほど素敵な商売はない」と訳してもいいだろう。

http://www.jca.apc.org/~altmedka/glo-21-1.html
連載:シオニスト『ガス室』謀略周辺事態
[中略]
広告担当幹部に「ユダヤ民族の真の価値の学習」を「ご提案」
[中略]
 話を広告の問題にもどすと、サイモン・ウィゼンタール・センターは、日本経済新聞社宛てにファックスで抗議文をおくり、謝罪をもとめると同時に、その抗議の内容をアメリカと日本での記者会見で同時発表した。

 日本で報道したのは産経新聞だけだったようだが、わたしの手元には日本経済新聞社で事情を聞いたさいにもらった各種英字紙の記事コピーがある。通信社のAPが世界中にながしたA4判で2ページにわたる長文の通信全文。『ロサンゼルス・タイムズ』の約百行分の記事。以下の記事は若干みじくなるが、『インター・ナショナル・ヘラルド・トリビューン』、『アジアン・ウォールストリート・ジャーナル』、日本製の英字紙では『ジャパン・タイムズ』、『アサヒ・イヴニング・ニュース』といったところである。日経側は、世界中でさわがれたという受けとめかたをしている。

 日本語による唯一の大手紙報道、産経新聞(93.7.31)の記事は、「ワシントン30日=古森義久」発である。その一部を紹介しよう。

「抗議したのはユダヤ系米人の権利を守り、ホロコースト(大虐殺)の教訓を正しく伝える活動などを世界規模で続ける『サイモン・ウィゼンソ(ママ)ール・センター』。(中略)書簡はこの広告掲載にはユダヤ人として『衝撃と怒り』を果てしなく感じたとして、日本経済新聞社側がユダヤ人への謝罪を紙面で表明することと、広告担当幹部が『ユダヤ民族の真の価値』について学習することを要求している」

 この記事の発信者のワシントン支局長、古森義久には、湾岸戦争のさい、意図的と思わざるをえない誤報をいくつかながした前科がある。停戦直後には、「見通しを誤ったニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストは紙上で謝罪した」と称して、日本の「湾岸戦争評論家よ、丸坊主になれ!」(週刊文春91.3.14)とまで息まいた。だが、アメリカの両紙のどこにも、わびの一言もなかった。だから、今回もわたしは、この記事の裏づけに念をいれたのだが、今回は一応、誤報ではなかった。「広告担当幹部が『ユダヤ民族の真の価値』について学習することを要求している」という部分は、サイモン・ウィゼンタール・センターのラビ(教師)、アブラハム・クーパーが日経宛てに直接だした手紙の内容の一部とほぼ一致している。「ほぼ」というのは、「要求」とある部分の原文は「サジェスト」なので、おだやか、またはインギン無礼に「ご提案」と訳すほうが適切だからである。


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