ゴルゴ14
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食糧自給率
離農農家、約4割が農地を放置 農水省調査

 農業をやめた農家の約4割が、それまで耕作してきた農地を放置し、有効に利用していないことが、農林水産省が初めて実施した調査で明らかになった。農業機械は約6割の離農者が放置している。政府は食料自給率の向上を目標に掲げるが、高齢化が進む農村では新たな担い手が少なく、農地の減少に歯止めがかからないのが現状だ。
 調査対象は、03年に離農した4万7000戸のうち、以前から動向調査の対象になってきた662世帯。離農後の農地の処分方法(複数回答)は、「貸し付け」が59.6%、「売却」が7.2%と再利用している農家もある一方、借り手や買い手が見つからないため放置したままの農家も37.9%に達した。
 農業機械は「放置したまま」が58.5%。売却や貸し付けの回答は13.3%にとどまった。
 離農の理由は「高齢」が44.0%と最も多く、次いで「病気や介護で農業が続けられなくなった」が29.6%、「農業以外の仕事に専念する」が15.6%だった。03年の農業就業人口368万人のうち、65歳以上が56%を占めており、高齢を理由とする離農がさらに増えていくのは確実だ。
 農水省は、離農者が手放す農地が増えるのを見越して、一般の株式会社を農地の受け皿とする案を検討しているが、農業団体の反発が強く、実現は不透明だ。

(08/18 asahi.com)
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“農業株式会社"全国的に解禁…農地法改正へ
 政府は4日、構造改革特区に限って認めている株式会社による農業経営を、全国的に解禁する方針を固めた。
 株式会社が、農地を借りる賃貸方式で経営に参入できるよう農地法を改正する。2005年の通常国会に改正案を提出する考えだ。
 現行の農地法は、農地の賃貸利用について、経営陣の過半数が農業関係者で構成される農業生産法人か農家にしか認めていない。利用権の移動を制限し、農地を維持するためだ。
 しかし、政府は昨年4月に導入した特区制度で、地域限定措置として株式会社などの賃貸利用を認めた。
 これを受け、今年4月の時点で、38法人が特区での農業経営に参入している。山梨県では、ワインメーカーが畑を借りてブドウ栽培からワイン製造・販売までを手がけ、一貫した品質管理を売り物にした事業を展開している例がある。
 政府は株式会社の農業経営参入を全国的に認めることで、こうした特色ある農業経営が広がると見ている。また、農家の高齢化などにより、耕作放棄地が21万ヘクタールにも及ぶ「農地の空洞化」の解消にも役立つと判断している。
 農水省は当初、株式会社による農業経営には、「利益が上がらなければ経営から撤退し、農地の荒廃を招く」と否定的だった。特区で認めた規制緩和の全国展開を検討する構造改革特区推進本部評価委員会のヒアリングでも、同省は「全国展開の弊害の有無が判断できない」と消極姿勢を示していた
 これに対し、評価委側は、「特区では現時点で成功と判断できる例も多い」と主張し、農水省も「全国的にも株式会社の参入が期待できる」と方針転換して全国展開に踏み切った。

 ◆農地法=戦後の食糧難時代の1952年10月に施行された法律。耕作者の農地取得促進と権利保護、地位の安定と農業生産力の増進を目的としている。所有権や利用権に関しては、農地を購入・賃借する場合は最低でも50アール(北海道は2ヘクタール)以上であることを義務付けるなど厳しく制限している。農水省は近く取りまとめる「食料・農業・農村基本計画」の中間報告で、農地法の見直し方針を盛り込む方向だ。

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【食料自給率とは?】
総合食料自給率とは国民が消費した食料を国産でどの程度まかなえているかを食料全体について示した指標です。食料は、穀物、畜産物、野菜など多種多様であるから単純に重量を足しても意味がありません。このため共通のものさしとして基礎的な栄養素であるエネルギー(カロリー)を用い総合化したものが供給熱量ベースの自給率で、経済的価値にしたものが金額ベースです。
あー腹減った、何か食いてーなー、と思うとき何のためらいもなくコンビニに駆け込んだりハンバーグ店で簡単に食欲を満たしたりしてしまうのは良くないとわかっているのだが毎日、昼食は和食レストランで…というわけにもいかない。どこかの国のように昼食には2時間かけそのあと昼寝、ということもできない。でも日本でやってるよ。犬や猫。アメリカではペット産業が3兆2000億、日本でも1兆円産業です。「食う、寝る、遊び」にかけては犬、猫のほうが上を行っている。本当は私たち「ヒト」がペットなのかもしれない。
 農地は一度荒れてしまうと簡単には元に戻りません。だから,いざというときのためにも,日頃から農業が行われ,自分たちの食べるものはできるだけ自分たちの国でつくられていることが大切なのです。
食料を作る人,食べる人の両方が力をあわせて取り組むことで,日本の食料自給率は上がっていきます。
①日本人みんなが食糧事情についてよく理解する。
②農家の人や食品会社で働く人は,安全で安心な食料をできるだけ費用をかけずに作るように努力する。
③わたしたち消費者は食べ残しを少なくし,日本でたくさん作られている米などの農産物をしっかり食べる。
④地元でとれる食材を選んで地域の農業を応援する。
⑤味もよくて栄養分もたっぷりの「旬」の食べものを選ぶ。

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農作物の「品種保護Gメン」新設、中国など海賊版対策

 農水省は21日、農作物の新品種を保護するための対策を強化する方針を明らかにした。
 日本で育成された優良な品種の海賊版農作物が国内外に広がらないようにするため、品種の権利侵害の実態調査を行う「品種保護Gメン」を新設するほか、権利侵害を科学的に立証するDNA(デオキシリボ核酸)分析ができる品目を拡大する。新品種を育てた生産者や産地の競争力を高めるのが狙いだ。
 農作物の新品種は、知的財産権の一つとして保護されており、農水省の審査・登録を経た「種苗」や「収穫物」については、種苗法によって樹木の場合は25年、それ以外は20年にわたって、新しい品種の育成者が生産や輸出の権利を専有できることになっている。
 国内では違反者の罰金額の上限を引き上げるなどの対策をとってきたが、北海道で開発された、白あんとして使われる病害に強いインゲン「雪手亡(ゆきてぼう)」の海賊版が中国から輸入されたり、熊本で育成された茎が細くて高品質な畳表になるイグサ新品種「ひのみどり」の海賊版が中国で作られるなど、権利侵害は絶えない。

(2004/8/22/03:03 読売新聞 無断転載禁止)
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農林族暗躍 余剰米対策か

 やせ細る乳児、残飯をあさる子どもたち。悲惨な写真を見せつけられながら、日本は大量のコメを北朝鮮に援助してきた。だが「コメは本当に飢えた人々に届いたのか」という疑問が常につきまとう。さらに送った日本側にも金に絡んだ事情があったようなのだ。北に渡った“にがい米”の周辺をあらってみると-。 (星野恵一)

■「援助条件に釈放どうして言えぬ」

 「一回目のコメ支援のときに『条件をつけてください』とお願いした。(拉致された)三学生の釈放をなぜ(北朝鮮に)言えなかったのでしょう」
 「コメ支援では、韓国は条件をつけている。『日本政府も条件をつけてください』と外務省に要請してきた」
 拉致被害者の有本恵子さんの両親は、衆院安全保障委員会で訴えた。日朝首脳会談の準備が水面下で着々と進む、今年七月二十五日のことだった。
 政府は、北朝鮮へのコメ支援を「人道支援」「拉致問題解決の糸口」などと説明してきた。だが、支援は、人道的で拉致問題にも役立っているのか。有本夫妻の訴えは、不透明な支援への強烈な疑問符だった。
 世界食糧計画(WFP)は現在、「北朝鮮への緊急食糧支援活動として約三十六万八千トンの追加的なコメ支援が必要だ」と世界各国に要請している。
 WFP日本事務所の寺嶋秀之広報官が説明する。「北朝鮮の食糧事情は最悪だ。資金不足で、十一月から三百万人に対する配給をストップした。数百万人が餓死する危険がある」
 WFPが配給しているのは、農村や山岳地帯など、もともと食糧が足りない地域だ。だがWFP関係者は「絶対量が足りない。現地で採れた作物は、国内の軍関係者などが先に持っていく」と指摘する。
 北朝鮮へのコメ支援については、この「必要な人に渡っているか」という問題を含め、多くの「?」がまとわりつく。

■「日朝関係の転換ならず」

 拓殖大学教授の重村智計氏は「コメ支援は大失敗」と言い切る。「日朝関係の転換にも、拉致問題の解決にもつながらなかった。人道支援は良い。だが、北朝鮮は直接、コメを配らせないし、調査も規制している。いったん配って回収しているという情報もある」
 最初のコメ支援が行われたのは一九九五年だ。当時、自民党を軸とした連立与党で構成する村山内閣が政権のかじ取りをしていた。この時は、日本赤十字を通じ、計五十万トンを北朝鮮に送った。内訳は、無償支援米が十五万トン、有償支援米が三十五万トンで、約五十六億円分だった。有償支援分の北朝鮮側の元本返済は、三十年繰り延べされた。繰り延べ期間中は年利2%、返済期限後は年利3%の金利を支払う約束だった。

■利払いの督促に「北」は返答せず

 「利子は最初の一回分が支払われただけで、あとは支払われていない」。民主党の木下厚衆院議員が指摘する。食糧庁担当者は「その後も利払いは行われず、今年九月時点で、未払い金利分は累計で約七億五千万円に上る」と明かした上で嘆く。「毎月、督促しているが履行されない。昨年の日朝国交正常化交渉の際にも、利払いの督促をお願いしたが、返答はまるでない」

■多くのコメ無償で供与

 コメ支援は、その後、九七年に六・七万トン、二〇〇〇年にも十万トンと五十万トンの二回に分け計六十万トンが、いずれも無償で行われた。支援累計は、計百十六万トン、金額にして計二百六十七億円分に達する。
 重村氏は、その背景に両国の政治的思惑があったとみる。「国会対策や永田町の論理によるコメ支援だ。北朝鮮は北朝鮮で、当時の窓口となっていた書記が立場が悪くなり、点数を稼ぐためだったという情報もある」
 特に関係者が問題視するのは、二〇〇〇年の五十万トンだ。九五年の支援米はすべて緊急輸入米だった。九七年の支援米も五万トン近くは、国外からの安い政府輸入米だ。二〇〇〇年の最初の十万トンの九割も輸入米だ。
 「輸入米の方が同じお金でも、日本の米より多い支援ができる」。食糧庁や外務省の関係者は口をそろえる。ところが、二〇〇〇年十月に決まった五十万トンの支援米は、すべて国産米だった。「農業政策の一つでもあったんでしょう」。外務省関係者があきれたように話す。
 同年九月下旬に開かれた自民党農業基本政策小委員会で、小委員長(当時)の松岡利勝衆院議員は、政府の在庫から五十万-百万トンを国際援助枠として隔離することを提案した。
 木下議員が指摘する。「その後の自民党外交部会では、松岡議員と、当時自民党総務局長の鈴木宗男被告=受託収賄罪に問われ公判中=が農林族議員の若手を引きつれて乗り込み、すさまじい圧力をかけた。それによってこの五十万トンの米支援が決まった」

■国の1400億円負担 最後は『税』

 そもそも、WFPを通じた支援は、政府がWFPに資金を提供し、WFPが日本の米を購入して北朝鮮に送る仕組みだ。WFPが買い上げる米の価格は国際価格。世界的にも高い日本の米の価格はその八倍近い。そこに生じた差額は、二百六十七億円とは別に食糧管理特別会計など国の負担となる。その額は総額で一千四百億円以上に上る。重村氏は「赤字が出ている。つまり税金の無駄遣い」と解説する。
 「米は生もので、備蓄で置いておいても、品質が劣化していく。そういう状況のもとで備蓄米を援助に充てる。古いものから充てていく」。一昨年十一月、衆院外務委員会での食糧庁幹部の発言だ。「(コメ支援は)余剰米対策ではないか」という質問に答えたものだった。九五年以降、米は豊作が続き、余剰米は増加していた。

■在庫米350万トン 農協もパンク
 「そこに手を貸したのが、自民党の農林族だ。明らかな余剰米対策だ」。木下議員が、資料を手に続ける。「当時、三百五十万トンの余剰米が在庫としてあり、農協はパンク状態だった。これだけの米を置いておくだけでも金がかかる。処分するにもばく大な予算が必要となる」。さらに、高価な国産米を使った二〇〇〇年の五十万トンについては、「食管会計にあく穴を、一般会計から埋めるという念の入れようだった」と指摘する。
 重村氏は苦笑する。
 「結局、コメ支援によって、北朝鮮、そして拉致問題など、一体、何が変わったんでしょうか。コメ支援にかかった金を、後押しした政治家に返してもらいたいくらいだ」
 「拉致問題に進展のない限り、コメ支援も(続けるかどうか)考える」。日朝首脳会談後、小泉首相は発言した。だが-。
 複数の議員が証言している。
 「政府の一部では、硬直した拉致問題の打開のために『コメ支援を続けるべきだ』と訴える声が依然としてある」
<デスクメモ>
 イタリアの水田地帯を舞台にした映画「にがい米」で、シルバーナ・マンガーノの肉感的な姿態は印象的だ。田んぼで働くほかの女性たちもセクシーで、たくましい。さて相変わらず飢えが続いているらしい北朝鮮はどうか。水田では、にがすぎた現実に生きる女性たちの、絶望的な姿が見えるのだろうか。 (富)

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「ヤミ米派」から年商60億円の経営者へ
大潟村あきたこまち生産者協会社長
涌井 徹さん(55歳)

48年 新潟県十日町市に生まれる
70年 家族と大潟村に入植
71年 米の生産調整始まる
87年 大潟村あきたこまち生産者協会設立
93年 冷夏による不作で米不足に
95年 食管法廃止、新食糧法施行
00年 とがずに炊ける無洗米を全国発売
(入植前の研修時に、右が涌井さん)

 「ヤミ米派」と呼ばれていた農家が、売上高60億円を超える企業経営者に変身した。
 日本で2番目に大きい湖、八郎潟を干拓して生まれた秋田県大潟村。見渡す限り田んぼが広がるなかに、低温倉庫や精米、炊飯工場がそびえ立つ。一見、コンビナートのようだ。
 村に540戸ある農家のうち、170戸と契約し、あきたこまちや加工米を直販する。自らも30ヘクタールの田んぼで米を作る。
 産地直送の相手は、全国の個人会員5万人と、法人7200社。牛角、紅虎餃子房といった外食チェーンや、東横インなどのホテル、大学病院、スーパーなどに広がる。
 研がずに炊ける「無洗米」や栄養素の多い「発芽玄米」を開発。無洗米を加工する時に出る米のとぎ汁から、飲料酢を作り、売り出した。秋からは腎臓病患者向けに、たんぱく質を少なくした低グルテリン米の販売も始める。
 「ライバルは食品、医薬品会社です」
 健康ブームを追い風に、米の機能を生かした商品開発に余念がない。数年後の株式公開も視野に入れている。
 国の減反政策と闘い続けてきた。21歳の時、新潟県十日町市から、両親と弟、飼い犬とともに、家財道具をトラックに積み込み、大潟村に入植した。
 入植したその年、政府は米余りを理由に、農家の作付面積を制限する減反政策を発表する。最初は従い、米以外にも麦や野菜を作った。だが、干拓した土地に、米以外の作物は育たなかった。借金だけが増えた。
 「これでは何のために入植したのか分からない。自分の田んぼに、なんで自由に米が植えられないんだ」
 疑問が怒りに変わり、減反に背いて米作りに専念した。減反に従わない農家は、「ヤミ米農家」の烙印(らくいん)が押される。ほとんど実った稲を、食糧事務所の指導で青刈りし、廃棄されるのを見て、悔しくて涙も出なかった。
 87年、全国の消費者に安全でおいしい米を届けようと、仲間4人と協会を設立。村で作った自由米(ヤミ米)の産地直送を始めた。県や農協の圧力で、宅配用のトラックを止められたこともあった
 農家をがんじがらめに縛る食糧管理法は、農家の経営力、営業力、商品開発力を奪ってきた。その食管法も95年に廃止された。農家が自由に米を作り、自由に売れる時代になった。
 「長年、我々をいじめてきた農水省もようやく、大潟村がモデルだと言い始めた。産業として十分成り立つ農業のモデルを示していきたい」
 社長室には、幕末の志士、坂本竜馬の等身大の写真が飾ってある。
 「力のない農民が、どうしたら発言力を強め、農政を変えていけるか。その答えがこの会社をつくることだったんです」

◆うまい・安全満たされ、「健康にいい米」追求

 ――大潟村に入植した理由は。

 涌井 おやじが新潟県十日町市で農家をしていました。でも、田んぼは1.3ヘクタールで、米100俵しかとれない。当時、1俵(60キロ)の値段は8000円。一家総出で働いても80万円にしかならない。車も買えない。父は出稼ぎに出て、母は自宅で美容院をしながら暮らしていました。高校3年の時、大潟村への入植募集を知りました。1農家への割り当ては10ヘクタール。これなら十分食っていけるだけの米が作れると思って、家族に提案したんです。

 ――入植後は順調だったんですか。

 涌井 入植した年に、国の減反政策が発表され、翌年から実施されました。そのため、田んぼの半分を畑作にして、麦や大豆、キャベツ、メロンを作りましたが、うまくいかない。田んぼのために干拓した土地ですから、水はけが悪く、向かないんです。だんだん借金も増えてくる。これでは何のために大潟村に来たのか分からない。そこで、仲間と一緒に、減反政策に背き、米だけを作り始めたんです。

◆二分された農家

 ――抵抗はなかったんですか。

 涌井 村は減反に従う農家と、従わない農家に二分されました。従わない農家の子どもたちは、学校で「ヤミ米」と呼ばれ、いじめられた。減反命令を無視して作ったという理由で、国と県の指導で99%実った稲を、1週間かけて青刈りする。自殺する農家も出たほどです。

 ――会社をつくったきっかけは。

 涌井 減反しない仲間たちの作った米を、消費者に直接販売することで、農家の自主自立の道づくりを進めようと思ったんです。自由化に向けて、どういう農業をしたらいいのか。個人に売ろうとしても、どこに売ったらいいのか、何もノウハウがない。そこで、全国に折り込み広告を2千万枚配ったり、米の袋に自分たち生産者の写真を入れたり。最初は100件、200件の申し込みでしたが、3年後には1万人にまでなりました。

◆宅配業者に圧力

 ――「食管法違反覚悟の産直」とマスコミに騒がれました。

 涌井 県や農協、食糧事務所からものすごい批判が来ました。宅配業者に圧力がかかり、産直の米が運べない。夜、自分でトラックを運転して、県外まで運び出したこともあります。

 ――米の付加価値を追求していますね。

 涌井 日本の米作は、昭和40年ごろまでは、ひたすら増産増産の時代だった。高度成長に入ると、輸入食品があふれてきて、米が余ってくる。するとコシヒカリのようにおいしい米を追求する時代になった。ある程度、おいしさが満たされるようになると、今度は安全、安心。空腹が満たされ、おいしさが満たされ、安全、安心が満たされた後は、米の付加価値は機能性だと確信したんです。

 ――輸出も考えていますか。

 涌井 十分、考えていますよ。何度か米国に行って、知り合いと話をしているんですが、おいしい米を輸出してもしょうがない。米国人が米を食べるとき、コシヒカリの味は求めない。おいしさの概念は国によって違いますから。それより、発芽玄米や低グルテリン米といった、健康にいい米は価値がある。お米の機能性を輸出することができれば、新しい可能性は広がってくると思っています。

 ――WTO(世界貿易機関)の農業自由化で、海外から入ってくる米や農産物は脅威では。

 涌井 外国の米との競争ではないんです。国内の他の食品との競争なんです。朝や昼はパンやめんを食べて、ご飯を食べるのは1日1回という家庭も増えている。その中で米の価値観をどう高めていけるか。発芽玄米であったり、普通の安い米であったり。競争は限りないですよ。

◆いま農業は有望

 ――就農者の減少や高齢化で、日本の農業の競争力に危機感が持たれています。日本の農業の将来について、どう見ていますか。

 涌井 私は大潟村で30年以上、農業をやっていますが、いまが一番、農業の可能性が広がっていると思うんです。日本の農業は今までの延長でいったら、誰もやらない滅び行く産業になってしまう。でも、やり方次第では、将来有望な産業になり得る。自動車ではトヨタであり、電機では松下であり、みんなモデルにしたいような会社がある。日本の農業には、モデルっていうのがないんです。新しい農業のスタイルを示して、みんながモデルにするような会社にしたいんです。

 ――産業として見れば、ある程度、規模が必要なのでしょうか。

 涌井 農作業と農業経営は別なんです。単なる農作業をするなら、土地がいる。経営者になるのであれば、土地はいらない。土地は生産手段であり、道具であるという発想に立ったとき、農業は大きく変わっていくと思います。土地を財産と考える農業経営はもう成り立たない。農作業をする人は、農村にはいくらでもいる。でも、商品開発や加工や営業ができる人が少ないんです。

 ――ライバルは。

 涌井 ライバルというより、うちがモデルにするのは食品産業の上場企業です。常に東京や大阪の食品会社を意識している。そういう企業と比べて、うちが足りないのは、研究開発のための人材です。今年、大卒の新入社員を15人採りました。それでも足りないので、国や県の研究機関や民間企業との共同開発を進めています。そのうちに白衣を着た研究者が10人も入るようになれば、いま目指しているような会社は作れると思うんです。

経済部・大滝敏之





◆ 転機 ◆

冷害での米不足が経営姿勢変えた
 93年の夏は、記録的な冷夏だった。大潟村でも6月の10日過ぎから雨が降り続いた。梅雨がなかなか明けない。
 会社設立から6年。米の産地直送を軌道に乗せるため、出荷量を前年の倍の20万俵に増やそうとしていた。そこで、これまで1俵(60キロ)2万円で買い取っていた米を、2万3000円で買うと、大潟村の会員農家に声をかけていた。
 お盆をすぎても低温が続いた。全国で米の凶作が相次いだ。大潟村は他の産地に比べて、被害は少なかった。
 収穫期になると、限られた銘柄米の争奪戦が始まった。農家から買い取る価格を2万8000円、2万9000円、3万円と上げていった。そこに、「安売り王」で有名な城南電機の宮路年雄社長(故人)が大金を抱えて大潟村にやってきた。1俵6万円で買うという。農家の目の色が変わった。
 「うちは6万円では買えないが、今後4年間、3万円で買います」と約束した。なんとか、販売する米を確保した。
 買い付け価格が上がったため、消費者への販売価格を10キロ6000円から7600円に値上げした。
 翌94年は、全国的な豊作となった。米の値段も下がった。だが、買い付け価格が高いままなので、販売価格は下げられない。「お客に値段を決めてもらおう」と、約5万人の顧客に手紙を出した。
 「我々は良質で安全な米を出荷しています。米価が下がっていることは重々承知しています。希望価格をお知らせ下さい」
 2%の客は「500円から1000円下げて欲しい」と答えた。残りの98%の客は「いまの価格で結構です」という反応だった。
 高いお米を買ってもらうお客に、何とか応えたかった。その答えが、安全と安心だった。
 残留農薬の分析装置を導入し、安全の基準を数値で示した。化学肥料を使わず、米ぬかを発酵させて肥料にする工場も作った。
 「品質管理を徹底させるという意識が根付いたんです」
 冷夏による米不足が、「農家」から「企業」への脱皮を促した。


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★大潟村 国が1957年から干拓事業を進め、67年から入植者が就農。耕地面積は約1万1500ヘクタールで、1区画縦140メートル、横90メートルの水田が並ぶ。「最初は見分けがつかず、他人の田んぼを耕していたことも」
★会社 資本金4325万円。従業員160人。03年9月期の売上高は約62億円。本社会議室には、東京、大阪、名古屋、福岡、札幌の各営業拠点とテレビ電話がつながる。

★食事 「やっぱり米を食べないと」と3食ともご飯。

★趣味 週末には家族と秋田市内の映画館に。


(asahi.com)
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食糧自給率45%、2010年達成を断念

 農水省は16日、現在40%の食糧自給率(カロリーベース)を2010年までに45%へ引き上げる現行目標の達成が困難になったとの報告書をまとめた。
 食生活の変化で、国産で賄えるコメの消費が減る一方、農作物輸入が増えたことが原因だ。農水省は、新たな自給率向上策を盛り込んだ、2015年度までの新しい目標を来年3月にまとめる方針だが、低迷を続ける自給率の向上は容易ではないとの見方が強い。
 現行の自給率目標は2000年3月に設けられた。しかし、食生活の変化に伴って需要が伸びている肉類や乳製品、その家畜のエサとなる牧草やトウモロコシなどは外国からの輸入が増えており、自給率は6年連続で横ばいを続けている。
 農水省は、食生活の見直しを働きかけ、輸入が多い小麦や大豆などの国内生産の向上を図る考えだ。また、大規模農家の育成など農政改革の具体化を急ぐことで、自給率の向上を図っていく。
 新目標は、2015年度に45%とする案が有力だ。しかし、実現に向けた説得力のある施策を提示できなければ、目標の先送りとの批判が出る恐れがあり、農水省は今後、専門家などを交えて協議を進めていく。

(2004/9/16/20:02 読売新聞 無断転載禁止)



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