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これが世界最強の諜報機関だ

秘密情報庁モサド

モサド・レタフキジム・メユハジム

 モサドは、国外での諜報情報の収集に従事し、政治性行為を実施し、テロ対策を行う。情報収集に関する任務の遂行の際、モサドの主要努力は、アラブ諸国、近東に関するアラブ人の民族問題がこの地域におけるイスラエルの利益と衝突する全世界、特に西欧及び合衆国のその公式代表及び施設に対するエージェント作戦の実施に集中している。
 モサドは、アラブ各国軍、配置、装備、士気、指導部に関する情報、並びにアラブ諸国の国内情勢、アラブ諸国指導者間の関係、アラブ世界における他国全ての外交活動に関する全情報を収集する。モサドは、アラブ諸国の商業活動、特に西側兵器の納入領域を追跡し、アラブ人による軍事、経済及び政治専門家の徴募を防止しようとしている。この際、主目的は、エージェントとしてその種の人物を徴募し、徴募失敗の場合、アラブ人に援助を提供することが合理的ではないことを納得させるか、その活動のデリケートな面を伝達することである。モサドは、アラブ人中に相互不信を促進し、並びに西側のアラブ世界への共感を失わせる騒擾を引き起こすために、教唆活動も実施する義務を有する。
 テロ対策領域において、イスラエル人は、時折、特に近東及び西欧諸国において、アラブ人テロリストに対する戦闘作戦を行っている。特に、レバノンがキリスト教徒、ドルーズ教徒及びムスリムから成る混成住民を有している事実は、同国領土を諜報作戦実施に魅力的なものにしている。イスラエル人は、レバノンに秘密口座を有し、同国で金融取引を実施している。彼らはまた、パレスチナ人テロリストのリーダー、パレスチナ組織の兵員及び難民キャンプに対して一連の襲撃を行った。
 アラブに対する作戦の外、モサドは、イスラエル国家、シオニズム及びユダヤ人全体の利益を保障するために、東西を問わず、政治、経済及び科学技術諜報情報の収集に従事している。主な努力は、その政治決定がイスラエル及びシオニストの目的に結果を有し得る米ソ、並びに国連に関する情報の入手に集中している。
 イスラエル諜報部がソ連及び東欧諸国において自らに課した任務には、イスラエルに対するこれらの国の政府の政策、ユダヤ人移民の状態に関する情報の収集、ソビエト連邦及び東欧諸国の官僚組織で戦略的に重要なポストを占め、思想又は打算的理由からシオニストを助けることに同意した者の徴募、並びにソビエト連邦及び東欧諸国によりイスラエル又はアラブ諸国の若干の政治集団に提供される援助のレベル及び質に関する情報の入手が属する。
 非アラブ諸国におけるモサドの支局は、通常、大使館及び領事館のカバーの下で行動する。モサドは、米国、欧州の首都の大部分、トルコ及びイランに支局を有している。南米、アフリカ及び極東では、モサドの戦略センターが活動している。支局の作戦は、これらの国の公式特務機関と連絡の維持及び情報交換から、アラブ人テロリストに対する戦闘行動の実施まで、様々な性格を帯びる。作戦実施の際、モサド将校と臨時のエージェントが行動する。1973年7月、16人から成るイスラエル兵のグループが、ノルウェーのリレハンメル市において、モロッコ出身のアラブ人を暗殺した。ノルウェー当局により、グループの6人が逮捕され、グループの6人が起訴され、残りの者は逃走した。裁判中、この作戦のために特別に徴募され、モサドがその地域センターを有するパリで主要訓練を受けた後、アラブ人テロリストの除去に関する特殊任務を帯びてノルウェーに到着したモサドのイスラエル人将校と欧州ユダヤ人からグループが構成されていたことが究明された。
 情報・特殊任務機関(モサド・レ-タフキジム・メ-ユハジム)の本部庁舎は、テルアビブのサウル王通りに位置する。

■歴史

 モサドは、40年代末、大小2人のイセルが創設した。大イセル・ベエリは、興奮のあまりヨルダンでスパイをしていた将校の射殺を命令したとき、裁判にかけられた。彼の仕事は、なくならず、リガからの帰還までイゼイ・ガリペリンだった小イセル・ハレルに移った。部下達は、彼がソ連に残っていれば、きっと KGBを指揮したはずだとジョークを言った。
 ハレルは、生まれつきのスパイだった。彼の冷たい青い目の視線は、対談者を缶詰のように切り開いた(今日、ロシアで、そのような視線をを持っているのは、ウラジーミル・プーチンだけである。)。ハレルの名前は、1961年の彼の退任まで、イスラエルでは誰も知らなかった。
 ハレルからは、病的な秘密主義、節約の習慣及び現代技術への不信等、モサドの多くの伝統が生まれた。ちなみに、家では、イセル雷帝は、全てにおいて妻に従っており、隣人達は、美人のリフカの小さく、静かな夫に同情していた。彼の匿名性は、妻が中佐の肩章(イスラエルにとって、これは非常に多く、イスラエル軍で最高の階級である中将は、通常、参謀総長が帯びる。)の付いた軍服を干し掛けたとき、偶然暴露された。
 イセルは、滅多に軍服を着なかったが、私服とサングラスを好んだ。「特殊任務」の遂行を監視しつつ、世界中を旅するのに好都合だった。モサドには、当時、アラブ人対策と逃亡したナチス犯罪者の捜索の2つの任務があった。
 モサドの最も効果的な作戦と考えられているのは、リカルド・クレメントの名前でアルゼンチンで暮らしていた迫害者No.1、アドルフ・エイヒマンの誘拐である。作戦のために、親戚全員がナチスの手により殺された絶対に信頼できる12人が選抜された。1960年5月11日、アイヒマンは、自宅の側で直接誘拐され、麻酔をかがされ、空港に運び込まれ、事故に遭って、包帯を巻かれたイスラエル外交官として飛行機に搭乗させられた。イスラエルでは死刑は適用されないが、アイヒマンに対しては、例外が行われた。

■作戦実施方法

 長年に渡って、モサドは、イスラエルにとって意義を有する各国の高官及び政府要人と信頼関係を維持している。ほぼ世界全国のユダヤ人共同体には、イスラエル諜報部の努力を積極的に支援するシオニストとイスラエル・シンパが存在する。そのような関係は、綿密に発達させられ、情報入手、偽情報の流布、プロパガンダその他の目的のためのルートとなっている。カバーとして諜報部が利用する公式な施設は、イスラエルの貿易使節団、国営観光組織、航空会社「エル・アル」、国営海上航行会社ツィム(その株式は、アメリカの「イスラエル・コーポレーション」社と欧州代理店に属する。)である。イスラエルの建設会社、産業グループ及び国際貿易組織も、諜報部に対して非公式なカバーを保障する。
 イスラエル諜報部は、国外の各種ユダヤ人共同体及び組織に著しく依存しており、エージェントの徴募及び情報入手のために利用している。全ユダヤ人がイスラエルに属し、イスラエルに戻らなければならないということが力説されるシオニズムの攻撃的な思想は、諜報作戦参加への同意と引き換えに譲歩される。
 通常、モサドは、ユダヤ人からエージェントを選抜する。それにも拘らず、この際、一方では、シオニズム国家イスラエルへの忠誠、他方では、自分の祖国に対する忠誠という二重忠誠によりもたらされる暴露の危険が常に存在している。非ユダヤ人の徴募は、比較的稀にしか行われない。イスラエル人は、不誠実又は変節が担当作戦実施の挫折の脅威にさらすか、国家の安全を脅かす場合、自分の諜報員にも、エージェントにも、全く無慈悲になり得る。欧州では、イスラエル諜報部のために働いていたユダヤ人が、著しい金額の援助の下でエジプト人に買収されたいくつかの事例が起こった。これらのユダヤ人は、イスラエルに誘引されるか又は誘拐され、その後、秘密裁判により禁固10年から14年までを言い渡された。

■「サイアニム」

 イスラエル諜報部の支援者の国際ネットワークである。ヘブライ語で、「サイアン」は、「補佐」を意味する。サイアンには、純血なユダヤ人しかなれない。市民権を有する国に対する忠誠心を保持しつつ、サイアンは、同時に、イスラエル国への共感も感じている。ロンドンだけで、約2千人のサイアンを数え、英全土には更に1千人が、米国には10倍以上が分散している。彼らは、決して作戦に直接参加せず、何らかのサービスを提供するだけである。サイアンは、援助する作戦が生まれ育った国に向けられたものではないと常に信じているはずである。
 ロンドンに、パレスチナの地下組織に対して行動を実施する任務を帯びたモサドの作戦グループが来たと仮定する。グループには、自動車が必要である。その時、自動車販売に従事するサイアンに、本物のナンバープレートとキーの付いた支援自動車を一定の場所に残すように要請される。作戦終了後、自動車は、所有者に返却される。サイアンは、何のために彼の自動車が必要だったのか決して知らず、彼の明細書には、車が潜在的占有者に一時貸し出されたと書かれるだろう。
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